謂れ無き罵倒・萎縮する心
暫くして、火災も下火になった頃、避難していた女たちが集まってきた。
数は30人程だが、これが多いのか少ないのかは、判らない。
「息のある連中も死ぬまで、そう時間は掛からないだろうから安心して
もらって大丈夫だ。後、この町よりマレーナの街のほうが安全だろう」
この人数を引き連れてクノッソス砦までの戦闘をこなすのは無理だし、
クーロン大橋方面から聖王国軍が来ない保証はない。
何よりマレーナの街にはあの老人達が居る。
今取れる最善手だろう。
「街道の魔獣も此処に来る時に狩り尽くしてあるから、暫くは、安全だ」
集団の一番後方で病人の手助けをしてに居たサーシャが頷いて頭を下げた。
だが、いきなり手前の女性が声をあらげて糾弾してきた。
「何でもっと早く助けに来なかったのよ!」
「今頃やってきて偉そうに!」
「あんたがもっと早くくれば私の夫は死ななかった!」
「私の母だって死ななかった!」
彼女らが怒りのぶつけ場所を求めているのも理解しているし、確かに騙され
て4年も別世界に飛ばされていた事を考えると、まるっきり的外れな批判で
は無いのかも知れない。
「あんたのせいで息子は殺されたんだ!」
「何もかもあんたが遅れたせいだ!子供を返せ!」
「私の店、火事になってるし、どう責任を取るつもりなのよ!」
「全部元に戻しなさいよ!」
運命の神でも無いのに、そこまで責任を問われても答えようがない、ここは
これ以上、加熱する前に、この場所を後にした方が良さそうだ。
ただ、言葉をぶつけられるたびに、胸の奥が重くなる気がしてきた。
言葉が喉の奥で動かなくなるのを感じる。
視界が急速に狭くなった。
もしかすると俺は動揺しているのだろうか。
どうも良く理解できない。
自部の足元が徐々に認識できなくなった。
やばい、これは立っていられないかも…。
そんな俺の腕を誰かが取った。
サナ「アル様、行きましょう」
「あ、ああ」
サナは俺の腕を取ったまま東門に向かって歩き出した。
後ろをガットの操る馬車が付いてくる。
「ど、何処にいくつもりだい!」
「逃げるのかい!」
追いすがろうとする女性たちの前にモルナとデクシスが割り込んだ。
女性たちは動きを止められた上に、デクシスが抜いた刀で口まで封じられた。
本気で放たれた殺気は、とても子供の物では無かった。
女性たちが硬直したのを確認すると二人は振り返って馬車を追いかけた。
モルナの吐き出した、一つの言葉を残して。
「恩知らず」
静まり返った街に遠ざかっていく馬車の音だけが残った。
時折、焼け落ちる建物が彼女たちを断罪するように響いたが、耳には届いて
いないようだ。
だが、暫くすると再び不満を口にし出したが、サーシャの怒声に押し黙った。
「この恥知らず共が!」
「で、でも……」
「一体、誰が解放してくれたと思ってるんだい!」
「それは……」
「聖王国の連中が居なくなった途端にこのざまかい!」
「……」
「自分に危害が及ばないと思ったら、もう上から目線なんて!」
「あいつの来るのが遅いから……」
「あの方は、あんたらの下男でも家政婦でも奴隷でも無いんだよ!」
「……………」
「あんたらは、もう名家の奥様でも大店の奥方でもないんだよ」
「そんな事、認めない!」
「勘違いするんじゃないよ!そうしたのは聖王国の連中でしょ!」
「うう……」
「恨むなら、この街を売り飛ばしたあのクズ街長達でしょう!」
「……」
「感謝の言葉一つ無いなんて、あの子の言った通り、恩知らずね」
「たかが獣人のたわごとが何よ…」
「………救いようの無い人達ね、もう顔も見たくないわ」
「うるさい!」
「なら好きにすればいい、私達はここを出て行く」
「ふん!」
傍で聞いていた、三人の冒険者の女の子に達に尋ねた。
「あなた達はどうする?」
「私達も一緒に行きます、こんな人達と一緒に居たくない」
「あの人に助けてもらわなかったら、私達、いずれ殺されてたわ」
「その恩人を責めるなんて、まともな人間のする事じゃないわ」
間違いなくこの子達のほうがまともだ。
「冒険者のあなた達が居てくれて助かるわ」
「まだ駆け出しです」
「それでもよ」
サーシャは20人程を引き連れてマレーナの町に向かう事にした。
馬車を仕立て、食料を積み込み、武器を装備して町を後にしたが、残った
者達の行動にまでは責任を持つつもりは無い。
死体や廃墟まで漁って、金目の物を集めて回る姿に呆れてしまったからだ。
せっかく聖王国の連中から解放されたのだ。
