戴冠式未遂
スクナ「この患者さんのここ、おかしくないですか?」
そう言われたユリアは、怪訝そうな表情が一気に険しくなった。
女性の患者、その左乳房の裏側に濃黄と緑紫の小さな斑点が無数にある。
患者の全身を清潔に拭き上げ、新しい寝間着に着せ替えようとしなければ、恐らく
死んでも、気が付かなかっただろう。
勿論、汗疹等の発疹でも、床ずれなどでも、ましてや病の発症でも無い。
ユリア「よく気が付いたわね、確かにこんな発症、病では見ないわ」
スクナ「でも、怪我でもないですよ?」
ユリア「ええ、恐らく毒、それも私の知らない毒よ」
スクナ「毒…‥‥ですか?」
不穏な単語にスクナの思考が止まってしまった。
ユリア「ええ、それも病と誤解させる為なのか、かなりの遅行性のね」
スクナ「何で、どうして、どうしてそんな酷いことに‥‥」
ユリア「それを罪だと、微塵も感じない連中が身内か、それに近い所に居るのよ」
スクナの両親は、彼女が子供のころ、父親は魔獣に、母親は病で死んでしまった。
だが、村は全体でスクナやスクナの様に身内の居なくなった子供を育ててきた。
小さな集合体である村は、譲り合い助け合い、協調する事で、まるで一匹の生き物
であるかのように、生きて来た。
だからこそ、聖王国が侵攻してきたとき、スクナは危険も顧みず戦ってきた。
村を捨て、森の奥に身を隠し、次から次に住処を変えて聖王国から逃げ回った。
当然のごとく、その過程で多くの命が失われた。
魔獣に、病に、怪我に、そして寿命によって。
だから、身近な人間を苦しめる事の意味が分からない。
スクナ「許さない、そんな奴、絶対に許さない」
ユリア「そうね、その為にもこの患者を死なせる訳にはいかないわ」
その夜、ユリアの治療は、夜を徹して行われた。
幾度となく探査魔法をかけては、使われた毒の種類を探り、試行錯誤を繰り返た。
そして、使われた毒の種類が判明すると、異空庫から膨大な数の薬品を取り出し、
調合を進めた。
だが、部屋を埋め尽くして、身動きできない程の薬品を試しても解毒薬が作れな
かった。
ユリア「何かが、何処かが違う、何かを見落としている、いったい何」
こうしている内にも、毒は彼女の体を蝕んでいる。
毒の種類までは分かった。
バシリオス草とガルメンドゥーラの実を使った複合毒だ。
両方ともガヤ大森林に自生する、かなり珍しい毒草だが、ユリアには見覚えの有る
物だし、解毒薬も作れる、はずなのに‥‥。
ユリア「ああ、もう!‥‥‥はあはあ、落ち着け、落ち着け‥‥‥私‥‥‥」
そして、不意に、物理の講義を受けていた時の直也の言葉を思い出した。
《どんなに理解できなくても、不思議でも、結果には必ず原因がある》
《今、目に見えるものが、原因の全てでは無い》
《視野を広く持て、固定概念を無くせ、原因はそこに有る筈だ》
ユリア「そうよ、今は、視点を変えなきや、スクナ!スクナ!」
呼ばれて慌てたスクナが、病室の扉を音の出ない限界速度で開けて入ってきた。
スクナ「お呼びですか?」
ユリア「は、早いわね、ええ、貴方の意見を聞かせて」
スクナ「はい?」
ユリア「貴方からみて、この患者さん、何か気が付いたことは無い?」
スクナ「気が付いた事ですか?特には、苦しむ様子が無くて良かったと」
ユリア「苦しむ様子が無い‥‥‥」
スクナ「はい、他の患者さんたちもそうですが‥‥‥」
ユリア「‥‥麻酔?いえ、睡眠薬‥‥」
他に投与されていた薬が存在する。
つまり、自分の処方した薬の効果を打ち消す何かが存在する可能性がある。
一気に突破口が見えた。
ユリア「急いでアルを呼んできて頂戴、大至急よ!」
職員「は、はい!」
