繋がりの始まり
…つんつん…「「じ―」」
………なん…だ?…「うーん」…
…つんつん…つんつん…「「じ――」」
両頬に何か違和感を感じて薄っすらと目を開けた。
右に黒猫、左に白猫、物凄く可愛い。
ああ癒される、ああ満たされる。
きっと此処は天国に違いない。
なぜなら、此処には天使が居るのだから。
此処こそが至福の園、此処こそが安寧の泉、此処こそが約束の地
ああ、神よ、我が信仰よ、今、この素晴らしき奇跡に感謝を捧げよう
…つんつん…つんつん…つんつん…「「じ――—」」
あーはいはい。今、起きますよ、楽園ごっこはここまでにしましょう
だからその枯れ草でつつくのはやめなさい。
「起こしてくれたのか?ありがとう」
だがそう言って起き上がると、二人はサッと寝床に戻って寝ているサナの
後ろに隠れた。
でも二人とも、ふわふわの尻尾が見えてるぞ。
だが、ちょうどいい、今の内に風呂を作ろう。
ひと眠りして魔力も十分だし、何より、俺がはいりたい。
あちらの世界で経験してからは、もう風呂無しなど、絶対に容認出来ない。
それにこの子達を綺麗にしないと。
とにかく汚れすぎていて、もし熱とかが出ても、顔色が判別出来ない。
幸い必要な物は異空庫に山ほど、入っているし水も何処かの池並に入っている。
よく師匠からは、お前の魔力量は、非常識だが、異空庫はさらに非常識で異常
でついでに使い方が、馬鹿で阿呆だ。
と、良く言われた。
何でもかんでも収納するなと。
確かに、異空庫は容量に比して魔力がたとえ極僅かだとしても、必要だ。
普通の魔導師なら大体馬車1台、師匠で家一軒分ぐらいだが、俺の魔力量
は何故か師匠の数百倍は有る異常体質だと。
只、その数値は魔力計の針が振り切れたんで、”おそらく”らしい。
異空庫に収納しすぎて、魔力不足になったらどうする、と言われその時は
要らない物(かっこいい岩、とか素敵な流木、とか真っ白で巨大な骨とか、
いろいろ嵩張る物が山ほど)を捨てればいいと言ったら、もしそこが、町
の、ど真ん中や、宿屋などだったらどうするつもりだ!と思いっきり頭を
殴られた。
ちなみに今まで一杯になった事など無いので、限界は判らない。
とにかく今は、風呂の制作だ。まずは
「《《大地の理::壁》》」
洞窟の端に壁を作り、大まかな割付を行いながら、浴槽や洗い場を作る。
浴槽は大きな物を一つ、やや小さい物を二つ作った。
桶と石鹸、タオルは此処に用意し、入り口に格子棚を作成、バスタオルと
着替えの服を用意したけど、俺のだから全部男物なんだよ。
これはもう諦めてもらうしか無い。
だって変態じゃあるまいし、女の子の服など持ってない。
ひとしきり用意が出来ると異空庫から水を浴槽に入れていく。
後は、沸騰の魔方陣を展開させる。
準備完了だ。
子供達の寝床を見ると猫人の子が2人、犬人の子が一人、熊人の子が一人
後あの治療した狸人の子、の5人が既に目を覚ましていた。
だが年上らしき3人はまだ起きない。
夢の中らしいその顔に、くっきりと、涙の後がある。
どの顔にもだ。
どれ程、辛かったのだろう、親と引きはがされ、こんな所に連れてこられ、
どれだけ心細かったのだろう。
だが周りには小さな子供達、大人といえば、あのくず共だけ。
必死だったのだろう守ろうとしたのだろう、この何も持たない小さな手で。
自分達だって泣きたかったろう。
にげだして、放り出して、自分の殻に閉じこもればどんなに楽だったか。
それでも必死になって、踏みとどまったこの子達のことが、愛おしくて堪
らない。
夢の中まで涙を流すさまが痛ましくて、声をかけられなかったが、しばらく
すると小さな子供達の動く気配につられて目をさましたようだった。
寝ぼけまなこでぼーっとしている3人に、声を掛けた。
「おはよう。よく眠れたか?」
いつも悪夢を見ていた。あの日、町から逃げ出す私たちを、追いかけて
来た騎士達が、立ちふさがる父さんと母さんに槍を突き立て、その数を競
うように笑いながら町の人を殺していった。
そのまるで地獄の様な悪夢を、何度も何度も繰り返し襲ってくる悪夢に耐え
られず、気が狂ってしまえばいや、いっそ死んでしまえば楽になれるのでは、
いやきっとそうだ。
そう思ったのは一度や二度ではないけど、その度に、横で寝ている妹のリリの
暖かさが私を正気に戻してくれた。
私が死んだら、リリがひとりぼっちになってしまう。
