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ある魔導士の帰還  作者: 勝 ・ 仁
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決戦前・公子二人



早朝の公都を軍馬の一団がゆっくり駆け抜けてゆく。

先頭を行くのは第二公子のスレイ・F・アルギス。

身に着けているのは、金で飾り立てられた白い鎧と装飾過多の白馬。

追従するのは国旗をはためかせた槍兵たち。

道の両脇には、公都の人々が期待に満ちた目えで見ている。

飾り立てられた騎士が通るたびに、そこかしこで歓声があがる。

だが、公子や騎士達に向けられた物を遥かに超える歓声が、彼らの後方

で、湧きおこった。

それ等は全て4頭立ての馬車に乗った黒ローブの冴えない男に向けられた

期待と願いがこもった祈りの声でもあった。


黒の魔導士が戦に加わる、あの最強魔導士がクーロンに向かう。


昨日の内に町中はその噂で持ち切りになった。

国の半分近くまで聖王国の侵略を許してしまった。

バゼ大河の向うは、蹂躙され尽くした町の廃墟しか残っていない。

殺され、奪われ、犯され、そして死んでからもゴブリン共の餌になる。

そんな地獄がここから、十日足らずの所まで来ている。

もしクーロン大橋が突破されれば、この国も自分達も終わりだ。

そんな息苦しい空気に押し潰されそうになっていた人々の耳に、信じ難い

祝福の言葉が飛び込んで来た。

この若い魔導士に関する噂が小さな物から大きな物まで全て、町の人々が

共有した。

そして、その信じられない戦闘力が知れ渡ると町は、期待に膨れ上がった

不夜城と化した。

もし、噂が本当なら聖王国軍は間違いなく敗北するだろう。

例え話半分だとしてもアルギス公国側が戦の主導権を握る事が出来そうだ。


そんな一行は町の門をくぐるや否や、急に速度を上げ始めた。

だいたい予想は付くが、おおかたあの公子が癇癪を起したのだろう、こんな

速度では兵士や補給物資を積んだ馬車が付いて行ける訳が無い。

だが、俺の馬車を引き離せると思って居た公子の思惑は叶わない。

あの直也が自重そっちのけで作り上げた馬車が普通の訳が無い。

速度では騎馬とほぼ同格、持久力に至っては騎馬を遥かに凌ぐ。

なんせ馬車は日本の技術の塊、馬具は回復魔法と防御魔法の塊。

当然こんな化け物に、この程度の嫌がらせは通じない。


騎士「スレイ様、もう馬が持ちません、速度を落としてください」

公子「何なんだあの馬車は、何で引き離せない!何でだ!」

騎士「いったい、何を張り合っているんですか!」

騎士「相手は魔導士ですよ、当たり前じゃないですか!」

公子「お、お前ら、不敬だぞ」

騎士「宰相様から、馬鹿な事をやらかしそうだったら、殴ってでも止めろ

   いと言われています」

騎士「公王さまから、何をやっても、一切不問にすると言われてます」

公子「ぐぬぬ…」

騎士「大人しくしてて下さい」


アルの事が噂話にのぼっていた頃、公子はまだ13歳、宮廷と言う温室の中

で育ってきた彼は、魔導士の事など今の今まで全く知らなかったし、その

恐ろしさも全く信じていなかった。

彼の強さの基準は剣や弓や腕力が如何に優れているか、只それだけで、そこ

に自分の使えない魔法は入っていない。

だからアルが町の人々に期待されているのが、面白く無い。

自分も戦に出たいと、今まで何度も頼み込んだのに聞く耳を持たなかった

父が、この魔導士の後衛としてならと、許可を出したのが気にくわない。

下らない嫉妬心で馬を走らせたのに、自分の器の小ささを認識させられた

挙句、全く効果が無かった事に腹が立った。


公子「戦場では、先に武功を挙げてやる!」

騎士「くだらない考えは捨てて下さい、このトンチキ!」

騎士「足手まといにならない様、後方で大人しくしてなさい!」

騎士「ポンコツのあなたが、役になど立つはずが無いでしょう!」

騎士「戦場に着く前には、その間抜けな考えを改めて下さいね」

騎士「す巻きにして、馬に括り付けられたいんですか?」


前言撤回、こいつらが一番気に入らない。


公都を出てから12日目、二つの町を経由して、最前線の町、クーロンに

着くと、すぐさま司令部がある建物に通された。


出迎えたのはベック・F・アルギス第一公子、スレイの兄である。

見た目はスレイと良く似ているが、かなり細身で武人と言うよりは、文人

か、官僚と言った印象を受ける。


