閑話・三者三様な自業自得
【 橘 弥生 *** 麻薬漬けにされそうになった女性*** 】
薄暗い階段から出た私は、ビルの暗がりに潜り込みながら、地下駐車場
で自分の車に乗り込むと、部長に電話をかけた。
「ああ、竹内さん、今から社員を集められるだけ集めてちょうだい」
「お嬢、じゃなくて社長、何事ですか?」
「詳しい事は事務所で話すわ、お願い、今は少しでも人手が欲しいの」
「わかりました。すぐに」
橘綜合警備保障株式会社 事務所
「おう、佐野か、上がったばかりで悪いが、お前の班で今から出れそうな
奴に連絡してくれ」
「え~、今からっすか部長、もうすぐ11時っすよ」
「お嬢の招集だ、何か有ったらしい、声が震えていた」
「…直ぐに全員で向かいます」
約30分後に、社員総数43名の内、徹夜警備を除く38名が事務所に集まった。
「あれ、野上さんに麻生さんまで出てきたの?年寄が無理して大丈夫?」
「おだまり!お嬢様の一大事に引っ込んでなんかいられますか!」
「まだ卵の殻も取れないひよっこが、だまってな!」
「…うちの事務員さんが怖い…」
………………5分後
「みんな、ごめんなさい。こんな時間に呼び出して…」
「どうしたんですか!その恰好!」
「何があったんですか!」
「どこのクソ野郎っすか!教えてください、俺が絞殺してやるっす!」
「実はね………」
それから、今日の誘拐の事や麻薬の事、助かったあらましを細かく彼ら
に話した。
「あのくそ女!ただじゃあおかねえ!」
「野口 菜々美、でしたっけ、お嬢様の親友ではなかったですか?」
「どうもそう思ってたのは、私だけだったみたい…」
「それは、あの女が外道だっただけ、お嬢様が気にする事はありません」
「では、どの様にして潰しましょうか?」
「取敢えず、警察に通報しますか?」
「警察は駄目よ、証拠がないもの」
「じゃあ袋叩きにでもします?」
「いいえ、私から全て奪おうとしたのよ、あの女から何もかも取り上げて
からどん底に落ちてもらうわ」
「判りました。何をすればいいか指示をお願いします」
それから橘綜合警備の面々は翌日まで不眠不休で準備と手配を終わらせた。
〖菜々美~今日お昼頃ひま?〗
〖うん。ひまひま。優君の為なら長~い昼休み取っちゃう♡〗
〖じゃあ、可愛い菜々美にプレゼント12時に此処に来てね♡〗
「ふんふんふん~wwああもう優君たら♡ホテルで待ってるなんてステキ」
「あ、ラインが来た。え~ここ超一流ホテルじゃん」
「きゃ~wフロントが伺っております野口様だって優君だいす♡き♡」
「うそうそ!この画像、最上階のスイートルームなの?しあわせ~♡」
〖ぼくはもうベッドの中だよ~♡待ちきれなくてあそこが大変だよ~〗
〖あたしも~がまんできない~すぐいくわ~♡〗
「は~い優君あなたの奈…々…み…………何であんたが此処に居るのよ!」
「ホストの優君だっけ?3時間30万円で気前よく携帯を貸してくれたわ」
「そんな…優君が…そんなの嘘よ!あんたが脅したんでしょ!」
「いいえ、最近売り掛けが増えたって言ってたわよ」
「うるさい!余計なお世話よ!」
「その金欲しさにあんな事したの?」
「金を欲しがって何が悪いのよ!」
「あなたの事たった一人の親友だと思ってたの、だから私、悲しくて」
「そんな所がムカつくんだよ!誰が親友だって?笑わせんな!」
「そんな、酷い」
「昔っから気にくわなかったんだよ、綺麗な服、長い黒髪、白い肌、
周りからはお嬢、お嬢って持ち上げられて!」
「あなただって、親御さんから大事にされてたじゃない」
「あんたより下なんて我慢出来ないのよ!なのに父親の遺産?会社を継
ぎました?今日から社長です?なめんじゃないわよ!」
「だからってあんな事していいわけないでしょ」
「さっさと中毒患者になれば良かったのに!」
「あの連中もあなたの仲間なの?」
「そうよ!今回は上手く逃げ出したみたいだけど、次は逃がさないわよ!
