衝突と犠牲
海王国の集団が現れたのは、正午にはまだ少し早い時間だった。
南門から続く道の遥か先、辛うじて見える辺りに兵士が集まり始めた。
ここから1㎞ほどの場所に道の両脇が草原になった場所があるが、森に囲まれてい
る街道では、ここにしか集まれる空間が無かった。
徐々に膨れ上がる集団をユリアは、疎ましそうに眺めていた。
ユリア「随分集まってるみたいね、数はわかる?」
ノワール《オオヨソ・800ニン・ホドカト》
ユリア「ほぼ、全軍ね、上手く行っても300,いえ、良くて200ね」
ノワール《ゲンジツ・テキナ・カズカト》
ユリア「しかし、ナオの世界だと自動で弾を当てるらしいのよ、つくづく出鱈目
な世界よね」
ノワール《イズレハ・ト・イッテマシ・タ》
ユリア「今は目視で撃つだけ、幸い砲弾は十分あるしね」
現在、ユリアの異空庫の中は、武器と医療関係でほぼ、占められている。
全て直也の要望みたいなものだ。
ユリア「奴ら動き出したわ、西と東は任せたわよ、ノワール」
ノワール《イエス・レディ》
ユリア「さあ、始めましょうか」
◇◇◇◇ side サイレージ海王国軍 ◇◇◇◇
海王国兵達はハッキリ言ってうんざりしていた。
一晩中、行軍を強行された挙句に、その理由が自分達の指揮官が女を一刻も早く
手に入れたいだけだ、などと聞かされれば士気など欠片も上がらなかった。
それでも、兵士の殆んどが命令に大人しく従っているのは、彼らの多くが船乗りで
あり、横の繋がりが非常に強い為である。
例外なのは、海将などの、上位貴族だけだ。
「おい、前進だってよ」
「ま~た、あの坊ちゃん海将様かよ、いい気なもんだ」
「こっちは眠くてしょうがねえってのに」
「何で、あのポンコツは元気なんだ?」
「進軍中を見て無いのか?馬に揺られて熟睡してたぞ」
「信じられねえ、自分だけ睡眠は十分ですよってか?ふざけんな」
「本音を言えば逃げ出したいぜ」
いくら不満が有っても、彼らが唯々諾々と命令に従う最大の理由は、皆、舟を降り
ては生きて行けないからだ。
身内も友人も恋人も、全て本国の島にいて、船は、国の持ち物、自分は異国の地に
居る。
もし逆らえば、二度と会えなくなるのだ。
「だいたい、何であの色ボケが指揮官なんだよ」
「実績が欲しいんだろう、あれでも王女の旦那だからな」
「ふん、見かけだけの青二才が」
「おい、聞こえたらどうする!」
「聞こえるもんかよ、見ろ、びびって一番安全な場所に居やがる」
彼らの司令官が居る場所は、全軍のやや後方、鎧を着込んだ兵士達の作る輪形陣の
中心に守られる様に馬に乗っていた。
海王国軍の中でなら、最も安全な位置だ。
「あれが俺らの指揮官だと思うと情けなくなるな」
「ぼやくなよ、あそこで鎧を着て色ボケ指揮官のお守をするよりは、マシだろ」
「そうだな、遥かにマシだ」
「大体、俺ら鎧なんか着た事ねえのによ」
「まったく………何の音だ?」
シュシュシュッ ――――― ドガッ‼ ――― バラバラバラ
目の前が黒煙に包まれた瞬間、爆発音と共に地面が吹き飛び、かつて人間だった物
がバラバラになって、土や小石と共に俺達に降って来た。
いきなり、目の前から、十人以上が消え、数十名が負傷して行動不能に陥った。
とっさに身構えたが、いったい何が起こったのか、どこから攻撃を受けたのかも分
からず、皆が足を止めた。
ついでだが、ライガンは乗ってる馬から振り落とされた。
「ぎゃ――――――」
「ひぃぃぃ――――――」
「あわ、わわ、ゎゎゎ」
「敵はどこだ、どこから攻撃された?」
いきなり目の前から人間が消え、広い空間が出来上がった。
軍は大混乱に陥ったが、右も左も草原が広がっているだけ、隠れる場所も無い。
いったい何処に逃げればいいのだ。
そもそも、この攻撃が何処から来るのか、普通なら目的地のビリアの街からの攻撃
に決まっているのだが、ここは門からは800マト(800m)も離れている。
門からの攻撃など、頭に無かったのだが。
「街だ!あそこから来た!」
「門から何か飛んできた!」
目を向ければ、遠くに見える門にかかっていた白い煙が徐々に薄れてゆき、異様な
姿をした得体の知れない魔物らしき生き物がいた。
