罪科の行方
《ああ、わかった、聞こえたぞ》
抑揚のない声が、その場を支配した。
商人も、その護衛も、その声の主を探して振り向いたが、そこには人ならざる者が
立っていた。
商人達は、それがこの国の関係者だと直ぐに理解した。
ローグ大橋のたもとに居た存在と同じ者であり、この国の事を少しでも調べれば、
幾らでも出て来る。
だが、護衛と違って商人が調べたのは、その辺りまでで、それ以上の事はきちんと
調べなかった。
こんな辺鄙な村など、気にも止めないだろうと、勝手に思い込んだ。
結果、目の前の存在が、どれだけ危険なのかも、正しく認識出来なかったのだ。
直也《遅くなってすまない、もう大丈夫だ》
他の村や街で、悪さをしていた連中は、尻尾を巻いて、ローグ大橋を渡ったのを、
アルが確認して、連絡して来ていた。
残るは、この村だけだった。
直也に声を掛けられた少年は、薄れゆく意識の中で、確かに聞いた。
そして、意識を手放した。
直也《もう立派な男じゃないか》
まだ、幼い子供が、家族を守ろうと、大人に立ち向かったのだ、直也は純粋に感心
したと同時に、そんな生活を選ばざる得なかった親子の境遇に、自分達の無力さを
感じずには、いられなかった。
本心を言うなら、この大陸全ての国から、理不尽に虐げられている人々を残らず、
救いたかった。
なのに今は、無政府状態の隣国でさえ、手を出す余裕が無い。
この世界に来てまだ一年にもなっていないのだから、当然だし、むしろこの短期間
に一国を起ち上げたのだから、その偉業は賞賛される物であって誰からも非難され
る様な物では無い。
だが、万人が非難しなくとも、直也本人が納得しない。
例え一人でも、救えるのならば、必ず手をのばす。
それは、直也の代償行為だ。
いくら、助けを求めても、祈っても、誰ひとり家族を守れなかった男の叫びだ。
だからこそ、自分の足元で蠢くゴミムシなど、絶対に見逃す事など出来ない。
直也《一切の財産を置いて、この国から立ち去るならば、命までは取らない》
これが、直也にとっての最大の譲歩だった。
どうせ、こいつらは直ぐに何処かで悪さを始めるだろうが、流石に即、死罪とする
のは、法を施行する立場としては取る事が出来ない。
商人「いきなり現れやがって!何でそんな命令を聞かなきゃならん!」
直也《布告は耳に入っていた筈だ、違反したお前に拒否権は無い》
商人「そもそも、お前は何者だ!」
直也《この国で、国王の横に居る、まあ、宰相みたいなもんだ》
商人「お前みたいな奴、信じられるか!ただの人形だろうが!」
直也《どう思われようと構わないが、従わなければ罪が重くなるだけだ》
商人「せっかく稼いだ物を、取り上げられてたまるか」
直也《それがお前の罪に対する罰だ》
商人「うるせえ!おい、お前達、仕事だ、痛い目見せてやれ、死んでも構わん」
男は資産を全て没収される事が許せなかったし、罪の意識も無かった。
そして何より、他人を騙す事ばかりを考えて生きて来たこの男は、直也の噂を最初
から軽視して、ほら話だと信じなかった。
だが、護衛達は違う。
彼らは、誰よりも危険に対して敏感であり、その手の話の情報は常に収集している
ため、如何に目の前の存在が、恐ろしい戦闘力を持っているか知っていた。
護衛「……冗談じゃねえ、俺は護衛を止めさせてもらう」
護衛「俺も、こんな所で死にたくねえ」
護衛「拒否する、やりたきゃ、お前がやれ」
護衛「契約はここで破棄させて貰う」
商人「ふざけるな!勝手に何を言ってる!」
護衛「死に直結する様な命令を受けた場合は、契約を解除すると決めていただろ」
商人「それが今だとほざくのか!」
護衛「そうだ」
傭兵は雇い主と契約する際に、確実に死ぬと判っている命令をされた場合は、契約
を破棄すると、最初に取り決める。
つまり今の状況では、倒されるでも無く、怪我を負うでも無く、確実に死ぬ。
そう言っているのだ。
だが欲望にしか、価値を見出せなかった商人には到底受け入れる事が出来なかった
