追撃と迎撃と誤算と
ガットの亡骸を荼毘に付してから暫く順調だった俺たちの旅はクーロン
大橋まであと三日程の所で、にわかに、暗雲が立ち込め始めた。
デクシス「アル様、後ろから大勢の馬と人が来る」
「分かった、確認しよう、サナ、手綱を任せる」
サナ「はい」
サナに操作を任せて、馬車の後ろ扉から後方を凝視したが、俺には遠くの
土埃しか、確認できない。
だが、土埃が舞うなら、舞わせた奴が居るのは間違いない。
「何が来てるか分かるか?」
デクシス「馬に乗った兵隊が…多分、10人ぐらい…」
「追手?公子の私兵?そこまで馬鹿じゃないと思いたいが………」
とにかく確認した方が良いだろう、どれ程考えても予想は予想だ。
「サナ、速度を並足に落としてくれ」
サナ「はい」
「モルナ、ボウガンを持ってサナの隣に」
モルナ「はい」
「デクシスは後方を警戒」
デクシス「はい」
「ちびっ子はちゃんと座席にすわってなさい」
「「「「はーい」」」」
俺はそのまま馬車の天井に陣取って後ろに、目を凝らした。
馬車の速度を落としたお陰で、俺にもハッキリと見えて来た。
確かに10騎ほど、騎士らしき連中が追って来ている。
デクシス「アル様!何人か、弓を持ってる」
「そうか、分かった、そのまま警戒してくれ」
デクシス「はい………………………あっ、弓構えた…」
「早速か、了解。サナ、魔法をぶっ放すかもしれん、音で馬が暴
れないように注意してくれ」
馬車の速度を落とした事で騎馬は、みるみるうちに近づいて来た。
もう、俺の目でも、それがアルギス公国の騎士である事は分かる。
――シュッ――キンッ――キンッ――――シュッシュッ――キンッ
飛んできた矢が、尽く物理障壁魔法に弾かれると、追手の騎士は弓を諦め
剣を手に取り、馬車に迫って来た。
騎士「やったぞ!我らマイアーズ家が一番乗りだ!これで俺は侯爵だ!」
兵士「俺らも爵位貰えるんですよね、男爵!」
騎士「そうだ!奴を打ち取った奴には子爵位をやるぞ!」
兵士「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
兵士「殺せえぇぇぇ!」
男爵「一番槍には領地も付けてやるぞ!」
兵士「俺の獲物だ!どけぇぇっ!」
兵士「子爵になるのは、俺だあぁ!」
「阿呆が」
《――――――――――《《風の理::刃》》――――――――――》
ドサッ――――――――――――――――――――ッ
「サナ、馬車を止めてくれ」
街道を一塊になって襲って来た、マイアーズ男爵とやらの一団を、風刃で
首を刎ね飛ばしたが、幸か不幸か、一番後ろに居た男爵と数名だけは、死
を免れた。
どうも、直前で魔法の威力が尽きてしまったようだ。
もっとも今は、馬から放り出されて地面に叩きつけられた様で、生きてい
るのは男爵一人だけだ。
俺にとって非常に好都合なのは間違い無いので、洗いざらい知ってる事を
喋ってもらう事にした。
「さて、男爵殿、始めましてで、良かったかな?」
男爵「はい、あの…た、助けて下さい………」
「お前の態度次第だ、今からする質問に正直に答えられたらな」
男爵「はい、はい、はいはいはい」
「1回でいい、お前らは公国の貴族で俺を追って来たんだな」
男爵「…はい」
「それで、男爵が侯爵になる?どういう事だ?」
男爵「ええと、ですねぇ、そのぉ、なんと説明したら…」
「ああ、なんだ死にたいにか、分かった」
男爵「しゃ、しゃべります!布告があったんです」
「布告?何の?」
男爵「あ、あ、貴方の首に賞金が掛かったんです」
「ほお、興味深いな、で、いくらなんだ?」
男爵「金じゃありません、爵位と領地です」
「はあぁ?」
男爵「爵位は侯爵か辺境伯のどちらかを、領地はクーロン大橋の向う側、
旧公国領の北か南のどちらか半分を、残りの半分を討伐に参加した
貴族に分配する。ただし、罪人である黒魔導士の首が条件である。
そう、公王と宰相の連名で布告がなされました」
クーロン大橋より向う、聖王国に占領されていた領土は公国の約4割近くに
のぼる。
だが、町は略奪され、獣人や亜人達は虐殺対象となり、見逃された農村が
辛うじて、農民の自治によって維持されている状態で、一体どれ程税収を
