混戦は敵前逃亡の援
《俺の女に何してくれてんだ!ぶち殺すぞ手前ら!》
聞こえた声に振り向いたライガンの目の前には、一人?の執事と二人?のメイドが
立っていた。
そして、その前にはゆっくりと倒れる首の無い自分の部下だった物体と転がる頭。
事態が良く理解出来ずにいるライガンは次の瞬間、直也に蹴り飛ばされて副官と共
に吹き飛んだ。
その場に居た全員が、凍り付いた様に一歩も動けず、声も出せなかった。
尋常では無い存在が現れ、それが紛れもなく、今、裸を晒され、蹲って居る彼女の
関係者、いや保護者と言って良いだろう、同伴させているメイドがノワールとほぼ
同じ容姿をしているからだ。
だが、問題はそこでは無い。
少年達に剣を突き付けていた三人の海王国軍兵士は、一瞬で死神に命を刈り取られ
たのに、その場にいる人間は誰ひとり、それを認識出来なかった事だ。
いったい何処から来たのか?
いつ、この場に現れたのか?
いつ、剣を抜いたのか?
いつ、首を刈り取ったのか?
何故、誰も気が付かなかったのか?
そして思った、今動いたら殺される、と。
首が飛んでも、気が付かない様な攻撃など防げる訳がない。
新たな犠牲者になるなど、まっぴらだった。
そんな思惑が蔓延した兵士は、息を殺して動かない事を選んだ。
そんな海王国の兵士を一瞥もしないで直也はユリアの前に膝を着く。
その時点になってユリアは初めて、ここに直也が来てくれた事に気が付いた。
直也《遅くなって済まない、でも、もう大丈夫だから》
ユリア「う、うあぁぁぁん」
涙を流しながらも、それでもユリアは自分の尊厳を守ろうと必至で耐えていた。
自分を嘲笑う敵だらけの中で、感情に身を任せてしまえば、そこで全てが終わって
しまうからだ。
だが今、目の前には直也が居る。
黒の魔導士、その第一席と同等以上の強大な戦闘力を持つ存在が此処に居る。
張りつめていた感情が決壊し、一も二も無く直也に縋りついた。
ユリア「ひっく、ひっく、ううぅ」
直也《よしよし、よく頑張った》
ユリア「あ、あいつらが、ひっく、あいつらが、わたしを」
直也《ああ、分かってる》
ユリア「それに、ドルムを、みんなを、あいつらが」
直也《ああ、後は俺に任せればいい、もう頑張らなくていい》
ユリア「うあぁぁぁん」
再び泣き出したユリアを優しく抱きしめていると、ノワールがユリアの服を持って
こちらに歩いてきた。
直也《お前も随分手酷くやられたな》
ノワール《キホン・ノウリョク二・モンダイアリマセン》
直也《まあいい、お前はこのままユリアを警護していろ》
そう命令するとノワールは持ってきた服をユリアに着せていった。
いつもやっていたのか、流れるような見事な手際た。
ブラン《オクリ・トドケ・マシタ》
直也《ご苦労》
少年達を街役場に預けたブランが戻ってきた。
これで全ての不安要素は無くなったと思っていいだろう。
直也《お前ら、俺の大事な家族に何してくれたんだ?ああ?》
まさか、この機械の体でも頭に血が昇るとは思わなかった。
久々に死んだ妹が受けた辱めが思いだされてしまった。
そう、ああそうだ、不快だ、只ひたすら不快だ、こいつらがこの空間に居る事が
不愉快でたまらない。
もうこいつらは、この世界の害悪でしかない。
さあ、どいつから処分してやろうか、そう思い右から左へ仮面をむけた。