せっかく稼いだ金を取り上げられるなど、我慢できなかった。
そして、あろう事か懐の短剣を抜いて直也に斬りかかった。
直也《愚かな》
商人の男は、自分の視界一杯に広がる青空を見ても自分の死を自覚出来なかった。
生まれてからずっと、自分は人生の勝者だと信じていた。
男はメルド商王国の大きな商家の五男として、何不自由なく暮らしていた。
成人した後、父から少なく無い金を渡されて、これで何か商いをしてみろと言われ
当時の友人や知人達から投資と偽って金を集めてから、隣国に逃げた。
それが、一番稼げたからだ。
詐欺だとか、犯罪だとか、考えもしなかった。
騙された奴が悪いと、本気で思っていた。
お人良しを騙して、金をせしめた時の快感が堪らなかった。
無知な人間を、証文一つで破滅させる事を楽しんだ。
絶望を貼り付けた顔を見るたびに、恍惚とした。
泣き叫ぶ声や、怨嗟の声ですら、心地良かった。
小金持ちだからと、愛してもいない女を妻に迎えた。
だが、その後、妻は、蔑むような眼を向け、娘を抱いて出て行った。
人の道を説く、その行動が理解できなかった。
死ぬ間際になっても、男は結局、何も変わらなかった。
変わらないまま死んだ。
直也《お前達は敵対する意志は無いのだな》
護衛「はい、今から直ぐに出国します」
直也《護衛任務を途中で放棄させたな》
護衛「いえ、お気になさらずに」
傭兵は、一度契約を結んでしまえば、護衛以外は雇い主の行動に関わらない。
それが、例え強盗だったとしても、彼らは不干渉を貫くだけだ。
今回、少年を殴って拘束したのも、只の護衛任務の一環だった。
だが、犯人を聞かれれば答えるし、護衛も破棄するので、強盗する馬鹿はいない。
今回も、商人がどんな非道でも無関心だし、死んだのも自業自得と思っている。
護衛代の半額が貰えないだけだ。
直也はそれを気にしていた訳だが、この護衛の責任者の男には、ある目算がある。
商人の男は、旧ドラン王国に住居を持っており、普段は奴隷が二人留守をしている
だけだが、死んだ商人に身内は無く、資産は全て宙に浮く。
それを手に入れるつもりなのだ。
そして、恐らくその目論みは達成されるだろう。
他人を一切信用しなかった商人には、遺産を受け取る相手さえ居ない。
商人は、あれ程執着した金銭の一つも持たずに、黄泉への道を降りているのだ。
ブラン《ヨウヘイ・ノ・リダツ・ヲ・カクニンシマシタ》
直也《やはり、プロは違う》
護衛達は、直也に宣言した通りに、自分達の荷物だけを持ってすぐさま村を出た。
それは、一瞬の迷いも、躊躇も無い、見事な物だった。
その後、直也は子供の手当てをしながら、他の者達の治療をしていた。
怪我や病気を持つ者もいたが、とにかく皆、栄養状態が良くない。
特に少年の母親が酷い。
恐らく、ここに来てからだけで無く、かなり前から生活に困窮していたのだろう。
そこに、馬車からブランが、ある固形物を持ってきて母親に食べる様に促した。
直也《本当にユリアには、頭が上がらないな》
ブランが持ってきたのは、ユリアが大量に持たせた高栄養の焼菓子だ。
小麦粉に色んな薬草を混ぜた物に蜂蜜や砂糖を大量に混ぜ込んで焼き上げた、正に
栄養補助食品で、数食で、劇的に栄養不足が解消されるすぐれものだ。
ユリアは薬やポーション以外にも、栄養不足を予期して、これを持たせたのだ。
事実、母親はなんと、その日の夕方には母乳の量が増え始め、飢えが解消され始め
た赤ん坊は、殆んど泣かなくなったのだから、この菓子一つで二人も救ったのだ。
そして、暫くしてから、呼びつけられていた村人たちがやってきた。
村長「お、お呼びと聞きましたが」
直也《この男との契約について、弁明を聞こうか》
村長「ひいぃぃぃっ、そ、そ、そ、それ、それ」
商人の生首を死体の上に置いて村長に問いかけた。
村人「なあ、あれって村長の所に時々来てた人だよな」
村人「ああ、商人って言ってたのに、首を斬られるって犯罪者だったのか」
