奪還
直也《ルージュ、10時の方向に1、3時の方向に2、距離は共に50》
ルージュ《イエス・マスター》
まだ完全に夜が明けきらない薄暗い光の中、ルージュの放った矢が疾走する16式
の上から、敗走兵達の背に突き刺さる。
何とか薄暗闇に紛れようと、最後の力を振り絞って草むらに逃げ込もうとした兵士
だったが、光に頼らない目を持っている直也達にとっては、無駄な足搔きでしか無
かった。
今も数ある戦死者の列に加わり、その骸は魔獣の餌となり果てた。
例え歴戦の兵士で数多くの敵や魔獣を倒した男であっても、誰にもその死を知られ
ないまま、祖国と離れた名も無い街道の片隅で、無駄な戦死を甘受する事になった
のは、紛れもなく、彼らの自業自得だった。
ユリア「ほんと、改めて見ると、とんでもない能力よねえ」
直也《竜を狩ろうと思ってるんだ、まだまださ》
ユリア「目標がおかしいわよ」
直也《男のロマンだからね、初志貫徹だ》
ユリア「すぐにでも、達成しそうよね」
直也《いやいやいや、さすがに、まだ早いというか………》
ユリア「討伐するのは、決定してるのね………」
直也《当然だな》
今、直也は16式の操縦をノワールに任せて、砲塔の上部ハッチから身を乗り出し
ているユリアと楽しそうに話しているが、その後方には、夥しい海王国兵士の死体
が延々と、転がっており、魔虫や小さな魔獣たちの、思いがけないご馳走となり果
てていた。
今後、この辺りでは小さな魔獣が大量に発生して、冒険者達の懐を潤す事になるだ
ろう事は確実だ。
直也《ノワール、速度を落とせ、前方に小集団だ》
ノワール《イエス・マスター》
ユリア「ほんとだ、私にも薄っすらとだけど見えだした」
直也《もう直ぐ、日が昇り始めるからな、ブラン、散らばる前に倒せ》
ブラン《イエス・マスター》
16式から飛び降りたブランは、一気に小集団に追いつくと、長槍を手に、片っ端
から斬り倒して行った。
一晩中、走り続けて疲労困憊に陥っていた海王国兵は、抵抗らしい抵抗も出来ない
まま、屠られていった。
ユリア「相変わらず見事な槍捌きね、これも居合みたいにお手本が有るの?」
直也《ああ、これは宝蔵院流といって、500年位の歴史がある槍術だな》
ユリア「…………500…………相変わらず、とんでもないわね」
直也《積み上げてきた歴史の量が違うからね》
ユリア「つくづく実感するわ」
直也《そんな事より、こうばらばらだと、思った以上に時間を取られるな》
ユリア「どうも、向うに優秀な指揮官が居るみたい、私もやられたし」
直也《船で逃げられると厄介だな》
ユリア「多分このままだと、かなりギリギリかも………いっそ、無視する?」
直也《駄目だ、小さな集団になって盗賊化してしまう》
ユリア「ああ、もう、ほんと面倒な連中ね」
直也《仕方ないさ、最悪、街の人さえ保護出来れば良しとしよう》
その後も、同じように、集団から脱落した連中を処理し続け、昼をやや過ぎた頃に
オセの港街の全貌が望める、高台に到着した。
どうも街では、多くの兵士達が出港し始めたが、僅かに残った兵士達が、街の人々
を拘束しているのが見て取れた。
既に出航し始めた兵士が叫んでいるが、残留している兵士が激昂して怒鳴り返す声
が、こんな所まで聞こえて来た。
ユリア「ねえ、あんな騒ぎの中で、街の人達を保護できるかしら………」
直也《まだ、出航はしていない、大丈夫だ》
◇◇◇◇ side オセの街・海王国軍 ◇◇◇◇
副官「1隻残らず出航だ!急げ!急げ!」
海兵長「水も食料もどうでもいい!早く乗船しろ!」
副官「新型艦は早く機関を始動させろ!」
海兵長「乗船した奴は速く帆を張れ、一刻も早く出航させろ!」
