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ある魔導士の帰還  作者: 勝 ・ 仁
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救われた命と魂

消えた転移陣の跡に現れた男は奇妙な、それでいて何処かとても洗練された衣装を

着ていた。

それに決して安い仕立てには見えない。

そして人族だ。

この時点で4人はこの男が王族もしくは高位貴族の変わり者だろうと判断した。

盗み見ていた顔を伏せ、従順なふりさえしていれば大丈夫だろうと。

そして、もしかすると何かうまい話でも有れば、そのおこぼれにでもありつける

かもと、浅ましい考えにたどり着いた。

確かに男はまだ若い、20歳をやっと超えたぐらいだろうか。

細身で帯剣している様子もなく、魔導士の証であるローブも着ていない。

     金と権力を持つ《ガキ》

そう勝手に侮った。後は口先三寸だと。


転移が終わると只の光の奔流だった視界がしっかりと周りの風景を認識し始めた。

懐かしい漂う魔素を全身で感じると、自分が有るべき世界に戻ってきたとを実感

した。

自分が異質で異常で孤独な存在だと感じざる得なかったあの世界から。

歓喜に震える心を横に置いて先ずは色々確認する必要がある。自分の知る場所で

は無い様だ。

目の前で平伏している4人に向かって数歩、近ずくと声をかけた。


「ここはどこだ?お前たちはこの国の兵士か?」


だが帰ってきた言葉に唖然とした。


「ここはナール山脈の第一ミスリル鉱山です。我々はグラム聖王国の兵士です」


やはり転移位置の誤差は致し方ない。

埃1つの転入時の誤差が転出時には大陸を横断するほどの途轍もない誤差になる。

それだけ常識外れの転移を行ったのだ。

同じ大陸であれば大成功といえる。

だが問題はそこじゃない。


「はあ?ナール山脈ならアルギルス公国の領土だろうが?何故グラムの兵士が

こんな所にいる?メルド商王国連合は?ドラン王国はどうした‼」


思いがけず声を荒げた。たった4年の間に何があったのか。


「あの、メルドもドランももう在りませんアルギスももうすぐです。こんな事は

みな知っています。何故お怒りなるのでしょうか?そもそもどちら様でしょうか?

お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」


国が2つも消えている?もうすぐもう1つの国も亡びる?怒りで頭が沸騰しそうだ

あのクソ共はいったい何をしやがった。

だが目の端にある物が映った。こいつらは後回しだ。


    《《大地の理::拘束》》


一瞬で生み出された石の鎖が4人を地面に縛りつけた。


「そこでじっとしていろ。それと名前か?アルセニオス・ファンビューレンだ」


言い残すと急いで檻へ向かった。

隅で怯える獣人の子供達と隙間から必死に両手を伸ばし、血だらけの子供らしき

物に声を掛け続ける狸人の少女の姿が目に映ったからだ。

止まらぬ涙、何度も叫び過ぎてかすれた声。

消えゆく魂を必死に掴もうとでもするようにもがく小さな手。

きっとかけがえのない存在なのだろう。

抱き上げた狸人の子供はひどい有り様だった。

最初はもう死んでいると思った。

異空庫から取り出した毛布に寝かせると血と一緒に固まり始めたボロ布をはぎ

取り急いで魔法を展開した。


 《《水の恩寵*風の寵愛*大樹の雫*天の加護*地の加護::::神虹癒》》


淡黄色の光がゆっくりと回転する魔方陣から霧雨のように降り注ぎ少しずつ傷を

直してゆく。

     ”治癒魔法第5階梯”

