嵐の前の領都
「お帰りなさいませ、カタリナ様」
「御無事で何より」
「ええと、そちらの方々は?」
クノッソス砦の開かれた門を潜ると、守備兵達が数人声を掛けて来た。
嬉しそうな様子から、カタリナが兵士達に慕われているのが良く判る。
カタリナ「こちらは、ドラゴニアの友好親善大使御一行の馬車よ、頭を下げて」
兵士「は、はい、ようこそ」
ユリア「かしこまらなくて良いわ、こそばゆいから」
窓から顔を出した、ユリアが笑顔で答える。
反対に直也とルージュはマントとフードで、顔と全身を覆っている。
ユリアが注目を集め、直也達は影に徹すると言うのが、出発前の取り決めだ。
今回、目立つのは都合が悪いし、金属の姿をいちいち説明するのも面倒だからだ。
ユリア「ナオ、どんな感じ?」
直也《潜んでいる者は居ないな、ここは大丈夫だろう》
ルージュ《コチラモ・カン・ナシ》
現在砦は、二十名程の兵士によって、管理されている。
理由は簡単、隣に黒の魔導士が居座っているからだ。
そんな中で軍事行動が出来るなら、やってみればいい、と、言う事らしい。
兵士「おかげで、盗賊一人きませんし………」
兵士「ごくたまに魔狼が来るぐらいで………」
兵士「ここ数日は、たまにフォグフロッグを駆除する位で」
兵士「「「「「もう、暇で暇で」」」」」」
この調子なら、更に人員削減の対象になるだろとの事だった。
確かに、この調子だと、必要人員は4~5名だろう。
実際、兵士達はカタリナにくっついて行きたいと懇願していた。
カタリナ「領都に帰ったら、替えの者を送るから、それまで待つように」
兵士「「「ええ~」」」
カタリナ「砦を丸ごと空になんて、出来る訳無いでしょうが!」
兵士「「「ええ~」」」
カタリナ「やかましい!」
少々無駄な時間を取られたが、工程は順調に進み、程なく領都パレイルに着いた。
倉庫に運び込まれてゆく、大量の塩の袋を見て、ペトラと言う財務担当の女性が、
狂喜乱舞している。
ペトラ「これからは、何時でも取引が出来るって事ですよね!」
カタリナ「おまけに、五分の軍事同盟まで結んで貰ったわ」
ペトラ「取引し放題………………」
カタリナ「在庫のアダマンタイトもオリハルコンも全部買うって」
ヘレナ「まさかの、不良在庫ゼロ!」
カタリナ「それに向うは、宝石なんかも、幾らでも購入するって」
ペトラ「ほんとうですか!」
カタリナ「もちろん、ほら見て」
カタリナの差し出した袋いは、真新しい金貨が100枚ほど入っていた、それが五つ
(約五億円)もあった。
カタリナ「アダマンタイトも宝石も残らず買ってもらったわ、それにこの金貨よ」
ペトラ「なんて、見事な金貨………」
カタリナ「代金はこれから全て、この金貨で支払われるの、どう?」
ペトラ「ここ、2~3年発行されたゴルドラ金貨は、取引不可にしましょう」
カタリナ「私も賛成よ、価値が三割以上違うわ」
ペトラ「直ぐに告知しましょう、ついでに塩やアダマンタイトの件も混ぜて」
此処しばらくは、ガルム領内の物価は、上昇し続けていた。
当初、塩だけだった物が、香辛料や穀物類、果ては嗜好品まで上がり始めた。
目的は商品の専売化をペトラが許可しないからだ。
チェスターやクーパの様な獣人の商人と違って、人族の商人達の本店は、全て公国
や公爵領にあり、ガルム領には、支店が有るだけだ。
商品を専売する事で、この国が例え破綻しようが滅ぼうが、彼らにとって、膨大な
利益の前ではどうでもいいのだ。
ペトラ「散々脅して来やがって、今度は私があの爺どもに目にもの見せてやる」
カタリナ「思いっきりやって良いわよ」
ペトラ「うけけけけ、み~て~ろ~よ~」
カタリナ「溜まってるわね………………」
ペトラがどす黒い怨念を撒き散らしていると、一人の狐人族のメイドがカタリナを
呼びに来た。
カタリナ「ありがとう、ヘルガ、皆さまの様子はどう?」
