アニア新王国の闇と命運
旧ドラン王国の自治領としての復活。
この事により、大陸の戦火は一旦静まったかに見えた。
だが、北方三国にとって、この自治領は超の付く警戒対象となった。
聖王国と皇国は当然だが、裏で協力してきたアニア新王国にとっても、他人事では
なかった。
何せ、ドラゴニア王国が隣国になったも同然なのだ。
領地が接しているだけに、脅威度は高い。
特に国王となった、ヨハンにとっては、脅威を確信していると言っていい。
ヨハン「まずいことになった」
アニア新王国・初代国王、ヨハン・イングラム・F・メルドは、誰も居ない私室で
そう呟いた。
本来、王国には、王宮があり宮廷で宰相らと執務を行うのだが、アニア新王国には
それが何一つ無い。
それどころか、王妃も王子も、肉親さえ誰も居ない。
彼の性癖がそのすべてを拒否した。
ヨハンは成人女性を愛せない処か、抱くことさえ出来ない。
かと言って唯一、性交出来る少女では子を成す事は出来ない。
おまけに、相手の悲鳴を聞かなければ、勃起さえしない狂った男が家族など持って
いる訳が無い。
今まで何人もの少女達をその毒牙に掛け、その死体を闇に葬って来た。
何せ、少女の体が成長すれば、一気に興味を無くし処分した。
持っても三、四年、犠牲者は出続けた。
唯一、この狂人から生き延びたのが、魔導士になったユリアだが、ここに来て政治
の表面にいきなり現れたのだ。
それも、あの寂寞が起こしたドラゴニア王国の筆頭近くに名を連ねている。
ヨハン「あの国は異常だ‥‥」
聖王国の遠征部隊は壊滅、海王国は保有艦艇の三割を失い、皇国はドランから叩き
出された。
アルギス公国に至っては、国家自体が三つに分割されてしまったのだ。
人口も国土も最小、国家としては最弱の部類だが、とにかく、その戦闘力が異常の
一言なのだ。
その戦闘国家の№2が、かつて自分が犯し壊した少女の成長した姿だとは、彼には
悪夢でしかない。
ヨハン「彼女は間違いなく報復に動くでしょうね」
彼には報復される確信があった。
それだけ、彼女には口に出せない程のおぞましい行為をその体に刻み、未来を奪っ
たのだ。
ヨハン「やっと此処まで来たのに、邪魔されては困る」
ヨハンは、メルドが革命と言う名の反逆によって商王国連合になる前の王家の傍流
にあたる表向きは商家を名乗る貴族の一人息子として生まれてきた。
だが、いつも生活は苦しく、借金と返済を繰り返す父親を母親は罵倒する事しかせ
ず、その分の期待を息子に残らず押し付けた。
物心付いた頃から成人するまで、机と教科書と過剰に叱責する母親だけが彼の世界
だった。
こうして誕生した、友人どころか知人さえも居ない知識だけの怪物は、この時より
母親が言い続けた呪い、王家の復活に向けて動き出した。
元々、知能の高かったヨハンは見る見るうちに、かなりの財産とそれに見合う地位
を手に入れた。
だが、ここでヨハンの生活に大きな影が差す。
成功を収め、今後は更なる高みに向かうだろう未婚の成人男性を周りが放っておく
筈も無く、結婚の話は後を絶たなかったが、ヨハンにとって、成人女性は母親と同
じ恐怖の存在でしか無かった。
だが、女性達にとっては超の付く優良物件、あの手この手でヨハンを篭絡しようと
したのだが、この事はヨハンの内に眠る狂気を目覚めさせた。
いきなり目覚めた性欲は、目の前で迫りくる女性に欲情するも、母親と同じ、その
豊満な体を彼は、嫌悪し拒絶した。
だが、彼の狂おしい程の欲求は治まるどころか溜まる一方、気が狂いそうだった。
吐き出したくても吐き出せない、そんな苦悩を抱えたまま夕方の路地裏を彷徨って
いた時に、偶然、勝手口から出て来た幼い少女に出会ってしまった。
自分より遥かに弱い女性、恐怖を感じない女性、条件が嚙み合った。
ヨハンは、咄嗟に少女の口を塞ぐと、そのまま拉致して誰にも見られる事無く
自分の仕事部屋に連れ込み、そして‥‥犯した。
泣き叫ぶ声と幼い体、そして恐怖に歪む顔が、彼の欲望を全て満足させた。
狂いだした理性に異常な性癖を抑制する力は無く、ヨハンの欲望は人知れず暴走を
始めた。
自分に纏わりつく邪魔な母親を毒殺し、父親をその犯人に仕立て上げ、処刑した。
人間らしい情など欠片も無い非情さと、仕事に関する能力と社交辞令、間違い無く
ヨハンは理性を保ったまま狂っていた。
だが、何者にも抑圧されない今、彼は幸福だったのだ。
ヨハン「私の楽園を脅かす存在は排除するしか無いですね」
