涙の訳
「これは何?魔獣?いえゴーレム?一体なんなのここは?」
岩盤だらけの山の峰に掘られた空間は、サッカーコート六面分ほどあり
その姿の殆んどが、山脈内にあった。
そして南側には、幅30m高さ3m程の出入り口が空いており、そこからは
遥か彼方に薄っすらと、海らしきものが見える。
その事からも、如何にこの空間が、高所に掘られたかがわかる。
だがユリアにとっては全く理解の及ばない事だった。
彼女の知識に辛うじて引っ掛かかったのは、物見塔、つまり監視塔の類
だが、この広い空間と鎮座するゴーレムらしき物が、理解できない。
もっとも、アルに見せれば簡単に答えるだろうが。
直也《ここは管制室と滑走路、並んでいるには偵察用ドローンです》
そう、事も無げに答えた。
だがユリアには何一つ、理解できる単語が無かった。
ユリア「悪いけど、何言ってるかさっぱり分からない、管制室って何?」
直也《ああ、そうですね、全部こちらには無い物ばかりでした》
ユリア「知ってる単語が全く見当たらないもの」
直也《まず、こいつの説明からしましょう》
直也は、作成中と思われるドローンの中からほぼ完成したように見える
1機にコードで繋がっていコントローラーのスイッチを入れた。
4ヶ所に付いているプロペラが布をこする様な音を立てて、回転し始める
と、その機体は徐々に浮き上がり、目の高さ辺りで停止してみせた。
直也《まず、こいつが短距離偵察用ドローンと言って、言わば、空飛ぶ、
からくりみたいな物です》
ユリア「それ、何で浮いてるの?どういう原理なの?まさか幻覚魔法…」
直也《いやいや、幻覚じゃ無いですよ、だだの物理です》
ユリア「物理がまず、わからないわ」
直也《基礎的な原理は後で説明しますので、今は全て肯定してください》
ユリア「わかったわ」
直也《ここに丸いガラス窓があるでしょ、これは私の目でもあるんです》
ユリア「つまり斥候みたいな物かしら」
直也《その認識であってます、そしてこのでかいのが長距離用です》
指さされた、その巨大なシルエットは、米国ジェネラル・アトミックス社
に侵入して手に入れた設計図を元に作り上げた大型ドローン・プレデター
の物だ。
全長:8.22m翼幅:14.8mで偵察用ドローンとは全く異なる姿をしている。
当初はノースロップ・グラマン社のグローバルホークを作ろうとしたが、
ジェット燃料の代用品を見つける事が出来ずに断念して、魔石や魔鉱石で
代用可能なレシプロエンジンに変更した。
どうもこちらの世界には、石油や石炭などの化石燃料が存在しない可能性
が高いが、アルの知らないだけかも知れないので、今後の課題とした。
直也《これは、飛び立つのに長い助走が必要なので、この広い滑走路と
呼ばれる平面が必要なんです》
ここには、アスファルトもコンクリートも無いが、剥き出しの岩盤では、
まともに離着陸は出来ない。
なので、蜘蛛型ゴーレムは今も滑走路のあちこちで、床の凹凸を削って
まわっている。
最も滑走路の長さは、まだまだ足りないので延長工事は継続中で、入口
からは、空母の甲板よろしく鉄の骨組みが伸びている。
直也《あの外に突き出た物見櫓みたいなのが管制塔で、ここから飛び
立つドローンの行動の全てを管理をする予定です》
だが、現在、最大の問題は脆弱な通信能力だ。
そもそも、通信と言う概念が存在しない為、当然通信の魔法陣も魔道具も
存在しない事はアルの蔵書で確認済みだ。
今は、電池モドキを使っているが、早々に発電システムが必要だ。
このままでは、ドローンの行動半径が、1000m程になってしまう。
一応準備だけは、何とか進んではいるが、あっちの世界の様に人工衛星が
有るわけじゃないので、かなりめんどくさい事になりそうだ。
ユリア「…………聞くだけ聞いてみたけど、何一つ理解出来ないわ」
直也《まあ、しょうがないですね、こればっかりは》
ユリア「あなた、魔法陣を操るわよね、当然、魔法にも詳しいわよねぇ」
