冥王の怒り
ユリア「もうそろそろ限界みたいね」
建国から既に四か月が過ぎた。
街道を整備し、流通を確保、それぞれの街や村を自立させ、法律を整備をした。
食料自給率を引き上げ、自警団を立ち上げさせた。
補助を受けた町や村は急速に自治を回復していった。
だが、ここ最近、責任者となった者達の元には、過剰な資金が集まり、その恩恵に
あり付こうと、寄生虫が集まり始めた。
原因は、次々に流入してきた移住希望者たちだった。
大多数の移民は、生活が困窮したり、貧しい生活から抜け出そうとする者達だが、
その中に、一定数の他人を食い物にする事を目的として、やって来た者たちが、混
じっているのだ。
そして、更に問題なのが、彼らがそれに対して全く罪の意識を持っていない事だ。
騙された奴が悪い、うまく立ち回った者が正しい、弱い連中は搾取される為だけに
存在する。
バレなければ罪に問われない、罪に問われたら金を払えば問題ない。
そこで、如何にして金を儲けるかだけに価値を見出してきた。
他人など、踏みにじって当たり前。
そう言った価値観を持って生きて来た者達が蠢き始めたのだ。
直也《いい加減に切れそうだよ、胸糞悪い》
「向うの世界にも居たな、ああいう連中は」
直也《ああ、あの頃は、ただ指を咥えて見てる事しか出来なかった、だが》
「そうさ、好きにやれば良いさ、遠慮はいらない」
ユリア「法を浸透させるために待たせたんだけど、もういいわ」
直也《ああ、存分にやらせて貰う》
ここに来てからの人口増加は、少なからず問題を引き起こした。
だから、新たな法律を作り、それぞれの街や村に配布したが、少しでも早い配布を
行う為、日本の刑法を、丸ごと引用して、そこからこの世界には合わないものや、
不必要な物を削ぎ落とした上で、少しだけ書き加えたり、変更して、一冊の法令書
を作りあげ、急遽配布した。
ハッキリ言って、この世界でこの法律が全て守られるとも、浸透するとも、思って
いないが、それで構わない。
ここに法を記した物が有り、判断に悩んだら、それを読めばいい。
そこに、法の全てがある、それが大事なのだ。
それに日本の法律には王侯貴族や豪商を一方的に優遇する記述など無い。
基本、全ての国民は法律の元、平等だとされている、例え建前であってもだ。
これを全ての国民が認識して欲しいのだ。
直也《例外は認めない、この国に居る限りは絶対に従って貰う》
だが、いきなりすべてが施行される訳が無い。
だから、今問題になっている物、なりそうな物についてのみ、口頭にて布告した。
一つ、例えどの様な理由が有ろうと、奴隷契約は認めない。
一つ、金銭の貸し付けは、街長、村長、商業ギルドのみに許可する。
一つ、金利は年利10%以内とする。
一つ、負債は本人以外に返済の義務は無い。
一つ、給金は全て本人の物で、例え親でも搾取してはならない。
一つ、農地の売買は認めない。
一つ、あらゆる売買契約証は商業ギルドの確認印が有るもののみ有効。
上記の物を、力、権力、及び詐称によって破った者は、国が問答無用で制裁を下す
どんな異論も受け付けない。
このような事を通知してから約二ヶ月余り、後ろ暗い連中が、荒稼ぎをして逃げ出
そうとしていたが、直也が怒りに任せて配備しまくった小型のゴーレム達やそこら
中に散らばっているドローンによる監視の目は、新たに設置した甲虫型自立型移動
基地を中継して一人とて逃がす事無く、追跡していた。
そして、それを全て把握している直也の堪忍袋の緒がとうとう切れたのだ。
直也《あのクソども、好き勝手しやがって、ただじゃおかない》
「あ~、いい感じで切れてんなぁ」
ユリア「私が暫らく動かない様にお願いしたから、だいぶ我慢してたみたいなの」
「なら、しょうがないな」
ユリアが二ヶ月近くも、連中を野放しにしたのは、この口頭による布告が街や村中
に、浸透するのを待つ為だ。
こうする事で、これからの利益が見込めないと思った連中は、全てを金銭に変えて
逃げ出そうとするだろう。
だが、もう既にローグ大橋もクーロン大橋も修羅が出国者を押しとどめる為に配置
済みだ。
そして、逃げ出した連中が真っ先に目指す事になるだろう、ローグ大橋には、アル
が向かう予定だ。
そして国内は今回、直也が主体で動く事になっている。
理由は国中に直也を認知させる為だ。
ハッキリ言って、アルやユリアと違って直也の認知度はかなり低いのが現実で王都
の人間の様に、直接会った事の有る人間しか、その存在をまともにしらない。
名前は知っているが、その存在を誰も的確に伝えきれないからだが、今回の騒動を
丁度いい機会だとユリアは考えていた。
ユリア「ナオの存在は、警備兵5000人以上に匹敵するわ」
法に触れれば、何処から聞きつけたのか、強力無比の存在が制裁にやって来る。
これが浸透すれば、どれ程犯罪を抑制出来る事か。