絶対に麻薬漬けにして何もかもあんたから奪ってやる!」
「う~ん、たぶん無理かなあ~、それより下着姿で恥かしくないの?」
「余計なおせわよ!」
「後ろに居る婚約者さんとご両親は真っ赤だよ、貴女の会社の社長さんと
部長さん、親御さんと野口家の皆さんもね」
「えっ、うそっ、いやあああああああああああああああああああああああ」
「地獄に落ちちゃえ」
【 山口 直也の大叔父 】
兄の孫娘が死んで今日が葬式だと朝早くに、あの家が有る地区の区長から
連絡が有った。
厄介事に関わりたく無いという気持ちが見え見えだったがわしにその事を
とやかく言う資格が無い事は自分が一番知っている。
小さな葬儀だ。
死因は自殺、参列者は数える程、家族はまるで魂が抜けてしまったように
虚ろな目をして座っている。
見ていられなくて、手伝ったが、贖罪には程遠い。
もう何をしても手遅れなこの町は、何もかもが狂っていた。
すべては、あの新井夫婦がこの町に根を張りだしてからおかしくなった。
違法になるギリギリのトラブルが続出したが誰も本気で対処しなかった。
こんな人間に割く時間がもったいないと思った。
やり過ごせばいいと。
それは誰しもが取る当たり前の行動だが、それは相手が人間ならばの事
で、人の姿をした毒虫は、刺し違えてでも駆除する必要が有ったのだが、
気が付いた時には既に手遅れだった。
見えない所で雑菌はもう除去できないまでに繁殖しており、そのせいで
警察も学校も町役場もどこもかしこも腐り始めていた。
あの夫婦が兄の神社に目を付けたのもこの頃だ。
兄が神主を務める神社は少し特殊で、神社庁も不所属、旧くからどの神社
とも一切交流を持たない神主が土地所有者である珍しい神社だ。
理由はこの神社が建てられた目的が九頭龍様が流された血を鎮める為だと
いう事。
この神社は参拝したとて御利益など無い祟り神なのだ。
なので町の住人は神社には祭祀の時しか近づかないし、ましてやその土地
に手を出すなど考えもしない。
だから工場建設に伴う売却の話が出た時は、誰もが耳を疑ったが、兄と甥
が事故死してからは、あっという間に建設が始まった。
それを見た町の老人や大人達は一斉に亡き兄の一家と距離を取った。
神社を売るなど必ず祟りが有ると、勝手に誹謗中傷する者達に腹が立った。
実際は兄達が死んで直ぐに新井が大人数で兄嫁達の所に押しかけて見た事
も無い額の借用書をちらつかせ、なかば強引に、土地の権利書を持って行
ったらしい。
明らかに違法な取引で借用書も捏造だと思って警察に訴えたが全く調べる
そぶりさえ無い。
業を煮やして弁護士を探していると、息子夫婦に泣いて止めるよう懇願さ
れた。
毎日かかって来る、脅しの様な電話、息子の建設会社は辞職をちらつかせ、
妻や嫁、果ては小さな子供達までもが怪しい男女に付きまとわれた。
妻が警察に通報したが間髪いれずに宗教の勧誘活動だと返答されたらしい。
そして理解してしまった。
ここまで汚染されてしまった町から家族を守るのは、現状を受け入れるしか
ない事を。
そしてわしはあの家族を見捨てた。
それからは、後悔と後ろめたさの毎日をただ何年も重ねてきた。
そして突然、祟りはこの町を襲った。
あの葬式から一か月も経たない内に、兄の家は全焼、生きてるのは死にか
けた兄の孫だけになった。
そして新井一家全員が失踪、乗っていたであろう船だけが発見され、恐ら
く全員が死亡しているだろうと発表された。
伊沢と言う警官は自殺、署長と上層部は辞任後、起訴。
黒い噂の有った本田組の親子は廃ビルの下敷きになり、二人とも死亡。
会社は、輸出法違反、贈収賄、脱税、隠蔽、公文書偽造、で起訴後、倒産。
これに関与した役所、学校、銀行、の関係者は全員懲戒免職。
町議会議員は大量辞職に起訴。
下請け会社、協力会社は、軒並み倒産。
宗教団体は私文書偽造、詐欺、脅迫、で幹部は起訴、団体は解散。
町には大量の失業者。子供は非行に走り、治安は悪化。
人口の流出に歯止めはかからず、税収は激減、財政は悪化の一途。
行政サービスは機能せず、イベントや大会は全て中止。
九頭龍様の怒りをかった町は緩やかに死にむかっていた。
そして私は只ひたすら、許しを請う為に祈る
【 得丸精密機器株式会社***下町の工場*** 】
「この見積もり金額では契約は無理ですねぇ」
