魔女の芳香
暫くしてドルムと共に一組の男女が、部屋に入って来た
集まるのに随分時間が掛かったようだが、それも仕方が無い事だろう。
街には、避難してきてと、思われる馬車と人の波でごった返している真っ最中だ、
いくら急ぐとしても限界がある。
それも、その元凶がサイレージ海王国だと言われて混乱しない訳が無い。
よく見れば、三人共、酷い顔色をしている、とても責めて良い物ではない。
ドルム「お待たせして申し訳ない、残りの責任者です」
ユリア「初めまして、ユリア・ラインゴールドよ」
セイド「ようこそ、黒魔導士殿、私、セイドと言います」
シエナ「シエナです」
ユリア「貴方三人が責任者と思っていいかしら」
セイドは60歳過ぎの老人で引退した元商業ギルド長らしい、道理で歳の割には背
に一本柱を突っ込んでいるような、見事な立ち姿だ。
そして、シエナはと言うと、冒険者ギルド・ビリア支店の受付で随分若い。
逆に言えばそれだけ本人の能力が高いのだろう。
セイド「はい、私ら三人で話し合って決めておりますが、その、後ろの方?は」
ユリア「ああ、私の護衛兼メイドのノアールよ」
ノアール《ドウゾ・ヨロシク》
セイド「ええと、失礼ですが、本当に人間ではないのですか?」
ユリア「そうよ、でも聞いても理解できないでしょうから、説明は後でね」
セイド「そうですね、わかりました」
セイドとしても、ちょっと説明を受けたぐらいで理解できる物ではない事は明白
だし、残りの二人と共に使い物にならなくなったら、目も当てられない。
そんな物は後回しにするに限る。
ユリア「では、まず私達からの提案を示すわ、でも、まあ実質は告知ね」
セイド「告知ですか、我々には現在、余り余裕は無いのですが………」
シエナ「出来れば、食料や医薬品の徴収は控えて頂くと………」
ユリア「失礼ね!そんな物、要求しないわよ」
彼らはここの所、戦闘や騒動続きで思考が後ろを向いている。
そこにノアールを目のあたりにしたのだ、どう考えてもこっちが悪い。
ユリア「よく聞いて、この町の支配下権は公国から私達に移ったの」
シエナ「はあ?」
セイド「意味を計りかねますが」
ドルム「では、何を差し出せと?まさか子供達ですか?奴隷にするんですか?」
シエナ「受け入れません!死んでも抵抗します!」
今までかなり理不尽な目にあって来たんだろう、支配者階級などと言う者は必ず
自分達から、奪って行くだけの存在だと思い込んでいた。
実際に彼らは公国時代には、統治していた貴族と街長から過酷な重税を課せられ、
満足な財を築く事も出来なかった。
そして、聖王国襲来の折には、貴族の子爵と街長、はいち早く自分の家族と兵士
を連れて逃げ出したそうだ。
結果、住人達は、自ら武器を手に取って戦う事になり、多くの特に戦いの最前線
で戦った勇敢な男達が犠牲になった。
もし聖王国の撤退があと少し遅れていたら、街の防衛線は突破されていただろう。
彼らは、自分達の家族や友人を守ったのだ。
だが、その代償は大きかった。
街には、怪我人と父親を亡くした子供、恋人や伴侶を失った女、息子を奪われた
老人達が多数、生まれてしまった。
彼らの反応も最もだろう。
ユリア「奴隷も必要ないから、落ち着いて今から説明する事をよく聞いて頂戴」
ユリアは彼らが、混乱と焦燥の真っただ中にいるらしい事を感じ取って、ゆっくり
と一つづつ、まるで教師の様に説明を始めた。
一つ、私達が独立して国を作った、国の名は、ドラゴニア。
一つ、国王は黒の魔導士の第一席、アルセニオス・ファンビューレン。
一つ、領地はこの町を含め、バゼ大河からモス大河の間の土地全て。
一つ、公国と聖王国は敵国認定。
一つ、刑法は、とりあえず、殺すな、盗むな、騙すな、の三つだけ。