ベック「ようこそ、アルセニオス殿、総大将のベック・F・アルギスです」

   「こちらこそ、アルセニオス・ファンビューレンだ」

スレイ「兄上!お久しぶりです、ご助力に参りました」

ベック「うん、スレイもありがとう」

スレイ「はい!」


兄弟仲は良いのだろう、王家や高位貴族等では、珍しい事だと思う。

後継者争いを繰り広げる王族や貴族は掃いて捨てる程、存在するのだが、

どうも弟のスレイが、ベックに懐いているのが原因らしい。


ベック「今、我々は、総員で防御にあたっています」

   「それで異常なほど、兵の数が少ないのか」

ベック「連中、何故か10日程前から急激に攻勢を掛けて来たのですよ、今、

    此処には動けない傷病兵と救護兵しか居ません」

スレイ「兄上!なら我らもすぐに戦場へ!」

ベック「落ち着け!昨日から敵の攻撃は一旦止まっている」

   「理由は?撤退した訳でもないのだろう?」

ベック「はい、兵力自体は僅かづつですが、増加していますから」

   「兵力が増えている?それでなぜ攻めて来ない…」

ベック「物見櫓から、聖王国の本陣が慌ただしく、陣替えを行っていると

    報告が来ました」

   「陣替え?今?何の意味がある」

ベック「トラディス公爵の天幕は畳まれ、新たにグリムドール子爵の天幕

    が設営されている途中らしいです」

   「グリムドール?ああ、さすがに奴らも気が付いたのか」

ベック「ええ、どうもそうらしいですね、いったい誰がきたのやら…」

   「それでトラディスの奴は逃げたのか?」

ベック「どうも真っ先に逃げ出したようで、3日前から姿が確認できません」

   「逃げたのか、臆病者め」

ベック「貴方がこちらに来るのが判ったのでしょう」

   「………情報が洩れてるな」

ベック「情けない事に、今の我が国では、致し方ありません」

   「なら、とっとと片付けるか、明日、朝一で前線に向かおう」

ベック「わかりました、では明日は私がご同行します」

スレイ「兄上!我が隊も」

ベック「お前の隊は此処で傷病兵の看護と移送に当たれ」

スレイ「そんな!どうしてですか!」

ベック「10日以上の強行軍の後だぞ、兵がまともに動ける訳がなかろう」

スレイ「なら、その男だって同じでしょう」

ベック「アルセニオス殿だ、言葉に気を付けろ、馬鹿者!」

スレイ「あっ兄上……」

ベック「こちらの教育不足です、申し訳ありません」

   「別に構わないさ、明日の夕方には大人しくなるだろう」

ベック「それもそうですが………」

   「俺は4年も行方不明だったんだ、彼の反応も理解出来る」

ベック「感謝いたします、スレイ、明日は俺に同行しろ」

スレイ「えっ?」

ベック「少しは世界の高みという物を感じて見る事だ」


その夜、早々に寝床に潜りこんだアルとは対象的に、グラム聖王国・南方

遠征軍総大将 ルーク・トラディス公爵は諜報部隊長の報告を自らの仮設

天幕で聞いていた。


公爵「本当に間違い無いのか、見間違いでも誤報でも無く」

諜報「はい、部下の報告の通り、アルセニオス・ファンビューレンです」

公爵「何て事だ、いったいどうなっている、どうして奴がいる」

諜報「4年前、王女達は暗殺を失敗していたと言う事でしょう」

公爵「落ち着いとる場合か!」

諜報「焦っても、状況は変わりません」

公爵「クソッ、あの疫病神め、だがどうする?」

諜報「ここは逃げの一手です、もし追いつかれれは死にます」

公爵「だが、ほぼ全ての兵を置いてきたのだぞ、もし打ち取れれば」

諜報「夢の中の金貨が拾える訳が無いでしょう、ヨム大河をお忘れか」

公爵「そうだった………思い出した」

諜報「あの海魔みたいに細切れになって死ぬなんて御免です」

公爵「…見たのか?」

諜報「ええ、暫く悪夢にうなされました」

公爵「しかし、逃げて帰国した後は、どう動いたものか………」

諜報「もう少し場が動きませんと、判断する情報が有りません」

公爵「まあいい、それとあの気持ち悪い白服のガキ共はどうした」

諜報「相変わらず、ゴブリン共の傍に居ますよ、大丈夫です」

公爵「せいぜい、あの小娘と共に足止めになってもらおうか」

諜報「ですが、いいとこもって三日程でしょう」

公爵「たった、其れだけか?」

諜報「いいえ、あくまで希望的な予測です、下手をすると一日かも」

公爵「…………明日朝一番に此処を発つ」

諜報「賢明な判断かと」

公爵「ぬかせ」


幅40マト(約40m)対岸までの距離500マト(約500m)