急ピッチで出航準備を始めた副官たちの前に、街に残っていた守備隊の連中が出て
来て、その前に立ちふさがった。
伝令は受け取ったが、ただ逃げろと言われて、はい、そうですか。とはならない。
守備隊長「貴様ら!勝手に何をしている!」
海兵長「見りゃ解るだろ!船を出すんだよ!邪魔すんな!」
守備兵「おい、お前ら一体どうしたんだよ、何があったんだ?」
海兵長「さっき報告しただろ!化け物がもう直ぐそこまで来てるんだよ!」
守備兵「ば、化け物?化け物って何だ?マジなのか?」
守備兵「俺達は逃げなくて大丈夫なのかな?」
守備兵「………俺も逃げる事にしようかな」
海兵長「もう、時間がねえんだよ!」
守備隊長「何を訳の分からん寝言をほざいているのだ!それに、ライガン様は、
海将様は一体どうした?何処にいる?」
海兵長「あの馬鹿なら、とっくに殺されちまったよ!」
守備隊長「き、貴様!ライガン様に対して不敬だぞ、おい、こいつを懲罰房に」
海兵長「うるさい!邪魔するな!」
守備隊長「な、おま、おまえ、なにを言って」
ここに来てやっと守備隊長も、戻って来た兵士の様子が、揃って異常な事に気が付
いて、糾弾の矛先を収める事にした。
それに海将たるライガンが死んだ上に、あの馬鹿とまで言い切った。
守備隊長はライガンの腰ぎんちゃくとも言える貴族だが、決して無能では無い。
もしここで対応を間違うと、帰国した後、宮廷内での立場が悪くなる事は十分理解
している。
何せ戦死したライガンは、第一王女の伴侶である、ただの戦死では恰好がつかない
せめて名誉ある戦死か強敵との相打ち、もしくは、せめて大きな功績の対価を得る
為だった、位の手土産が必要だ。
とにかく、情報が欲しい。
守備隊長「副官はどうした?無事なのか?」
海兵長「ああ!もう!ええと、ほら、あそこだ!」
指を向けた先では、手に持てる限りの食料を抱えた兵士達を、食糧庫の入り口で
舟に速く向かえと、怒鳴っている副官がいたが、その様子が尋常で無い。
爵位こそ無いが、常に冷静で判断力に長け、海軍内での信頼度は、どの海将連中
よりも高い。
おまけに、出世欲が薄い愛妻家とくれば、王室にとって、非常に便利で使い勝手
の良い駒と認識されている。
その男があれだけ狼狽えているのだ、ここで判断を間違える事は出来ない。
副官「水は、舟に予備の水瓶が有る、早く食い物だけ持って乗船しろ!」
海兵長「欲張るな!持てるだけでいい!」
守備隊長「副官!どうなってるんだ、事情を説明してくれ」
副官「ああ?なんですか子爵さま、連絡したでしょ」
守備隊長「逃げろ、の一言だけで納得出来る訳ないだろう」
副官「それは失礼しました、人選ミスでした、すいません」
守備隊長「謝罪はいいから、簡潔に説明を頼む」
副官「分かりました、まずビリアの街の攻略は失敗、返り討ちに会いライガン
様と500人以上の兵士が死亡、その時に、ライガン様が敵を激怒させて
しまったので、追撃を恐れて逃げて来ました」
守備隊長「………なんてことだ………」
副官「そして一番重要なのは、ここは、とある独立国家の領土です」
守備隊長「今時?独立?正気か?いったい、どこの思い上がりだ?」
副官「国の名はドラゴニア、国王は黒の魔導士の第一席」
守備隊長「………………………なん………」
副官「アルセニオス・ファンビューレン」
守備隊長「げえっ、せ、寂寞」
副官「そうです、そのお仲間の化け物を激怒させたんですよ、あの馬鹿が」
守備隊長「………追撃は絶対に来るのか?」
副官「ええ、俺はそう思っています」
守備隊長「むううう」
副官「今は、逃げの一手だと思いますがね」
守備隊長「わかった、私もそうしよう、だが、捕虜の住民は、どうするか………」