ほとんどの傷や怪我ならこれでまず大丈夫だ。

そう思ったがかなり時間がかかっている。

普通は刃物の傷でもあくびをする間に完治する。

それが此処までかかるという事は別の要因がある。

  「毒か病…」

治癒魔法陣は基本、傷を治す事を目的に構築する。

つまり別の要因が邪魔をしている事になる。

程なくして光が治まるとそこには静かに寝息を立てている狸人の子供がいた。

傷はすべて消えているが失った血はすぐには元に戻らない

目を覚ますにはまだ時間が必要だ。

ほっと一息つくと思い出したように檻に目を向けると、両手を突き出したまま

目と口をまん丸にして固まっている少女が居た


「今、出してやる」


掛かっていた鍵を開けてやると、少女は恐る恐る脇を通り、寝ている子供の前に

しゃがみ込んで名前を呼びながら、その生を確認するように頬を撫でている。


「もう大丈夫だ。半日程で目を覚ますだろう。この子の姉か?」

「はいサナと言います、あの、ありがとうございます。ありがとうございます」


そう言って少女は何度も何度も頭を地面に擦り付けるように下げた。

見るとこの姉もひどい有様だ。殴られたのか痣だらけでおまけに治りかけた傷の

上に更に新し傷が幾重にも重なって血が滲んでいる。

手も足も首もそして顔さえも。

恐らく見えない服の下も同じ有様なのだろう。


「ああ、サナと言うのかお前も治療するからこっちに座ってくれ」


同じように治癒魔法陣を展開するがこちらも完治が遅い。


「二人とも何か病気に掛かったりしてないか?」


だがサナは首を横に振る。


「ちょっとごめんな」


     《《藍雷の透過::診断》》


青い光の環がサナの頭から足元まで幾つもの通り抜けた。


「…………鉱毒…感染度は…………初期か…」そして問いかけた。

「いつも飲む水はどこだ?」


ためらう様にサナは壁面から染み出て出来た水溜まりをさした。

多分、いや確実にこれだろうが幸いミスリルは毒性は低いし解毒薬も幾らでも出ま

わっている。

当然持ち合わせが十分あるがだが空腹にこの薬は辛い。


「あと食事は、食材はどうしてる?」


一応確認しようと聞いてみたのだがサナは恐る恐るある方を指さした。


「いや、ゴミ捨て場じゃなくて食事の…」


申し訳なさそうにうつむいているサナを見てそれが、打ち捨てられた様な、それが

僅かばかりの野菜くず、それが、まるでゴミにしか見えないそれがこの子らの食事

なのか、どうして思い至らなかった。


「悪い、ちょっと腕を見せてくれ」


そう言ってサナの手を取りボロ布の袖を肩口までまくって啞然とした。

もうほとんど皮と骨だけだ。

顔を上げサナを、寝ている子供を、怯える子供達を、見た。

皆、泥と埃まみれで分かりにくかったが全員かなり瘦せている。

特にサナが酷い。

気が付かなかった自分の迂闊さに嫌気がさす。

きっと他の小さな子達に自分の分を分け与えていたのだろう…優しい子だ。

だが感心ばかりしている暇はない。


「サナ、残りの子達も治療したいんだが、まだ怖がられいるみたいなんでな。

わるいが説得して此処に連れて来てくれないか?」

「分かりました。あの、えっと」

「ああ、俺の名前か?アルセニオス・ファンビューレンだ。アルでもファンでも

どっちでもいいぞ。なんなら兄貴でもあんちゃんでも大丈夫だ。でも、おじさん

と呼ぶのは勘弁してほしいかな」


少しでも気を許してもらおうと、ちょっとだけおどけて見せた。


「はい!アル様!」

「様なんて付けなくていいぞ」

「はい!アル様!」

「……付けなくいいんだが…とにかく呼んでくれるかい?」

「はい!アル様!」


サナは檻の中で子供達を説明しはじめた。

おっ、狼人族の男の子がなにやら抵抗しているな。

そら直ぐには信用できないよな、当たり前だよって、サナがいきなり殴った!