今、彼の私生活に彼の望まぬ人間は、只の一人も居ない。
全て男の奴隷が屋敷の運営の全てを行っている。
此の事で、ヨハンは男色家であると周囲が勝手に誤解して、彼に色仕掛けで近づく
女性が激減した。
だから現在ヨハンは幸福の真っただ中に居るのだ。
煩わしい女の訪問も無く、私生活の口外禁止を徹底させた多くの奴隷が快適な環境
を維持、そして何よりお気に入りの少女の監禁部屋が有る公邸と言う名の牢獄。
彼の切望した生活がそこにあった。
手放す事など出来ない。
ヨハン「魔導士の事は魔導士に頼みましょう、金はかかりますが」
ヨハンはこの日、魔道の塔へ書簡を送った。
だが、動き出したのはアニア新王国だけでは無かった。
聖王国は再侵攻の為の準備を推し進め、皇国さえもドラゴニア王国を敵性国家だと
認定、討伐軍の編成会議を初めていた。
海王国は失った艦艇を補う為、そして謎の大型艦に対抗する為、新基軸思想の戦艦
を作り始めた。
水面下では、慌ただしく動き始めた各国も、表だけを見れば、束の間の平穏を享受
している様に見えた。
だが、同じ様な平穏はドラゴニアには未だ夢のまた夢だった。
問題ごとは、彼らが知らぬ間に、満面の笑みで後ろから近づいて来た。
「よくもまあ、俺の前に顔を出せたな、じじい」
コム「そこは、ほれ、好敵手だったという事で、一つ」
「なにが好敵手だ、散々追い詰めやがって」
コム「うむ、あれで儂の兵法が本物であると、知らしめる事が出来た」
「はあぁ、で、一体何の用事だ?」
コム「ここでは、老人に茶の一杯も出てこんのかのう‥‥」
「こんの、くそ爺‥‥‥」
ユリア「良いようにあしらわれちゃって、あんたの負けよ、アル」
直也《年季の違いだな、はじめまして御老人、直也と言う》
コム「これはこれは御叮嚀に、公爵領家宰兼相談役コム・ハライと申す、お噂は
かねがね、冥王殿」
直也《それ、いったい誰が言い出したんだか‥‥》
この日、モデムドール公爵領家宰、コム・ハライは従者二人人だけ連れて、アル達
の元を訪れていた.
たまたま、一緒に居た直也とユリアも同席したのだが‥‥。
「で、何でお前も一緒に居るんだよ‥‥ガルムの家臣だろう」
シュゼム「あはは、何ででしょうね、自分も分かんないっす、はあ…」
コム「何じゃ、諦めの悪い奴じゃのう、ほれ、自分の責任を果たせ」
シュゼム「はあぁ、アルセニオス様、公爵領と国交を開いて欲しいっす」
「‥‥‥お前ら、この爺に言いくるめられただろう」
シュゼム「正解っす、何でおいらが貧乏くじを‥‥‥‥」
「居るんだよな、そう言う星の元に生まれた奴って‥‥」
ユリア「何故か、いつも面倒事を引き受ける位置に居るのよね」
直也《おまけに、たちの悪い奴は、いつもそいつの匂いを嗅ぎ取るんだ》
「そうそう、あれはもう、捕食者と非捕食者だな」
ユリア「おまけに、人畜無害な顔をして寄って来るから逃げ遅れるのよ」
直也《ほぼ、擬態だな》
コム「儂まで、えらい言われようじゃな‥‥」
シュゼム「‥‥‥‥‥何処にも救いが無いっす」
コム「まあ、こいつの事は放っておいて、実はこれの事じゃ」
そう言ってコムはテーブルの上に六枚の硬貨ッを並べた。
三枚はアニア新王国が現在発行している、金貨、小金貨、銀貨。
そしてもう一方はドラゴニアが発行している物。
あからさまに、純度が違う。
ドラゴニアの硬貨が純度100%なのに対してアニアの硬貨には三割程度の混ぜ物が
してある。
予想だが純度の高いゴルドラ金貨を溶かして新硬貨を作っているのだ。
恐らくアニア新王国はこの差額で利益を得ているのだろう。
事実、古いゴルドラ金貨や銀貨の流通量は減少している。
ユリア「あら、気が付いたのかしら?」
コム「流通量によっては、アニア新王国の経済は、ガタガタじゃ」
「目端の利く爺さんだな」
コム「これだけ明白だと、誰でも分かるわい」
直也《いいや、流石の慧眼だ、アルを追い詰めただけはある》
ユリア「貴方の予想通り、アニア新王国の王朝は初代で終わりよ」
コム「‥‥やはりか」
直也《そう言えば、質問の回答がまだだったな》
コム「お答えいただけるか?」
直也《アニア新王国が悲鳴を上げるまで、永遠に、無尽蔵に》
コム「はっ?」
直也《現在、各金貨二万枚、銀貨四万枚の在庫がある》
コム「はっ?」
直也《今は月産1000枚程度に抑えているが、全力なら5000枚は作れる》
コム「‥‥これが流通するのか、アニアは終わるぞ」
