戦場を支配した者達
「さあ、最後は派手に散ってやるか」
そう言った俺の目の前で聖王国の後衛が吹き飛んだ。
目の前が一瞬白く輝いた途端、耳をつんざく様な轟音と共に城壁が僅かに
振動したのを感じた。
まるで火山の噴火のような爆発は、ありとあらゆる音を塗りつぶした後に
痛いほどの静寂をもたらした。
濛々と土埃が立ちこめる中、バラバラになった人間だった物とゴブリン
だった物が、頭上に降り注ぐ。
その僅かな音のみが静寂の世界に響いた。
我々だけは目の前の出来事だから無意識にでも立っていられたが、聖王国
の連中は突如後方から来た爆風で、全員うつ伏せに倒れた。
特に爆発に近い場所に居た、騎士や子爵たちは酷い有様だ。
子爵など何回も転がったらしく、擦り傷だらけで鼻血まで垂らした挙句に
兜まで何処かに吹き飛んだらしい。
それでもその原因を探ろうと後ろを振り返って、視界を遮る土埃が収まる
のを待った。
戦場ではありえない事に全ての者が、それこそ敵も味方も関係無く、何の
合意も無いまま、戦を中止して、町の入り口を見つめた。
「……まさかドラゴンでも来たのか……」
静まり返る空間に、誰かがつぶやいたが、誰ひとり否定出来なかった。
今、起こった爆発が人間の起こした物とは思えなかった。
だが、徐々に薄れ始めた土埃の向うに見え始めた影がそれを否定した。
かなり異形で奇抜だが間違いなく4頭立ての馬車に間違いない。
だが問題は、その前を悠々と歩く二つの影だ。
一つは小さく、まだ子供だと判る。
顔はハッキリとは見えないが獣人の少年で、更に帯剣している。
そして横を歩く黒髪の青年が見え始めた途端、その場に驚愕と恐怖の感情
が支配した。
「はははは、ドラゴンの方がましだった……」
露わになった魔導士の黒いローブ、両胸に輝く銀色の刺繍、この瞬間に
彼らの運命は真っ二つに分かれた。
片方には安堵が、もう片方にには、恐怖と絶望が。
子爵「きっ貴様!貴様!貴様!何で此処に居る!何で生きている!答えろ、
答えろ!アルセニオス・ファンビューレン‼」
騎士「…アル…セ二オ……ス…?嘘だろぉ」
騎士「そんな馬鹿な、そんな……」
騎士「ひいぃぃ、死にたくねぇ、死にたくねぇ、死にたくねぇ」
騎士「もう……だめだ…………あは、あは、あはははははは」
アルを誰何する、子爵の無駄に通る声が響き渡るが、騎士達にとっては、
死刑宣告に外ならず、逆にガルム達にとっては降って湧いた無罪判決だ。
「なんでだって?そんなもん、お前らグラムの連中をぶち殺す為に、
地獄から舞い戻ったに決まっているだろう」
子爵「そっ、そんな事は許されん!神がお許しにならん!」
「なら、お前らの神とやらは、いつになったら俺に神罰を下すんだ?」
子爵「それは……」
「マレーナの街もジリエの街も俺が残らず始末したぞ」
子爵「貴様、まさか伯爵も殺したのか!」
「当たり前だ。逆に聞きくが、何でお前たちは自分だけは殺されないで
済むと思うんだ?」
子爵「当然のことだ!我々は神に選ばれた聖王国の貴族だぞ!」
「あれだけ略奪の限りを尽くしたのに恨まれていないとでも?」
子爵「略奪は当然の権利だ!異教徒を改宗させるのは我らが使命だ!」
「そんなくだらない理由でこの子達の親も虐殺したのか」
子爵「獣人など家畜と同じだ!責められるいわれは無い!」
「どう考えてもお前らを生かしておく理由が微塵も見つけられん、
サナ!モルナ!もうこいつら撃っていいぞ、復讐を果たせ!」
サナ・モルナ「「はい‼」」
「デクシスも好きに暴れろ、遠慮するな」
デクシス「わかりました‼」
子爵「ちょっ、ちょっと待てお前ら!見逃しても―――グゲッ」
御者席のサナは立ち上がると、子爵の命乞いの言葉を全部聞く事もせず、
顔面ボウガンの矢を打ち込んだ。
たぶん、痛みを感じる事無く絶命しただろう。
サナ「見逃す訳ない!絶対に許さない!」
サナがボウガンでほかの騎士達を射始めると、彼らは剣も取らずに逃げ始
めたが、そこを、モルナとガットの小型バリスタが襲う。
許しを請いながら悲鳴をあげ続ける様は、とても騎士とは言えなかった。
「ぎゃあああああああ、助けてくれぇぇぇ!」