雑用係として廊下に控えていたギルドの職員に頼むと、直ぐに飛び出していった。
もう、夜中だが構わない、叩き起こせばいい。
だが、容態が急変したと勘違いした職員の呼び出しに、アルだけで無く、マクシム
や、ギルドマスターまでもがやって来てちょっとした騒ぎになった。
誤解だとわかって、ほっとするグレイと違って、アルとマクシムの表情が一気に険
しくなった。
毒を使われたとなれば、当然だ。
ユリア「痛みを無くす薬を使ったはずよ、何を使ったの!」
マクシム「ああ、それなら私が‥‥」
マクシムは使った四種類の薬草、その全ての配分と調合を語った。
ユリア「イソクラ、エクゾティカ、ミクランタス、そしてスワイテシー、貴方、
もしかして、これって」
マクシム「はい、失われたレシピです」
ユリア「良いの?これだけで一財産よ」
マクシム「構いません、アシュリー様を苦しめただけの、こんな薬など‥‥」
この名もない薬、本来は毒薬として開発された物だ。
それこそ、どこにでも生えている薬草四種、だが効果は絶大だ。
あらゆる薬効を帳消しに、それこそポーションの効果まで打ち消すのだが、代わり
に不治の病などに侵された人にとっては、意識を保ちながらも、全ての痛みを消し
去る、究極の安楽死薬なのだ。
ユリア「そうね、医療の心得がない人間が扱って良い薬じゃ無いわ」
この国だけで無く、この世界のどの国でも、幾ばくかの薬草の知識が有れば、簡単
に医者と名乗る者が多い。
基準も試験も何も無い、名乗ったものが医者なのだ。
最も、評判が悪ければ、患者が来ず廃業になるので、エセ医者の類はすぐに、居な
くなるのだが、それでも各個の実力の差が酷い。
だからこの薬も、ある一人の医師が偶然に近い形で、調合に成功した物だが結局、
口伝のみ残され、何時しか時代に埋もれてしまった。
ユリア「でも、これで理由は分かったわ、あとは任せて頂戴」
「ああ、任せた!」
早々に病室から追い出されたアル達だが、このまま眠る訳にはいかない。
「で、誰が側妃に毒を盛ったかだが」
グレイ「まあ、普通に考えて、食事かお茶の類だろうな」
マクシム「そんな馬鹿な、あの子は、ずっと昔からアシュリー様の傍付き‥‥」
グレイ「侍女か?」
マクシム「そうです、ですが、そんな素振りは微塵も‥‥」
「それでも、一番疑わしいのには、違いない」
グレイ「その侍女は今何処にいる?」
マクシム「グレース様のお世話を‥‥」
「普通、側妃の看病で共に居ないか?」
マクシム「それは、アシュリー様の命が尽きかけていると、誤解して」
「なら、尚更、傍に居るだろう、違うか?」
グレイ「まあ、普通はそうだな、今生の別れだぞ」
マクシム「まさか、あの子が、イーダが‥‥」
「状況からみても、実行犯はその侍女だろう」
グレイ「余計なお世話かもしれんが、少しは、他人を疑う事も必要だぞ」
「この爺さん、筋金入りのお人好しなんだ」
マクシム「………申し訳ない」
「だが、問題は第六王女だ」
マクシム「まさか、王女様に毒を‥‥」
「阿呆、そんな事をして何になる」
グレイ「問題は、侍女に命令した奴が王女と一緒にいるって事だよ」
マクシム「タロン・ゼロス伯爵‥‥」
「恐らく国の実権でも握りたいのだろうが、それだと王女は、ただの飾り
に祭り上げられるだけだ」
グレイ「碌な事にはならないだろうな」
マクシム「‥‥グレース様」
その夜、アル達の話が一応の結論に達していた頃、ユリアもまたそれなりの結果を
残す事に成功していた。
そして、その翌日、王女の戴冠式が行われている最中のドラン王城、その大広間の
扉を一人の魔導士が蹴り放った。
「た~のも~」
あっけにとられた、全員の目が,魔導士に注がれたが、気にする素振りも見せずに
