過信と誤算・公爵家の食客
殺到してきた騎士や兵士に火炎魔法を打ち込み、一気に数十人を吹き飛ばすと
敵兵達は一旦は怯んだように見えたが、今度は少人数の集団を幾つも作って、
四方から襲って来た。
広大な領地と爵位は、彼らにはどれ程魅力的に映ったのか、彼らは諦める事を
しなかった、
効果が見られないと思うと、次は時間差をつけ、更に弓兵た魔法使いまで投入
した。
こちらも有効そうな、ありとあらゆる属性の魔法を使ったが、とにかく一度の
魔法で倒せる人数が少なすぎる、効率が悪すぎる。
もう、何時間経っただろう、どれ程魔法を放ったのだろう、十か五十か百か、
もうその数さえも判らない。
倒した敵の数も百より先は数えていない。
時間が経つにつれ、外れる魔法や魔法を搔い潜って来る兵士が見られる様になり、
いく度となく、馬車近くまで接近を許して、バリスタやボウガンまで使うはめに
なった。
もう只の消耗戦でしかない。
やがて、魔力はその八割を消耗し、バリスタの矢も尽き果てた頃、戦闘は一旦、
収束を見せたが、既に時間は日付が変わる頃になっていた。
サナ達に眠る様に指示してから、馬車の屋根の上で異空庫から眠気覚ましの飴
を取り出して、口に放りこんだ。
敵を皆殺しにした訳でも無いのだ、警戒をしない訳にはいかない。
案の定、馬も使わず歩いて何度も襲撃が繰り返され、闇に紛れたその攻撃は夜
の闇が薄くなり始める頃まで続いた。
僅かな時間だが、貴族軍との間に距離がある間に子供達を馬車から降ろして、
食事と運動をさせた。
馬車に籠りっぱなしな上に終始、周りで戦闘が起こっていたにも関わらず、一番
小さいリリでさえ、体を十分動かせない事に対して、一言も不満を口にしなかっ
たのだから、非常に助かった。
つらい思いをしているのに、気丈に振る舞う子供達が愛おしくて、異空庫から、
秘蔵のイチゴのショートケーキ出してやったら、大騒ぎを始めた。
そりゃあ、食べ慣れている日本人ならいざ知らず、子供達にとっては、まるで
神の食べ物の様にも等しいものだろう。
これで、一時でも幸せを感じてくれれば、言う事は無い。
その後、馬を馬車に繋いでいると、デクシスが、走って来た。
デクシス「アル様、敵陣がおかしい、何か増えてるみたい」
「なに!」
どうも足止めを喰らっている間に、歩兵が馬車で追いついてきてしまった様だ。
一体何処の兵なのか、此処からでは分からなかったが、貴族連中の陣容が一変
したのは間違いなかった。
得も言われぬ不安が、俺の心に溜まって行くが、明確な対処法が判らない。
なら、予定通り、クーロンの町も大橋も一気に突破するだけだ。
俺は、子供達を馬車に乗せるとクーロン大橋を一時でも早く渡り切るため、足早
に野営地を離れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇ モデムドール公爵・陣地 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おい、やつら逃げ始めたぞ!」
「大丈夫じゃ、いままで通り指示に従えばええんじゃ、焦りなさんな」
天幕の中で騒いでいるのが、モデムドール公爵家嫡男、ルッツ・モデムドール
それを宥めながら、朝食を取っているのは、公爵家の食客、コム・ハライ(83歳)
大陸最東に位置する、グード王国の出身でドワーフのくせに、軍略家を目指して
祖国を飛び出した変わり者で、今は公爵家の居候だ。
身長は低く、蓄えた髭は白く、褐色の肌、此処までくれば、典型的なドワーフ
なのだが、とにかく細い、どうにも細い。
筋肉と脂肪を一体何処に置き忘れたのか、問い詰めたい程だ。