モルナ「あなた達のやった事をほんの少しだけ返しただけじゃない!」
ガット「いい気味だ……」
何故か統一性を欠いて、あちこちで、それぞれ勝手に攻撃し始めたゴブリン
をデクシスが切り殺して行く。
こちらでは見かけない、やや長めの曲剣を振り切った姿勢からゆっくり鞘に
納めると、半分程、首を断ち切られたゴブリンが倒れる。
異常なのは誰も剣を抜く所も、切りつけた所も見て取れない事だ。
それはかろうじて、離れた城壁の上に居たガルムだけが正しく認識していた。
「グゲッ…ゲ…ゲ…」
デクシス「動きがいまいちだ、もっと早く抜かないと…
追い立てられ、集団から逃げ出したゴブリンに氷の長剣が吸い込まれる様に
突き刺さってゆく。
まるで捕食される寸前の小魚の群れのようだ。
「グギヤァァァァァ――――――――――――――――――」
「《《氷の理::剣弾》》」
「しっかり子供達の練習台を務めてからくたばれ」
「ゲギエェェェェェ――――――――――――――――――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇ クノッソス砦・守備隊 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ガルム「なんだ、こりゃ…………」
もう此処までだと、玉砕を覚悟した途端、敵陣の後方でいきなり何かが
爆発して、3割以上の敵が消滅した。
事態が飲み込めないままでいると、現状は更に思いもよらない方向に、
どんどん転がり始めた。
獣人の子供達を連れた男が、異様な馬車を引き連れて、戦場に介入した
挙句に、有無を言わせず全てを支配下に置いた。
聖王国の兵士と騎士達は、自らが晒された現実に絶望し、ゴブリンども
は、統制を失った。
それはそうだろう、俺だってそうなる。
あの指揮官の子爵が、ご丁寧に男の素性を声高に宣言してしまったのだ。
〝アルセニオス・ファンビューレン”
この名前の持つ意味は、その本人が何処に立っているかによって、全く
違った解釈をされる。
村や町では、気のいい若者であり、治癒魔法の使い手であり、魔獣や盗賊
から守ってくれる英雄であり、貴重な素材を卸してくれるお得意様だ。
特に大怪我を負った者や、死の直前の病人にとっては、神にも等しい。
だが、戦場は違う。
支配階級や兵士の認識は〝呼吸する災厄”〝歩く絶望”〝会話する天災”
〝動き回る地獄”〝黒髪の悪魔”など、数え上げればきりがない。
寂寞の二つ名は伊達ではないのだ。
4年前に処刑されたと伝え聞いていたが、全くの誤報だったらしい。
そんな、とんでもない名を叫んだ子爵は、いの一番に地獄の門を潜らされた。
それも、か弱そうな少女の手によってだ。
大体何だ!手に持っているあの弓らしき武器は?
子爵の眉間に寸分違わず矢が突き刺さったぞ、更にあの馬車の屋根に設置
してあるとんでもない威力の小型の弓だ。
騎士を鎧ごと貫いているし、ゴブリンなど3匹まとめて貫通したぞ。
そして俺が最も興味を引かれたのが、同じ狼人族と思われる少年が操る
あの剣技と剣だ。
今まで見た事も無い技だ。
とにかく剣を抜いてから、断ち切るまでの速度が異常で、恐らく間近では
何をしたか認識出来ないだろう。
だが、何故、剣を抜く度に再び鞘に戻すのか、それにあの剣は何処で手に
入るのか、ぜひ聞いてみたい。
それはともかく、死神は俺達の頭の上を飛び越していったらしい。
ガルム「……助かった…か…」
兵士「あの、親父、俺達何もしないでいいんですか?」
ガルム「あ――、弓で逃げ出しそうなゴブリンを射殺せ、後は登って来る
奴だけ対処しろ、門の外に出るなよ、邪魔になるだけだ」
兵士「そっ、そうす、ね」
兵士「了解しました」
暫くして聖王国の兵士で動く者は居なくなった。
朝日が頭上に昇るよりも早い時間に終わった事に、砦の兵士たちは困惑
していたが、子供達は、それが当然だと言わんばかりにアルに今の戦闘
に関する報告をして、褒めてもらっていた。
血まみれな死体の山の真ん中で繰り広げられるほのぼのとした光景に、
いったいこの子達は何者なのかとガルムは訝しんだ。
もしや、魔道で強化された特殊部隊か実験部隊なのではないか?