あ、隣の熊人族の女の子も頭に拳骨を落とした!……男の子涙目だ………

………説得って言ったよね俺。


6人の子供達がサナに連れられぞろぞろとでてきた。

あの男の子は一番後ろだ。


「連れてきました!」


サナがちょっと得意げだ。殴ってたけど…。


「じゃあ一人ずつ治療するからこっちに来てくれ。」


最初は猫人族の女の子だ、もう一人と瓜二つ双子だろう。

順次治癒魔法を掛けていく。

犬人族の男の子、熊人族の女の子と男の子、最後に殴られた狼人族の男の子。

思わず声を掛けてしまった。


「…災難だったな…」


”はっ”とこっちを向いてプルプル小刻みに震えている。

そして再び涙目に。

すまん!そらあ見られたく無いよな!男同士だ、お前の気持ちは痛い程分かるよ。

見て見ぬふりをすれば良かった。

でもつい口から出ちゃったんだ。

ごめんよー


さあ、取敢えず治療が終わったなら次は飯を食わせてやらないと。

だが一々調理するのは時間がかかる。

選択肢は限られるが異空庫に大量に保管してある物の中から選ぶしかない。


「サナ、今から食べ物を用意するけど何がいい?」


サナはちょっと小首を傾げながら周りを見渡して答えた。


「もし頂けるのならば何でも構いません」


それはそうだろう。此処にはろくに食べられそうな物は無い。

有るのは男たちの酒とつまみの干し肉がわずかに転がっているだけだ。


「そうか、果物とパンと魚と肉があるんだがどれにする?」

「お肉がいいです!」


 即答だ。


「病み上がりだし果物でも構わないぞ?」


事実、この世界で一番高価なのは果物だ。

果樹園など存在しないので自然界の物を収穫するのだが品種改良もしていない果実

がそんなに美味い訳がない。

まれに良質の実をつける樹木もあるが当然動物と魔物と人間の取り合いになる。

そしてその僅かな果実をさらに上位の人間同士が奪い合う。

高価になるのは当たり前だ。


「お肉が好きです!」

「お、おう。分かった」


なんか圧がすごいが少し気を許してくれたようでなによりだ。


子供達を車座に座らせ異空庫から大皿を取りだすと、そのうえにフライドチキンを

こぼれ落ちそうなくらい盛り付けた。

「「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」」

あの食欲をそそる香りが鼻腔を刺激すると子供達の口からは滝のような涎が溢れ

目は一点を見つめて微動だにしない。

ついでに体も一切動かない。

なんで?


「どうした、食っていいんだぞ。遠慮すんな」


言ったとたん、まるで競うように皿に飛びつき口に放り込んだ。


「「「「「あぐあぐあぐあぐ!」」」」」」


ほっぺたまで一杯にして頬張っているがちゃんと嚙めてるのだろうか…


「そんなに焦らなくてもいっぱいあるから、喉につめちゃうから」


言ってるそばから犬人族の子がつまらせた。


「ムグ―-‐」

「言わんこっちゃない、ほら水だ」


受け取ったコップの水を一気に飲み干すと再び肉に齧りついた。

暫くすると満腹になったのか小さい子からコロコロと転がり始めた。

全員が食べ終わるの待ってから少し事情を聴こうと声をかけた。


「サナはどうして此処に連れてこられたんだ?兵隊は守ってくれなかったのか?

両親はどうしたんだ?」


問いかけた途端に一気にサナの顔がゆがんだ。


     しまった‼質問を間違えた‼


いくらなんでも両親の事ははやすぎた!だが後悔しても、もう手遅れだ。


「兵隊さん殺されてお城から火が出て町のみんなと一緒に逃げたけど途中でおい

つかれて、父さんがリリを連れて先に逃げろって言ったんだけど、すぐ捕まって

父さんも母さんもいっぱい血が出てお母さんって何度も呼んだけど答えてくれな

くてでもそばに行こうとしたら殴られて、だから、だからあたし、だからリリと

守らなきゃって、でも、でも、うわーん」


必死に耐えていた涙がボロボロとこぼれた。ずっと我慢していたのだろう。

声を上げて泣きだした。

不用意に両親の事を持ち出した俺がすべて悪い。

そしてつられるように他の子も泣きだした。

当たり前だ。

みな多かれ少なかれ同じような境遇に決まっている。

慰めの言葉一つ持ち合わせてない自分が情けなくて、じっと皆が泣き止むのを

待ち続けた。

それしか出来なかった。


涙が枯れ果てるほど泣いてようやく落ち着いた子供達に一人一人頭をなでながら

毛布を渡した。


「もう辛い思いも痛い思いもはさせないから、俺がそんな事させないから、

だから安心してゆっくりおやすみ」


そう優しく言ってから全員に睡眠の魔法を掛けた。


「途中で起こしたら可愛そうだからな。今からもう一仕事有るし」


そういってから拘束してある4人のほうに振り返った。


………………………… 鬼がいた …………………………


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