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ある魔導士の帰還  作者: 勝 ・ 仁
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再会

「おかわりが、ほしいひとは?」


全員がコップを差し出したので、苦笑しながらハチミツ水を注いでやると

今度は、まるで宝物の様に、ゆっくり味わいながら、大事そうに飲んでい

る。

まあ、ちょっと飲ませ過ぎたかもしれないが、今から風呂に放り込む

のだから、水分補給が出来るのならば、好都合だ。


   「飲み終わったら、みんなには今から風呂に入ってもらう」

   「?????」

 サナ「アル様、風呂とは何でしょうか?」

   「そうだな、サナもモルナも湯浴みをした事はあるだろう?」

 サナ「はい、冬の寒い日に」

モルナ「我慢できる時は水でした」

   「その時、桶かタライを使ってただろう」

サナ・モルナ「「はい」」

   「要は、お湯の入ったでっかいタライだ。まあ、見た方が早い」


全員を洞窟の奥に作った風呂場に連れていって、目隠しの壁を回り込むと

湯気が立ち昇る浴槽が3っつと、一枚岩の洗い場が現れる。


溢れた湯が半分塞いだ坑道に流れるように、やや勾配をつけてある。

もちろん浴槽の水抜き穴もちゃんと作ってある。

これも坑道に流すつもりだ。

それに、天井が無いから、湯気が籠ら無いし、壁には照明をずらっと取り

付けてある。

さらに壁も浴槽もついでに床までも、表面を乳白色に形質変化させた特別

仕様は清潔感と高級感抜群だ。後は使い方の説明だけなのだが…。

  