村人「おかしいと思ったんだよ、商品なんて何にも持って来ないし」
村人「でも、これって村長もやばいんじゃねえ?」
村人達は村長と、やや距離を取る様に下がったが、聞いている感じでは詳しくこの
事を知らない様だ。
直也《お前が交わした契約が犯罪だと判っているな》
村長「い、いえ、真っ当な契約です、おかしい所は有りません」
直也《往生際の悪い…………》
村長「へ、へへっ、証文もありますよ」
直也《愚か者が、その証文自体が、違法だ、馬鹿者》
村長「ひいっ」
直也《これは完全な詐欺契約だぞ、知らないで済むと思うな》
村長「ぐう………………」
直也《収穫の三割?それを毎月更新する?それも複利で?いい加減にしろ》
村長「ううっ」
直也《貸付の権利を与えた我々が、何の監視も付けないとでも思ったか》
村長「お、おゆるしを」
村人「ええっ、じゃあ、もしかして、この人達って、罪人じゃ無いの?」
直也《うん?どういう事か聞いてもいいかな》
村人「いえ、犯罪者が賠償金を稼ぎに来てるから、近づくな、と」
村人「殺人犯もいるから、顔を合わせるだけでも危険だ、と」
村人「子供が迷い込んだら、只では済まない、と」
直也《…………き~さ~ま~》
村長「すいません!すいません!すいません!」
いくら謝っても、彼の罪は消えない。
当然、村長の地位は降りて貰ったが、それだけで済む訳も無く、そこそこの賠償金
を払う事になったのだが、移住者達の中に、あの今にも倒れそうだった親子を見た
村長の妻が激怒して、幼い子供を連れて、実家のある隣村に帰ってしまったのだ。
「人でなしの父親なんて、私と子供には必要ないわ!」
そりゃそうだろう、と言う村人達からの蔑みの目に耐えられず、元村長は、その後
家具や家、農機具までをも売り払って、モス大河を越えて逃げたらしい。
そして、新しく村長になった若い男は、前村長の非道を詫び、生活が立ちゆくまで
衣食住の全てを保証した。
移住者達を村の空き家にそれぞれ迎え入れて、当分の食料を配り、融和を図った。
なぜ、そんな行動が、取れたのか。
実は、新しい村長となった男は、直也に助言を求めたのだ。
この一例だけを見ても、かなり能力の高い人間なのだが、如何せん早くに父親を亡
くした上に、まだ幼い弟妹が五人もいて、貧乏この上なかった。
この世界、例え小さな村でも、頭角を現すには、それなりの財力が必要なのだが、
彼には、それが無かった。
しかし、若者は村人からの信頼や評判だけは高かった。
こんな人材を直也が見逃す筈も無く、多額の資金を用意して、無理やり村長の地位
に付けた。
直也《相談ぐらいは何時でも受けるから、この村を頼むよ》
若者「はい、頑張ります!」
直也《連絡用に、このドローンを置いてゆくから、何時でも話しかけてくれ》
若者「おおおおおお~」
この日、直也の大掃除が全て終わった。
その後、この村では有る変化が起こった。
この若い村長が、あの少年の母親と結婚したのだが、例え移住者でも分け隔てなく
扱って貰えると言う評判が広まった結果、移住希望者が殺到し、人口が激増した。
いずれ遠くない未来に、村から街に昇格するのは確実だろう。
そしてもう一つ、今まで、川の中流に有る為、中の村と呼ばれていたのだが、村人
の総意で新しい村の名前が決まった。
直也《なあ、考え直してくれないか》
村長「嫌です!」
直也《はあぁ~》
村の名前は、ナオヤ様のしもべ村、だ、勘弁してほしい。
アルなんか笑い過ぎて呼吸困難になってやがるし、ユリアもクッションに顔を埋め
て震えていた。
《いずれ、絶対にお前らの名前が付いた村を作ってやるからな!》
ここまでなら、只の笑い話しだ。
おかしな名前の村が出来た、それだけだ。
だが、この移民騒動が、周辺国に及ぼした影響は大きく、国家間に緊張を齎した。
( 楽園が出来た )
こんな噂が、貧しい者達や、虐げられ続けた者達の間を駆け巡る。
避けようの無い、新しい嵐が、すぐそこまで来ていた。




