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ある魔導士の帰還  作者: 勝 ・ 仁
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狂信者の沼



その日、旧ドラン王国王都カラガスは、ハヤブサに襲われたムクドリさながらの

大混乱に巻きこまれた。

それは、路地裏の孤児から王城の占領軍幹部に至るまで例外では無かった。

その騒ぎを起こしたのが黒の魔導士だと言う事実は、騒動の鎮静化を許さなかっ

たばかりか、噂に尾鰭おひればかりか、羽やくちばしまで付いて、王都中を駆け巡った。

そしてその噂は、途中でねじ曲がり続けた挙句、一つに纏まった。


「魔導士が聖王国の司令官の首に金貨1000枚(約10億円)の賞金を懸けた」


普段なら、誰もが一笑に付す話が、今回ばかりは噂の出所が悪かった。


冒険者ギルドの壁が吹き飛んで首の無い死体が運びだされた。

ギルドの入口には得体の知れない物が居座り、ギルドマスター達が放り出された。

そして、その全てが黒の魔導士が関係している。

テーブルの上に金貨の山があった。


全部が事実なので、特にたちが悪かった。

当然、王城にも報告は、入って来ていたが、これにより、命を拾った者と無くした

者がはっきりと分かれた。

まず、聖王国の人間には三種類の人間しかいない。


一つ目が、教義など、全く信じてはいないが、生活の為に信仰する模造信者。

二つ目が、教義を信じ切って、自ら考える事を辞めた狂信者。

三つ目が、信仰を自分の地位や利益の為に利用する一部の上位者。


この日、王城には、この三者が居たが、まず模造信者が逃げ出した。

彼らの大多数が、仕事の為に仕方なく信者になった者達で、コックやメイド達

の様な非支配層の者達だ。


実の所、彼らは元々がこの国の国民で、友人達から、かなり正確な情報が本人達

に伝えられた。

彼らは、噂の黒の魔導士が、アルセニオス・ファンビューレン本人だと聞いて、

一斉に王城から逃げ出した。

あの寂寞せきばくが、数を減らすと言ったのだ、この後に及んでまだ、給仕を要求する

聖王国の連中の戯言に耳を傾けている時間など無い。


そして次が自己保身に長けた僅かな上位者達だ。

彼らは、まごう事の無い寄生虫なのだ。

宿主が死に向かえば、躊躇なく新しい宿主を探して逃げ出す事に抵抗は無い。


そして残されたのが、神の加護に守られた自分達なら、例え相手が黒の魔導士だ

ったとしても、間違いなく勝てると信じ切っている、狂信者の群れと、この占領

した国の責任者を押し付けられた、信仰を爵位の踏み台にしか見ていないジネス

・ミスライト男爵だけだった。


まだ40歳にもなっていないミスライト男爵にとって、普通なら、今の地位は願っ

ても無い物だろうが、実際は貧乏くじを引きまくった結果だった。


ドラン王国侵攻に伴っての略奪に、男爵が割り当てられた村は既に捨てられて、

数年が経った廃村だった。

わざわざ、こんな所まで来て、銅貨1枚にもならなかった。

その事にいくら抗議しても、貴族派筆頭のトラディス公爵にとって、国王派の、

それも末席にいる若い男爵など、記憶の端にも残っていなかった。

だからどうしたと、言われただけであった。


挙句に今度は、アルギス公国で全滅に近い敗北を喫した上に、相手が、あの世界

最強魔導士だと知った途端、本国に逃げ帰ってしまった公爵は、その途中で男爵

に、あの時の抗議の埋め合わせだと、この占領した国の最高責任者を押し付けて

行った。


例え無理があろうと、制度的にも権限を持っていたのは公爵だから、彼にはあらが

術が無かった。

唯々諾々と従うしか無かった男爵には、更に維持部隊として狂信者の集団が押し

付けられ、気が狂いそうだった。

物事が順調な時には、この狂信者たち程、便利な存在は居ない。

何をさせても、どんな非道な事も、例え自らが破滅の道に進んでいても、彼らは

信仰の一言で突き進んでゆくのだ、こんな使い易い集団も珍しい。


だが、一転、撤退や和睦、停戦協定などになると、途端に巨大な障害となる。

彼らは相手に譲歩するとか、歩み寄るなどの発想が無い。

一方的に自分の信仰を主張して相手が折れるまで繰り返す、議論とは無縁の存在

なのだ。

どちらかが滅ぶまで止まる事は無い、そんな連中、この時の公爵にとっては巨大

な足枷以外の何物でも無かった。

だから、男爵にまとめて押し付けたのだ。


「我らは此処にて、かの魔導士を迎え撃つのが上策であろう」

「いやいや、ここはギルドに出向き、不埒者に神罰を与えるべきだ」

「神兵たる我らが、わざわざ出向くなど、そんな温情を掛ける必要は無い」

「しかし、そ奴が逃げ出したら、どうする」

「確かに恐れをなして逃げ出すかもしれんな」

「ならば、呼びつければ良いではないか」

「確かに妙案だ、誰か使いを走らせよう」


この会話を聞いていた男爵は頭を抱えて、自身の執務室の机に突っ伏した。

こんな事を協議している奴らが、自分の運命を握っている事に絶望した。

他の上位者たちは、追い払われたギルドマスターを筆頭に、もう祖国に逃げ帰る

旅の途中にあった。

彼だけが狂信者に囲まれて、逃げ出す事が出来なかったのだ。


「こんな所で死んでたまるか、必ず生きて祖国に帰る」


彼は、魔導士と狂信者が正面衝突した際の混乱に乗じて、何としてでもこの状況

から逃げ出すつもりでいた。

それしか逃走方法が思い付かなかったとも言えるのだが。