その魔物は長い角を持ち、その背に女らしき人間を乗せていた。
「魔獣使いだ!」
「テイマーが、テイマーが居るぞ」
「あっ、魔獣が火を吹いた!」
シュシュシュッ ――――― ドガッ‼ ――― バラバラバラ
再び、今度は最後尾で爆発が起こり、数人を薙ぎ払ったが大きく着弾点にずれが生
じてしまったのは仕方がない。
だが、偶然二発とも、ライガンとは最も離れた位置に着弾した為、この無能で下種
な指揮官は、兵士達に最低最悪の命令を出した。
最初の命令は、全軍突撃せよ。
部隊編成も戦略的方針も戦術策も、何も示さず、たた突撃せよ、だ。
そして最後の命令が、街を落とせなければ、家族や親類縁者、果ては恋人まで奴隷
に落すという物だった。
「全員散れ!」
「行け!行け!」
「走れ!走れ!走れ!」
「早く森に隠れろ!身を隠せ!」
「纏まってるとやられるぞ!」
「みんなバラバラに町へ向かえ!」
「固まるな!離れろ!離れろ!」
「ポンコツ指揮官」
「別の門に向かえ!」
「能無し海将」
「壁をよじ登っちまえ!」
「腰抜けライガン、間抜けなライガン」
「魔獣は相手にするな!どうせ勝てねえ!」
海王国の兵士達は一斉に蜘蛛の子を散らすように散らばると、森や林に駆け込むと
そのまま、てんでばらばらに町に迫り始めた。
ただ、ライガン一人だけが、その場で喚いていた。
ライガン「誰だ、今、ポンコツって言った奴は!」
副官「ライガン様、早く逃げませんとまた爆発が来ますよ」
ライガン「今度は能無しって言いやがった!絶対許さん!」
副官「許さなくて良いから、ほら、逃げないと、死にますよ」
ライガン「懲罰だ!独房にぶち込んでやる!」
副官「もう、先に逃げますね、では」
ライガン「あっ、こら、置いてくな!」
◇◇◇◇ side 南門 ◇◇◇◇
ユリア「纏まって突っ込んで来るのを少し期待したけど、やっぱり散るわよね」
砲弾を二発撃ち込んだ途端に海王国軍は一斉に散らばった。
予想通りとは言え、当たって欲しくない予想が当たっても虚しいだけだ。
ユリア「エルクって言ったわね君、町役場に居るドルムに伝言よ、想定通り、と」
エルク「はい、任せて下さい」
勢いよく駆け出したのは、エルクと言う名の12歳の少年で、どうしても戦闘に参加
させろと懇願されて、仕方なく伝令役に使っている。
彼はオセの街の避難民の中の一人で、父親は重傷を負っていた内の一人で、助けて
貰った恩を返したいと言う事らしい。
あの多数の負傷者達の多くが、ユリアのポーションによって戦闘に加われたのは、
嬉しい誤算だった。
ちなみに、母親は海王国の連中に殺されたそうだ。
エルクを送りだした後は16式の砲撃を大まかな照準だけで、撃ちまくった。
だが、森に逃げ込んだ連中に与えたのは、魔獣と思い込んでいる16式の視界に居
る限りは、どこもかしこも危険地帯だと言う思いだけで、倒した人数はやっと百人
を越えた所だ。
思いの外、森の大木が邪魔になっていた。
ユリア「ナオの言ってた事が身に染みるわね」
消費する砲弾に対してこの戦果では、効率が悪すぎる。
だから途中で機銃掃射に切り替えたが、その効果も最初だけで、その後はたいした
効果は無かった。
遮蔽物に隠れて、そのまま動かないのだ。
この我慢比べは、圧倒的にユリアに不利だった。
なぜなら、街の城壁のいたるところで、海王国の兵士達が攻撃を始めたからだ。
だが、敵がいる以上、南門からは動けない。
雨あられと、射かけられる弓矢をかわしながら、時折、町の住人達が、弓で反撃を
試みては、結構な効果を上げていた。
それでも、たまに、町側に犠牲が出たが、危機に陥った所にはノワールが現れては
斬りまくった。
これはドルムの伝令が機能している証拠だろう。
それに北門は、守備隊の人員の多さを見て、積極的な攻撃は無く、弓矢での散発的
な攻撃に終始した。
思惑通りだ。
攻防はどちらも決め手を欠いたまま夕暮れを迎えたが、戦闘自体は夜襲を撃退した
事によって日を跨ぐ事は無かった。
その最大の理由は前日子供達が仕掛けた、なんちゃって警報装置だ。
近づいて来た海王国兵士は、そこかしこにばら撒かれた皿を踏み割ったり、足元に
張られた紐に気づかづ落下した花瓶が盛大に割れたりと、音を撒き散らした。