一つ、当分の間は税は無し。兵役も無し。
一つ、貴族は作らない、人種も亜人種も獣人種も全て平等。
一つ、国教は精霊信仰だが強制はしない、グラム聖教などの新興宗教は禁止。
一つ、不満の有る者は出国して構わない、罰則も無い。
ユリア「以上よ、理解出来たかしら」
セイド「ええ、ですが幾つか質問をしたいのだが」
ユリア「何でもどうぞ、知ってる限り答えるわ」
セイド「では、アルギス公国は攻めて来ないんですか?」
ユリア「無理ね、彼らはバゼ大河を越えられない、クーロン大橋で大敗したから」
シエナ「まさか、いくら魔導士だからって信じられない」
ユリア「事実よ、ついでに言うと、やったのは魔導士じゃないわ、私の恋人」
シエナ「余計に信じられません」
ユリア「あの人はそういう存在なの、アルと並び立つ存在よ、その内わかるわ」
今いくら説明しても信じる事は出来ないだろう、それ程規格外の存在なのだ。
自分でも、本人に会わなければ絶対に信じなかっただろう。
まあ、ノアールや16式を見れば少しづつは理解するだろう。
ドルム「税は払わなくても良いのですか?」
ユリア「今はどこも大変でしょ、それに金鉱脈も持ってるし大丈夫よ」
ドルム「国家予算ですよ?」
ユリア「それぐらいは持ってるわ」
実の所、ドルムの想像の数倍は保有しているし、今も増加中だか、わざわざ説明
する事も無いだろう、余計な問題を呼ぶ可能性もある。
セイド「つまり我々に国民になれと」
ユリア「そうよ、でも強制じゃ無いわ、判断はあなた達の自由よ」
セイド「随分寛大ですね」
ユリア「うちの連中の判断よ、好きにしたら良いわ」
シエナ「断ったら、どんな罰がを受けるの?」
ユリア「無いわよ、そんな物、私達から利益を受けられないだけよ」
シエナ「利益?」
ユリア「そうよ、私達から提供するのは、安全と平等よ」
セイド「つまり、守ってもらえると?」
ユリア「そう、可能な限りになるけど、ありとあらゆるものから」
ドルム「国民になればその恩恵にあずかれると?」
ユリア「もちろん、今、監視と防衛の仕組みがテリブルの街まで来ているわ」
セイド「では、魔獣や盗賊からも………」
ユリア「そうよ、あなた方が今後対応する事になるサイレージの海賊もね」
セイド「………この話、受けようと思う」
しばしの沈黙の後、セイドが答えた。
シエナ「私も賛成するわ」
ドルム「右に同じ、断る方が、どうかしてる」
ユリア「交渉成立ね、では、近々襲って来るだろうサイレージ海王国のクズ共を
迎え撃つ準備をしましょうか」
そう言って立ち上がると、シエナがおずおずと声を掛けて来た。
シエナ「あの、失礼な態度を取っていた上に、図々しいお願いがあるんですが」
ユリア「何かしら」
シエナ「けが人が大勢いて、ポーションをお持ちなら、少しだけでも」
ユリア「馬鹿ね!そっちが優先じゃない、早く案内して!」
シエナ「す、すいません、こっちです」
ユリア「おっさん二人は町の警戒に当たりなさい、ほら、早く!」
おっさん二人が慌てて駆けだすのも見ずにユリアは病棟と化している街長の屋敷
の扉を潜った。
酷い有様だった。
今までの街や村でもけが人は居たが、ここの状態は異常だった。
ユリア「何でこんなに大勢、怪我人がいるの!」
シエナ「元からポーション不足で、そこに避難して来たけが人も加わって………」
ユリア「ああ、ごめんなさい、貴方を攻めてる訳じゃないのよ」
彼女にしても、何とかしたかったが、医療の知識が無い者がポーション以外に
どうやって治療すればいいのか分からないでいた。
挙句に逃げ出した貴族共がポーションを、殆んど持ち逃げしたため、ごく僅か
な量のポーションしか確保できなかった。
間違ってもシエナの責任ではない。