直也《ええ、アルが持っていた魔導書に載ってる位は》
ユリア「その上で、その物理学とやらにも精通していると?」
直也《精通はしてませんが、その殆んどを知る特権を持ってますね》
ユリア「つまり、たった4年で神の様な万能の力を手にいれたと?」
確かに、今この瞬間にでも、向うの世界から情報を引き出すのは簡単だし、
新しい発見や進歩も確認できる。
ただ、物質の往来が出来ないので、こちらに無い物はどんなに頑張っても
再現は不可能だ。
実際、今の所、無敵感も万能感も全く感じられない。
アルの異空庫にある資源が尽きれば、直ぐに行き詰まる事は目に見えている。
ならば、探すまでである。
その為にも、偵察能力を持った航空機は必要不可欠だ。
それも一刻も早く探し出す必要がある。
なにせ、復讐も含めてアルがやろうとしている事を知ったら、今後の展開
が手に取る様に分かったからだ。
アルの性格からすれば、国や貴族、各種ギルドなどの権力者の集団とは、
絶対に、間違いなく、確実に、どうあがいても衝突する。
衝突するからには、手加減を忘れて周りに被害を出す事は確定事項だ。
そして、その被害者を見捨てる事が出来ないのも確実だ。
下手をしたら、町一つ丸々保護する事になるかもしれない。
その全てを守るとしたら?足りない、全てが足りない。
だからと言って、手をこまねいている気は無い。
足りないなら作るまでだ。
その為の第一歩がこれなのだ。
直也《とんでもない、出来ない事だらけで苦労してますよ》
ユリア「……………………納得いかないわ…………」
直也《はい?》
ユリア「私は、付与魔術師なの」
直也《ええ、そういってらっしゃいましたね》
ユリア「私は、付与魔法で黒魔導士の第6席にまでなったの」
直也《ご、御立派だと思いますよ》
ユリア「付与魔法自体は好きだけど、攻撃力の弱い魔法だから、ずいぶん
馬鹿にされたわ」
直也《それは…大変でしたね…》
ユリア「絶対に見返すんだって、寝る間も惜しんで、死ぬほど頑張ったわ」
直也《ど、努力されたんですね》
ユリア「ええそうよ、10歳で魔道の塔に入ってから何年も何年も何年も」
直也《そ、そ、尊敬します》
ユリア「でも、それでも空を自在に飛ぶ魔道具は作れなかった…」
直也《あ、これ、まずいかも…》
ユリア「どれだけ私が苦労しても皿ひとつ飛ばせなかった…」
直也《皿を飛ばす方が難しいのだけれど…》
ユリア「それを、それを、出来ない事だらけですってえぇ」
直也《お、お、落ち着いて、ねっ》
ユリア「ふざけんじゃないわよ――――――――――――――!(怒)」
直也《ひぃぃぃぃ、とにかく、ねえ、ほら、し、深呼吸して》
ユリア「はあはあはあは、すう―――――…はぁ、失礼、取り乱したわ…」
直也《そ、そ、そう…です…か…》
ユリア「もう大丈夫よ」
直也《そ、それは良かった、(※地雷はそこか、気をつけよう)》
その後、下のフロアーに戻ってからは、延々と物理の教師を務めるはめに
なった。
もっとも、それは小学校レベルから、始まる物で、まずは物質の成り立ち
から説明する事にしたが、とにかく難攻した。
まず、物質は目に見えない程の小さな元素の集合体である事から説明した
のだが、早くもこの時点でつまずいた。
この世界で認識されている小さな粒とは、魔導士である彼女でさえ砂粒程
度であり、それ以上に小さいといった概念を持てないのだ。
この時ほど映像のありがたみを感じた事は無かった。
ユリア「ほんっとうに難解、先が思いやられるわ…………」
直也《まままあ、余り無理せず、ゆっくり行きましょう》
ユリア「無理?そう、確かにあなたにとって私は不出来な生徒よね」
直也《ち、違います、ユリアさんは頑張っていますよ》
ユリア「時間の無駄だと思われても、しかたがないけれども」
直也《思ってません、思ってません》
ユリア「あなたみたいな天才にとっては、当然よね」
直也《なんかヤバイ、会話にになってねえ》
ユリア「ええ、分かってはいるのよ、分かっては…」
