公都ゴナム・紅玉宮
アルギス公国の公都ゴラムはこの大陸屈指の規模を誇る大都市である。
当然、その正門たる北口も大きく、通る人も馬車も数え切れない程で
有るはずなのだが、いまは、その様子は一変していた。
巨大な門は、その半分は閉じられ、行き交う人もごく僅か。
そして、俺達は門の前で衛兵たちに足止めをくっていた。
「別に強行突破するわけじゃあないんだが……」
あの砦の兵士は、一体どんな風に俺の事を報告したのか…。
今にも泣きだしそうな衛兵達が、馬車の前で行く手を阻んでいるのだが。
それも両手を高く上げて、がくがく震えているのは何故なのか。
デクシス「ねえ、アル様、これって………」
「どうも彼らは間違った報告を信じてるようだ」
デクシス「…………間違った?」
「だまらっしゃい」
デクシス「直也様に言えない事が、また増えちゃった………」
「………面目ない」
暫くして、宰相の使いが来て先導してくれたが、衛兵共の、あの心底嬉
しそうな態度に納得がいかん。
程なくして、この国の王宮に辿り着くと、ある人物を待つ事のなる。
公国宰相 ブルーレ・パーガンディ
この国の宰相は爵位を与えられないし、世襲も出来ない。
その代わりに、内政・外交・軍事・司法・立法・祭事に至るまでの全て
の決定権を持つ。
優に公王に匹敵するほどの権力である。
何故、このような歪な政治形態になったのか、それは公国の成り立ちに
迄、遡る。
公国も他の国と同じく、小さな領や国、果ては山賊や野盗の集団までも
が乱立する、群雄割拠の時代を力ずくで平定して出来た国家だ。
ただ、他国と違ったのは、統一寸前の三つの国の戦力が、ものの見事に
拮抗したのだ。
戦いは苛烈を極め、どの国も国家としての体裁が保てぬ程に疲弊した。
国民は飢え、流通は涸れ果て、野に、山に死の匂いだけが立ち込めた。
そして、この時、アルギス軍の参謀を務めていた男が、とある提案を、
他の二国と自らの君主に突き付けた。
その内容とは、
アルギス王家が国家君主になる事。
アルギスは王家以外の貴族を全て廃棄する事。
他の二国は国王を筆頭公爵として、貴族籍はそのまま決定権を任せる事。
国内の通行税は全て撤廃する事。
農地からの地租税は各領主の収入とする事。
それ以外の税収は全て国の収入とする事。
そして最後に、国の宰相は上記の権利を持たせた上で必ず平民から選ぶ事。
この歪で狂った提案を二国とも受け入れた、受け入れてしまった。
それぞれの国は、それぞれ己の思惑と野望を内に隠して合意したようだが、
そこに隠された危険性に誰も気が付かなかった。
それ程、追い詰められていた。
そして気が付いた時には取返しの付かない程、公王に権力が集まっていた。
つまり農民以外からの莫大な税は公王に集中した、金は力だ。
だが、公国にしても、常に貴族たちが大きな戦力を持ち続けている事で、
軍事的不安定を抱え込む事になった。
全ての貴族が参集すれば、軽く国軍を上回るのだ、危険極まりない。
宰相「ようこそ、アルセニオス殿、宰相のブルーレじゃ」
「お初にお目にかかる、アルセニオス・ファンビューレンだ」
宰相「クノッソス砦の件は、本当に助かった、礼を言わせてくれ」
「ああ、ついでだ、気にしないでくれ」
宰相「黒の魔導士殿にとっては、奴らも路傍の石みたいな物か」
「う~ん、石の方がやっかいかな」
宰相「ふぉっふぉっ、とんでもなく凄まじかったそうじゃのぉ」
「いったい、どんな報告をされたのやら…………」
宰相「所で、保護を求めておるのは、後ろの子供達かの?」
「そのつもりだったが、気が変わった」
宰相「どういう事ですかな?」
「この国の貴族が信用出来ない」
宰相「…貴族が信用ならない、ですか…」
「クロトンの町で公爵の孫だと騒ぐ馬鹿に絡まれた」