それを見越した行動だった。
その日、直也はブランを連れて、一路、南に向かって移動していた。
今回の移動は、新型の馬車を使っている。
これは、今までアル達が使って居た馬車と違って、直也やブラン達専用の特殊仕様
で、居住性などを完全無視して速度のみを追求した者だ。
なんせ、基本、馬は只の飾りで、その気になれば馬無しで走れる。
まあ、殆んど車だ。
いつごろか、夢の国が有ると聞いた。
俺の飲んだくれ親父は聖王国の兵士が隣町に来たと聞いて、村へ借金を、おふくろ
に全て押し付けて、家の有り金、全部持って逃げたクズだ。
だが、幸か不幸か、聖王国の兵士はやって来なかった。
どうも農村は見逃されたらしいが、そんな事は、俺達母子には関係無かった。
おふくろは村長の畑で借金を返す為に、一日、ゴミみたいな芋二つでこき使われ続
けた。
そして、俺が六歳の時に妹が生まれた。
もちろん、父親はあの村長だ。
奴は月に一度、決まった日にやって来ては、おふくろを襲った。
俺は、嫌がるおふくろを助けようとしたが、結局、気絶するまで殴られ、おふくろ
の足かせになっただけだった。
そして明日、食べる物にさえ、苦労していた俺達親子は、非難する事も抗議する事も
出来なかった。
更に、妹が生まれて半年も経たない内に俺達は村を追い出された。
村長の妻が、おふくろの存在に気が付いたからだ。
「このドロボウ猫が!」
まるで、オークの様な女が妹を抱えたおふくろに殴りかかろうとしたので、その腕
に噛みついたら、村長の妻だった。
そして、持てるだけの物を担いで向かった先は夢の国だと聞いた隣国だ。
村を出て、ローグ大橋に向かった俺達は、いつの間にか同じく隣国を目指している
人達と合流した。
そして、数人の集団になった時にあいつらが声を掛けて来た。
商人だと言ったそいつらは、隣国までの旅費を貸し付けてくれるといった。
隣国の村に着いたら、働いて返してくれれば、良いと言って証文を差し出した。
金利も安かった、だが、その時点でもう騙されていた。
借りた金は、目的地の村に着くまでに異常な程、高額の食料を買わされて、目的地
の村に着いた頃には、銅貨数枚しか残っていなかった。
「この村の西側の畑を売って貰える様にまりました」
そう言って示されたのは、荒れ果ててはいるが、何とか形を残していた広い畑で、
みんなは、やっと未来に希望が持てそうだった。
「土地代は貸し付けますから、収穫時に生産量の三割を返済に充てて貰います」
そして、俺達は又証文を書かされたが、それでも自分達の土地が持てた事にみんな
高揚していた。
村から離れた所に建っていた、数軒のあばら家を、何とか住めるようにして、翌日
の朝早くから、みんな畑に出ていた。
明日を考える事が出来るのが、みんなに疲れさえ感じさせなかった。
数ヶ月、商人達は近隣の村や街へ行商に回っては、偶に戻って来ていたが、まるで
監視する様に畑を見ていたのが、気にかかった。
そして、今日、事態がいきなり変わった。
「ふざけるなよ!奴隷ってどういう事だ!」
「借金を返せなければ、体で払ってもらうだけだ、何の文句がある」
「収穫の三割と言ったじゃないか!」
「ああ、言ったねぇ、で、何処に記載されてるんだ?」
「騙したのか!」
「騙される馬鹿が悪いんだよ、阿呆が」
「きさまあぁ!」
「どうする、力ずくでこの証文を取り返すか?」
「くそったれが………………」
「諦めな、丸腰で何が出来る、馬鹿どもが」
「返せ!」
俺は、商人が笑った途端に、奴に飛びかかった。
服を掴み、一息に奴の首筋に噛みつこうとしたが、横にいた護衛らしき男に背中を
殴られて地面に転がってしまった。
「があぁっ」
吐き出した息が吸えずに、意識が飛びかけたが、諦める訳にはいかなかった。
おふくろは、もう、限界が近い。
いつ倒れても不思議じゃないのに、このまま又、元の国にまで歩かされたりしたら
間違いなく死んでしまう、そうなれば、まだ乳飲み子の妹も、辿る運命は同じだ。
だから、何としても俺はここを動く訳にはいかなかったのに、無理やり縄で縛られ
家から引き出されて、馬に繋がれた。
どこで切ったのか、目に血が流れ込んで、おふくろ達が見えない。
「ちくしょぅ………………」
俺がおふくろを守らなきゃ、妹を守らなきゃいけないのに、何も出来ない。
あがく事もできないなんて、なんて情けないんだ、歯がゆくて堪らない。
あのクソ親父にも、あのゴミ村長にも、頼った事は一度も無かった。
無駄だから。
でも、誰か、誰でも良い、誰かお願いだ、俺の命なら差し出すから、だから
「…………誰か………誰でもいい………たすけて………………」
途切れそうな意識を繋ぎ止め、もう、殆んど無意識で呟いたが、まさか返事を返さ
れるとは、夢にも思わなかった。
《ああ、わかった、聞こえたぞ》