一刻も早く身の安全を確保するのは常識なのに、欲望を優先させるなど、
愚かにもほどがある。
西門を出たのは、ちょうど昼になるかならない頃だ。
マレーナまでの街道は、あの方が魔獣を狩りつくしたと言っていたので、
新しく魔獣が蔓延る前に通り過ぎてしまいたい。
でも、その前に。
サーシャは門を出てすぐに東に向かって深々と頭をさげた。
「解放して頂き、ありがとうございました、アルセニオス様」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 東門 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今、東門を出て一路、砦のあるクノの村を目指しているのだが、どうやら
俺は自分が思っている以上に落ち込んでいたらしい。
御者席で俺の左腕を掻き抱いたままサナがボロボロ涙を流している。
「サナ、もう大丈夫だから」
サナ「……大丈夫じゃないです」
「うで、放してもらっても?」
サナ「……いやです」
「心配かけて、ごめんな」
サナ「…あの人達、大嫌い」
「えっ」
サナ「アル様のあんな顔、初めて見た…」
「そんなに酷かったか…」
サナ「あのまま居なくなるんじゃないかって、怖かった」
「怖がらせちゃったか、悪かった」
リリ「アルさま、いたいの?かなしいの?」
「あれ?いつの間に…」
気が付けば、御者席の後ろ窓は、心配そうな子供達で鈴なりになっていた。
サナは夕方、野営地に着いてから、やっと放してくれた。
どうやら思っていた以上に子供達から慕われていたらしい。
現金なもので、それが判ると重かった気持ちも何処へやら、もう歌い出し
そうな程、気分が晴れた。
ああ、俺がこの子達を守ってたのと同時に俺もこの子達に守られていたのか。
強大な力を持つ者程、強大な権力を持つ者程、その心はいつも激しい風雨
にさらされているような物だ。
その力に頼る者、利用しようとする者、恐れる者、嫌悪する者、媚びる者、
そうした、有象無象が際限なく寄って来ては、自分の愚かな心を言葉にして
投げつけて来るのだ。
そんな物、気にしなければいい?
耳から入って来るんだ、できる訳が無い。
将来を期待された王子が、聞く必要も無い言葉を耳に投げ込まれ続けた挙句
に、傷つき疲れ、道を失って迷走した末、周りまで巻き込んで、破滅する。
いつの時代も、どの世界でも、どの国でも、そんな例は幾らでも有る。
逆に言えば、名君や指導者などと呼ばれる人間には、その心にきちんと寄り
添う人が、必ず存在する。
それが、家族か、恋人か、友人か、教えを乞う師か、なのかは本人の資質と
運命が決める事だろう。
そして、俺には直也が居る、この子達が居る、もう迷う事は無い。
だが、問題は現実と言う仮面をかぶって、突撃してきた。
「「アル様、私達にも剣を下さい」」
夕食が終わった途端、サナとモルナが、剣をくれと、頼んで来た。
「ええと、なんで?」
サナ「あんなオバサンが、また出てくるかもしれません」
モルナ「今度は、ちゃんと首をはねてやります!」
「いやいや、デクシスは脅しただけだって言ったよ」
モルナ「デクシスは甘すぎるんです!」
「甘すぎでいいから!それでいいから!」
サナ「また、何処からか、湧いてくるかもし知れないんで」
「違うから!虫じゃないから!湧いてこないから!」
サナ「アル様を悪く言う連中は虫以下です」
モルナ「徹底的に駆除しないといけないです」
「ねえ、聞いて!話を聞いて!」
モルナ「首を刎ねるんで、長剣がいいです」
サナ「私は細剣がいいです、沢山刺し殺せそうですから」
「二人とも目が座ってるよ!正気に戻って!」
サナ「アル様、私、とっても落ち着いてますよ、寒いくらい」
モルナ「私も、頭が凍えるくらい凄く冷静になってますよ」
「だめだこりゃ、そうだ!デクシス、デクシスはどこ…」
振り返ると、デクシスどころか他の子達も馬車に退避済みだった。
さすが獣人、危険には敏感だ!などと、感心してる場合じゃ無い!
その後、説得に説得を重ねて、何とか懐剣で済ませてもらったが、その代
わりに、ボウガンを持たせる事になってしまった。
長剣で切り結ぶよりは、はるかにマシだ。
それにしても、矢筒を腰に下げ、左手でボウガンを構える、獣人の美少女。
この殺戮天使を見損なったと知った直也の反応を……………見たいような、
見たく無いような、まあ、血の涙を流すだろうね、流せるものならだけど。
もう今日は早く寝て、明日からの戦いに備える事にしよう、そうしよう。




