聖王の選択
「いえ、あれは間違いなく黒の魔導士、アルセニオス・ファンビューレンでした」
そう声を上げたのは、帰国後、ずっと沈黙を守っていた、トラディス公爵だった。
王女「こ、公爵、貴方、何を言って」
公爵「その怒りは凄まじく、我らは総力を挙げて戦いましたが、どうにも出来ず」
王子「貴方はあの男に会ったと言うのだな」
公爵「ええ、グリムドール親子の尊い犠牲のお陰で、我々は何とか撤退出来ました
が、軍団は壊滅しました」
(相変わらず口だけは良く回る、何が尊い犠牲だ、見殺しにしただけだろう)
公爵と共に出兵して、帰ってこなかった貴族は2家のみ。
残りの10家近い貴族は全員帰ってきている。
そして、公爵達は敗戦の責任を痛感した、暫らくは謹慎すると言って門を閉じた。
それを不審に思った、王宮や王女は何度も呼び出したが、誰一人として応じる事は
なかった。
だから、敗戦と撤退の情報が、噂話程度でしか届かなかったのだ。
王女はここに来て、やっと自分に対抗する勢力が王宮に出来ている事に気が付いた
が、今は静観する外は無いだろう。
相手は弟の第一王子なのは、今までの遣り取りで想像はついた。
王女「あの不細工が生きているのは、本当みたいね」
今回の事で、王女や元帥が戦の責任を問われる事は、ほぼ無い。
そもそも、周辺諸国に侵攻したのは、このグラーツ大陸の教義を全て聖教に変える
為に行った聖戦だ。
光神サンラスこそが、唯一の神。
その看板を免罪符にして、戦を起こす事を黙認したのは、聖王も含めた此処に居る
貴族達全員なのだから、誰も敗戦の責任などは問えない。
それに、最大派閥の王女派には多くの貴族と、今回数は半減したが王都の聖騎士団
がいる。
自前の戦力を持たない第一王子が多少、抵抗した所で、その差は歴然としている。
問題は中立貴族とあの魔導士だ。
王子「しかし我々にとっては、非常に重大な問題だとは、思いませんか姉上?」
王女「結局、何が言いたいのかしら?」
王子「いえいえ、何とか今回も姉上に処理して頂けないかと思いまして」
これを聞いて馬鹿正直に黙っていられない者がいた。
もう一人の当事者、王女の夫、モントレイ・パンダーム元帥だ。
元帥「冗談では無い!あんな奴を何度も相手出来るか!」
王子「そうは言われても、彼は必ずあなた達に会いに来ると言ってますし」
元帥「なすりつけるつもりか!」
王子「まさか、そんな事は言ってませんよ、事実を言っただけで」
王女「まあ、来るのなら致し方ありませんね、対処しましょう」
元帥「えっ、おっ、おい」
王女「その代わり、王都以外の街の聖騎士の指揮権をいただくわ」
聖王「むう!」
公爵「不敬な!そんな暴挙は許されんぞ!」
今回、侵略戦争に参加した聖騎士は全て王都教会の所属で、地方都市の教会に所属
している聖騎士は参加していない。
理由は彼らが参加すると、略奪や暴行が行え無いからだ。
聖教会の内部は、実は大きく二つに分かれている。
今回の戦に積極的だった、王都の革新派と地方都市教会主体の保守派に分かれる。
信仰の為なら略奪・暴行・殺人さえ許容する革新派。
人間が信仰によって改宗させた亜人や獣人を支配する、とした教義を頑なに守る
保守派。
その両派も頂点に居るのは聖王ただ一人。
その聖王の権利を半分寄こせと言っているのだ、反発されるのも当然だろう。
王女「散々、今まで美味しい思いをして来たくせに、たかだか、聖騎士の指揮権如
きを貸し与えるのを、渋るなど業腹ではなくて?」
聖王「しかしだな」
