閑話・マレーナの町へ
私達は3台の馬車を連ねて、一路マレーナの町を目指した。
けが人も病人も居るのだ、その歩みは遅い。
遅ければ、それだけ魔獣の脅威はどんどん増していくが、無理は出来ない。
護衛には先頭の馬車に私が、残りの2台にはそれぞれ冒険者の子達が付いた。
例え駆け出しの9級だとしても、彼女達は戦闘を職業にする覚悟が有る。
これがどれだけ馬車の旅で有難いのか、皆が理解するには、そう時間は掛
からなかった。
進んで夜番に立ち、周囲を警戒してくれた。
魔獣が寄ってくれば、真っ先に処理に向かってくれる。
それが、例えスライムやフォグフロッグの様な弱い魔獣であっても、対処
を全く知らない町育ちの者にとっては脅威なのだ。
それなのに、町では冒険者の事を粗暴で礼儀知らずと、一段下に見る。
もしあの町に残った連中の様に、この子達を見下したり蔑んだりする者が
いれば非常に困った事になるのは明らかだった。
もし、そうなったら私が判断を下すのだろうか…せっかく拾った命を…。
だが、それは杞憂に過ぎなかった。
婦人A「ほら、エミリアちゃん、こっちのお肉は、もう焼けたわよ」
エミリア「あ、ありがとうございます」
婦人B「熱くない?碌な器がないの、ごめんなさいね、カタリナちゃん」
カタリナ「いえいえ!全然!大丈夫です」
婦人C「リンティちゃん、これ食べて、秘蔵の砂糖漬けなの」
リンティ「わ~い、いただきます~」
夕食の焚火を囲んで今、三人とも見事に甘やかされていた。
なんの心配をしていたのか、判らなくなるほどの状況に安心した。
もう誰一人、あの町に残した連中の様に見捨てたくはなかった。
どうしてあの連中は、他人に感謝をする事が出来ないのだろう、なぜ自分
の置かれた状況を理解出来ないのだろう。
裕福な家に生まれて、金こそが何物にも勝る力だと教え込まれていたのを
思い出したのだろうが、それが圧倒的な暴力の前では何の役にも立たない
幻だと思い知ったばかりだろうに……。
そして、暴力の脅威など、掃いて捨てる程、そこら中に転がっているのに。
エミリア「まだ気に病んでるんですか、サーシャさん」
サーシャ「ええ、あの時、私も頭に血が上っちゃってたから……」
エミリア「あんな事を平気で口にする連中ですよ、自業自得です」
サーシャ「分かってるの、でも、あの人ならどうしたのかなってね」
エミリア「ギルマス、優しかったですもんね」
サーシャ「そーなの、ギルドの中でしか、力になれないからってね」
エミリア「みんな良くおこられてた、新入りなんかは特に」
サーシャ「命に係わる事だもの、でも誰ひとり見捨てなかったわ、どんな
に時間が掛かったとしても、其れに比べて私は…」
エミリア「じゃあ、あの連中も一緒に?私は絶対に嫌です」
サーシャ「…エミリア…」
エミリア「私は、あの人に地獄から救い出してもらいました」
サーシャ「私も、みんなも、救ってもらったわ」
エミリア「それを、あの女……………剣が有ったら切り殺してました」
サーシャ「確かに……物凄く睨んでたわね」
エミリア「どうせ、遠からず魔獣の餌食になるだろうと、我慢したんです」
サーシャ「そうね、恐らく今頃は…………………」
門が無い町から、大量の血の匂いが漂って来るのだ。
拡散された血の匂いを嗅ぎつけて、周囲のありとあらゆる魔獣が殺到する
事だろう。
最初は、直ぐ近くに居るスライムや虫系の魔獣が、次に日中は草むらや、
岩影のどに潜むグランドリザードやフォグフロッグが、そして、その後
それらを捕食しようと魔狼の群れが襲い掛かる事になるのは間違いない。
こうなると、ベテランの冒険者パーティーでも逃げる事を最優先にする。
欲に目が眩んだ、あの勘違い連中では、どうにもならないだろう。
サーシャ「それでも、忠告ぐらいは出来たんじゃないかと思うと、ね」
エミリア「命に係わる恩を受けながら、仇で返す連中に、忠告を与えて
もらえる権利など、欠片もありません!」
サーシャ「…………ふう、あなたの方が大人だわ」
エミリア「単純で馬鹿なだけです!あと、私まだ17歳です!」
サーシャ「そう、でも頼りにしてるわ」
エミリア「はい、あっ、それと私達3人でパーティーを組んだんです」
サーシャ「良いじゃない、歳も近いし、で、パーティー名は?」
エミリア「え~と、少し恥かしいんですけど、〝竜の巫女”にしました」
サーシャ「竜の巫女?それって」
エミリア「はい、例え砂粒ほどでも、あの方に恩を返すと決めたんです」
サーシャ「とても素敵じゃない、頑張って」
エミリア「はい!」
恩を返すと言ったあの子は、まるで跳ねる様な足取りで、夜警の務めを
始めた。
実の所、私達は未だにあの方の恩恵を受けている。
行き来が無くなった街道に魔獣が出没しない訳が無いのに、未だに大型の
魔獣に一度も遭遇していない。
これは異常な事なのだ。
あの方は魔獣を狩り尽くしたと、言っていたが街道周辺だけでなく、森の
中まで狩り尽くしたんじゃないのかと疑うくらいに出て来ない。
有難い事、この上ない。
それから順調に道行をこなし、マレーナの町まであと半日もかからない所で
始めて4頭のフォレストウルフに襲われた。
サーシャ「エミリア、カタリナ、先行して、リンティこっちの馬車に!」
