宰相の策・公王の覚悟
執務室には公王と公妃と側妃、第三公子と二人の女騎士、第一公女と侍
女頭のヘレナ、合計8人だけが居たが、椅子に座っているのは、公王ただ
一人だけだった。
全員が一言も喋らない、重苦しい空間は宰相の入室によって破られた。
公王「で、魔導士どのは何と?」
宰相「私の命は拒否されました、恐らく公子の命でも駄目でしょう」
公王「では、どうせよと?」
宰相「公子では無く、国を守って見せろ、と」
公王「はあ、最悪だ…」
宰相「この馬鹿者共のせいで、せっかくの勝利が台無しです」
公王「台無し処の騒ぎでは無いわ」
宰相「とにかく、今は、まずこの者たちの処分を決めませんと………」
今、この部屋は、貴族連中の立ち入りを禁止してある。
恐らくこの執務室のある本庁の入り口で兵士に足止めされている事だろう
公妃の生家であるペーセット伯爵家、側妃の生家であるロンバーナ侯爵家
この両家あたりは間違いなく来ているはずだ。
宰相「まず、公妃様と、側妃殿、お二方には暫く御実家預かりにさせて
もらいます。これは公王様のご温情です」
公王「後宮で身の回りを整理しておれ、日時は追って告げる」
公妃・側妃「「はい」」
公王「しかと反省し、己の研鑽に努めよ、さすれば再登宮も認めよう」
公妃・側妃「「ありがとうございます!」」
公王「では、下がれ」
公妃「はい、あの、リオンは…」
側妃「すいません、陛下、あの子は…」
公王「断頭台か毒か好きな方を選べばよい、今更、意味は無いがな」
宰相「いいえ、陛下、処分は待っていただきます」
公王「なぜだ、このままでは、国民は納得せんぞ」
宰相「処刑しても、納得しませんでしょう全て、任せてもらいます」
公王「……………………わかった、任せる」
公妃・側妃「「宰相殿、よろしくお願いします」」
2人はそのまま、近衛兵に連れられ、裏口より出て行った。
彼女たちが一言も異を唱えなかったのは、この処分が、余りにも軽い処分
だったからだ。
宰相から、散々、注意も警告も脅しさえも、受けていたのに、今回だけは
必ず守れと言われていたのに、子供達は、それを無視して、国難を招いて
しまったのだから、保護者の私達は離縁どころか、幽閉や修道院行きまで
覚悟していた。
恩情だと思った。
更に、まさか子供達まで、命が助かるとは思っていなかった。
これ以上は望むべきでは無い。
宰相「では次にカティ第一公女殿下、お腹の子供の父親は誰です?」
公女はうつむいたまま、肩を僅かに揺らしたが、それでも顔を上げる事も
答える事もせず、そのまま無視を続けた」
宰相「お答え頂けませんか?………答えられませんか?………」
公王「………何故、答えん」
宰相「あの3人全てと関係を持ちましたからな、特定は無理でしょう」
公王「自分の腹の子の父親も判らんのか、このアバズレが!」
カティ「………だって………」
宰相「それに困って魔導士殿を伴侶にしようと、企てた」
カティ「………」
宰相「そして邪魔になりそうな子供達を、排除したというわけです」
カティ「………」
公王「どこまで愚かなんだ………」
宰相「別に答えなくても構いません。小姓などと称する下民が全て喋
りましたから」
公王「この短時間でか?」
宰相「ええ、減刑と引き換えに、聞いても居ない事までべらべらと」
公王「しかし減刑するのか、業腹だな」
宰相「一族郎党皆殺しを本人のみ処刑に減刑しましたが、泣き叫んで
おりましたよ、身内など居ませんからな」
公王「確かに減刑には違いない、そうか、泣き叫んだか、そりゃいい」
カティ「………どうして…お腹の子の父親なのに………」
公王「王位継承権を持つ子供の父親に、そう簡単になられては困るのだ」