ユリア「銅貨と鉄貨は彼らに遠慮して2~3千枚しかつくってないわよ」
コム「良く言うわ、銅貨や鉄貨など、いくら作っても利益など出ん」
「予想はしてただろ」
コム「予想の遥か彼方じゃわい、まったく」
「くふふ、やっと勝てたぞ、妖怪爺め」
ユリア「呆れた、まだ根に持ってたの?」
「当然だ、死にかけたんだぞ」
直也《戦術だけでアルを追い込む、稀有で素晴らしい軍略家だ》
コム「‥‥馬鹿にされ続けて60余年、やっと‥世界に認められた気分じゃわい」
ふてぶてしいコム・ハライが、感極まって言葉に詰まる様に、アル達は黙って次の
言葉をまった。
今迄この世界に参謀はいるが、軍略家などと言う概念は存在しなかった。
つまり、コム・ハライが間違いなく先駆者だが、いつの時代も、どこの世界でも、
最初に道を開く者の前に、荒地は有っても道は無い。
誰にも認められず、評価もされず、それでも自分の信念を貫き通した、六十年も。
普通の人間には、絶対に不可能だ。
何時までも、誰にも認められ無ければ心が折れ、別の道を選ぶ。
自らの一生を全て賭けるなど、信じられないほど強固な意志を持っていなければ、
到底耐えられるものでは無いだろう。
コム「いや、申し訳ない、年を取ると、どうも感情が、な」
直也《お気になさらずに、貴方は間違いなく先駆者だ》
ユリア「そうね、貴方の功績は時代の経過と共に重要性を増すわ」
「全く、あんたは、正面切って俺を追い詰めた唯一の人間なんだぞ」
ユリア「あら、認めるのね」
「仕方ないだろ、完敗だったんだ」
例え敵対していたとしても、認めるべき物は認める。
特にそれが、余人の追随を許さない物なら尚更だ。
直也《それで、国交と言う話だったが》
コム「うむ、出来ればそちらの経済圏に加えて貰いたい」
直也《皆はどう思う?俺は賛成だが》
ユリア「私も賛成」
「反対する理由が無えよ」
ユリア「素直じゃないわね、それに私達にとっても利の有る話よ」
「分かってる、それだけアニアの経済圏が圧迫されるって事だろ」
ユリア「正解~」
直也《直ぐに同盟とは行かないが、国交は問題ない》
コム「宜しくお願いする、同盟はガルム殿の所を落としたら、また後日」
ユリア「‥‥どうも、そう遠く無さそうね」
「恐らくな‥‥」
そして、満足な結果を得たコム・ハライはそのまま、再びガルム領へ向かった。
目的は当然ガルムとの同盟だ。
シュゼム「何で、まだ着いてくるっすか?」
コム「急いで、お前の所の主と話し合う為に決まっておろうが」
シュゼム「国交も結んだのに、この上、何の話をするっすか」
コム「‥‥お前も聞いておったじゃろう、金貨の製造の話を」
シュゼム「聞いてたっすけど、それが何か?」
コム「‥‥お主の頭は兜の台座か?」
シュゼム「むう、どう言う事っすか」
コム「ドラゴニアを中心とした新しい巨大経済圏に、我らは加わっておる」
シュゼム「‥‥新しい‥‥経済‥‥金貨‥‥あっ!」
コム「わかったか」
シュゼム「‥‥エイラ王国」
コム「そうじゃ、あの陰湿で強欲で身勝手なエイラ王国が大人しくしておると
思うか?思うなら相当おめでたい男じゃ」
シュゼム「あり得ないっす!一大事っす!」
コム「やっと事の重大さが理解できたか‥‥」
シュゼム「早く帰るっす!急ぐっす!」
コム「やれやれ‥‥」
エイラ王国はドラゴニアが出来る前は最小面積、最少人口の国で長年、大国の属国
や植民地として、搾取され続けて来た国だ。
古くは、ドワーフの納める巨大国家クード王国、その後、ゴルドラ帝国の植民地と
なり、帝国の崩壊のおり、どさくさに紛れて独立を勝ち取った国だ。
ただ、長年、大国に翻弄されてきた歴史のせいなのか、裏切り、欺瞞、詐欺、横領
偽造、売春、賭博に麻薬、更には人身売買にと、自己保身と利益の為には、手段を
選ばない国民性で、金さえ払えば、どんな違法行為にも目を瞑った。
そして、そんな国と王家や貴族を支えているのが、暗殺教団の存在だ。
絶対強者と信じ込んでいる暗殺教団は情報を一手に握り、支配階級と強く結び着く
事で、エイラ王国内に確固たる勢力を作り上げた。
そんな国にドラゴニアの金貨が持ちこまれた。
それには、死体に集る魔虫の如く、国と教団の上層部が一斉に群がった。
「何と見事な金貨だ!素晴らしい!」
「この輝きを見ろ、間違い無く純金だ!」
「何としても、手に入れたい物だ」
それが、甘い蜜になるか、致死性の毒になるかは、彼ら次第だ。