ヘルガ「特に、ですが護衛の方は一体何者ですか」
カタリナ「どうかしたのかしら、お顔でも拝見したの?」
ヘルガ「ふざけないでください、呼吸の気配が無い人間なんて居ません!」
カタリナ「じゃあ、ゴーレムかしら?」
ヘルガ「からかってますね、ゴーレムなら体が脈動するはずです」
カタリナ「では、どちらでも無いって事よ、しかし流石は元護衛メイド、よく気が
付いたわね」
ヘルガ「…………危険では無いのですか」
カタリナ「ええ、少しも、でも倒そうと思ったら一国でも足りないわよ」
ヘルガ「超がつく危険人物じゃないですか!」
カタリナ「そりゃ、あの寂寞が、自分の半身だと言ってる位だもの」
ヘルガ「勘弁してください」
そして、領都ではその話題で持ち切りだ。
これは、ユリアとカタリナが意図的に噂を流しまくっているせいだ。
噂の中には、嫌でも暗殺者が動かざる得ない様な虚偽の情報も多数含まれていた。
使節団は、到着したのが、午後だった事もあって、晩餐も簡易な物で済ませた。
正式な会談や調印は、ガルムが戦場から戻って来る三日後と言う事になった。
勿論、会談も調印も日時も、全て、でまかせ情報だ。
そして、情報を鵜呑みにした、噂好きの雀たちは、こぞって、自らの飼い主の元に
飛んで行った。
ある商人達の私邸や支店では
「半年は余裕で賄えるだけの安い塩を領主が確保したそうです」
「もう、次の取引に向かう商隊が出発したそうです」
「あの魔導士の国からも、商人がやって来るそうです」
「新金貨の流通が行われるそうです」
「領主が金貨の取引に関する条例を出したそうです」
「隣国から、価格の安い商品が大量に流れ込むそうです」
「産出した鉱物資源は全て魔導士の国が高値で買い取るそうです」
また、ある貴族の私邸では
「領主の娘が魔導士の国の男へ嫁ぐらしい」
「領主の座は娘婿が収まるらしい」
「娘婿は剣の達人だが、反抗する相手には容赦しないそうだ」
「魔導士の国から、兵器と兵士の提供があるそうだ」
「同盟の調印式が三日後に行われるらしい」
「魔導士の国からの使者は女だそうだ」
「結婚式にはわざわざ寂寞が来るらしい」
「婚約が決まれば、不穏分子の一掃に乗り出すらしい」
嘘と現実が入り混じたt報告が次から次へと齎されて、真偽を確認する時間さえ、
手が回らなくなっていた。
そうなれば、対処する為に打てる手が、著しく限られてしまう事になる。
そして、それは、自らも被害を受ける可能性と失敗する可能性を引き上げた。
彼らは、今まで遊戯の盤面を動かす立場だったが、いつの間にか、ただの駒に成り
下がりつつある事を認識出来なかった。
直也《もういい時間だろう、ユリア、全機、出してくれ》
貸し切りになっている別邸の一室で、直也は、新しく作った監視ロボットをユリア
の異空庫から出して貰っていた。
大きさも見た目も、真っ黒な蛾にしか見えなかった。
極限にまで薄く伸ばしたミスリルで機体を作り、盗聴能力と飛行能力だけを持たせ
た小型盗聴ロボットだ。
その数、3000機、ハッキリ言って魔石と魔法陣が無ければ、いくらミスリルとは言
っても、到底制作は不可能だった。
ユリア「流石にこの数だと、気持ち悪いわね」
直也《あはは、悪いが少しだけ我慢してくれ》
ユリア「わかってるわよ、さあ、部屋の灯りは消したわよ」
直也《わかった、ルージュ、窓とカーテンを開けてくれ》
真っ暗な夜空に無数の黒い蛾が、無数に飛んで行く。
夜目の利く数人の獣人達が、この機械仕掛けの黒蛾に気がついたが、虫だと思い、
誰一人、問題にしなかった。
それに、この世界では、滅多に夜、建物から出ない。
通りに街灯が無いのでとにかく、暗いのだ。
直也《こいつらを、活動させるには最高の環境だ》
とにかく、少しでも灯りの漏れている建物に取り付いて、盗聴出来る位置まで移動
するのだ。
ユリア「受信機はもう出して良いの?」
直也《ああ、順番に間隔を開けて出してくれ》