だから、コムは若い頃から、出来損ない、役立たず、鍛冶神から見放された背信者
と言われ、家族からも、周りからも、常に一段も二段も下に見られていた。
頭が誰よりも良かったコムは痩せている、ただその一点のみで、ドブさらい以外の
職に就けなかった。
だからコムはこの国も国民も、心から嫌いだった。
いつも、滅びればいいと、呪い続けた。
そして、成人の日、コムは国を飛び出して、色んな国を渡り歩いたが、いつの間に
か、呪いは、願望となり、生きる意味となった。
その日、この大陸に初めて兵法が生まれ、軍略家が生まれた。
その大陸初の軍略家がアルを追い詰め始めた。
ルッツ「しかし、ダーナドールの連中も、追いかけて来てるだろう」
コム「ほんま五月蠅いのう、素直に言う事を聞いたけえ、昨日ペーセット伯爵家
もロンバーナ侯爵家も、壊滅して、うちが無傷なんじゃろうが」
ルッツ「しかし、先を越されたら」
コム「あのドケチ公爵が進んで戦闘などせん、追い越してなど行かんわい」
ルッツ「本当か?」
コム「積極的に戦闘参加はせん、おこぼれを狙っとるんじゃよ、その証拠にら奴
らはこれ以上近づいて来りゃせんわい」
ルッツ「信じて良いんだな」
コム「言うたでしょうが、あんたが次期公爵じゃ」
ルッツ「ああ」
コム「さあ、次期当主の権利書を頂きに行こうかのお」
コムは、考え無しの男爵達が失敗したのを見て、腰が引けだした伯爵や侯爵たちの
功名心を上手に煽った。
文字通り、正に手のひらで踊らされた連中は、その戦力の殆んどを失ったのだ。
ルッツ「恩に着るよ」
コム「わしの事、信じてくれたんは、先代公爵とお前さんだけじゃ」
ルッツ「まあ、言ってる事が、理に適っていたからな」
コム「それで十分じゃ、当代や次男坊どもは、わしの話も聞かんと、ペテン師呼
ばわりじゃ、あいつらには任せては公爵家の未来は無い」
ルッツ「そうだな、あんな俗物共は排除してしまおう、力を貸してくれ」
コム「もちろんじゃ」
そう言うとコムは、追撃の一手を繰り出した。
クーロンの町まで後、半日、無駄な死人は出したく無いが、駐屯軍との戦闘に時間
を掛けたくない。
出来れば今日中には、大橋を超えたい。
その為にも、無駄なな戦闘を避け、一刻も早く町に辿り着きたいのだが。
「ええい、鬱陶しい」
デクシス「アル様、今度は右奥にいます」
「わかった!」
モルナ「デクシス!左前から来たわ、撃って」
デクシス「おう!」
「二人とも、良い連携だ、よくやった!」
「「えへへ」」
「しかしこいつら、騎士じゃない、冒険者…いや!傭兵か、くそ!」
不味い事になった。
この、異常に、嫌らしい攻撃に、妙に使い込まれた鎧、自由自在に操る武器
卓越した乗馬技術、まさに傭兵で間違い無い。
事実、威力を絞った俺の魔法は、尽く躱されまくっている。
いっそ、馬車を止めて迎撃しようと思ったが、後方から魔法が届かないギリギリ
の距離を五十人近い数の騎士と魔法使いを乗せているであろう馬車がついてくる
もし止まれば一気に襲って来る可能性がある。
既に魔力切れが近く、普通の攻撃魔法ならともかく魔力を馬鹿喰いする、強力な
大規模魔法は、3~4発撃てるかどうかだろう。
おまけに、睡眠が殆んど取れなかった為か、注意力が、まるで坂を転がる様に
落ち始めた。
そして見えて来たクーロンの町は門が開け広げられ、守備兵の姿も、何処にも
見られなかった。
更に町の奥に見えるのは、橋、理由は分からないが、全ての門か開いている。
本来なら、閉ざされた門を突破して守備隊を退けるには、どんなに早くても、
丸々一日掛かるだろう。
