骨肉の公爵家
今、俺達傭兵団は一路、マレインの町を目指して、夜の街道をひた走っている。
女神月は、ほとんど皆、西の山間に姿を没したが、一番小さな六女月メイベルだけ
が、俺達の背で赤く瞬いていた。
暁を背負い、黒い影の様な姿のモデムドール公爵家の領都はまだ、その眠りからは
覚めていない。
俺の前で馬を駆る公爵家嫡男は、今回の戦いで漢の顔になった。
最初は背伸びしている貴族の坊っちゃんの御守までするのか、と、追加料金の計算
までしていたが、泣き叫ぶ兵の声が、夥しい死体の群れが、嘆き狂う白骨達が、何
より、自分の想像を遥かに凌駕する絶対強者の存在が、男を漢に変えた。
だから俺達は、コム・ハライの要望で今回の簒奪戦に参加した。
今から自分の肉親達と、血を血で洗う戦いをするのだ。
もし、生半可な覚悟で立向かう気なら、この依頼は断るつもりだった。
実の弟を殺す事は決まっているし、もし父親が当主の座を譲る事を拒めば、当然、
父親の首を取る迄の武力衝突は必至だ。
もし途中で日和るようなら、こちらの命も危ない、慎重になるのは当然だ。
それに示された報酬がとにかく魅力的だ。
俺は騎士爵、他の連中も騎士として公爵家に雇用される。
正直、傭兵稼業を続けていても、未来はそれほど明るくない。
騎士として、雇って貰えるなど、願っても無い好条件だ。
そして、もう一つ、馬を駆る俺達の背には、あの魔術師の女たちが乗っている。
傭兵など、粗暴な人種、根無し草の代表、などと言われて来たので、結婚など、
夢のまた夢だと思っていたが、冒険者でもある彼女らは、気にならないそうだ。
それどころか、騎士の身分とは、一般女性にとっては、超優良物件らしい。
補足だが、相手のいない団員の方が多いが、騎士になれば、女の方から幾らでも
寄って来ると、ルッツとコム・ハライが太鼓判を押していた。
貴族ならいざ知らず、平民の男女比は、圧倒的に未婚女性や未亡人が多い。
魔獣に戦に盗賊にと、男の異常なほどの死亡率が原因だ。
特に騎士爵の俺など、妾の座を狙って寄って来る女たちを躱すのに忙しくなるぞ、
と、言われ、鼻の下を伸ばしかけたら、マルシアにつねられた。
でも何故か、痛いのに、ちょっと嬉しい。
俺らはマレインの町の大通りを可能な限り広がって、公爵家の門を目指した。
少数である事を悟られない為だ。
当主の移譲を要求する書簡は昨日の夕方に届けさせ、門を開放する事を、承諾の証
と明記した。
だが、門は閉ざされ、盾を持った兵士が集まっていた。
アレクシス「どうやら、弟さんは、戦いを選んだようだぜ」
ルッツ「昔から、自分の方が次期公爵に相応しいと、公言していたからな」
アレクシス「公言していた?もしかして馬鹿なのか?」
もし本気で当主の座を狙うなら、水面下で動く事が何より大切だ。
何の瑕疵の無い兄の継承権を奪うのだから、表面化した時点で計画は破綻する。
ましてや、当の兄に宣言するなど、狂気の沙汰だ。
ルッツ「あいつの口から出た事は、母親が可能な限り必ず叶えてたからな」
アレクシス「とんでもなく愚かな母子だな」
ルッツ「だから、叶うまで誰にでも言いまくるのさ」
アレクシス「底の知れない馬鹿だな、呆れたもんだ」
そして俺達はそんなルッツの弟と真正面からぶつかった。
なぜなら、ただ数だけ集めた脆弱な陣構えに、策も戦術も用いる必要感じなかった
からだ。
先行した縦列の騎馬が門の前面で左右に分かれると同時に、後ろに乗っていた魔術
師達が魔法を叩き込んだ。
吹き飛ぶ盾兵の後ろで、立ち尽くしている次男坊は、呆れた事に弓兵や槍兵さえも
用意していなかった。
その丸裸同然の弟にルッツが率いる騎馬隊が突っ込んだ。
ルッツ「首は貰うぞ!ユーリ!」
振るわれた長槍は、確実に弟の胸を突き抜け、刃の半分が背中から顔をだした。