副官「ぐうぅ、いてて、いったい何が起きた」
海兵長「乱入者に、その馬鹿と一緒に蹴り飛ばされたんですよ、見えてなかったん
ですか?」
副官「ああ、何か影が通った気がしたが、それより何でみんな突っ立ってる?」
海兵長「あれが見えないんですか?あんな物見せられたら動けませんよ」
そう言われて上半身を起こした副官の目には、ユリアの周りに集まる三体のメイド
人形と、こちらを睥睨する一体の執事が見えた。
そして、よくみれば、人質は解放され、三体の首無し死体が転がっている。
海兵長「それに、何か感じませんか?」
副官「こ、これは殺気か?」
海兵長「さっきから、膨大な量が流れ始めたんですよ、あの執事から」
この世界の住人は、異常なほど殺気と言う物に敏感だ。
ありとあらゆる危険が、日常的に交差する世界では、危険察知能力の低い種は、
生き残って来られなかった。
それは、獣人や亜人だけで無く、人種でも同じ事が言えた。
副官「なあ、やっぱりこの馬鹿が原因か?」
海兵長「あの光景を見りゃ、どんな鈍感でも分かるでしょ」
副官「はあ、この馬鹿の首で許して貰えないかな?」
海兵長「この馬鹿が、あんな事しなければ、一考してもらえたかも知れませんが」
副官「だよなあ」
海兵長「もう無理だと思いますよ、どうします?戦いますか?」
副官「お前には自殺願望でも有るのか?」
海兵長「ですよね」
もう、見ただけでわかる、あれはヤバい、手を出していい相手じゃない。
まるで丸腰で海竜の前に立たされている様で、足の震えが止まらない。
副官「なら、無謀だとしても許しを請うしか道は無いだろう」
海兵長「そうですね、運が良ければ奴隷にして貰えるかもしれませんし」
副官「海神さまに祈っておいてくれ」
まず土下座しながら声を掛ければ、そう無碍にしたりしないだろう、そう計算ずく
で、しゃがみ込んだ俺の横で、状況を全く理解出来ない、危機管理能力の欠片も持
ち合わせていない、ポンコツ指揮官が勢いよく立ち上がった。
ライガン「良くも高貴な俺を蹴ったな!只では済まさんぞ!」
副官「なにっ」
海兵長「げえっ」
この馬鹿は、自分で海竜の口の中に飛び込んだ事に気が付かないのだろうか。
あの執事が、殊更、恐怖を煽るように、ゆっくりと剣を抜くのが見える。
冗談では無い、巻き込まれて堪る物か!
ライガン「全員剣を抜け、戦え、奴を殺せ」
副官「全軍撤退!全力で逃げろ!」
ライガン「ふえっ?」
この命令に、ここに居る全ての人間が驚いた。
海王国兵も街の住人も、勿論、直也達もだ。
ライガンの命令は馬鹿丸出しな上に、状況判断が出来ない無能指揮官の物で、呆れ
果てはしても、ああ、この間抜けならそんな物だろうと、納得できる。
だが、もう一方は違う、いきなり敵前逃亡を命令しているのだ。
一体誰が想像出来るだろう。
既に副官と数名の海兵長は、全速で南門に向かって走り出していた。
ライガン「ふ、ふざけるな!全軍総攻撃だといっただろ!あ、こら」
喚き散らすライガンを横目に海王国軍は三つに割れた。
副官達に倣って逃げ出したのが六割、判断に迷って動けなかった者が三割、そして
ライガンの命令に従ってしまった間抜けが一割だ。
だが、六割もの兵士が家族に会えなくなるにも関わらず、なぜ敵前逃亡したのか?