ユリア「ええと、まずはこれからね」
最初に取り出したのは二つの巨大な傘、パラボラアンテナだった。
これを屋根の上に設置すると、ケーブルをユリアが出した機械に繋いでいく。
今、部屋中を埋め尽くしてているのは模造真空管やトランジスタ擬きの詰まった、
大小様々な機械の群れだ。
そしてそれを、ミスリルで作ったケーブルを繋いでいる。
直也《クソ、やっぱりでかいな》
ユリア「ねえ、ナオの世界では、これが片手で持てるんでしょ」
直也《ああ、数百倍の性能を持ったままな》
ユリア「どれだけ進んだ社会なのよ………」
直也《いや、それ、五十年以上前の技術で、今はこんなもん使って無いぞ》
ユリア「冗談でしょ………」
直也《会話も出来ない、映像も遅れない基本構造だけなんて、子供の教材さ》
ユリア「ナオの世界って、そのうちこっちに攻めて来たりして」
直也《ははは、まさか………》
ユリア「……………絶対に?」
直也《………………多分?》
しかし、機械を稼働させた途端に、情報が、どんどん集まり出した。
直也だからこそ、この膨大な情報を処理できるが、生身の人間なら脳が焼き切れる
だろう。
直也《これは違う、こいつは無関係、ここは撤退、次は向うに………》
それから、どれ位たったのだろうか。
ユリアは飽きてしまって、湯浴みをして、食事をして、睡眠をとって、そしてまた
目が覚めた。
時刻は恐らく夜の11時頃だろう。
なんせ、日中は馬車の中なので、寝る以外の暇つぶしが無い。
当然、夜中に目が覚める。
直也《ここだ、ここだ、全く手間かけやがって》
ユリア「なになに、やっと見つけたの?」
直也《………何でこのタイミングで起きてるんですか?予知能力者ですか?》
ユリア「う~ん、ナオが言ってた、ち~と、って、奴じゃ無い?」
直也《かなり違いますがね、聞きます?》
ユリア「うん!聞きたい、聞きたい!」
直也《子供ですか………》
ユリア「子供でいいもん!」
いつの頃からだろう、ユリアの精神は直也に出会ってから、どんどん若返り始めた
普段は、ああ、生き生きしているなあ、と言った程度だが、事、直也と二人きりに
なると、それはもう、幼児返りと言った方がしっくりくる程甘える。
実際、ユリアの魂は親に売られた八歳の時から空白のまま止まっている。
だから何もかも知っている直也の傍で、もう一度、幼かった自分が、成長していく
空想の人生やり直そうとしている。
絶望ばかりの幼少期を焼き直そうとしているのだ。
直也はそれを、逃げだとか、無意味だとか言うつもりは無い。
現実逃避の何が悪い、そうしなければ狂いそうな状況に追いやったのは一体誰だ。
本人が幸せになる道がそれしか無いならそれで良いじゃないか。
文句があるなら、替りの物を用意してから言え、そう思っている。
直也《まあいいや、じゃあ会話を流すぞ、丁度いい所だ》
ジジジジジジ ――――― ジッ ――――― ッ
(もう猶予は無いぞ)
(しかし、相手は、魔導士だぞ)
(なに、魔導士だと言っても、所詮、女一人、何とかなるだろう)
(たかが、魔導士一人に腰が引けているのか、臆病者)
(完璧を目指しただけだ)
(薬を使うか)
(時間が無い、少々危険だが明日の夜に………)
(人員は?)
会話はまだ続くが、主要な流れは今聞いた通りで計画が組まれたようだ。
ユリア「そっか~、私、襲われちゃうんだ~」
直也《所詮、女とか言われてたぞ、いいのか?》
ユリア「いや~ん、暗殺者こわ~い、ナオ、まもってえ~」
直也《完全に暗殺者で遊ぶつもりだろう》
ユリア「だって~、たかが魔導士?舐めてるよね、舐めくさってるよね」
直也《いきなり、本気モードになるなよ》
その後、同じように2ヶ所の暗殺者のアジトと、ろくでもない事を画策していた、
商人の支店を幾つか、特定出来た。
さあ、くだらない事を画策していた連中をどう料理してくれよう