副官「………欲は身を亡ぼしますよ」
守備隊長「そうだな、忠告に従おう」
しかし、どうしても欲を捨てられなかった者、指示を聞かなかった者、本気で信じ
無かった者が一定数、存在した。
副官「何をやってるんだ、あの連中は!」
錨をあげてゆっくり動き始めた新型艦の甲板で、街の中心にある仮設宿舎の周辺
で、荷造りに勤しんでいる一団を見ていた。
30名程の兵士が、捕虜を引き出しては、一人づつロープに繋いでいったが、まだ
最初の5人さえ、終わっていない。
彼らは、守備隊の中の一部で、実際に戦闘に参加していない連中だ。
海兵長「俺らの忠告は聞いて貰えなかったみたいですよ」
副官「連中、あれを見ていないからな」
海兵長「一体、誰の指示なんですかね」
守備隊長「命令無視さ、どうも、奴らにとって、私は上官では無かったらしい」
副官「それはまた、まあ、私も人の事は言えませんがね」
もう桟橋からは新型艦を含めた五隻は既に離れていた。
水や食料が備蓄水準の船に、大人数を乗せるのは無理が有る、だからと言って余り
少人数では、舟は動かせ無い。
残った人数を振り分けると、五隻が限界だった。
そして、残る二隻を残った連中が占有した。
そして、狭い湾の入り口から外洋に出る為に、舟は一列になって進み始めた。
副官「ふう、何とか追いつかれる前に出航できたな」
海兵長「やっと、一息つけますね」
副官「ああ、もう大丈夫だろう」
海兵「おい!あれを見ろ!魔導士の鉄馬車だ!」
守備隊長「な、何だ、あれは」
副官「死神の馬車ですよ、あれは」
兵士が指さす先には、土煙を上げながら、街に向かって峠道を猛烈な速度で降って
ゆく16式の姿があった。
そして、街の門に辿り着くより早く、桟橋の袂が跡形も無く吹き飛んだ。
あれでは、もう誰も乗船する事は出来ないだろう、袋の鼠だ。
そして街中に突入した16式から、黒い影が三つ飛び出していった。
直也《ユリア、これ以上出航させたらだめだ、桟橋を狙ってくれ》
ユリア「任せて!もう熟練砲手よ、私」
吹き飛ぶ桟橋を横目に、街の入り口に止めた16式式から、直也と二体のメイドが
飛び出した。
直也《直ぐに制圧する、ユリアはゆっくり降りて来てくれ》
ユリア「わかったわ、説明は任せて」
直也《ノワールは、徹甲弾を装填して待機》
ノワール《イエス・マスター》
直也《では、行くぞ!手加減するな!》
ブラン・ルージュ《イエス・マスター》
それは黒い風だった。
牢から出された私達は、街の広場で手枷を一本のロープで繋がれていった。
このまま、舟に乗せられ、海王国で奴隷にされるのだろうが、家族と一緒なのが、
唯一の救いだろう、ああ父さん、無理に抵抗しないで、もう私は全部諦めたから
殴られるだけ損よ、みんな男の人は、どうして逆らうの?やめて、みんな血だら
けで、見ていられないのに、だれも止めようとしない、なら、私も、一緒だから
みんなと一緒だから、だから殴られてもいい、最後に力いっぱい叫んでやる、
「誰かこいつらを殺して!」
叫んだ途端、港の方で、何かが爆発して、大きな炎が上がった。
硬直した、兵士達の合間を抜けて、風が舞い、影が踊り、微かな金属音が通り過ぎ
た。
世界に、波の音だけが変わらず聞こえている。
涙が止まって、視線を戻した私が、ゆっくりと周りを見るまでの僅かな時間でそれ
は起きていた。
「みんな、怪我は無い?もう、大丈夫だから安心して」
女の人に優しく声を掛けられた時には、私達を拘束していた兵士達は、一人残らず
血だまりに倒れて動かなくなっていた。
何処かに逃げ出してしまっていた理性がやっと戻って来た。
「私達、助かったの?」
私は横に立つ、背の高い執事と思われる人に問いかけた。