私の他に誰が幼いリリを守ってくれるのか。
でも昨夜、死にかけたリリを目の前にして、その手を取ることさえ出来ず
諦めかけた私の前にあの人は現れた。
見慣れない格好をしたその男の人がリリを死の淵から救いだしてくれた。
かざした魔方陣から光が降り注ぐ度にリリの傷が治っていった。
もう、駄目だと。
リリまで失って、生きる意味も失って、只、受け入れるしか無い絶望を、
一瞬でひっくり返してしまった。
信じられなくて、でも、嬉しくて、何度も何度も頭を下げた。
そのあとは、私とみんなの怪我をあっという間に直してしまうと、お腹が
悲鳴を上げるほど、沢山のごはんを食べさせてくれた。
そして、話を聞いてもらって、いっぱい声を上げて泣いて、みんなで泣いて
それから、優しく頭をなでて貰ったら、とっても心が暖かくなって、このまま
でいてほしいと思ったけど、すぐ眠ってしまった。
そして今、「おはよう。よく眠れたか?」
優しい声が私の耳に飛び込んできた。
「みんな、目はさめたみたいだな。先にいっておく俺の名はアルセニオス
だ、ああサナは知っているな」
「はい、おはようございます!アル様」
「さて、まずは、みんなの名前を教えてほしい、いいかな?」
全員がうなずくのが分かった。
「じゃあサナから順番にお願い出来るかな?」
「はい、私はサナ、13歳、狸人族です。この子は妹のリリです」
「リリ、むっつ」
うす茶色の髪に丸みをおびた耳、ちょっとたれ目の姉妹だ。
「サナとリリだね、うん覚えたよ、つぎは…」
「モルナといいます。10歳です。熊人族ですこっちが弟です」
「クリッカ 8歳」
こちらはこげ茶色の髪だけど、弟の方は濃いこげ茶色、耳はまん丸だ。
「モルナとクリッカも姉弟か、よし。つぎっと」
「デクシス・カノン、10歳、誇り高き狼人族の戦士だ!」
真っ黒な髪に一筋の白い髪がかっこいいし、耳は尖っていて将来が楽しみ
な誇り高き戦士さん。
苗字があるから、貴族か騎士の家だろう。でもまず
戦士になるには、サナとモルナという高い壁を超えないとね、ガンバレ。
「ほほう、勇ましいな、デクシスか、了解した。つぎは」
「ガ、ガ、ガットです。えっと、あの、9歳です、犬人族です。はい」
髪は金髪、耳は小さめな三角だ。緊張してるのか、おどおどしてるけど、
これはやばい。
何だ、この子犬みたいな保護欲をかきたてる瞳は。
金持ちのおば様連中が目の色変えて群がって来る未来しか見えない。
ある種類の人たちの前に出しちゃいけないやつだ。
「ガット君ね、うん、うん、強く生きるんだよ」
「????はい??」
「では最後の2人だな」
「ルナ、わたしはお姉ちゃん、7歳」
「ミア、わたしは妹ちゃん、7歳」
ルナちゃんが黒髪に耳の先だけ白く、ミアちゃんは白髪でこちらは耳の先
はちょっと黒い。まるで裏表みたいな双子だ。
「ルナとミアね、これで全員だな。つぎは、サナ、ちょっとてつだってく
れるかな。これを一粒ずつ全員に配ってくれ」
「はい」
異空庫から取り出した丸薬の瓶をサナに手渡してから水の用意をする。
小っちゃい子が居るから、ここはハチミツ水だ。
「はーい、みんな聞いてくれるかな、今、配ったのはお薬です。君達
の飲んでいたあの水には毒が混じってました。このままでは病気にな
ります。だからお薬を飲みます。いいですね」
「えっ、毒って、私たち死んじゃうんですか?」
「モルナだっけ、大丈夫。毒はミスリル鉱毒っていうんだけれど、
それ程、強く無いのと、ものすごく水に溶けにくいから、極微量
しか摂取出来ないんだ。今なら三日程、薬を飲めば心配ないよ」
「よかった…」
「ほら安心して飲んで、水はちゃんと用意してるから」
みんな飲んだと思ったら、リリとルナとミアの3人が手の上の薬をにらん
でいる。薬って苦いし、判らなくも無いけど、そうも言っていられない。
「お水は、甘~い甘~いハチミツ入りなんだけどな~」
一斉に薬を口に放り込むと3人はそろって手を差し出した。
その目が早くよこせと、訴えている。
そりゃそうだろう、甘いものなど普通でもめったに、口にできない。
それこそ精々、誕生日か結婚式ぐらいなものだ。
そして気が付くと、飲み干してしまったのか、8人全員がコップの中を
物悲しそうに見つめている。
そんな目をされたら、俺が耐えられるわけないじゃないか。
だから、次の瞬間にはつぶやいていた。
「おかわりが、ほしいひとは?」