「「「はい!」」」
サーシャ「みんな、落ちない様にしっかりつかまって」
「「「「「はい!」」」」」
サーシャ「リンティ、魔狼が追いついたら弓で撃って、矢数には注意!」
リンティ「はい、了解です」
サーシャ「あの弓じゃ、足止めがせいぜい、みんな逃げるわよ!」
「「「「「はい!」」」」」
マレーナの町までは、恐らく3時間前後、問題は馬車か馬か魔狼か。
まえの馬車2台を先行させ、町の門を開けてもらう。
殿の一番大きなこの馬車で、なんとしてもその時間を稼がせてもらう。
ここに来てリンティが魔狼の1匹を脱落させ、残りの3匹にも少なくない
損傷を与え、急激に魔狼の足が鈍った。
この子、弓の才能が有る。
だが、喜んでばかりもいられない、馬達も限界に近いし車輪は異音がする。
マレーナの町はもう目の前だと言うのに馬車の速度はとうとう人間の小走
程度になってしまった。
弓矢も尽きた。
リンティ「こっち来るなーっ!こんちくしょー!」
弓矢でハリネズミみたいになった魔狼が1匹とうとう馬車の荷台に取り付
いたが、リンティが弓で殴りまくって防いでいる。
もう此処までだと思い、短刀を手に馬車の手綱を放そうとした瞬間、伸び
て来た槍が魔狼を貫いた。
老人A「よう頑張った、後は任せい」
老人B「もう、心配要らん」
老人C「おりゃあー」
駆け付けた老人達が、あっと言う間に2匹を屠り、今はリーダー格のひと際
大きな魔狼を相手にしているが、それももう終わる。
歳はとっているが、長年培ってきた技は衰えていないのだろう、危なげなく
倒し切ってしまった。
サーシャ「ありがとうございます、おかげで助かりました」
老人A「いやいや、あんたの手腕にほかならん」
老人B「足の速い馬車を先行させたのは良い判断じゃ」
老人C「だから足の遅いわし等でも、何とか間にあったんじゃ」
サーシャ「外に選択肢が無かっただけです」
老人A「その選択肢に気づける人間など、ほとんど居らんわい」
老人C「本当に見事なもんじゃ」
サーシャ「それに、あの子が頑張ってくれたからです」
老人B「そうそう、それよ、あの弱弓で見事な腕をしておるわ」
老人A「揺れる馬車から、良くぞあれだけ急所に当てたものよのう」
サーシャ「ええ、わたしもこれ程とは……」
老人B「もしかすると、風魔法に適性が有るのではないか?」
サーシャ「そんな話は全く聞いてませんが」
老人A「無意識に発動して、矢に補正をかけたのかも知れんのう」
老人C「もしそうなら、すばらしい才能じゃ」
それからは、抱き合って泣いている3人を連れて町の門をくぐった。
これでやっと病人たちを、ゆっくり休ませてやれる。
こじんまりとして人気の少なくなった町は、例えそれが20人程の小さな
集団だったとしても、確かに活力を取り戻し始めた。
その夜は、町の広場で焚き火を囲んで宴が開かれた。
倒した魔狼の肉は勿論、乗って来た馬車の積荷は、九割がた食料だ。
他は僅かな私物と薬だけ持って出て来た。
だが、出された料理がとにかく美味い。
私達だって主婦のはしくれだ、魔狼の肉や私達が持ってきた食材が、こん
なに美味いはずが無い。
あきらかに調理方法に秘密があるはずとおもって聞いてみたら、あの獣人
の子供達から教わったそうで、その大本はアルセニオス様らしい。
そして、それからはあの方達の事で話が盛り上がった。
サーシャ「では、ここでもあの方は暴れたんですね」
老人C「ああ、あそこに町一番の大きな建物が見えるじゃろ」
老人B「実はこの町唯一の宿屋じゃが、今は誰も使っておらん」
サーシャ「ええ、不思議だったんですけど、もしかして…」
老人A「あの魔導士様が一階で魔法をぶっ放しての」
老人C「クズ共と一緒に階段と柱が何本か吹き飛んでな、もう廃屋じゃ」
老人B「ジリエの町ではどうじゃった?」
サーシャ「凄かったですよ、あの宿の3倍はある建物が2棟共ですねえ……」
老人A「ほうほう、どうなった?」
サーシャ「聖王国の兵士と共に跡形も無く吹き飛びました!」
「「「ぎゃはははははははは」」」
老婦人「獣人の子供達は元気にしてたかしら?」
エミリア「ええ、とっても元気でした、呆れるぐらい」
カタリナ「女の子が2人、喜々として、馬車の機械弓で兵士を倒してました」
老婦人「あらあら、それと狼人族の男の子は見なかったかしら」
リンティ「あっ、変わった剣を腰に下げた子でしょ、いたいた」
エミリア「あの子も強かったわよねえ、一瞬でこう、スパッて」
カタリナ「知合いなんですか?」
老婦人「あの子は、命の恩人で私の小さな騎士様なのよ」
エミリア「そこんところを、もっと詳しく」
カタリナ「ぜひ、ぜひ聞かせて下さい」
リンティ「わくわく、わくわく」
老婦人「あの時、私はナイフを突きつけられて…………」
その日は、あの圧倒的な力の魔導士と可愛い獣人の子供達の話で夜が更け
るのも忘れて、皆が語り合った。
今、この時も着実に深い繋がりが、濃密な関わり合いが、取り巻く思いの
輪が急激に広がりつつある事に、アル本人はまるで気が付いていなかった。
それが、地球に飛ばされる前の、薄っぺらい言葉と欺瞞と打算に満ちた繋
がりとは全く違う。
〝同じ思いを共有する事の出来る強固でゆるぎない繋がり”である事に