公爵「そうです、彼らが居なくなれば、街の治安が………」
宰相「街の治安維持は領主の仕事でしょう、それにあの魔導士を排除すると決めた
のはあなた方も含まれるのですよ」
王女「敗戦の責が公爵の責で無く、あの魔導士だと主張するのなら、原因となった
あの男は、私では無く、我が聖王国の敵なのでしょう?」
公爵「確かにそうですが………」
宰相「なら、足らない戦力を補充するのは至極当然かと」
聖騎士の指揮権の移動、これには公爵を始め、多くの領地持ち貴族が難色を示した
なぜなら保守派の聖騎士はとにかく強い。
王都の聖騎士が、欲に溺れ満足な鍛錬もせず、女性に受けのいい外観を競い合って
いる間に、彼らは、ひたすら鍛錬に明け暮れた。
おまけに、教義に反する行為には厳格に対応するため、犯罪者は彼らの事を異常に
避ける。
結果、貴族達は治安維持にかかる費用を驚くほど節約できたのだ。
王子「まあ、致し方ないんじゃないですか、許可しましょうよ、父上」
聖王「判った、暫しの間、指揮権を渡そう」
公爵「そんな、聖王様………」
聖王「以後、指揮権を一時的にモントレイ・パンダーム元帥に移譲、防衛の指揮
を任せる」
元帥「よし、これで見通しが立った」
宰相「……………………御英断、お見事です」
王女「……………………………ありがとうございます」
ここで王女は、この謁見の異常性を認識した。
今まで、頑なに中立だった聖王が、王子の指示を受け入れたのだ、
(何かある、何か私の知らない何かがある、宰相も感じたみたいね)
こんな状況になると、自分の伴侶の浅慮がうらめしい。
王女は自らの伴侶を、その者の能力では無く、容姿と家柄で選んだ。
事実、高身長、金髪碧眼、優雅な仕草、日焼けとは程遠い白い肌、そしてその口が
紡ぐ、愛の言葉の数々。
もし騎士でなければ、男娼か、良くて劇団男優の類だろう。
(腕っぷしは諦めてたけど、おつむの方も残念なのは誤算だったわ)
一緒に愛をささやいている時は、まさに天にも昇る気持ちで、これ程の優越感に満
たされた事は無かったが、いざ問題が発生すると、余りにも考えが浅い事が判った
王宮内の貴族との駆け引きなど、とてもじゃないが、任せられない。
それでも惚れた弱み、今までは上手くやっていたが、今回ばかりは、様子が違う。
不用意な言葉で、命取りになりたくない。
王女「では失礼して、対策を立てさせてもらいましょうか」
元帥「あ、ああ、うん」
宰相「では、私もお手伝いさせてもらいましょう」
(とにかく、この場に留まるのは不味い)
王女達が辞した謁見の間は、早々に退出した貴族達のお陰で、残っているのは聖王
第一王子、リネア・ベッテン公爵ほか数名の貴族、そしてヨアンだけになった。
王子「で、君は俺の保護下になるのを受け入れるかい?」
ヨアン「勿論です、無一文で放り出さないでください」
王子「なら、俺に嘘は絶対につくな、殺すよ」
ヨアン「神に誓って」
王子「…………なんでそんなに冷静なんだ?納得いく説明を求む」
ヨアン「寂寞と正面から対峙したからです、あれよりも恐ろしい事など」
王子「その事なんだが、どれ位、誇張してるんだい?」
王子はヨアンの報告が、自分の身の安全を確保するため、かなり大袈裟な表現に、
勝手に切り替えたと思っていた。
なまじ、魔法をかじっている為に、ヨアンの話を疑ったのだ。
王子の魔力はそれなりに多く、魔法使いの教育を自分で受けていた。
だから、属性から外れた魔法が如何に効果が薄いか知っている。
