異世界への帰還
町工場への製品完成の確認がとれた。
これから一気に転移に向けての準備を進める事にした。
注文していた接続器が搬入されたが、その仕上がりは想定以上の物だった。
これなら、100年以上稼働するんじゃないかと思う程だ。
タイプA-10基(大型)は日本中の3000m級の山々に分散して設置、タイプ
C-50基(中型)はそれを囲う様に神社仏閣や文化財施設に、両方ともその
存在が発見され難い場所を選び偽装して設置した太陽電池仕様だ。
タイプB-200基(小型)はダムや空港等の重要施設の電気施設に直接設置の
電力型だ。
ちなみに大型の大きさは洗濯機、中型は20ℓの灯油缶、小型は弁当箱程だ。
タイプAを中継器及び増幅器として、タイプBとタイプCの補助をさせた。
最悪軽いデータならタイプBとタイプCのどれか1基、稼働していれば十分
事足りるのでA、B、Cを全てを同調させ、通常は1基のみ稼働させる事で
少しでも長く稼働できる様にした。
転移陣は、もう既に完成して異空庫の中にあるが、その中身は俺をこちら
の世界に飛ばした物とは、全く別物になった。
魔方陣が刻まれた、直径6m程の台座が四枚、これに魔素ジルコニアが埋
め込んである。
そもそも台座が四枚も重なっているのがおかしい。
さらに魔方陣の中にさらに魔方陣が何重にも刻んであり、遠目では真っ黒
に見えてしまう程である。
他の魔導士が総掛かりで挑んでも恐らく一割も理解出来ないだろう。
設置した場所は北アルプス。
穂高岳山中の洞窟を利用した旧日本軍の廃倉庫を防衛省の資料で見つけた。
完全に忘れられた施設で今では森に覆われて道すら無い超好物件だった。
入り口は半分程、土砂で埋まっており、今後大雨か地震でもあれば入り口
は完全に塞がってしまうだろう。
接続器Aが真上にあるのも都合がいいので此処を転移基地に決めた。
そして何より忘れてならないのが、異空庫に保管した大量の食品だ。
先ずはファーストフード、ハンバーガーからフライドチキン、ピザ、餃子、
たこ焼き、たい焼き、弁当、総菜etc.。
イベント用だ何だと言って大量注文しまくったら、何やら爆買いの神だと
噂が立ち始めたので、志半ばで通常買いにするしか無かった。
悔しくて仕方が無いので、タイ焼器などの道具と山ほど材料を買い込んだ。
後、調味料は絶対に外せないがこれは問屋で買えるから問題なかった。
それとコストコと業務スーパーをまるでサーキットみたいに周りまくった。
大量買いするには最適の店だった。
ただ唯一の失敗は転移直前に、ご当地グルメなる物を買い忘れた事に気が
付いた事。
ええ、悶絶しましたとも。ちなみに直也には呆れられました。
あっちでも通販ができればいいのに。
残るは直也の問題だけだったが、とにかく大変だった。
何せ常識の範囲内で、外出できるよう順調に回復させねばならないのだ。
俺に常識を求めるなんて苦行以外の何物でもない。
何度も回復させすぎて、大騒ぎになりかけたのを回避出来たのは、まさに
奇跡と言っても過言ではない。
只、この奇跡は余計な者まで引き寄せた。
「お話し伺っても宜しいでしょうか?いいですよね!」
「真実を世間の人々伝えるのも私らの使命だ…うんたらかんたら」
直也が、やっと喋れるまで回復したばかりなのに、何処から嗅ぎ付けて来
たのかマスコミやら新聞記者やらが強引に面会を申し込んで来た。
あの連中は、自分達は相手に何の遠慮も配慮もする必要の無い、特権階級
だとでも思って居るのだろうか。
≪ どうしようアル、何か面倒くさい連中が来てるらしい ≫
≪ 仕方ない、全部呼ぶしかないな ≫
≪ そんな事して大丈夫か、病院は迷惑じゃないのか ≫
≪ 押し掛けられる病院は迷惑だろうから直ぐに終わらせよう ≫
≪ 何処まで話していい ≫
≪ 気にせず好きなだけ、知ってる事全部ぶちまけてしまえ ≫
≪ 後々、混乱しないかそれ ≫
≪ 構やしないさ。1日だけ面会して後は全部断っちまえ ≫
≪ それしか無いのかな ≫
≪ 病院もそれぐらいなら許容範囲だろう ≫
≪ 了解だ 。看護師さん、困ってたもんな ≫
≪ あの慇懃無礼な連中を、思う存分に迷走させてやれ ≫
直也がぶちまけた、誰も知らなかった死んだ連中の犯した余りにも常軌
を逸した罪の数々は、落ち着きかけた町を再び混迷の渦に叩き込み、新
たな懲戒免職を量産した事で、町の機能は完全に死に絶えた。
そしてそれは、罪を免れた者や直接関係ないメディア関係者にまで飛び
火して、両者を世論という名の公開処刑場に引きずりだした。
何故、こんなになるまで誰も彼もが目を閉じた?耳をふさいだ?口を閉ざ
した?確かに法にふれる事では無いのかもしれないが、それは裁く者なき
罪ではないのか!