だが、縋る様なけが人達の瞳はシエナに自責の念として、降り積もった。
ユリア「辛かったわね、でも、もう大丈夫、私に任せなさい」
そう言うと異空庫から大量のポーションを取り出した。
うっすらと、緑色をしたそれは、全員に余裕で行き渡る希望だった。
ユリア「あと、重傷者がいるんでしょ?案内して」
シエナ「………………こっちです」
奥の部屋には十人程のけが人と同じ数の女達が居た。
ユリア「………酷いわね」
シエナ「すいません、苦しめるだけだと判ってます、でも諦めきれなくて………」
医療の未発達なこの世界では、ポーションも効かないほどの深い傷を負った者は
切り捨てられる、つまりとどめを刺して苦痛から解放させるのだが、彼女達は、
回復が絶望的だとしても、どうしても諦めきれなかった。
かの日に向けられた笑顔、恥かしそうに掛けられた優しい声、つながれたその手の
温もりを、忘れられない。
自分の伴侶や恋人、兄や弟、そして父親を見捨てる事が出来ずに、あてもない奇跡
を待ち続けた。
その奇跡が魔術師の存在、彼らの使う回復魔法なら生き延びる事も可能だが、とに
かく使える人間が少ない上に、その殆んどが貴族や王族のお抱えだ。
こんな片田舎の街に来る事などあり得ない。
しかし、昔、ささやかれたある噂話が彼女達に最後の選択を躊躇させた。
「貴族に斬られ、死にかけていた子供を黒の魔導士が回復魔法で救った」
この話が、いつの頃からか、まるで御伽噺の様に、民間に出回った。
話の出所は、言わずもがな、だ。
なら、その御伽噺を現実にするのも、私達の義務だろう。
ユリア「全員これを飲ませなさい、新しく開発した上級ポーションよ、回復魔法
並の効果があるから」
異空庫から薄く青く輝くポーションを取り出すと皆に配っていった。
全員がユリアを見て魔導士だと気が付いたが、だからといって全員が回復魔法を
かけて貰えるわけではない。
治癒魔法には膨大な魔力が必要であり、そう、ぽんぽん使える物ではない。
あの第一席に居座っている魔導士が異常なのだ。
だから、全員がユリアに懇願するのを、一瞬だけ躊躇した。
恐らくその後は、我先にと足元に縋りついただろうが、その前に上級ポーション
が配られた。
そして、現れた効果は絶大だった。
皆が諦めかけていた、でも諦めきれずに、奇跡と言う名の細い糸を握っては離し
離してはまた握った。
だが、消えてしまいそうだった細い糸が今、地竜をも拘束出来そうな鋼鉄の鎖に
変わった。
あり得ないほどの速度で塞がって行く傷口と、その傷口から吐き出され霧散する
毒素、土気色だった顔色はもう何処にもなく、呼吸は安定した。
間違いなく命の危険は去ったのだ。
ユリア「しばらくすれば気が付くでしょう」
シエナ「ああ、しんじ………られない………みんなが………」
ユリア「このぐらいで驚いてたらこの先、身が持たないわよ」
シエナ「まさか………」
ユリア「そう言う人達なのよ、新しいこの国の国王とその補佐さんは」
シエナ「………………神様?」
ユリア「いいえ、その真逆よ、彼らなら、殉職を賛美する神の顔面を全力で殴り
倒しに行くわ、間違いなく」
シエナ「とんでもない人達ですね」
ユリア「ええ、でもこの上なく頼もしい存在よ」
それから、しばらくの間この病棟と化した建物には、とても控えめな、それでも
確かな笑い声と笑顔が行き交っていたが、それは唐突に破られた。
ノアール《ユリアサマ・ミナミモン・二・ライホウシャ・デス》
ユリア「もう来たの?早すぎよ、馬鹿のくせに」
ノアール《バカ・ダカラデハ・ナイデショウカ》
ユリア「真面目に返さないでいいわよ、ただの愚痴だから」
ノアール《リョウカイ・シマシタ》
「さあ、馬鹿の顔を見に行きましょうか」