逃げ延びていた貴族や大商人達と儀式を執り行っている王女達の前にまで進んだ。
「悪いな、邪魔するよ」
ダラス「これはこれは、寂寞、いえドラゴニア王国、国王陛下」
「へええ、俺を知っているのかい?」
ダラス「当然です、ちょっと世情に耳を傾ければ、お噂は幾らでも」
「ほう‥‥」
ダラス「本来ならば、国を挙げて歓待する所なのですが、現在いささか、込み入っ
ておりまして」
「知ってるよ、戴冠式だろ?」
ダラス「ええ、ですので身内だけで執り行っておりまして」
「ああ、気にしないでくれ」
ああ
何とも、まったりした会話だが、周囲の貴族たちにしてみれば、到底、許容できる
代物ではなかった。
何せ、自分達が国の中枢で、やっと甘い汁を吸う段取りが整いつつあった矢先に、
邪魔をされた形になったからだ。
特に、貴族の子弟等は、相手の危険性も理解しないまま、罵詈雑言を浴びせて騒ぎ
立てた。
ダラス「‥‥‥馬鹿どもめ、申し訳ありません」
「若い獣人達には、嫌われたようだな」
しかし、邪魔をされて、我慢出来なくなったのは、伯爵も同じだった。
ドランの王国が滅亡してから、ただ一人生き残った第六王女を連れての隠遁生活、
それも、持ち出した自分の全財産を消費しながらの逃避行。
それもこれも、王女を担ぎ上げて傀儡政権を作り裏で実効支配する、壮大な計画が
有ったからこそ、我慢もしてきた。
それを、途中で合流した元宰相のダラスに主導権を握られ、今も尚、握られっぱな
しなのだから、不満は溜まる一方だった。
タロン「いくら国王といえど、他国のこと、控えて頂く」
ダラス「まあ、伯爵もこう言っておりますので、暫しあちらでゆっくりと」
タロン「そもそも、戴冠式の途中ですぞ、無礼ではないか!」
「ほお、無礼か、無礼ねえ、ふううん」
タロン「なにが言いたいのだ!」
「さあねえ、当ててみなよ」
タロン「なんだ‥‥と‥‥きさま」
「ほう、なんだ、分からないのか、そうか、そうか」
タロン「ぬがあぁぁぁぁぁぁぁあ」
(アルセ二オス様の反応が悪い、何かがおかしい‥‥)
ここに来てダラスは違和感を感じると共に計画の修正を考え始めた。
本来の彼の計画には、ドラゴニア王国との対立など、微塵も無かった。
今のドランには、国防を担うだけの、兵力も人材も無い丸裸状態だ。
だから、アルとは敵対せずに、無接触の関係を維持、そして他国の侵略に対しては
冒険者ギルド経由でお願いをするつもりだった。
他力本願で呆れ果てたお願いだが、もし民衆が犠牲になるような事態にでもなれば
今迄の行動から、必ず介入してくる確信がダラスには、あった。
そして、何とかその間に、この国を独り立ちさせるつもりなのだ。
聖王国と海王国が大きな被害を出し、皇国も追い返された。
今しか無いと思ったのだ。
なのに、今、肝心のドラゴニア国王が引こうとしない。
ダラス「アルセ二オス様はこの戴冠式に何かご不満でも」
タロン「部外者の意見など、聞く必要などない」
ダラス「伯爵、少し黙っていて貰えますか」
タロン「ダラス、貴様!」
「ああ、戴冠式を邪魔するつもりは無いよ、戴冠式はね」
ダラス「では一体何を……もしかして伯爵が何か」
「それはな、ああ、丁度着いたようだ、入って来てくれ」
開け放たれた扉を潜った一団に、それぞれが、違った反応を見せた。
硬直する伯爵と第三師団長、首をかしげる元宰相、そして、走り出した第六王女。
そこには、グレイとデクシスに守られた側妃のアシュリーが、ユリアとマクシムに
支えられながらも、しっかりと自分の足で立っていた。
王女「お母様!」
側妃「グレース!」
王女「お母様!お母様!うわあぁぁぁぁん」