それが、歩いても、30分もかからない程、短縮出来るのだ、俺は歓喜した。
だが、当然、追手の傭兵達には最悪の予想外だったので、一段と攻撃が激
しくなった。
「サナ、馬を全速で駆けさせてくれ、町を突っ切る」
サナ「はい」
「みんな、何かにつかまって、今から揺れるぞ」
「「「「はい」」」」
一気に速度を上げると、俺達は追いすがる傭兵たちを引き連れたまま、町の
門をくぐった。
これは、罠では無く、恐らく町の守備隊であるベック第一公子達が、職務を
放棄した結果だろう。
実際この時、第一公子は兵達全員を引き連れて隣町のクリサイドに慰安旅行
だと言い張って、遊びに来ていた。
酒場を貸切って、大騒ぎをしている最中、公子は大声で叫んだらしい。
「大恩人の足を引っ張る訳無いだろうが、バ~カ、バ~カ!」
だが、わざわざ伝書鳩まで飛ばして、捕縛を要請した公爵の陣営は当てが外
れて怒り心頭だった。
ルッツ「ちきしょう!町は空っぽじゃないか、どうなってんんだ!」
コム「恐らく、第一公子は、はなから協力する気は無かったんじゃろう」
ルッツ「そんな馬鹿な、言わばこれは王命と同じだぞ」
コム「そうは言っても、実際は公爵家からの依頼、強制力は無いしのぉ」
ルッツ「そんな悠長な!」
コム「心配せんでも、多少ここで時間を稼いでも、何も変わらん」
ルッツ「ほんとか?」
コム「それよりも、王家じゃ、どうも気にいらんのぉ…」
ルッツ「どういう意味だよ」
コム「方針転換も視野に入れるべきか・・・・」
ルッツ「おい、コム!」
コム「・・・・・・う~む」
馬車は難なく町を抜けたが、俺は此処で大きな選択ミスを犯した。
足止めの障害が無いのは、追いすがる傭兵達も同じ事で、互いの距離が広が
る訳では無かったのに、俺は傭兵を振り切るように、馬を走らせてしまった。
もし冷静に考えて、両脇の建物に大規模魔法を叩き込めば、倒壊した残骸が、
町の通りを塞いで傭兵の足止めをしてくれたのだ。
更には橋を渡っても止まらなかった事。
橋のたもとに陣取って魔法を撃ちまくれば、警戒するのは、前方だけだ。
おまけに、橋の上だと、行動が制限され、魔法の行使には有利だった。
その程度の事が、疲れて睡眠不足の俺の頭は理解してくれなかった。
そして最後は俺自身が無知だった。
橋を通り過ぎてから、そう離れない内に馬達に異変が起きた。
順調に駆けていた馬達がほぼ同時に足を止めると、その場に座り込んで、
動かなくなってしまった。
まだ昨日の半分ほどの時間しか走っていない。
死んではいないが、息は荒く、目は閉じられてしまっている。
馬達の異常には全く心当たりは無かったが、とにかくこのまま此処で、馬達が回復
するまで、子供達を守り切るしか方法が無かった。
「サナ、モルナ、デクシス、三人共馬車から出るな」
デクシス「いやだ、俺はアル様と一緒に戦う!」
「駄目だ、今から周り全てが魔法の目標になる、巻き込んでしまうからな」
デクシス「そんな…」
「それに敵を全て倒したら、さすがの俺もぶっ倒れるからな、運んでくれ」
モルナ「………………はい」
「大丈夫、必ず守ってやるから」
サナ「はい、はい」
馬車の屋根に陣取った俺は、近寄って来る傭兵達に向かって魔法で迎え撃った。
飛んで来る矢も魔法も全て無視して、射手や魔法使いだけを狙い撃った。
そして、役目を終えて、防御魔法陣が消滅する度に、新しい魔法陣を展開したが、
いくら消費魔力が少なくとも、攻撃魔法と併せると、明らかに魔力の回復を上回る。
しかし、公爵軍の狙いは俺の魔力切れでは無かった。
公爵軍は全ての兵を馬車の周りに布陣させると、明々と松明を幾つも掲げた。
