封鎖都市・ドラム
かつて旧メルド商王国連合最大の都市であったドラムに地獄が出現した。
現在はグラム聖王国の支配する、一地方都市だが、裏切ったアニア新王国の現国王
ヨハン・イングラムのお陰で、ほぼ、人的被害のないままだ。
元々が人間の多い国で、前回の遠征で主に犠牲になった獣人の数も少なかった事も
あり、財産は奪われたが、人口は一割も減っていない。
都市を囲む高い城壁は、古くゴルドラ帝国の時代より、魔獣や敵の攻撃などから、
市民を守って来た。
兵士「表門は通行禁止だ」
市民「俺は商人だぞ!どうして通れないんだ!」
兵士「閉鎖しろと、命令されている」
市民「勘弁してくれ、だいたい理由は何だ?」
兵士「俺達も聞いていない」
市民「街道に魔獣でも出たのか?」
兵士「だから、聞いていないんだ」
市民「くそっ、商売に出れねえと、損害が‥‥」
市民「予定が狂った、どうしてくれるんだよ‥‥」
市民「それで、何時まで通れないんだ?」
兵士「分からない、何も知らされていない」
市民「ああもう!明日には解放するのか?」
兵士「聞いていない」
市民「それも分からないのか、いい加減にしてくれ」
兵士「‥‥‥‥‥‥」
とうとう返事もしなくなった兵士達を恨めしそうに見ながら、皆、諦めて帰った。
一方、裏門と二か所の小門では様相が少し違っていた。
通常、裏門や小門を通るのは殆んどが、近隣の農作物を納入に来る農家か、冒険者
ぐらいだ。
理由は、ただその門の付近に冒険者ギルドや下町の市場があるからだ。
そこに、表門を通れなかった大規模行商隊がやって来た。
商人「どうして通れないんだ!奴らは通ってるじゃないか!」
冒険者「そうだ!いい加減にしてくれ!」
兵士「入るのは構わない、だが、出るのは禁止だ」
野菜や穀物の袋を積んだ荷車を引いた若い男が、兵士の前を通って市場に向かった
が、流石に不安を隠せず、取引が終わると急いで街を出る事にした。
兵士「外に出るのは禁止だ」
農民「そんな!今朝は通れたじゃないか!」
兵士「入るのは構わないが出る事は禁止だ」
農民「冗談じゃ無い、まだ刈り取りが終わって無いんだぞ」
農民「ああもう、宿代で儲けがパアだ」
農民「かみさんに怒られちまう‥‥」
農民「いくら何でも馬鹿にしすぎだ!」
農民「なぜ、入る時に言わないんだよ!」
兵士「知らん、命令だ」
一方、冒険者達は、兵士達と一瞬即発に迄なっていた。
元々、基本的に、どちらも力ずくで物事を解決するのが、仕事である。
売り言葉に買い言葉、揉めない訳が無かった。
兵士「戻れ!ここは通れん」
冒険者「ふざけんな!」
冒険者「理由を言え!理由を!」
冒険者「お前ら、退かねえと、力ずくで通るぞ!」
兵士「反抗するなら、処分するぞ」
冒険者「おお、やれる物なら、やってみな」
だが、自分達よりも倍以上の兵士に槍を突き付けられ、相手がどうも本気だと言う
事が分かると、途端に弱腰になった。
冒険者は個人もしくは少人数のパーティーで戦うのには慣れているが、軍隊の様に
大人数で来られると対処できない。
冒険者「おい、あいつら本気みたいだぞ」
冒険者「くそっ、一体何だってこんな事に」
冒険者「流石に、勝てねえぞ‥‥」
冒険者「あいつら、聖王国の正規兵だ」
冒険者「あの人数、多過ぎないか?」
冒険者「仕方ない、一旦、退こう」
冒険者「そうだな、ギルドなら、何か解かるかも知れない」
冒険者「面倒だが仕方が無い‥‥か」