そんな的外れな事を考えている内に馬車は門をくぐって来た。
ガルム「此処の守備隊を任されている、ガルムと申します、此度の御助力
感謝いたします。アルセニオス様」
「公都に行く用事が有って、そのついでだ、気にしないでくれ」
ガルム「気にしますよ、流石に我々の借りがでかすぎる」
「なら、ここを通る許可をもらえるかな?」
ガルム「お安い御用です、どうぞお通り下さい」
「いや、有難いけど、そんなに簡単に通しちゃ駄目でしょ」
ガルム「…ここの守備隊、今何人居ると思います?65人ですよ」
「うん?いくら何でも、ちょっと少なくないか?」
ガルム「本来、この規模の砦では200人ぐらいが必要なんですが、当初、我々
が赴任した時点で、既に150人に届きませでした」
「よく守ってこれたな、補充は頼まなかったのか?」
ガルム「ずっと申請し続けていますよ、伝令は公都との往復で走りっぱな
しですよ、鳩も使い切りましたが、無理の繰り返しです」
「よく覚えていないが、アルギスってそんな国王だったか?」
ガルム「国王は名君とまでは行かなくても十分有能ですが、元老院や軍部
の貴族連中がどうにもならない暗愚ばかりでして……」
「よくそれで国が混乱しないな」
ガルム「宰相が必死に踏ん張って馬鹿貴族共を抑え込んでいるんですよ」
「それで、お前さんも此処で踏ん張ってる訳か」
ガルム「そんなところですが、先程の助力が無ければ間違いなく砦は落ち
ていたでしょう。なら、あなた方が通過しても可笑しい事は無い」
「暴論にも程があるだろう…」
ガルム「良いんですよ、軍事を私物化する連中に文句は言わせません」
「微妙に不安なんだが………」
ガルム「そういえばどんな用事なんですか?差し支え無ければ教えて頂け
ると助かりますが」
「一応気にするのか。いや、あの子達の預け処を探しに来たんだが
今の話で不安になった所だ」
ガルム「里親探しですか?私はてっきりあなたの育てている特殊兵かと」
「そんな訳あるか、この子は10歳だし、まだ6歳の子もいるんだぞ」
ガルム「おお、あの不思議な剣術の子か、名は何と言う?」
デクシス「デクシス…」
ガルム「うむ。いい名だ。所で、あの剣術は誰に習った?」
デクシス「直也様に習った」
ガルム「師匠はナオヤと言うのか、その御仁は、何処に行けば会える?」
「直也は俺の親友だ。居場所を聞いてどうする」
ガルム「わしも教えを請いたい!」
「今は居所を明かす事は出来ないし、あんたも此処を動けんだろう」
ガルム「ならば、あの剣は何処で手にはいる?」
「あの剣?ああ、刀の事か、あれも直也が作った物だ」
ガルム「むうう、そうだ、デクシスと言ったな、どうだ?うちの娘の婿に
ならんか?美人だぞ!」
「こら、おっさん!どさくさに紛れて何言ってやがる!」
ガルム「同じ狼人族の様だし、娘も10歳だ、ちょうどいいじゃないか!」
デクシス「いや、ぼくは、その、まだ…」
「おい!お前たちも見てないで何とかしろ!」
兵士「そう言われましても…」
兵士「なんせ、親父の言い出した事ですし…」
兵士「基本、親父、馬鹿なんで…」
兵士「俺達の言う事なんか聞かないし…あっ、そうだ!」
「何か手があるのか?」
兵士「え~と、親父、カタリナさんに無断で決めて大丈夫すか?」
ガルム「あっ、(汗)」
兵士「今度やらかしたら、離婚だって言われてませんでした?」
ガルム「うん、(汗)」
兵士「アリシアちゃんにも会えなくなるっすね」
ガルム「生きていけない、(涙)」
兵士「なら、謝るっす」
ガルム「申し訳ありませんでした!」
「効果抜群だな…」
兵士「親父、あの性格でしょ、いつも奥さんに怒られてまして…」
兵士「近頃は鉄拳制裁にも慣れてきちまって…」
兵士「怒り狂った奥さんからの最後通牒を突きつけられたんです」
兵士「カタリナさん近衛上がりだから、めっちゃ強いっす」
「だめだろ、それ」
兵士「だめっす」
その後、兵士の一人が公都までの各町に配慮するように伝える為、早馬
で先行してくれた。
そんなに気を使わないでくれと言ったら、町の衛兵や街長の安全のため
で、無用な死人を出さない為だと言われた。
「失礼なやつだな、俺だって誰彼構わず殺さないぞ」
兵士「もしも、この子達にちょっとでも危害を加える馬鹿が居たら?」
「生きてる事を存分に後悔してもらう」
兵士「だからっす、馬鹿が多いんで人口が減るっす」
「…………手間をかけて済まない……」
兵士「良い馬鹿と悪い馬鹿を区別して欲しいっす」
「……………善処する」
その後、途中の町や街道の情報を聞いたのち、馬車で砦を出発した。
それとは別に、あの爆発と同時に逃げ出し、街道を南にひた走る一人の男が
居た事には誰一人気が付いていなかった。