直也《あ、あの、ユリアさん?聞こえてます?》
ユリア「でもね、私も今年で36になるわ」
直也《は、はい、とてもお若くみえます》
ユリア「魔道の道に踏み込んでからだって、26年よ」
直也《そ、そうですか》
ユリア「恋もせず、おしゃれもせず、ずっと魔道、魔道、魔道、魔道」
直也《やばい!今度はどの地雷を踏んだ、どれだ、どこで踏んだ!》
ユリア「それを、魔道の事で一回り以上の年下から、憐れまれるなんて…」
直也《地雷はそこか―――――!》
ユリア「私のプライドはズタズタよ、ムガ――――――――――(怒)」
直也《ギャア――――――――――――――――――――》
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直也《綺麗なお姉さん!素敵なお姉さん!美人のお姉さん!》
ユリア「ハアハアハア、……………………呼んだ?」
直也《聞こえました?…良かった……》
ひとしきり大暴れした後に、何とか正気に戻ってもらったが、とにかく
たった一人の女性が起こした割には、被害が甚大で呆れてしまった。
此の世界の人が魔導士を怖がるのが十分理解した。
ユリア「あの…………ごめんなさい……………」
どうやら周りの惨状に気がついたらしい。
何せ、あちこちで、椅子とテーブルと壁が焼け焦げているのだ。
切れるのは良いが、火魔法の乱れ撃ちは勘弁してほしいものだ。
こんなもの喰らったら、生身の人間じゃ大やけどだ。
ただ、今気が付いたが、この人、魔法の展開が異常に早い。
直也《私なら、びくともしないので気にしないで下さい》
ユリア「それはそれでむかつくわね…」
直也《俺にどうしろと…それより何ですか、その速射魔法は!》
ユリア「速射魔法?」
直也《何でそんな速度で魔法が打てるんですか!》
ユリア「ああ、これ?ただの嫌がらせみたいな物よ、こんな種火がいくら撃
てても意味ないわ」
直也《いえいえ、凄いじゃないですか!》
ユリア「どこが…こんなものウサギ一匹殺せないわよ!私の魔力は攻撃に
向いて無いの!だから、だから付与魔法を極める事にしたのよ!」
彼女自身が己の才能と努力に折り合いをつけ切れていないのだろう、声を
荒げた後、悔しそうにポロポロと、まるで少女のように、涙をこぼした。
ユリア「私だって誰かを守れる様な力が欲しかった!誰にも馬鹿にされない
力が欲しかった!でも、でも」
直也《なら、俺がその力を持つ方法を教えてさしあげますよ》
ユリア「…………私にそんなでまかせを信じろって言うの」
直也《でまかせでは無いですよ》
ユリア「いい、魔力の適性は変わらないの!変えられないの!」
直也《ええ、知ってます。でも威力は変えられると思います》
魔法属性の種類は、火・風・水・地の四大属性に、精神・空間・回復・闇
光・生命・付与・植物などの特殊属性に分けられる。
魔力の有る者ならば、その属性を認識すれば、全ての属性魔法が使えるが
適性の強弱によって発現する魔法はその姿を全く変えてしまう。
例えば同じ魔力を込めても、地魔法に適正の有る者は、3mもある槍を何本
も作れるのに対して、適正が無ければ、小さな泥団子が一つだけ。
川の水を逆流させる一方で、片方は水溜まりを波立てるだけ。
だから火属性の適性が弱いユリアの火魔法には、全魔力を注ぎ込んでも焚火
程度の威力しか出せないのだ。
ユリア「無理よ、何度も試したもの、またあんな惨めな思いをしたくない」
直也《ユリアさんはアルの火魔法の適性は知ってます?》
ユリア「私よりは幾分ましだけど、大したこと無かったはず」
直也《今は改良して恐らく10倍以上の威力にはなってるはずですよ》
ユリア「そんな馬鹿な……信じられない…」
直也《それを可能にしたのが物理学です》
ユリア「信じて良いの?」
直也《ええ、信じてください》
ユリア「本当に?」
直也《はい、だから、もう泣かないでください》
いつの間にか、彼女の泣き顔はどこか憑き物の落ちたような笑顔になっていた