だが、冒険者ギルドも、この封鎖について何も知らされていなかった。
入って来る情報は有るものの、自ら積極的に動く事も、対処する事もせず、状況が
好転して問題が解決する道を選んだ。
ドラムの冒険者ギルドの上層部は、聖王国の支配下になって以来、その民間最大の
武力集団であり、街の安全の一端を担っているという矜持を失っていた。
元々、余り魔獣討伐依頼自体が少なく、護衛が主な依頼で、余り荒事の多いギルド
ではなかったが、特に最近は聖王国の手下の様な連中が運営を牛耳っている。
冒険者ギルド特有の独立性など、何処かに置き忘れた様な責任回避だけに腐心する
様な連中ばかりだ。
冒険者「おい、説明しろ、何で門が封鎖されているんだ」
職員「し、知りませんよ、私らだって困ってるんです」
冒険者「知らないで済むかよ!」
冒険者「何のためのギルドだよ!」
職員「そう言われましても‥‥」
冒険者「だいたい、ギルマスは何処へ行ったんだよ」
冒険者「副マスも居ねえ」
職員「それが、実は朝から休憩を‥‥」
冒険者「‥‥なんだと?」
職員「最近は、ギルドに居る事も少なく‥‥」
冒険者「そう言えば、近頃、二人とも余り姿を見ねえな」
冒険者「用事が無えから、気にしなかったが‥‥」
冒険者「つまり、さぼってるって事か‥‥」
冒険者「じゃあ、いったい、どこにいるんだ?」
職員「それは‥‥ええと‥‥その」
職員「娼館と賭場に入り浸ってるんですよ」
冒険者「なんだとぉ‥‥」
職員「お、おい、後で何言われるか‥‥」
職員「知らねえよ、あんな馬鹿!」
職員「ば、馬鹿‥‥」
職員「馬鹿でなけりゃ阿呆だ!」
職員「お、おい‥‥」
職員「こんな大変な時に遊び惚けているだけでも頭に来るのに、娼館の代金まで
ギルドが払ってんだぞ、ふざけんな」
冒険者「マジかよ、呆れたな‥‥」
職員「給料ピンはねしてるんだよ、おかげて受付嬢が全員辞めて行ったんだ」
職員「あ~あ、全部ばらしやがった、どうなっても知らねえぞ」
職員「もう辞める事にしたんだ、構うもんか」
冒険者「へえ、結構骨が有るじゃねえか、お前、名前は?」
職員「グースです」
冒険者「キリア、七級だ、よろしくな」
この事でいったん沈静化した冒険者ギルドとは対照的に、ドラムの市場では大混乱
が起こっていた。
この封鎖で、市民は何か良くない事が起こっていることだけは分かった。
そして、その姿の見えない災厄が通り過ぎるまで自宅に籠ると決め、食料を買い溜
めする事にした。
市場からは、新鮮な物から保存食まで、口に入るもの全てが買い漁られた。
始めは、過去最高とも思える売り上げに喜んでいた店主達も、それが非常事態に対
する食料の買い溜めだと気づいてからは、売り渋り始めたが、それが更なる大混乱
を巻き起こした。
店主「今日はもう店じまいだ、帰ってくれ!」
市民「嘘をつくな!」
市民「そこにまだ有るじゃないか!」
市民「俺はまだ何も買って無いんだ、頼むよ」
店主「これは俺の家族の分だ、売り物じゃ無い!」
市民「店頭に並べておいて、おかしいだろ!」
市民「そうだ!そうだ!」
店主「うるさい!売ろうが売るまいが俺の自由だ!」
市民「何だと!」
市民「ふざけるな!」
市民「いっそ、力づくで‥‥」
そこかしこで、略奪一歩手前の騒動が起こったが、何とかギリギリ踏みとどまった
のは、この国の前身であるメルド商王国が契約を神聖視していたからだろう。
それは、街長や役人にも言えた。
街長「街を封鎖する理由を、教えて頂きたい」