宰相「例え、今回の事が無くても、子を成したら死罪に決まっているの
ですよ、そしてお前も同罪だ、セレナ・パーロット」
セレナ「………………どういう意味でしょう………」
宰相「分不相応な夢を見たな、クレセンテ家は」
公王「宰相、どういう事だ?」
カティが生まれて3年後に生まれた妹は未熟児で、このままでは、長く
は生きられないだろう、諦めろ、言われた。
情の深い側妃がこの病弱な娘を見捨てる事など出来るはずもなく、治療
に掛かり切りになってしまった。
だから仕方なく、側妃は小さなカティを侍女に任せることにしたのだが、
一人の男がこの状況につけこんだ。
内務省職員だったクレセンテ男爵は、妻が公女の侍女頭に選ばれると、身
の程知らずな野望を持った。
公女を懐柔して傀儡化しようとしたのだ。
しかし、色々と画策したが、欲望まみれの思い付きの策など上手く行く訳
が無かった。
当然、甘やかされ、間違った価値観を植え付けられ続けた公女は、日増し
に傲慢になり、手におえなくなった。
そして男爵は、よりによって、男を宛がうと言う下策中の下策を
取った。
まず、金にあかせて下町の娼館から、若い駆け出しの男娼を養子にした。
そして小姓などと言う役割を勝手に捏造して、公女のそばに送り込んだが
どれ程言い聞かせた所で、彼らの腐った根性が治る訳も無く、早々に床を
共にした挙句に妊娠させてしまったのだ。
焦った男爵夫婦は、今回の英雄の登場に乗じて一発逆転の賭けに出た挙句
に取返しの付かない悲劇を呼び込んだ。
宰相「今頃お前の亭主も捕縛されている頃だろう、仲良く断頭台に登れ」
セレナ「ひぃぃ」
宰相「お前の実家とクレセンテ一族は、全員奴隷落ちだ」
セレナ「陛下、お慈悲を、陛下、陛下」
カティ「お父様、厳しすぎます!」
公王「十分慈悲を掛けておるわ、本来なら全員死罪だ、馬鹿者」
カティ「そんな………」
宰相「そうそう、忘れておった、あの子達を騙したお前の浮気相手の男
真っ先に来て助命を願い出したのでな、その場で首を刎ねたわ」
セレナ「いっ、いや、いやああああああああああ」
宰相「連れて行け」
連れ出されて行く彼女と、もし次に会うとすればそれは処刑場でだろう。
もしくは、首だけの姿か………。
宰相「公女様は、側妃様の生家、ロンバーナ侯爵家預かりとします」
公王「そうか、それが一番安全かもしれんな」
侯爵家預かりとは、公女から王族の籍を取り上げると言う事だ。
公式の公国家系図には、事故死として扱われる。
宰相「最後はリオン公子ですが、公妃の生家、ペーセット伯爵家預かり
とします」
公王「どうして、こんな冷酷非道な人間が出来上がったのか………」
宰相「この酷薄さは、持って生まれた資質でしょう」
公王「あらゆる手段を取ったつもりだったのだがな………」
宰相「他の3人の公子が優秀なのが救いでしょう」
第一公子は、やや文人気質ながら文武両道の呼び名も高く、民衆の人気も
高い。
次代の公王としての資質は現公王以上だろう。
第二公子は、粗暴な行いが目立つものの、兄を崇拝しており、その本質は
善良で、間違いを指摘されれば直ぐに反省する素直さがある。
いずれは、軍を率いて兄の支えになる事を期待されている。
第四公子は、まだ幼いが、それでも立場の弱い侍女や下男を気遣う姿が、
よく王宮で見かけられる優しい子だ。
第三公子だけが異常なのだ。
子供の頃から迷い込んだ子猫を暖炉に放り込んだり、怪我をした小鳥の羽
を引きちぎったりして、その残虐性が見え隠れしていたが、その事を重く
見た公王や公妃によって特別な教育を施された。
そのかいあってか、近衛騎士団長の扱きと、公国幼学舎の教師による
徹底した情操教育で、その性格は矯正されたと思われた。