そうした音に気が付いた監視役がすぐに声をあげると、飛んできたノワールが次々
と、首を刎ねてしまう。
それでなくても、死亡した者を丁寧に安置した町と違い、昼間の戦闘で死体を放置
したままの森の中には、死肉喰いの魔虫で溢れ返っているのだ。
その魔虫に対処するだけでも厄介なのに、皿や花瓶の警報装置にまで神経が回らな
かった兵士達は、早々に夜襲を諦めた。
◇◇◇◇ side 海王国野営地 ◇◇◇◇
ライガン「誰が夜襲を止めて良いと言った!」
副官「ライガン様、犠牲者が多すぎます、無駄に兵を消耗するだけです」
ライガン「それがどうした!俺の命令だぞ!」
副官「しかしですね」
兵士「…………なら、お前がやれ」
兵士「…………臆病者」
暗闇からライガンを非難する声がするが、松明一つの灯りでは、とても相手を特定
する事は出来ない。
尚も、非難と罵倒が響く。
兵士「…………無能者」
兵士「…………クズが」
ライガン「今言った奴は誰だ!俺が首を刎ねてやる!」
副官「ライガン様、落ち着いて」
ライガン「これが落ち着いて居られるか!全員極刑だ!」
副官「全員を処分して、あなた一人で戦うおつもりか!」
ライガン「なっ、お、おまえ、何を」
副官「怒鳴り散らせば事態が好転するとでも思っているのですか!」
ライガン「きさま………」
副官「此処は戦場なのです!貴方の大好きな王宮では無いのですよ!」
ライガン「うう………」
副官「全員で対策を考えます、いいですね」
ライガン「………………………………」
副官「無言は肯定と見做します、さて各部隊長は集まって下さい」
兵士「はい!」
それから部隊長らと、街の攻略方法を話し合ってから、早めの休息を取った。
そもそも、この指揮官のおかげで、まともな食事も休息も取れていなかったのだ。
挙句に、敵襲を恐れて松明一つで野営する始末だ。
副官「もっと篝火をつけなさい、向うは夜襲する気はありません」
兵士「なぜです?」
副官「あんな大量のトラップ、どう見ても防御一辺倒じゃないですか」
兵士「なるほど………」
副官「感心してないで早く寝なさい、明日が勝負ですよ」
兵士「わかりました」
副官「あと、みんな言い過ぎです」
兵士「へへ、すいません、つい」
副官「まったく………」
そして海王国軍は夜も早いうちから、休息を取り始めた。
この時間からなら、十時間以上の休息が取れる、これは戦術的にも極めて大きい。
兵士が疲労困憊な状態では勝てる戦も勝てない。
こんな物は、軍を率いる者には初歩の初歩なのだが、と、副官はため息をついた。
◇◇◇◇ side ビリアの街 ◇◇◇◇
ユリア「敵さんたち、随分静かね」
セイド「軍を後退させて、野営を始めたようです」
今、ユリアは傷病施設で異空庫から、新しいポーションを土地出している。
ある程度の数は常備させておく必要があるからだ。
ユリア「そう、ドルム達のお陰ね」
セイド「まさかドルムにあんな才能が有るとは思いませんでした」
ドルムに任せていた連絡網は素晴らしい効果を発揮した。
まるで伝言ゲームの様に入って来る情報を、役場の屋上で敵の攻撃を監視しながら
ノワールや予備人員を投入した。
おまけに、ノワールは単独で運用し、予備人員は相手の数倍の人数を投入して防御
させ、不利と見るや、ノワールを急行させた。
ユリア「それで、とうのドルムはどうしたの?」
シエナ「………死体の安置所です」
ユリア「………そう」
元々、宿屋の親父でしか無かったドルムが責任を押し付けられて、必死にその責任
を果たした。
その結果として死者が出てしまった、それは戦いになれば当たり前の事。
だが、ドルムの人生にそんな物は存在しなかった。
ドルムは気のいい宿屋の親父なのだ。
他人の死を自分が演出したなどと、耐える事ができなかったのだろう。
セイド「私達と違って、彼には酷な事だったようです」
シエナ「優しい人ですから………」
ユリア「だから、あんなに慕われているのね、納得だわ」
セイド「明日までに、立ち直ればいいのですが………」
ユリア「非道なようだけど、無理にでも立ち直ってもらうわよ」
シエナ「……………………………はい」
「明日は今日以上の激戦になる、後悔も懺悔もその後に幾らでもすればいい」