宰相「あ~あれですか、殺してしてしまわれたのですかな?」
「いや、年老いた執事らしき男に邪魔された」
宰相「せっかく穀潰しを始末出来たのに…あの爺、余計な事を…」
「宰相の発言とは思えんが」
宰相「この未曾有の国難に、自己の利益ばかり追いかける、上級貴族
の連中にも、遊び廻るしか能の無いその子息連中にも、心底消
えて欲しいと思っとるのですよ」
「そこで提案がある」
宰相「お聞きしましょう」
「聖王国との戦いに共闘したい」
宰相「…………理由をお聞かせいただきたい」
「復讐」
宰相「……穏やかではありませんな」
「王女とか言うアバズレと元帥とか抜かすゴミに、殺されかけた」
宰相「辛辣ですな、では死んだと言う噂は彼らが流した?」
「恐らくな、何の効果を期待したんだか…」
宰相「あなたの事を邪魔に思っていた連中は歓喜したでしょうな」
「あいつらの外にも居たってことか」
宰相「その結果がグラム聖王国の侵攻でしょう」
「つまり…俺に邪魔されたくなかった…魔導士がらみか………」
宰相「現に、あなたが居ない間に、聖王国の侵略の魔手は、この国にまで
届いておりますから、効果抜群ですな」
「ああ、戻るのに、四年もかかったからな」
宰相「でも今からは、ご助力願えると思ってよろしいか?」
「もちろん」
宰相「では、さっそく公王に会う手筈を整えて参りますので、しばし
あちらの別室にてお待ち頂きたい」
「了解した」
それから、ものの30分も経たない内に、侍従が接見の準備が整ったからと
俺を呼びに来た。
如何に戦時下だとはいえ、これは、早すぎる。
普段なら、3日は待たされる。
まあ、黒の魔導士の第一席のアルであれば当日接見が可能かもしれないが。
子供達に控室で待つている様に伝え、部屋を出た。
謁見の間と呼ばれる、その重厚な扉から招きいれられた俺を待っていたのは、
正面の椅子に座る公王と、その両脇に居る宰相の爺さんと恐らく公子だろう
若者が、一人。
右手には官僚らしき、質素だが機能的な制服を着た一団が整然と並んでいた。
問題は、左手だ。
無駄に華美で高価そうな服装をした若者の塊、中には40代前後もちらほら見
受けられる。
挙句に椅子の数からして、恐らく、この場には三分の一程しか居ない。
挙句に、ごくまれに後ろの通用口から、こそこそ入って来るのだ。
公王「魔導士殿、申し訳ないが、貴族の責任者が揃わぬのでな、少々お待ち
いただきたい」
宰相「どうにも、まだまだ時間がかかりそですな」
公王「魔導士殿、椅子を用意した、どうぞ座って頂きたい」
宰相「皆も着席して、恥知らず共を待とうではないか」
「仕方ない、ゆっくりさせてもらおう」
此処は大人しく公王の作った流れに乗ってみた。
それからは公王と宰相を相手に雑談をして過ごしたが、俺の喋る話題など
爆殺とか殲滅しか無いのだ。
おかげで、宰相と公王以外は顔色が酷いことになっているが、全部、話を
振って来た宰相が悪い。
隣の公子は逆に思い切り疑っているのが判る。
この高身長の美丈夫は第2公子で17歳らしいが、頭の中身は幼児の頃から全
く成長しなかった様だ。
容姿が普通で体格も人並だと、見下したのだろうが態度に出過ぎだ、阿呆が。
日本の菅野の親父が言った通り、笑顔で表情筋を固定さていたが、いい加減
飽きて来た頃、公王が話を変えた。
公王「さて、魔導士殿もいい加減痺れを切らしそうだ、此処までで良かろう」
宰相「以降、入室は許さん。未だに来宮せんのは、指揮権放棄とみなす」
貴族「そんな乱暴な」
宰相「戦時には本人もしくは代理人は王宮に常駐し、いかなる不測の事態でも
対応できるようにすることは、法で決まっておる」
貴族「我らの領兵を勝手につかわれては…」
宰相「私服で参集した上、紅と白粉だらけの御仁にいわれてものう…」