だが、公子は僅か12歳で周りの人間を全て欺いて、成人になるまで
その残虐性を隠しつづけた。
そして公子は、15歳の成人の儀を品行方正な模範的人物と評価されて乗り
切った。
公子は自らの性癖と、もたらされるであろう快楽の為に三年以上も善人の
仮面をひと時も気を抜く事もなく被り続けたのだ。
そしてその狂気は、それから一年以上に渡って誰にも知られる事無くあの
館に現れた。
死と恐怖、血と肉、快楽と悦楽、絶望と絶頂が混ざり合った混沌の宴として。
宰相「他の関わった者は残らず死罪とする」
公王「他の者?そこの女騎士だけでは無いのか?」
宰相「こいつらは、ペーセット伯爵家の分家が用意した、犯罪組織所有の
戦闘奴隷です、残りは多すぎて、そのまま牢に放り込んでいます」
公王「何て事だ………」
宰相「文官や侍従と公子が集めた犯罪組織の兵士だけで、牢屋が満員です」
公王「文官や侍従も死罪なのか?」
宰相「途中で報告を受けましたが、地下室は拷問部屋と化しており、別室
には、夥しい子供の死体があったそうです、皆、共犯です」
公王「……なのにあ奴は、涼しい顔をしおって、罪の意識も無いのか!」
宰相「かけらも有りますまい、ですから私から罰を課します」
公王「こ奴に?そんな物が有るのか?」
宰相「ええ、去勢します、一物を切り落とします」
公子「ふざけるな!クソ爺!ぶち殺すぞこの老いぼれ!ころ@:#&¥」
聞いた途端に、いきなり暴れ出したが、最後は何を言っているのか分から
ない程、発狂しだした。
絶望の末に死んでくれれば、尚、望ましいのだが。
暫くして部屋には宰相と公王の二人だけが残った。
宰相「さて、公王様、今から貴族連中を集めてある布告を出して貰います」
公王「まるで強制だな、一体何を命令すれば良いのかな」
宰相「彼らに魔導士殿を追撃してもらいます」
公王「なっ何を」
宰相「追撃が成功すればクーロン大橋以北の領土は取り放題とします」
公王「何を言ってる!気でも触れたか!」
宰相「その場合、魔導士殿の殺害が必須条件とします」
公王「ふざけるな!どれ程あの方に、恩と借りが有ると思って居る!」
宰相「重々承知しております」
公王「だったら何故そんな布告を出す!」
宰相「公王様、私と一緒に死んで下さい」
公王「………詳しく話せ」
詳しくも何もこの国は詰んでいる。
このまま行けば、王家は魔導士殿の襲撃を受け衰退するか、最悪の場合は
消滅しても、おかしく無い。
そして残った大貴族共が争い始める事になり、民衆に多大な犠牲を出す事
になるのは確実だ。
宰相「あのボンクラ貴族たちに魔導士討伐など、夢のまた夢、間違いなく
手酷い敗北をするでしょうし、もし上手く行けば壊滅が望めます」
公王「またしても、あの方にご迷惑をおかけするのか………」
宰相「ですので、事が終われば首を二つ差し出そうと思いましてな」
公王「異論は無い、後は民に被害が出ぬ様、時期を計らねばな」
宰相「その心配は無用でしょう」
公王「何故だ、魔法の巻き添えにする訳にはいかんのだぞ」
宰相「大丈夫、彼の魔法で死んだ無辜の民は一人もおりません」
公王「はあ?」
宰相「実際にあれ程激昂していたにも関わらず、王妃様ごと殺す選択肢を
放棄なさいました」
公王「言われてみれば、確かにそうだ」
宰相「噂とは違い、優しいお方なのですよ」
公王「………もう、いっそ王位を譲る事は出来んかな………」
宰相「確かにとても魅力的な提案ですな、大賛成です」
公王「お前も、そう思うか………」
宰相「ええ、あの方にその気が無いのが心底、残念です」
その後、国王の布告に踊らされた上位貴族達が、欲に目を血走らせながら
クーロン大橋に向かって追撃を始めたのは、布告から三日後の事だった。