それも、ギリギリ俺の魔法の射程外にだ。
コム「全員、攻撃止め!魔法使いは休息に入れ」
部隊長「はっ!攻撃中止、魔法部隊は下がれ」
コム「弓兵は入れ替わって待機せよ」
部隊長「弓兵は前へ」
ルッツ「なあ、もう文句は言わんからこの、ゆる~い攻撃の意味を教えてくれ」
コム「まあ、しばらく暇じゃし、いいじゃろう」
ルッツ「相変わらずの上から目線でありがとう」
コム「いじけなさんな、まず馬じゃが、走れるようになるには、後二日は
かかる」
ルッツ「どういうことだ?」
コム「ポーションや回復魔法を与えられた馬は三日ともたんのじゃ」
ルッツ「そうなのか?」
コム「負けて、必死に逃げて、追われ続けた事のある弱者の知識じゃよ、強者は
知らない知識じゃ」
ルッツ「初めて知った…」
コム「言わばお前さんも強者じゃ、そしてあの男もの」
ルッツ「知識は大事だな、なら、なぜ一気に攻撃しない?」
コム「よいか、かりにも世界最強の名を持つ魔導士に正面から戦うなど、馬鹿の
する事じゃ、だから弱点を突くんじゃ」
ルッツ「弱点?」
コム「そうじゃ、一つはあの子供達、基本傍から離れんのでな、助かっとる」
ルッツ「すまん、解らん」
コム「はあぁ、奴に自由に動かれたら、接近されて広範囲魔法の乱打を喰らって
あっと言う間に、全滅じゃ」
ルッツ「…理解した」
コム「そして、奴がどれ程強かろうと、生身の人間だと言う事じゃ」
ルッツ「つまり?」
コム「答えはもう出始とる、見ろ、奴はもうフラフラじゃ、朝まで持つかのぉ」
ルッツ「あれは…………………寝そうなのか?」
コム「三日も寝なきゃ、誰でもああなるわい、そろそろ限界じゃ」
ああ、もう何度目の襲撃なのだろうか、出鱈目なタイミングで打ち込まれた弓矢で
消滅した防御魔法を、張り直すのは、ああ、また無意味に騎馬が接近してきた。
放った氷剣は、すぐ手前に着弾した、目測を誤ったが、反転したなら良し。
一晩中こんな調子で奴らはいつ、本格的な攻撃を仕掛けてくるのだろう。
子供達の命が、掛かっている、早くケリをつけたい。
だが、俺の希望はかなえられなかった。
意識が飛んでは、攻撃で目を覚ます、そんな事を何度も繰り返す内に、夜は白々と
明け始めた。
あれ、俺は今、幾つ防御魔法をはったかな、おもいだせないな…。
この時、おれの頭はもう既に、まともな思考が出来なくなっていた。
「ぐがあぁっ」
いつの間にか、熟睡していたらしい俺は、肩に刺さった矢の激痛で目が覚めた。
見れば馬車の防御魔法が切れたのか、何本かの矢が窓の隙間に刺さっていた。
そして、今、ローブに付与した防御魔法もきれたようだ。
皮肉な事に肩の激痛が、俺の意識を僅かの間、ハッキリさせてくれた。
勝ちを確信した奴らが、弓をかまえて、じわじわ近づいて来た。
馬車の中から、子供達が俺の名前を叫んでいるのが聞こえる。
ああ、もう、しっかり日がのぼっているじゃないか。
俺はここまでの様だ。
僅かながら回復した魔力が一回位なら、大規模魔法が使える事を伝えて来る。
なら、敵の本陣と相打ちに持ち込もう。
そして、俺が死ねば異空庫の中身は此処にぶちまけられる。
あの異常な量の物資が、こいつらの頭上に降りかかるのだ、子供達が逃亡する
時間位は稼げるだろう。
最後に見るのが子供達の顔じゃ無く、迫ってくる醜悪な兵士の顔なのが残念だ。
「さあ、一緒に地獄へ落ちようじゃないか」
覚悟を決めて奴らの本陣らしき、三台の馬車に向けた俺の目の前に、この世界に
存在しない物が飛び込んで来た。
四つのプロペラ、カメラレンズ、黒い機体が向うの世界で聞きなれた音を出して
浮いていた。
「まさか、ドローン?」