「こんな頭のおかしな連中と心中など、まっぴらだ」



そして、その頃、ギルドの酒場では、とある合意が為されていた。

アルについてくると言い出した狐人族の少女の取り扱いだ。


この後のアルの予定は、聖王国の連中をぶっ飛ばしてから、銀月の連中が保護し

ている獣人の集団を、連れ帰る事だ。

銀月達の保護している獣人達はナール大山脈にある渓谷に匿われているらしい、

つまり、スクナの村とは正反対にあるのだ、流石に迂回の度が過ぎる。


それとスクナの目的がデクシスなのも問題だ。


「そんな凄い雄なら、つがいになりたい」


既に、相手が居るからと言っても聞きゃあしない、奪い取れば良いらしい………。

もう、モルナとの衝突しか見えて来ない。

元凶は、俺が口を滑らしたからなのだが、せめて、わざわざ連れて来たと思われ

たくない。

自己保身と言われようが構わない、モルナが怖い…。


   「お前の村人達はどうするつもりだ、ほっとけば勝手に来るのか?」

スクナ「ぬぐぐぐぐぐ」

   「何人でも受け入れてやるから、お前が纏めて連れて来い」

スクナ「むうううううう、仕方ない、そうする」

   「良かった、護衛の依頼をギルドに出してやるよ」

スクナ「すぐに追いかけるから、デクシスとやらにヨロシク!」

   「あはは……はぁ」


ギルドに護衛依頼を出してやると、翌日の早朝には早速、出発するらしい。

女性の冒険者たちは、特にこの依頼を喜んだ。

盗賊が相手だと、規模によっては彼女たちの方が危険な場合もあり、比較的安全

な護衛依頼はとても有難いと喜ばれた。

まあ、そんな事を物ともしない女傑も沢山存在するので、人手不足にはならない

だろう。

しかし、何故かアイラが全く話に絡まないと思ったら、どうやら、バルガと仲が

良くなったらしく、二人は良い感じになっているらしい。

俺だけが知らなかったそうだ。


そして、そんな宴と言う名のお祭り騒ぎが終わりを迎えようとした頃、王城から

降伏勧告状なる摩訶不思議な書状が届いた。

内容は

1、アルセニオスなる者は明朝、五の刻(午前八時)までに王城正門まで来て謝罪

  する事。

1、所有する金品、および装身具の類は、全て寄進するので、すぐに譲渡出来る様

  にまとめておく事。

1、全ての獣人を、檻の付いた馬車に乗せ、差し出す事。


上記三点を、実行すれば今回の神の使徒に対する冒涜には、格別の慈悲を与え、

その罪は問わないものとする。


こんな書状が届いたんだが、もう一体、何処から突っ込んだら良いのか、考える

だけで、頭痛が止まらない。

狂信者相手に会話が成り立たない事は、わかっていたが、文章にするとその狂い

ぶりが際立って、もはや相手が人間だと思えなくなった。

しかし、取り合ず明日の朝までは連中が、暴挙に出る事は無い様だ。


   「ギルマス、これ、面白いから、張り出していいか?」

グレイ「どれどれ、うわあ、酷いなこれ、良いぞ晒しちまえ」

シャラ「あっ、俺が張りますよ、貸してください」

   「悪いな、これだ」

シャラ「うわ~こりゃすげえ~」

バルガ「早く張れよ、シャラ、一人でずるいぞ」

シャラ「へいへい」


シャラが書状を壁に貼り付けると、全員が群がった。


バルガ「………聖王国の連中は、自殺願望か何かが有るんですかねえ」

レゴス「良い感じに、狂ってますね、これ」

グレイ「狂信者とは、良く言ったもんだ、狂ってるよ」

ファラ「アルセニオス様はどうされるんですか?」

   

ファラの問いかけに書状の前に居た連中が全員振り返って俺をみた。


   「せっかく招待してくれたんだ、欠席したら失礼だろう」

バルガ「もしかして16式で行くんですか?」

   「当然だろう、舞踏会には馬車が必須条件だ」

ファラ「なら、御者は絶対に必要ですね、お供します」

   「取敢えず、遊びじゃ無いんだからな、一応」

レゴス「そんな笑顔で言われても………」

シャラ「遊ぶ気満々しょ………」


そして翌朝、ギルドから出て王城へ向かう俺達の後ろを、冒険者達が、ぞろぞろ

付いて来た。

アイラ達もいつの間にか乗り込んでいて、ハッチから時々顔を出しては皆に愛嬌

を振り撒いていた。

そして16式に付いて来ている冒険者の中には………………………。


   「スクナ!お前、もう出発したんじゃないのか?」

スクナ「やだよ、こんな面白そうな物、見逃してたまるもんか!」

   「まったく、あと、ギルマスまで何してやがる………」

グレイ「いや~近頃、娯楽が少なくてな、留守番には手当を出してやらんと」

   「演劇か何かと勘違いしてないか?」

グレイ「似たようなもんだろう」

   「危険など、欠片も感じて無いな、こいつら」

   

そして王城の正門に辿り着いた俺達を待っていたのは、黒山の人だかりと、数々

の出店だった。

いったい、どこに隠れていたのかと思う程、集まって来た人々の熱気が凄かった。

噂は一晩中、王都を駆け巡り続け、誰もが、狂信者たちが破滅する様を見ようと、

日も明けきらぬ頃から集まり始め、台座まで作られてしまっていた。

近くの建物は、屋根まで観戦者でいっぱいだった。


「演劇じゃ無く大道芸だったか」


そして、まるでお祭り会場と化した王城正門から聖王国の兵士達がぞろぞろと、

群れを成して出て来た。



「何だお前は、つっ立って無いで頭を下げろ、この背信者が!天罰が下るぞ!」


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