何の権利も持たない者が姿を見せずに糾弾し、声高にその罪を問うたが、
解決策など持ち合わせているはずもなく、振り上げたこぶしの行き先を
求めて迷走していた。
「直也本人では無い直也が現れて独り歩きしてやがる」
余りにも滑稽なその様をアルは冷めた目で見つめていた。
どんなに外道でクズの犯罪者でも、その先で犯す罪を量刑に加える事など
この世界では、出来ない。
あちらの世界では、犯した罪は倍になって罪人に帰って来る。
窃盗は被害額の二倍の返却が求められる。
返済能力が無ければ、借金奴隷になって返済させられるが、足らない場
合は親子兄弟まで奴隷の対象になる。
傷害だと、右腕骨折なら刑罰は両腕の折骨、右足を刺されれば両足を。
さらに、強盗や殺人・重度の暴行は即死罪、それによりもし利益を得て
いた場合は、その親族まで処刑の対象になる。
当然ながら犯人は、逃走してその殆んどが盗賊になる。
だから、寒村や僻地、街道は盗賊の危険があり自衛が必須条件になって
いるが、都市や町・大きな村の治安は非常に良好だ。
もっとも、王族や貴族にはこの法が適用されない残念な世界でもある。
ともあれ、これで不躾に直也に纏わり付く連中を遠ざける事が出来て、
きっと俺も時間に余裕が持てるだろう。
そう思っていたが、直也があんな事を頼んで来るとは思わなかった。
≪ 魔導書が読みたいんだが ≫
はい。
お願いを断れませんでした。
頑張りました。
すごく頑張りました。
全く新しい魔方を開発しました。
ほとんど寝ずに一週間かかりました。
ええ、喜んでくれて何よりですよ?ほんとですよ?嘘じゃないですよ?
おや、疑うんですか?なぜ信じないんですか?貴方は誰ですか?おお、
なんと妖精さんでしたか、可愛いですね、えへへへへ………………へ
≪ アル、おにぎりに向かって話しかけてるが、新しい呪詛か? ≫
≪ ……………………あれ? ≫
≪ …聞かなかった事にするよ ≫
≪ のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお ≫
こちらの世界に飛ばされてから4年の月日がたっていた。
今日、病院から直也の退院許可が下りた。
玄関には担当の医師や看護師が、わざわざ見送りに降りてきていた。
初春にしてはとても暖かく、芽吹こうとしている草木がその貯め込んだ力
を今にも解放させそうな、そんな晴れた日が直也の旅立ちの日になった。
春の祝福を浴びて、車椅子の直也はまるで目が見えているかの様に、頭上
の太陽に顔を向け、それから振り返ってにっこりとぎこちなく微笑むと、
ゆっくり頭を下げた。
彼らが直也を見るのは、これが最後になるだろうが、許してほしい。
家族以外で初めて、心を寄せてくれた人達、患者を治療する側の義務も有
るだろうが、明らかにそれ以上に心を砕いてくれたと思う。
俺は直也の友人として、彼らに心から感謝した。
膝につくくらい下げた頭を上げてから、車椅子を福祉タクシーに乗せ病院
を後にした。
途中、銀行に寄って、不要になった現金を全て寄付する手続きをした。
宛先は勿論あの病院にきまっている。
それから、交通機関を乗り継ぎ、転移基地の有る穂高岳のを目指した。
この時、老夫婦の元に帰国の挨拶に寄ったが俺と直也を見ても全く不審に
思う事もなく、いつも通り歓待してくれた。
それと、なんとなく俺がこの世界の人間じゃ無いのが判ってるんじゃない
かと思われる会話がそこかしこに出て来て、本気でびっくりした。
そして今、俺は転移陣の真ん中に立って魔力を注ぎ込んでいた。
「いいか直也、俺の転移が完了するとこの転移陣の魔力は空っぽになる」
「ああ、綺麗な青だろ、俺にも薄っすらと感じられるよ」
「おれが向うに着けば、陣に道がつながり、勝手に魔力が補充される」
「なんか便利だな」
「恐らく、溜まりきるまで、早くても半日以上はかかる」
「わかった」
「そして其れまでに、転移陣の真ん中に自力で絶対辿り着いてもらう」
「大丈夫だ」
「絶対だぞ、絶対に辿り着けよ、やり直しなんて出来ないんだからな」
「大丈夫だって、二人で何回練習したか覚えてるだろう」
「覚えてるが、それでも心配なんだよ」
「過保護だっての」
「だってよ~」
「はよ行け」
アルが青い光に溶けるように消えてから、這いずるように転移陣の中心
に移動して、そのまま座り込んだ。
それからは、じっと身動ぎもせず、死んでしまった家族に思いを馳せた。
遠くの世界に行く事、墓参りも出来ない事、初めて友を得る事が出来た事
そして自分が今とても幸せな事などを、皆に告げた。
どれぐらい経ったにだろうか、気が付くと転移陣には魔力が満ちており、
すぐに意識がはっきりしたまま小さな粒子になって広がる不思議な感覚
に囚われた後、この世界から一瞬で飛んだのが分かったが、その瞬間、
魂を強制的に失った直也の体は分子レベルまでに分解されて消えた。
そして転移陣は右隅の小さな魔方陣の青い輝きを残して真っ暗になった。
今日は今年最初のさくらの開花が画面を飾った日だった