兵長「本国からの命令だ」
街長「ある程度の自治権を保証して頂ける契約を結んだはずです」
兵長「聞かされていない」
街長「なら、即刻、門を開放して頂きたい」
兵長「それは出来ない」
街長「何故です」
兵長「知らん、そう厳命されただけだ」
街長「なら、封鎖は何時まで続くんですか!」
兵長「解除の命令が来るまでだ‥‥」
街長「それまで市民に我慢しろと?」
兵長「‥‥‥‥そうだ」
街長「食料が尽きる市民がでたら?」
兵長「‥‥‥‥」
街長「餓死するまで閉じ込めるつもりですか?」
兵長「詳しい事は俺も知らないんだ‥‥‥‥」
街長「そんな無責任な‥‥」
兵長「俺も下っ端なんだ‥‥‥‥済まない」
街長「なら、部隊長と話をさせて下さい」
兵長「部隊長は、手前の村に拠点をかまえたまま、出て来ないんだ」
街長「‥‥呆れた、説明責任までも無視とは‥‥」
兵長「申し訳ない‥‥‥‥」
街長は、この時点で何らかの行動を起こす事も出来たが、やはり国民性は変わらな
かった。
じっと、契約によって事態が動くのを待ち続けた。
契約とは守られて当然な物、契約違反は重罪である、国や街が結んだ契約や条約は
守られるのが当然の物、法律と同等かそれ以上である。
そう信じて疑いなど持たなかったし、疑う事さえ避けられた。
だから勘違いをしていた。
法律を守るのは、破った場合には、厳しい懲罰があるからだ。
条約を守るのは、一方的に撤廃すれば、他国から激しい非難を受けるからだ。
契約を守るのは、勝手に破棄すれば、守る以上の著しい不利益を受けるからだ。
そんな物、懲罰を無視できる力を持った者、他国の非難など全く意に介さない者、
そして、不利益よりも、遥かに大きな利益を受られる者には、何の効力も無い。
街長「責任は聖王国の部隊長と軍本部が取るべきだ、私に非は無い」
自分達が立っているのが、強固な岩盤の上などでは無く、薄い氷の上だと言う事に
街長は気づかない。
他人の絶望など、自らの利益や主義主張の為には全く気にしない連中はそこら中で
色んな物を、貪り喰らいながら蠢いている。
そんな害虫が時折、時節と環境に恵まれ巨大化、度々独裁者や侵略者として歴史の
表舞台に現れ、恐怖を振り撒くのも知っていた。
なのに、自分に実害が無い他人の痛みなど、数年で忘れてしまい、死ぬまで危機感
が身に付く事は無かった。
片や、冒険者ギルドから出た二人は直ぐに行動を起こした。
キリア「ここか?」
グース「はい、多分、ここが一番掘りやすいです」
キリア「よく知ってたな」
グース「今年の始めに補修したばかりですから、しかし本当に掘るんですか?」
キリア「ああ、城壁の階段までも壊されたんだ、外で何かが起こっている」
グース「‥‥‥‥確かに‥‥そうですね、このままじゃ何も分からない」
キリア「だから、何としてでも城壁の外を確認する必要が有るんだ」
グース「わかりました!頑張って掘ります」
キリア「小さくても良い、体一つ通れば良い」
グース「了解です」
それから三日間、二人は何とか這いずれば通れる程度のトンネルを、裏門と小門の
丁度中間ぐらいの場所の城壁の根本、雑草の生い茂った地面にまで掘り抜けた。
そして、何とか少しだけ体を出して、まだ夜も明けきらない弱々しい朝日を頼りに
裏門に集まっている集団を見て慌てて、首を引っ込めて、穴に逆戻りした。
キリア「な、な、な、何、何、何だ、何だあれは」
それは、今から始まる、恐怖の一日の切符を配っている様子だった。




