サイレージ海王国
アルやデクシスとは別行動だったユリアも順調に町や村を巡って、建国の告知を
行っていた。
聖王国軍が去ると、住民達は直ぐに自分達で自治を始めたが、それは互いの村や
街の互助会的な物で、誰かが支配者になると、言う様なものでは無かった。
それは、聖王国によって、剣を持てる男が、殆んど排除されてしまった結果で、
自らの村や町を守る為には、非常に不安だが、要らぬ衝突が無いと言うメリット
も有った。
だが、最も大きな違いは、完全に略奪し尽くされた旧ドラン王国よりも遥かに被害
が小さい物だと言う事だろう。
詳しく聞いた所、クムの南にあるテリブルの街は聖王国軍と交渉して、財産の全て
を差し出し、その隙に女子供と獣人達を逃亡させたそうだ。
だが、聖王国の上位貴族達が、差し出された財産を全て独占したため、残った下級
貴族や兵士達は、僅かに残っていた資産を求めて略奪を始めた。
そこで街長が最高責任者であるバークライト伯爵に抗議したが、彼はそれを無視し
て、会う事さえしなかった。
理由は聖教徒では無いからだと言い切った。
この時点で街長達は、彼らが約束や契約など、守る気が全くない事、自分達を同じ
人間として扱う気が無い事をりかいした。
街長「あいつら、逃がした者達を探しに行く用意を始めやがった、こうなれば一人
でも多く道ずれにして死んでやる」
まず若い者たちを周辺の街や村に伝令に走らせ、聖王国軍は逃げるか、戦うしか、
選択肢が無い事を告げて回らせた。
そして、それから始めた彼らの戦いは凄惨を極めた。
纏まっていては、あっと言う間に鎮圧される事は分かり切っていた。
だから3~4人組になって、ゲリラ戦を仕掛けたのだ。
ある兵士は寝ている所を襲われ、別の兵士は路地にいきなり引きずり込まれた。
食事や水には、当然の様に毒が放り込まれた。
聖王国の兵士一人に対して五人以上の犠牲者を出した住人達は、それでも襲撃を止
める事は無かった。
数ヶ月に渡って潜伏し続けた彼らは、その最後の一人まで、聖王国の兵士達を脅か
した。
この効果は絶大で、クーロン大橋に向けて進軍したトラディス公爵の主力軍に蹂躙
され、壊滅したモス、クム、サーバの街に対して、テリブルより南にある街や村は
壊滅する程の被害が出る前に、聖王国が撤退していった。
多くの街や村がその統治機能までは完全に失わずに済んだのは、間違いなく彼らの
功績だろう。
だから、ユリアから齎された建国の告知もすんなり受け入れた。
彼らにとって、良き統治者ちは、自分達の生命と財産を守ってくれる者の事で
それが、貴族や王族で無かろうが、構わないのだ。
ましてや、盗賊の類は討伐してくれて、税は当分の間は徴収する気が無いと言わ
れれば、魔導士が国王でも全く構わなかった。
挙句に、法律は、当面、殺すな、盗むな、騙すな、の三つだけ、自治はそのまま
続けて良いとなれば、諸手を挙げて受け入れた。
もっとも、受け入れた理由の何割かは、16式の威容とノワールに対する畏怖が関係
しているのは間違いない。
様子が変わって来たのは、内陸部から、南西の沿岸部に向かい始めた頃だった。
この辺りから直也の監視範囲外になる為、事前調査が出来なかった。
甲虫型自立型移動基地(通信中継システム・偵察用ドローン簡易補給基地)自体
が、まだクムの街近くのロア山までしか到達配備出来ていなかったからだ。
だから沿岸の街と内陸部の中継となるビリアの街の北門に辿り着いて、初めてその
騒動に気が付いた。
ユリア「貴方がこの町の門番ね、責任者との会談をお願いするわ」
門番A「何だよ!その魔獣は!ここは通さないぞ!」
ユリア「ああ、これは馬車の一種よ、魔獣じゃ無いわ」
門番A「嘘だ!馬がいないじゃないか!騙されないぞ!」
ユリア「これは馬が無くても動くカラクリ機械なのよ」
門番A「そんな物、聞いた事も無い!」
ユリア「はあ、若いくせに頭が固いわね」
門番A「今は誰も通すなって言われてるんだ!」
なまじ中途半端に統治能力能力が残っていたため、今度は見知らぬ脅威に対
する抵抗が強い。
だが、ある意味、これが正常で、今までがおかしかったのだ。
こんな物(16式機動戦闘車)を見て受け入れる方がおかしい。
ユリア「貴方は私が何者か知っている?」
門番A「知らないよ!でも緊急事態だって言われてるんだ!」
ユリア「なら尚の事、責任者に連絡を取って頂戴、急いでね」
門番A「いや、だからダメだって」
ユリア「ああ、もう三人も居るんだから一人走れば良いでしょ」
門番A「しかし」
ユリア「私の恰好を見て分からないの?黒魔導士の面会なのよ、急いで!」
門番A「ひゃっ、はい」
そう言った途端に若い門番は、槍を放り投げて町へ走って行った。
門番の意味を知っているのだろうか………。
ユリア「あんなんで、門番が務まるのかしら」
門番B「だって、あいつ料理人見習いだし………」
ユリア「そう言えば、あなた達も随分若いわね」