兵士達は生存率がごく僅かでも残っていればこそ、不利な死地に飛び込んだのだ。
だが今、目の前に両手を広げているのは明確な死、だから逃げ出したのだ。
だが、そんな事も分からないライガンと間抜けな兵士達は直也に襲い掛かったが、
当然かすり傷一つ付けられずにライガンは両足を膝下から斬り飛ばされた。
ライガン「貴様!お前は俺がこの手で殺してや,ぎゃあぁぁぁぁぁぁあ」
直也《虫けらは地面を這いずる物だろうが》
ライガン「いでえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
これを見ていた兵士が斬りかかって来たが、ブランの長槍にあっさり斬り殺されて
その骸を晒した。
それを切っ掛けに、正気を失った兵士達によって大混戦が発生した。
逃げ出したかと思えば、いきなり斬りかかろうとしたりと、秩序も理性も何処かへ
置いて来てしまったらしい。
直也《俺はこいつに用がある、ゴミ掃除はまかせたからな》
ブラン《ショウチ・シマ・シタ》
ルージュ《ゴユックリ・ドウゾ》
すぐさま、その空間には長槍によるつむじ風が吹き荒れ、目に見えぬ程高速で飛来
する矢の雨が降った。
兵士達にとって死神とは、メイドの姿をしていたのだ。
そして直也は痛みで未だに地面で転げまわっているライガンの髪を掴んで無理矢理
顔を上げさせた。
直也《なあ、お前自分が何をしたか分かっているのか?ああ?》
ライガン「ひいっ、た、助けて」
直也《散々、俺の家族を辱めたんだ、代償は払ってもらうぞ》
ライガン「いっ、嫌だ、死にたくない」
直也《却下だ、お前は此処でみんなの恨みを受けてもらう》
ライガン「なあ、頼む、金なら幾らでも払う、だから」
直也《あまりあちこち動かれても面倒だな》
ライガン「聞いてくれ、頼む、ぎゃあぁぁっ」
直也は転がっていた剣を二本拾うとライガンの両腕を地面に縫い付けた。
直也《暫く、そこで懺悔でもしていろ》
それから暫く、辺りに散らばった海王国軍兵士の駆除を行ったのだが、これが意外
に時間を取られた。
とにかく、てんでバラバラに逃げまくり、時には隠れようとする、無秩序な集団は
厄介この上なく、かと言って無視も出来ず、真っ先に逃げ出した連中を追撃出来る
様になるまでに、かなりの時間を費やした。
しかしそれは、ユリアが持ち直すための時間でもあった。
ユリア「………ナオ………」
直也《ユリア、もう大丈夫なのか?気分は?》
ユリア「もう持ち直したわ、ありがとう」
今のユリアは、少しだけまだ青い顔をしていたが、きちんと、バトルドレスを着用
して、それにも増して目に力が戻っていた、確かにもう大丈夫だろう。
直也《そうだ、これ、もう死にかけだけど、要る?》
直也が剣で指示したたのは、地面に縫い付けた、虫の息のライガンだ。
致命的な傷を負わなかったばかりに、死ぬ事も気絶する事も出来ずに、ただ際限無
く襲って来る手足の激痛に、ライガンは呻き続けていた。
ユリア「私は、もう、要らないかな」
直也《良いのか?》
ユリア「何だか、ナオが来てくれただけで、満足しちゃった」
辛い思いもした、痛い思いもした、辱めも受けたし涙も流した。
でも、今、ここに直也が居る、それだけで感情の帳尻は十分合った。
山脈要塞までは、熟練の伝令がどう急いでも六日は掛かる。
それを、ただの若者に発信機だけを持たせて伝令として送り出したのだ、まともな
日数で到着する訳が無い。
伝令が、ただ体力に任せて全う出来る程、簡単な物では無いのだ。
実際、彼らは三日目になると、馬も何もかも失い、途方に暮れていたのだ。
では、なぜ直也がこんなにも早くこの町に来れたのか、理由は簡単で、直也自身が
クムの街の近くまで出張ってきていたからだ。
アルが帰って来た時点で、デクシス達を任せ、ユリアが心配で出て来たのだ。
中継基地さえ有れば、直也なら、いつでも山脈要塞と連絡が取れる、なんせもう
一人の自分がそこに居るのだから。
直也《お前らこの機械っを誰に貰った!》
伝令「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
救援信号を受信したロア山の甲虫型自立式移動基地はすぐさま発信源を割り出し
直也に報告した。
伝令からユリアの危機を聞いた直也は、ブランとルージュを引き連れてビリアの街
への道を一気に駆け抜けたのだ。
自分が誰かに大事にされている、と言う感覚は直也と会って初めて覚えた物だ。
ユリアにとってそれは、何物にも代え難い程、甘美な物だったが、今回は別格だ。
知らない内に大切にされていた事、見守られていた事が、このまま気絶してしまい
そうなほど嬉しかった。
直也《とにかく無事で良かった》
ユリア「えへへ」
直也《そうだ、あの逃げて行った連中はどうすればいい?》
ユリア「その事なんだけど、今から追撃しようと思うの、手伝ってくれる?」
直也《勿論だ》
すぐさま、追撃の為に16式の整備に架かった。