戦場に立つ男が、一切の鎧を付けず、これから舞踏会に参加する様な恰好で突っ立
っていたのだから、誰もがは目を疑った。
ルッツ「………我が弟ながら、まさか、あそこまで軟弱だとは………………」
アレクシス「なあ、そんなに弱かったのか?でもスライムよりマシだろう」
ルッツ「………………………聞かないでくれ…アレクシス」
門の前に折り返して来た俺達は、投降した兵達を馬上から牽制しながら、がっくり
肩を落としたルッツに哀れみの目を向けずには、おれなかった。
アレクシス「マジかよ、スライムだぞ、スライム」
マルシア「やめてあげなさいよ、泣きそうじゃない」
コム「おぬしら、容赦ないのぉ」
ルッツ「コムか、裏門はどうだった?」
屋敷の周りは、俺達が戦闘?をしている間に、爺さんが歩兵を連れて固めていた。
コム「此処までスカスカじゃと、何かの策かも、と疑いたくなるわい」
ルッツ「あの人達は、昔からそんなもんだろう」
アレクシス「随分、辛辣だな」
ルッツ「事あるごとに、継承権を放棄するように、しつこく言われて来たから
もう、情なんて残って無い」
コム「嫌がらせの、雨あられじゃったからのぉ、見てて笑ったわい」
アレクシス「………それ、笑いごとか?」
ルッツ「あいつらに殺しに来るほどの、度胸はねえよ」
マルシア「同じ息子でしょ、何でそこまで」
コム「ああ、ユーリの母親、今の公爵夫人とは血の繋がりは無いからのぉ」
アレクシス「なるほどね、じゃあ遠慮なしで」
それから残りの連中を制圧して、正面玄関より屋敷に乗り込むと、家宰のダッカス
が、ロビーで待っていた。
ダッカス「ようこそ、当主様がお待ちです。こちらへどうぞ」
コム「相変わらず、慇懃無礼な、男じゃのう」
この家宰は、現在の公爵夫人が生家から連れて来た男で一度としてルッツの名を、
呼んだ事はない。
大袈裟な態度で腰を折る家宰にコムが嫌悪の目を向けたが、そんな事はお構いなし
と、俺達を、大広間へ案内した。
もっともコムだけは、今後の統治に必要な書類や公文書などを確保する為に公務室
に兵を数名伴って向かって行った。
ダッカス「お客様をお連れしました」
アレクシス「ギル、ガイ」
「「うっす」」
俺が小さく指示すると、二人は足音も立てずに、家宰の後に続くルッツの両脇に、
移動した。
案の定、ルッツが広間に足を踏み入れた途端、扉の両側から飛び出した家人が剣を
振り下ろして来たが、ギルとガイに阻まれ、そのまま二人に斬り殺された。
ルッツ「つまらん策だ」
ダッカス「も、申し訳ございません!ルッツ様!命だけは!」
ルッツ「初めて俺の名を呼んだのが、死ぬ前とはな、本望だろう」
ダッカス「ヒッ」
ルッツは、更に言い逃れをしようとする公爵家の家宰を、物言わぬ骸にした。
ルッツ「今頃になって、俺の名を思い出す無能者は、必要ない」
喉を切り裂かれ、血の海に捨てられたダッカスを見て、侍女や家人達は、自分達に
断罪の目が向かない様に声を潜めてうつむいた。
これから、今までさんざん無視して馬鹿にして来た男に、命乞いをしなければなら
ないのだが、到底、聞き入れては貰えないだろう。
何せ、ルッツがまだ子供だった頃から続けて来たのだ、自業自得だ。
ルッツ「さあ親父殿、当主交代の時間だ、素直に従って欲しい」
ケイオス「………………もし、嫌だといったら?」
ルッツ「俺は、出来れば親父に死んでほしく無いんだ、そこの毒婦と違って」
セリーヌ「………………………なんですって…」
ケイオス「何故、事を急いだ?ユーリもダッカスも話せば分かったはずだ」
ルッツ「摩擦や軋轢を恐れて、問題を先延ばしにする癖は、相変わらずですね」
セリーヌ「……こんな事して、私の実家が黙ってないわよ!」
今までセリーヌは実家を後ろ盾にしては、ケイオスに無理を通して来た。
家宰を、侍女を、はては、料理人や庭師、御者や門番までも、自分の息のかかった