これがバゼ大河の中流域にかかる石作りの巨大建造物、クーロン大橋だ。

あちこちに、物理法則を無視した跡が伺える此の大橋の真ん中を二人の

公子と少数の騎士を連れてわたって行く。

この橋が公国にとっては、最終防衛ラインになる。

もし突破されれば、公国の大動脈たる整備された広い道があるだけ、侵攻

して来る大軍を止める術は無い。


冷たい朝の川風が目を覚ませと顔を撫でてきては、気まぐれに黒いローブ

をはためかせる。

そして、もう目の前には両軍が対峙している戦場が見えていた。

橋のたもとには、公国の兵士達が幾重にも張った馬防柵越しに敵を睨んで

いた。

そこで静かに始まったささやきは、何時しか大きなうねりとなって兵士達

を高揚させた。


「おい、あれ公子様だろ」

「そうだが、それがどうした、珍しくも無い」

「その公子様の前を歩く奴は珍しくないか?」

「はあぁ?何言ってやがる、そんな奴居るはずが無いだろう」

「じゃあ、あれを見てみろよ」

「ああん、あれ、ほんとだ、誰だありゃ」

「あのまんまじゃ不敬罪で牢屋いきだぞ、誰か教えてやれよ」

「おい、一番後ろにいる連中、何か叫んでるぞ」

「何だぁ、何であいつら喜んでるんだ?」

「見えて来たぞ、ありゃ魔導士だ!黒の魔導士だ!」

「今、寂寞って聞こえたぞ、寂寞だぞ!うおおおおお」

「帰れる、これで公都に帰れるぞ」

「助かった?俺達、助かったんだよな」

「ああ、そうさ、やっと子供達に会えるんだ」

「やった、やった、これで勝った、公国バンザイ」

「なんだよ、わかんねえよ!誰かおしえてくれよ!」

「いいか、ぼうず、寂寞ってのは、世界最強の魔導士の二つ名だ」

「黒の魔導士の第一席、アルセニオス・ファンビューレン」

「それが正式な称号と名前だ」

「何年か前に、三千匹の海魔の群れを、たった一人で全滅させた男だ」

「バケモンかよ……」

「ああ、間違いなく怪物だろうさ、敵にとってはな」

「だが、俺らにとっては、紛れもなく守護神だ」


今、アルの前方に居た兵士達が邪魔な馬防柵を次々に取り払っては、両脇

に移動して、その背に踊る三つ首の黄金竜を、期待と希望を織り交ぜた瞳

で見ていた。

今、兵士達の認識は、織り上げられ昇華され一つに統一されてゆく。


〝最強の魔導士が最前線に出て来た、この戦いはまもなく終わる”


ベック「アルセニオス様、彼が前線指揮官のガッツ男爵です」

ガッツ「ようこそおいで下さった、ガッツ・アンプロシウスと申す」

   「こちらこそ、俺の事はアルでいい」

ベック「では、アル殿、今から総攻撃を掛けますか」

   「いや、俺一人でいい、抜けて来た奴だけ処理してくれ」

ガッツ「さすがの自信ですな、了解致しました」

   「あと、お前たちは此処より前に出るな、巻き込むぞ」

ガッツ「わかりました、兵にはきちんと徹底させましょう」

   「そうしてくれ、無駄死にさせる事も無いからな」

ベック「皆、もっと下がれ!スレイ、お前もだ!」

スレイ「兄上、私だけは近くで……」

ベック「阿呆!死にたいなら、自分で墓地に行って自殺しろ!迷惑だ!」

スレイ「そんな、私は迷惑など……」

ベック「確実に、お前の死体を片付ける羽目になる、いい加減理解しろ!」

スレイ「はい……」

ガッツ「スレイ様、すぐ、お兄様が怒った理由が、わかりますよ」


何やら、兄弟げんかが勃発しかけたようだが、それを無視して、聖王国軍

の兵士達が長槍を構えた目の前まで進んでいった。

いい具合に距離が取れた。

これなら流れ弾も公子達には届かないだろう。

その時、じりじり下がる兵士と今にも襲って来そうなゴブリン共をかき分け

一人の女騎士が出て来た


「我が名はリリカ・グリムドール、黒の魔導士、父の仇だ尋常に勝負しろ!」



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