アルのような風属性の者は水には適性が有るが、土魔法の適性が薄い。
ヨアン「逆です、誇張どころか大分端折ってます」
王子「はあ?」
ヨアン「まず、拘束魔法ですが、四人まとめて、一瞬で拘束されました」
子爵「そんな、馬鹿な!」
王子「四人を一瞬?噓だろ………」
ヨアン「それもご丁寧に、一人ずつ、別々に、です」
拘束魔法は構築が難しい上に魔力を馬鹿食いする、使い勝手の悪い魔法で、適正が
薄ければ、発動さえしない事もある。
それを、一瞬で発動などと冗談にしか思えなかったのだろう。
王子「じゃあ、土魔法は………………………」
ヨアン「あれが一番恐ろしかった、思いだしたくもないです」
子爵「それ程なのか?」
ヨアン「足元の地面が細かい砂に変わって、まるで蟻地獄みたいにがゆっくりと
飲み込まれて行くんです、生きたまま」
王子「地獄その物じゃないか………」
子爵「いったい何なんだ、適正もくそも無いじゃないか………」
ヨアン「ええ、他にも治癒魔法や、透視魔法もつかってました」
王子「無茶苦茶だ………」
ヨアン「寂寞の通り名は謙遜だったのかと思いましたよ」
ここで、今まで一言も口を開かなかった聖王がつぶやいた。
聖王「最悪、国を捨てる事も視野に入れねばならんな」
王子「ええ、どうもその選択肢を破棄出来ないようですね」
公爵「国をすてる?どういう意味ですか!」
残りの貴族も騒ぎ始めたが、当然だろう、遠回しに領地を捨てろと言っているのと
同じ事なのだ。
はい、そうですかと言う人間が居る訳が無い。
ヨアン「やっぱり、敗戦した事が原因ですか?」
この会議で自国の敗戦を始めて知ったヨアンは、そう素直に問いかけた。
自分の体一つしか、財産の無いヨアンは、この場合、一番冷静だと言える。
王子「それも一つの理由だが、昨夜遅くに諜報からある報告が来た」
聖王「驚くべき、報告がな」
王子は魔法に傾倒していたが、ある日、アイシクルオウルというフクロウの魔獣を
飼いならせる事を発見し、ならば伝令に使えると、思い立った。
これは姉である第一王女が、ゴブリンを使役しているのを見て、他の魔獣も出来る
かもと思い始め、あれこれ模索している内に、この鳥に辿り着いたのだ。
この魔獣は他の魔獣がいない夜空を飛ぶ。
安全を約束された、その飛行距離は途轍もなく、ほぼ一晩で一国を飛び越える。
伝える情報量がやや少ないと言う欠点など、霞んでしまう程、有益だった。
王子「アルギス公国があの男と争いになり、三千人の兵士が死んだらしい」
ヨアン「げっ」
公爵「ゴブリンならいざ知らず、公国の兵士ですぞ、そんな簡単には」
王子「問題はそこでは無い、それを引き起こしたのが、別の人物だからだ」
ヨアン「はあ?」
公爵「はあ?」
聖王と王子以外は、暫らく考え込んでいたが、結局、事態を飲み込めないでいた。
黒の魔導士の第一席、寂寞の二つ名を持つ、アルセニオス・ファンビューレン
大陸最強の魔導士、規格外、歩く災厄とまで言われた男と同格かそれ以上の人物が
存在し、尚且つ一緒に行動しているらしい。
ヨアン「それ、本当に人間ですか?竜か何かが化けてるんじゃ」
王子「俺もそれを疑ってるよ、異常過ぎるからね」
公爵「国が………………滅ぶ」
聖王「かもしれん」
王子「どのみち、リリアーナ達との衝突したらハッキリするさ」
ヨアン「そんな、まるで他人事みたいに………」
王子「どうせ今出来る事なんて限られているからね」
「この国は亡ぶべき運命なのかもしれん」
つぶやいた聖王の声が、虚しく広間に溶けていった。