期待できるか、はなはだ疑問である。
おまけに、治安を一手に引き受けていた獣人達を失った村が現在、全くの
無傷とは、考えにくい。
確かに領土的には公国では1,2を争う大領地だが、運営が軌道に乗る迄に、
どれだけ莫大な費用と時間が掛かるか、ましてや、それ以前に領地を保守
する戦力が、たった10人程度で収まる訳が無い事を、この男爵やこの後に
続くであろう、貴族共は理解しているのだろうか。
この状況を改善して、自らの権力を増す事の出来る貴族はど、んなに甘く
見積もったとしても最低、伯爵クラスは無いと、どうにもならないだろう。
「お前らは、宰相のぶら下げた餌に飛びついた馬鹿だって事だ」
男爵「………何でこんな事に…」
「どれ位の貴族が餌に飛びついたんだ?」
男爵「………わかりません」
「王族連中や大貴族は、第三公子は加わっているのか?」
男爵「それも…知りません」
「ほとんど、何も知らないじゃないか」
男爵「王宮の事は、余り…」
「だいたい、俺の事は、なんて聞いてたんだ?」
男爵「弓兵を恐れて逃亡した、戦闘経験の少ない若い魔導士だと………」
「良いように踊らされたんだよ、宰相にな」
男爵「くそっ、あの爺め」
「おい、何を、自分は被害者です、みたいな顔をしてるんだ?」
男爵「そ、それは………」
「欲に駆られて、真っ先に俺を殺しに来たのは、お前らだろう?」
男爵「………あ、あの、あの」
「今度は俺が、地獄に一番乗りさせてやるよ」
男爵「ひぃっ、た、助け、熱っ、ギャアァァァァァァァァァァァァァ」
炎が一瞬で男爵を飲み込むと、そのまま残った兵士の死体を蹂躙し始めた
が、その立ち昇る煙を目指すかのように、新たな土埃が見えた。
デクシス「アル様、また来た!」
「サナ、馬車を出してくれ、ただしゆっくりでいい」
サナ「はい、でも…」
「心配するな、追いついて来たら、魔法をぶち込む」
サナ「分かりました」
「今は、馬に負担を掛けたくないからな」
暫くすると、今度は8人程の集団が、追いすがって来たが、こちらは
もう情報を聞き出す気も、必要も無かったので、同じように、風刃で、
倒した。
だが、一息つく間もなく、遠くに新たな一団が見え始めた。
この日の夕方までに、既に5つの集団に襲撃を受けたが、厄介な事に襲撃が
夜間にまで及んだのだ。
奴らは全く意図していないだろうが、この襲撃は俺を心底、苦しめた。
1日、馬車を引いていた馬達は疲労困憊で回復魔法を掛けても、既に限界で
最低一晩は休息を取る必要がある。
子供達だって休ませてやらなければならない。
広く開けた場所に馬車を止め、時折、近寄って来る下級貴族共を朝まで屠
り続けたが、とにかく、計画性が無いのが、厄介極まり無かった。
夜を徹して馬を駆けさせた馬鹿が居たのだ。
おかげで殆んど睡眠が取れずに、朝を迎える羽目になった。
事態が変わったのは、この日の昼過ぎ頃だった。
今まで無秩序に襲って来ていた少人数の襲撃が組織立った集団に変わった。
30騎以上の騎士の集団が一気に襲い掛かって来た。
集団になっている所に火炎魔法で半数以上を吹き飛ばしてやると、騎士達は
その被害の大きさに一斉に俺との距離を取ったので、いくらか余裕が持てる
と、思ったのも束の間、こちらは別の問題が発生してしまった。
サナ「アル様、馬達が限界です、もう走れません!」
「サナ、馬車を止めてくれ!」
サナ「はい」
「サナ、デクシス、飼葉と水を与えて馬達の世話をしてくれ」
デクシス「馬具は外すの?」
「今はそのままでいい」
サナ「アル様、ポーションは?」
「水に混ぜてくれ、モルナ、バリスタで警戒を」
モルナ「はい」
「近づく奴は、俺が倒す、馬達の回復を頼む」
クーロンの町が目と鼻の先に見えそうな所まで辿り着いたが、此処に来て
足踏みする羽目になった。
ここで馬達を万全に近い状態に回復させてからでないと、一気にクーロン
の町と橋を突破する事が出来ない。
もし、途中で馬達を失えば、身動きが取れなくなる、そんな事態は、御免
こうむりたい。
まだ夕刻にはとても届かない時刻だろう、だが、何としても此処で追手の
連中を叩き、馬達が回復する時間を稼ぐ。
「公国のくそ貴族共が!かかって来い!捻り潰してやる」