「前回おっしゃっていた金額にかなり近づけたつもりです。これで何とか
お願いします」
この課長とのやり取りも、もう何回目だろう。見積を出すたびに価格訂正
を求められ、もう利益など全く無い金額になっている。でも何とか売上げ
だけでも確保して銀行から新しい融資を引き出したかった。
「駄目ですね、まあこの半値なら考慮しますよ」
「そんな無茶な!」
「いやなら結構。隣国から幾らでも仕入れられますから」
「あんな問題だらけの粗悪品を使うつもりですか」
「何を使おうと我が社の勝手。ところで今日もお嬢さんは工場ですか?」
「娘にいったい何の用事ですか」
「いやいや、綺麗な女性が居れば、交渉にも潤いが出てよろしいかと、ね」
「…見積を通して欲しければ娘をさしだせと?」
「まさかそんな要求したら犯罪じゃないですか、あくまで自由恋愛ですよ」
「……お帰りください」
「まあ、良く考えて下さいよ、お嬢さんによろしく」
嫁も子供もいる男が何が自由恋愛だ、クズが、もう限界だ。
「お父さん、やっぱり私が……」
「だめだ!会社はたたむ。もう決めた」
娘を生贄にしてまで生き永らえた会社などに未来は無い。
廃業を決めた所に、事務員が個人注文の客が来たとつげた。
これも何かの縁だ、これを最後の仕事にしよう。
「お客様をご案内してくれ」
挨拶を交わしたのは腰の低い何処にでも居る平凡な若い男だったが注文
は非凡を通り越して規格外の一言だった。
「図面Aの物を10台、Bの物を200台、Cの物を50台ですか」
かなり特殊な作りだが、指定された資材は業界では割とありふれた物で
全部近場で手配できるし、納期はかなりきついが、社員を総動員すれば、
やれない事は無いし、求められる品質も何とか確保できる。
「どうでしょう、引き受けて頂けますか?」
「ええ、ですがこの材質だとかなり高価になりますが」
「構いません」
そう言うと男は半金だと小切手を置いたのがその金額を見て驚愕した。
それは、私が想定した原価の6倍以上の金額が記されていたからだ。
「よっ、四十億!高すぎます」
「いいんです。かなり無理やりな納期なので特急料金です。さらにこちら
は高い品質を求めるのですから、その技術に見合った金額を支払うのは当
然の事です。あと特殊な研究開発に使いますので絶対に発注者が私だとは
漏らさない様にしてください」
「はっ、はい」
「では完成した頃に伺います。その時に残りの四十億を御支払いします」
「わ、わ、判りました、必ず仕上げてみせます」
「では、よろしく」
八十億円の商談がたった1時間で決ってしまった。
あまりの事にしばらく呆然としていたが同席していた娘に声を掛けられて
やっと我にかえった。
「お、お父さん、これ現実?」
「た、たぶん。現実だと思う」
「これ、かなり利益がでるよね」
「利益なんてもんじゃ無い!みんなに我慢してもらってたボーナスだって
まとめて払えるし、支払いの心配も無くなる、部品の仕入れ先の工場連中
だって一息つける、ずっと待たせちまった江藤製作所の次男坊とおまえの
結婚だってもう大丈夫だ!」
「もう!でも品質に拘って来たのは間違いじゃ無かったんだね」
「ああ、何処かでうちの製品を見たのかも知れないな」
それからは社員全員で制作に没頭した。ボーナスを年計算で支給出来て
代金も先払いで貰っていると報告した時は歓声で窓ガラスが割れるかと
思ったよ。
今まで苦労を掛けっぱなしだったから、心底嬉しかった。
それに部品の仕入れ先からは、泣いて喜ばれた、夜逃げせず済んだと。
なんせ全部定価で発注した上に前金で払ったからね。
それから完成した製品を指定された倉庫に搬入し終わると、残りの小切手
を受け取った、きっちり四十億。
値切りもされなかった。
そして今日は娘の結婚式、みんなの祝福に手を振る娘がとても幸せそうだ
ちなみにあの課長、二日後に来たけど工場の入り口で追い返したら何やら
偉そうに脅しの電話をかけてきたので録音して、着信拒否してやった。
その後、例の粗悪品を使った事で大量のリコールを発生させてしまい会社
に大損害を与えたとして問題になった。
それと共に大掛かりな調査が入り下請けの工場に対する無理な要求や不当
な請求が発覚、ついでにあの録音も提出してやったら、懲戒免職になった
らしいがその後は知らん。
今は新しい担当さんと良好な関係を築けている。