門番B「俺は酒屋の息子だし、あいつは馬具職人で、若いから門番やれって」
ユリア「未経験者なのね、で、若いって、いくつなの?」
門番B「俺ら、三人共、16です」
ユリア「なるほどね、でも、無知のままじゃ死ぬわよ、学びなさい」
門番B「う、うっす」
暫く待っていると、かなり慌てた様子で初老の男がやって来た。
彼は、16式を見て目を見開いて驚いていたが、事前に聞いていたのだろう、辛う
じて何とか理性を保っているようだ。
「お待たせしました。責任者の一人でドルムと申します」
ユリア「初めまして、ユリア・ラインゴールドよ」
ドルム「ええと、魔導士様でしょうか?」
ユリア「そう、黒の魔導士、その第六席が私よ」
ドルム「それで、どの様なご用件でしょうか?」
ユリア「こんな場所で話す事じゃ無いわ、責任者を集めた場を用意して頂戴」
ドルム「わかりました、ただ、ちょっと今立て込んでおりまして」
ユリア「まあ、取りあえずは私達を通して貰えるって事でいいかしら」
ドルム「私達?」
そう言われてドルムも門番達も改めて16式を見ると上半身を操縦席から出した
ノアールがこちらを向いた。
この時、初めてかれらは、その存在に気が付いたが、同時に絶対に逆らっては
ならないのが、魔導士なのだと気が付いた。
もう何一つ理解も判断も出来ない、自分には何も決められない、判断は誰かに
丸投げすると決めてしまった。
ドルム「あはははは、ど、ど、どうぞこちらへ」
ユリア「ありがとう、ノアール、後ろを付いて来て」
ノアール《リョウカイ・シマシタ》
ユリア「さあ、行きましょうか」
ドルム「あは、あは、あはははは………」
もうまともに返事が、出来なくなった責任者の後を付いていくユリアは、街中を
進むにつれ、緊急事態とやらの実態が判ってきた。
明らかに何処からか避難して来た人々の集団が、中央の広場にいたからだ。
ユリア「あれは避難民ね、何から逃げて来たの?魔獣?盗賊?」
ドルム「いえ、あの、海賊からです」
ユリア「つまり沿岸の街が襲われたのね」
ドルム「はい、オセの街が占拠されました、しばらくは様子を見ようかと」
ユリア「何をのんびりしているの、そいつら海賊じゃ無いわよ」
ドルム「えっ?」
ユリア「街を占拠出来る海賊なんていないわよ、そいつらサイレージの連中よ」
ドルム「そんな馬鹿な!」
海賊ならどんなに大人数でも、10人ぐらいしか居ない。
理由はまともな船が無いから。
川には水魔のせいで、舟を使った漁という物が存在しない。
そして海には、海魔を始め、多種多様な魔獣が存在するが、海岸から離れれば離
れるほど、魔獣は大形化し危険度が増す。
つまり漁師たちは小型の船で海岸線沿いに漁をするしかなかったが、豊か過ぎる
海は、やや危険でも、その程度の船で十分な、幸を彼らにもたらした。
結果、造船技術は全く進歩しなかった、だから、海賊連中は沿岸を小舟で移動す
るしか無かったので少人数なのだが、例外も存在した。
それが、サイレージ海王国だ。
かれらの暮らす国は、巨大な本島と様々な小島から構成されており、嫌が上にも
造船技術が進歩した。
彼らだけが、大型の船を所有しているのだ。
その船のおかげで、外洋は全て彼らの縄張りであり、そこから取れる資源は全て
彼らが独占していた。
しかし、2年前、彼らは隣国であるグラム聖王国の甘言に惑わされ、略奪行為に
手を染めてしまった。
海王国は、その余りにも安易に手に入る物資に目が眩み、もう元の慎ましい生活
には戻れなくなってしまっていた。
危険を犯して海魔を狩る事よりも、もっと安全に、もっと簡単に手に入る略奪品
は、彼らを狂わせた。
つまり街を占拠できる規模の海賊とは、サイレージ海王国軍の事なのだ。
ユリア「あんまり悠長に構えていると、海王国の連中が襲って来たら、対処出来
ないわよ、あなた達」
ドルム「連中がここまで来ると言うのですか!」
ユリア「それじゃ無ければ、わざわざ街一つ占拠しないでしょ、オセの街を侵略
の橋頭堡にするつもりでしょうね」
ドルム「そんな、どうすれば………」
ドルムは責任者と言っても、本来は街の一番大きな宿屋の親父なのだから、戦い
や、交渉などは、苦手どころか、全く適性が無かった。
それも当然だろう、彼は住人同士の問題解決能力を買われて責任者になったのだ
から。
ユリア「それも含めて、話があるのよ、急いでほかの連中も集めて頂戴」
ドルム「わ、わかりました」
その後、町役場らしき建物に案内されたユリアは、その一室で、責任者とやらが
集まって来るのを待っていた。
そして椅子の後ろに立っていたノワールは、ユリアの愚痴を、しばし聞く羽目に
なってしまった。
ユリア「一体いつまで待たせるのかしら、お茶は出ないし、ナオは居ないし」
ノワール《ナオヤサマ・ハ・イタシカタナイ・カト》
ユリア「はあ~、早くナオ成分を補給したいわ………」
どうもユリアの中では、いつの間にか、直也は燃料になってしまったらしい。