  「さあ、これが風呂だ」

  「「「おおお!」」」

  「これから、使い方を説明するぞ」

  「「「おおおお!」」」

  「まず、これが手桶」

  「「「おおおおお!」」」

  「……だめだこりゃ……」

  「「「おおおおおお!」」」

  「サナ、おい、サナ!」


サナ「おお…、えっ、あ、あれ、はい!」


  「落ち着いたか?」

サナ「すっ、すみません!こんなの見た事なくて、舞い上がってしまって」

  「別に謝らないでいい、それより、今から風呂の使い方を今から教えるか

  らサナだけはしっかり覚えてくれ。今みんなに説明しても多分、半分も記

  憶に残らないだろうから」

サナ「あははは…(汗)」

  「まず最初は、この手桶でお湯を掬って、髪が全部濡れるようにしっかり

  かぶって、次にこの青い瓶に入っている、髪専用の石鹸で、泡が出来る程

  しっかりと洗う。そして洗い終わったらお湯でしっかり泡を流す事。今日

  は最初だから3回同じ事を繰り返してくれ。次からは1回でいい」

サナ「えっ、次もあるんですか?」

  「俺といるなら、当然だ。風呂は魔導士の通常装備だからな」

サナ「あ、ありがとうございます」

  「よし!次は体を洗う。体専用の石鹸はこの赤い瓶にはいっているから、

  この布につけて使う。これも3回で次から1回。頭と体を洗い終わってか

  ら、お湯に肩までしっかり浸かる。温まったらあそこの棚に置いてある

  白い布で頭と体を拭く。これが風呂の入り方の作法だ。ここまでは?」

サナ「大丈夫です、覚えました」

  「よし、あとあそこの棚に服を置いてあるんだが、子供服とか女の子用

  の服なんかを持っていなくて、全部俺用なんだ。すまないけど、何処か

  で必ず調達するから、しばらくはこれで我慢してくれ」

サナ「我慢するなんて、とんでもない。ありがとうございます」

  「じゃあ任せたから」

  「はい!」


サナに丸投げという指示を出して今度は朝食の用意だ。


アル様に連れられ、初めて見たその”風呂”に心底驚いた。

私が知っている湯浴みとは全く違う代物だ。

昔、隠居した宿屋のおじいさんから、王様や貴族たちは毎日沢山のお湯を

沸かして湯浴みをするのだと聞いて凄く羨ましく思ったのを良く覚えてい

るけど、この“風呂”は私の想像をはるかに超えた物だった。


こんなに大量のお湯なんて見たこともない。

更に凄いのがこの石鹸、香りと泡立ちが私の知っている石鹸じゃない。

まず匂いが素晴らしい。獣臭くも無ければ、木の実特有の青臭さも無い。

まるで花その物の様だし、その泡立ちも尋常っではなっかった。

3回目など泡で下着が出来てしまうほどで実際、ルナとミアは泡玉と化し

ていた。

ミアなどどこからミアでどこから泡なのか…。


そしてこの湯桶だが、とにかく大きくて、深くて、なによりお湯に浸かる

事が、こんなに気持ちがいいとは知らなかった。


もっともとろけそうな私をよそに、みんな興奮が治まらないらしく、泳い

だり、もぐったり、じゃれあったりと、大騒ぎだ。

ああ、デクシスまで…でもまあ気持ちはわかる。


そして体を拭くように言われた布を広げて、ついに乾いた笑いが込み上げて

きた。

この布も、用意された服も、その肌触りがもう異常の一言だ。

気持ちいいにも程がある。

これが布だ服だと主張するなら私達の知っている服は、木の皮か、良くてなめす

前の毛皮だ。


大きな服を紐を使って色々調整しながら子供達に着せていると、モルナが頬に服

の襟をあててうっとりしている。

そりゃあ女の子だもの、そうなるよ。

そして着替えた私達を、何とも食欲をそそる匂いと「朝飯出来てるぞ」という言葉

が迎えてくれた。


サナに子供達と風呂を丸投げしている内に、急いで朝食の準備を始める。

まずはテーブルとかまど、そして台所の作成だが、地の魔方陣が有れば作成に

掛かる手間は極僅ごくわずかかだ。


竈に大きめの鍋を掛け、水とすぐに煮えそうな野菜を小さく切って鍋に入れ

火をつける。野菜に火が通ったら、スープの素を投入。

とろとろコーン味だ。

後はバターを塗ったパンを軽く炙ってから皿に盛り、コップに牛乳を注ぎ、

出来上がったスープを深皿に入れてからリンゴとスプーンを横に置いて完了だ。

ああ、電気とガスが欲しい。


わいわい騒ぎながら服を着ている子供達が落ち着きだしたのを、感じて

声を掛けると、小さい子達が先に走って来た。


「「「ごはん~~」」」


先に来たのはリリ、ルナ、ミアのちびっ子3人組だが、なぜか全く警戒感

が無くなっている、理由が判らない。

逆にデクシス、ガット、クリッカ、の男の子3人組は、やや警戒気味だ。

それがテーブルに着くとはっきりと出た。


男の子達は、テーブルの向こう側、間にサナとモルナをはさんで、

俺の両脇にルナとミア。

そして出遅れたリリが選んだのが俺の膝の上だ。

うん、完全に懐かれたね、でも可愛いから、何も問題は無い。


焦るサナを手で制して、そのまま食事を始める。

やはりみんなもう食事に夢中だ。

一心不乱というか、脇目も振らず、というか、まあ此処では、ろくな物を

食べてないのは、判っていたので、なるべく栄養価の高い物をえらんだか

ら味がちょっと濃いんだよね、そうすると味覚が全部の感覚を飲み込んで

こんな状況になる。


あらかた、テーブルの上から食べ物が姿を消す頃に、やっと落ちつた。

そしてリリが膝の上から俺を見上げたが、口の周りが、スープやバターや

らで、ベタベタだったので、布巾で拭いてやるとにっこり、笑った。

可愛いくてにまにましていると、右手の袖をルナが引っ張った。

何事かと思っていると、くいっと口を突き出してきたので、同じよう

に口を拭いてやると今度は左から視線をかんじて、見ると当然と言わんば

かりにミアも口を突き出していたから、こちらも拭いてやった。


どうやら、かまって欲しかったみたいで、なぜか満足顔だ。

ついつい頭を撫でているといつの間にかモルナやデクシス達も周りに近

ずくと頭を差し出してきた。

獣人族にとって、撫でられるのは、そんなに嬉しいのだろうか?

もしかして耳もこねこねした方がうれしいのかな?


などとくだらない事を考えていたが、リリが無意識にポツリとつぶやいた

一言に、頭を鈍器でぶん殴られたような衝撃を受けた。

ただ、一言、たった一言、"お父さん”


ああもう何で気がつかなかった、何処までおめでたいんだ俺の頭は、この

子達は俺の手に父親を感じていたんだろう。

おそらくもう二度と会う事の出来ない父親の温もりを無意識に求めていた

だけなのに、俺は何を勘違いしていたのか。


この子達の喪失感の半分も思いやれていなかったではないのか。

俺がこれから成そうとする事は、はっきり言って、呪詛と血と屍で舗装さ

れた、怨嗟の道だ。

危険と恐怖が車輪の馬車に、この子達を乗せる訳にはいかない。

他の人間が見ればこう言うだろう。


この子達を殺すつもりか?