者に、入れ替えていった。
ルッツ「滅亡寸前のエクスベリー伯爵家にそんな力は残ってませんよ」
セリーヌ「そんな嘘、誰が信じるもんですか!ユーリを殺した代償は、必ず払わせ
てやる、覚悟しておくがいい!」
野心家で強欲なセリーヌは、いずれは公爵家の当主に息子のユーリを就けるつもり
で、ケイオスに迫ったが、ルッツを廃嫡する事も出来ず、かと言って、セリーヌの
要求を断る事も出来ず、なにも決断を下す事も出来ずに、此処まで来た。
セリーヌにしても、暗殺や毒殺といった手段を取る度胸もなく、かと言って公爵家
の実権を諦める事も出来ず、嫌がらせを続けるしか出来なかった。
ルッツ「ご自由にどうぞ。それと話は変わるが、今この国がどうなっているか
ご存じですか、親父殿?」
ケイオス「お前達を、例の魔導士討伐に送り出してからは、特に」
ルッツ「では、教えて差し上げましょう、討伐は失敗。参加した貴族軍は、当家
を除いて全滅しました」
ケイオス「そんな馬鹿な、ではエクスベリー家はどうなった」
ルッツ「全滅と言ったでしょう、敗北でも撤退でも無く全滅したんです、魔導士
に手をだすべきでは無かったんです」
セリーヌ「そんな、そんな、父が、そんな………………」
ケイオス「だ、だが公王が…………」
ルッツ「分かりませんか?宰相にはめられたんですよ、我々は」
ケイオス「証拠は?……」
ルッツ「これで貴族派は壊滅寸前、国王派は、ほぼ無傷、一目瞭然でしょう」
ケイオス「これから、我々はどうなる?」
ルッツ「王家は、ここぞとばかりに、反王家貴族達の取り潰しに走るでしょう、
我が公爵家も例外では有りません」
ケイオス「………………………わかった、当主は譲る。何か策があるのだろ」
ルッツ「ありがとう親父、任せてくれ、絶対に、この家を守って見せるから」
ケイオス「………初めて父親らしい事をしたよ、肩が軽くなった」
ルッツ「親父は、祖父の別棟を使ってくれ、同じ敷地だ、たまに顔を出すよ」
ケイオス「ああ、ゆっくりさせて貰うよ、で、あれはどうする?」
ルッツ「親父の好きにして良いよ、侍女連中は一人残らず追放するけど」
ケイオス「ありがとう、すまんな」
ルッツ「いいさ、親子だろ」
ケイオス「そうだな」
茫然自失状態の継母は父に任せて、この瞬間からルッツは正式に公爵家当主となり
領地の掌握を始めた。
コム・ハライを家宰に任じ、領地の責任者や村長を領都に呼んで忠誠を誓わせた。
アレクシスを騎士爵に取り立て、傭兵団黒鷲の団員を一人残らず騎士に、荷物番の
駆け出し小僧迄、騎士見習いとして雇用した。
そして騎士爵になったアレクシスに周辺貴族を攻めさせ、公爵家に帰順させた。
だが、数日後、「爵位を貰ったとたんにもう戦闘任務かよ、詐欺だ」と騒いでいた
アレクシスが、ある貴族の訪問者を連れて来た。
広間の扉を開けて中に入ったルッツを待っていたのは、コム・ハライと話込んで
いる、あの時助けたダーナドール公爵家の門番と、親子と思われる女性が二人。
母親らしい女性は、死んだ公爵の息子の嫁で、その横にいるのがその娘、公爵に
とっては孫になる。
どうやら、モデムドール公爵家の庇護を求めてきたらしい。
娘はその為の人質として、自分で付いて来たそうだ。
名をエリザベスと言い、十七歳と若いが、聡明な頭脳の持ち主とみて良いだろう。
それぞれの事情を、考慮しても、十分納得できる話だ。
だが、ここで誰も予想だにしなかった、公爵家を揺るがす大問題が発生した。
ルッツが、エリザベスの前で膝をついてしまったのだ。
「お嬢さん、俺と結婚してほしい」
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「「「「「はあああああああああああああああああああああああ?」」」」」