貴族「いや、これは、その…」
宰相「何、兵の指揮はこちらで取ってやるので、もう一度、遊郭に戻っても
全くかまわんぞ」
貴族「ぐっ…」
これは多分、最初から仕組まれていた流れだ。
俺の報告がもたらされた時点で、計画をたてたのだろう、仕込みは宰相か。
喰えない爺さんだ、要注意だな。
その後、軍の編成や侵攻路、補給部隊の編制などを取り決めたが、はっきり
言って戦闘で、俺の邪魔をしない為の編制だろう。
それは、援軍の総大将が第2公子に決まった時点で疑う余地が無くなった。
宰相「アルセニオス殿から何かご要望は?」
「俺が要求するのはただ一つ、うちの子供達の安全を留守の間に確保
する事だ。もし、危害を加えて見ろ、只じゃおかない」
宰相「ちなみに、もし危害を加えたら?」
「例え何が有ろうと、何処に居ようと、どれだけ掛かろうと、必ず殺す」
宰相「皆も聞いたな、死にたく無ければ心せよ」
「魔導士に爵位や地位は何の役にも立たん、覚えておいてもらおう」
俺の言葉を最後に会議は終了した。
これだけ脅せば大丈夫だろう。
それよりもまず子供達の居場所を確保しなければならない。
提示されたのは、今いる王宮と最奥にある後宮の間に広がる庭園。
その西側の一画にある小さな庵だ、井戸もある。
ここはいい、ここに決めた。
宰相「気に入って頂けたようで、ただ謝らなければならない事が一つ…」
「面倒事は困るんだが」
宰相「実は、お世話する為の侍女が不足しておりまして…………」
「構わない、と言うより必要ない、居るだけめいわくだ」
宰相「有難い、この庵に有るものはご自由にお使い下さい」
「助かる、だがどうして侍女が少ないんだ?」
宰相「実は、王妃はご実家に、側妃はご友人の領地へ避難してまして…」
「それに侍女も連れて行かれたと…」
宰相「お察しの通りで…」
「公王、苦労してるんだな」
宰相「もういっそ、離縁を薦めようかと…」
「そんなに酷いのか?」
宰相「そんなに酷いんです、はあぁぁ」
去ってゆく宰相の後ろ姿は、ため息で埋もれてしまいそうだった。
哀れな………。
サナ「アル様、お話ってなんでしょう?」
「みんな、よく聞いてくれ、この国での里親探し、あれは無しだ」
モルナ「どうされたんですか?」
サナ「何があったんですか?」
「この国の貴族連中はとてもじゃないが、信用出来ない」
デクシス「そういえば、なんか陰で、こそこそ悪口言ってた」
サナ「見下した態度が隠せていなかったよね、あの侍女さん」
モルナ「控室に居た人でしょ、ひどかったよね」
「と言うわけで、俺が戦から帰ってきたら、直也の所に戻ろう」
ガット「やったー!今度は僕も長剣を作ってもらうんだ」
クリッカ「ずるい!ぼくも、ぼくも」
ルナ・ミア・リリ「「「おもちゃ!」」」
直也が大人気だ、良きかな、良きかな。
翌日は子供達の為に、住環境の整備に費やした。
主に庵の改造だ。
厨房の横にある部屋に魔法で氷を山ほど詰め込み、食糧庫にした。
これだけあれば、例えもし二ヶ月留守になっても、大丈夫だろう。
後は寝具やおもちゃ箱を出して完了だ。
ああ、庭に滑り台を設置するのも忘れてないぞ。
その夜、子供達に俺が帰るまでの過ごし方を話た。
「この庭園から外には絶対に出ない事、もし来客があっても絶対
敷地内には入れず、サナが対処してくれ」
サナ「わかりました」
「デクシスは必ずみんなを守れ、それだけの力がお前には有る、怪しい
奴に遠慮はいらん、後悔させてやれ」
デクシス「はい!」
「みんな、一ヶ月もしないで帰って来るのでそれまで我慢してくれ」
モルナ「大丈夫です」
翌朝早く、まだ太陽が僅かにその存在を主張し始めた頃、俺は庵を後にした。
「では、行って来る」
「行ってらっしゃいませ、御武運を」




