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 旧文明には、永遠の愛を誓う儀式があったらしい。イザベルがそう口にすると、シャノンは首を傾げた。


「愛を誓うのに、儀式が必要なの?」


 舌足らずの甘い声で投げかけられた問いに、イザベルは答える。


「らしい。旧文明の人らが考えることは分からないな」


「へえ~。幸せそうでいいねえ」


 シャノンはそう呟くと、長椅子に寝転んだ。ウェーブがかった金髪が広がり、その一房がはらりと垂れる。天井の穴から差し込む月明かりが、シャノンを冴え冴えと照らしている。


(そういうお前は、暢気そうでいいね)


 イザベルは道中拾った枝をナイフで羽の形に薄く削りながら、心の中でぼやいた。


 消去法で選んだこの小さな教会も、隙間風が入るせいで何も対策せず夜を超すのは難しい。ただ、下手にシャノンに手伝わせると後始末が大変になることを重々分かっているイザベルは、小さくため息をついて火おこしの作業を一人で進めた。薄暗い教会は冷たい静けさをたたえて、ただ木を削る音とシャノンの穏やかな寝息だけが聞こえた。


 ナイフを置いて、もとは祭壇があったスペースに太い枝を組み、それも終えるとイザベルはゆっくり息を吐いて目を閉じた。先ほどのため息とは異なり、集中するための深呼吸だ。体内の魔力を練り、丁寧に詠唱する。体内から魔力が失われる独特の感覚があった後、薄闇の一点がほのかに明るくなった。頼りなかった火は、徐々に勢いを増していく。


「儀式って、どんなことするの?」


 何の話だと少し考えて、さっきの続きかと思い至る。いつの間にか火に近い長椅子に移動していたシャノンは、ニコニコとこちらを見ていた。


「詳しくは覚えてないな。白いドレスを着て、指輪を互いに嵌めて、口づけをするんだったかな」


「それが誓いなの?」


「知らん。旧文明の人間に聞いてくれ」


 火起こしで疲れていたイザベルは雑にあしらうが、一休みして元気になったシャノンはそんなのお構いなしにまとわりつく。


「イザベルってば、美人なうえに賢くていろんなこと知ってるからなあ。いつも頼りにしてるよ」


「お前が頼りなさすぎるだけだろう」


「もお~! イザベルったらかわいくないなあ。ねえ、お願いだから教えてよお」


 肩を掴んで揺さぶられても、木から木の実が落ちるように頭から新しい情報が落ちてくるわけではない。肩を掴む手を払って少し離れた長椅子に腰をおろすと、そのすぐ右にシャノンが駆け寄ってきて座った。やわらかな髪が頬にくすぐったい。


「明日は普段より頑張って食料調達してくるからぁ。お〜ね〜が〜い~!」


「大体、どうしてそんなこと知りたいんだ」


「やりたいから!」


 見ればシャノンの顔は真剣で、イザベルはたじろいだ。翡翠色の瞳が、こちらを見ている。貫くように、真っすぐ。


(ああ、眩しいな)


 イザベルは、シャノンに出会ったばかりの頃を思い出した。何もかもを諦めてしまおうと思っていたあのとき、もう少しだけ頑張ろうと思い直したのは、シャノンのまっすぐさに当てられたせいだった。


 火の爆ぜる音がした。


「そろそろ、冬支度をしなきゃいけない。周囲の廃屋から使えるものをかき集めたりな」


 シャノンの視線を感じながら続ける。


「……ただ、もしかしたら、その過程で良い布が手に入ったり、冬籠りの手遊びにそれを仕立てることもあるかもしれない。加工できそうな金属があったら、装飾品を作ったりもするかもしれないな」


 わざとらしくそう言うと、イザベルはそっぽを向いた。シャノンがニマニマと微笑んでいるのが、気配で分かった。こういうのは性に合わない。しかし、惚れた弱みだから仕方が無い。


「イザベルってばやっさしい〜」


「いいから夕飯の準備をするぞ」


「は〜い!」


 シャノンは調子よく立ち上がって、荷物から保存食を漁りに行った。忙しなく動くその様子を、イザベルは火の側でぼうっと眺めていた。


 冬が終われば、ここに留まる理由はなくなる。当て所もない旅ならばよかった、とイザベルは思う。けれども、目的がなければ旅に出ることはなかった。シャノンにも出会わず、シャノンに救われることもなかった。


 縦長のベルトポーチに手を入れて、小さな杖の感触をイザベルは確かめる。


 春を迎えても、雪解け水のほかに残るものがあってほしい。たった、それだけの理由だ。



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