連れて行ける訳が無いではないか。

俺は保護者に成れるような資格も能力も持ち合わせていない、頼られた

嬉しさと向けられた微笑に酔った只の思い上がりの阿呆だ。


俺に出来るのは皆が満足するまで、撫で続けるだけ、そして、信頼できる

安全な居場所を確保すること。

この、二つだけだ。

そのためにも、早くあいつを呼び寄せないとな。


  「サナ、俺は今からやる事がある。多分、半日ぐらい掛かるかもしれ

   ないから、何か、やりたい事とか、必要な物とか有れば、言ってくれ」

サナ「あの、宜しいのですか?」

  「ああ、構わない。俺が持っている物なら何でもいいぞ」

サナ「では、何か靴を作れる布か何か有れば…」

  「靴、靴ね、ああこれなんかどうかな、あと、これとこれも」


異空庫から取り出したのは、ラッシュブルとブルーサーペントの皮と

巨大な道具箱。後、布や紐といったその他もろもろ。


サナ「これ、すごく高価だと思いますけど本当に使っていいんですか?」

  「いいよいいよ、ずっと異空庫の中にほったらかしだった物だから」

サナ「ほ、ほったらかし…」


なんでもかんでも異空庫に放り込む悪癖のおかげで、まったく使う当ての

ない材料や道具の類が山程確保されている。

中には入れた記憶が全くない物まで有る。只、何となく取っておいた物、

もっと極端に言えば捨てるのが面倒だったもの、要は不用品だ。


魔導士とは、金には全く執着心が無く、そんなよ事より、研究だ、探求

だ、真理の究明だと騒ぐ連中の事である。

サナが使うのを躊躇する高価な毛皮も、魔道に関係なければ、只の皮なのだ。


  「じゃあ、俺は作業を始めるから、だれも邪魔しない様にしてくれ、

   後、これが昼飯のパンと果物な」

サナ「はい。わかりました。ありがとうございます。絶対、邪魔しません」


洞窟の一番奥、最も天井の高い一角に陣取ると、色々な金属を並べていく

金・銀・銅・鉄・錫・チタン・鉛・亜鉛・水銀・そして、アダマンタイト

にオリハルコン他etc。そして最後に異空庫から、取り出したのは、一抱え

もある巨大で真っ黒な魔鉱石だ。


空中に固定した魔鉱石の周りに次々と魔方陣を展開させていく。

様々な形に変形させた合金を、魔鉱石に固定させると合金からはまるで神経

の様な極細のオリハルコンの繊維が伸びて魔鉱石に絡み付いていく。


そしてその繊維を保護するために、アダマンタイトで覆っていく。

形成した薄い銅板の上に固定した小さな紫水晶の粒の間を白金繋いでいく。

魔方陣刻まれた1125枚にも及ぶ、大小様々な円盤と、極小の魔方陣が幾重

にも重なった何百という数の水晶柱。

それを、ひたすら一つ一つ作っては組み込んでいく。


やがてそれぞれが複雑に絡み合い一つの球体を作り上げると其れを球状の

アダマンタイトで保護し水銀で中を満たす。

最後に出来上がった直径が2マト(約2m)の球体の表面に帯状の魔方陣を、

ミスリルによって描き、これでやっと器の完成だ。


此処まで、すでに7時間近くかかっている。


一旦ここで休息を入れる。食事を取り水分を補給、ついでに子供達の様子

を確認してから、再び神経を研ぎ澄ましてゆく。

球体後方の壁面を、まっ平に加工し、ミスリルによって転移陣を描く。


そして何重にも描いた転移陣に球体から細い思念の糸が伸び、それが更に

何本も何本も、繋いであるバイパスを頼りに進んでいく。


1本が10本の束になり、その束が集まり、さらにの1本の束になる。

丸太並の太さに為る頃には、糸の数は数千本に達した。


すべてが対岸に到達したのを確認して、球体に大量の魔力を注ぎ込むと、

銀色の光点が物凄い勢いで糸の中を走りだした。

こうなれば、後は信じて待つだけだ。



まんじりともせず、球体を見つめていた。

もう30分は経っているが、まだ何の反応も無い。


理論上は問題ないはずだし、自信もあった。だが、当然全く未知の試みで、

失敗の可能性だってないわけではない。

なにせ過去の実験資料や計測資料など存在しないし、当たり前だが、成功

と失敗の記録も無い。

そして恐らく再挑戦など、余程の幸運に恵まれ無い限り不可能だ。


とにかくまず資材が揃わない。

今回限りの一発勝負だ。

そしてその勝負に負けたのでは無いのか?時間が掛かり過ぎている。

そう考えだすと途端に不安が込み上げて来て、視線を足元に落とした。

(あいつ、ずっと楽しみにしてたのに。最後の賭けだったのに。)

そして、落とした肩のうえに声を掛けた者がいた。


《《《ヨウ・アル・シバラクブリダナ・ココガ・イセカイカ》》》



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