戴冠式など、そっちのけでグレースは母の胸に飛び込んで泣き始めた。
カラガスの街で死の病と闘っている筈の母親が、目の前に居るのだから当然だ。
側妃「ああ、グレース、私のグレース」
王女「私‥えぐえぐ…王様…えぐ…助け…死んだって…えぐえぐ…いわれて…」
側妃「そう、辛かったのね、ごめんなさいね、グレース」
王女「うわあぁぁぁぁぁん」
その親子の抱擁を目にして、異常なほど困惑したのが、ダラスだった。
確かに、戴冠式に母親が居ないのは知っていたし、仕方がなく後見人も立てた。
死んだと聞かされていたのだから当然だ。
ダラス「どういう事だ伯爵、アシュリー様は死んだと言っていたのでは?」
タロン「いや、その‥‥‥‥‥」
ダラス「私を騙したのか?第三師団長もグルになって」
タロン「‥‥‥‥‥」
ダラス「都合が悪くなると、だんまりですか!」
タロン伯爵も第三師団長のフィガロも顔面から、血の気が引くのを感じていた。
ここで対応を間違えれば、今までの苦労も何もかもが、水の泡と化す。
何としてでも、言い逃れなければならなかった。
だが、咄嗟に妙案が出る訳もなく、嘘の上に嘘を重ねようとしたが、魔導士の一言
が、それさえも吹き飛ばした。
「答えられねえよなあ、毒を使ったんだから」
ダラス「なん・‥‥ですと?毒?」
ユリア「ええ、それも随分珍しい毒を使ってくれて、解毒に苦労したわ」
ダラス「‥‥‥‥‥反逆罪に殺人未遂、罪は重いですよ」
だが、次のアルの言葉で、場は更に混迷する。
「で、なぜ側妃に毒を飲ませた」
マクシム「私も聞きたい、なぜ、裏切ったのだ、イーダ」
側妃「本当なの?答えてイーダ‥‥」
彼女は侍女でありながら、幼い王女の守役として、すぐ傍に控えていた為、逃げ場
も無い、だから直ぐに答えたと思っていたのだが、それは、アル達が予想していた
物とは、かけ離れていた。
イーダ「‥‥だって、命令を聞けば、お薬貰えるから‥‥」
「はっ?」
イーダ「伯爵が持ってて、無くなると‥‥苦し…く‥‥ギギ…ア…ア」
「おい、どうした、薬とは何だ!」
イーダ「あ‥‥ああ‥‥あああああああああああああああああああああ」
タロン「馬鹿な!まさか、もう薬が切れたのか!」
フィガロ「くそ、吸いすぎだ!この馬鹿女め、余計な事を!」
「デクシス!」
デクシス「シッ」
ガキィィィィーン‥‥‥‥カラカラ‥‥トスッ
フィガロ「ギヤァァァァア」
デクシス「遅すぎ」
「お前らも動くな!細切れにするぞ」
証人のイーダを切り殺そうとしたフィガロの剣は、割り込んだデクシスによって弾
き飛ばされ、ついでとばかりに右腕の関節をデクシスに刺されて呻いている。
それに咄嗟に動こうとした豹人族の護衛達も、アルの一言で何もできなくなったが
伯爵達の中で唯一の武力集団である豹人族が沈黙した事で、それ以上の混乱は起こ
らなかった。
「貴様ら!麻薬を使ったのか!」
マクシム「イーダ‥‥‥」
側妃「何てことを‥‥‥」
睡眠魔法と拘束魔法の同時展開という、曲芸じみた方法でイーダを拘束したアルだ
が、先に激昂したのは、意外にもダラスだった。
ダラス「この、くそバカ伯爵がああああああああ!」
タロン「ひっ」
ダラス「何てことをしてくれやがったんだ、この屑が!」
タロン「貴様、いくら侯爵でも」
ダラス「屑でも言い足りんのだぞ!」
タロン「な、何だと」
ダラス「戴冠式も王室再建もすべて台無しだ!馬鹿野郎!」
タロン「まだだ、まだこれから‥‥」
ダラス「麻薬を使って成った王室など、民衆が支持する訳が無いだろうが!」
タロン「民衆など、我ら貴族だけで…」
ダラス「宮廷ごっこがしたいなら、森の奥で一人でやってろ!くそ馬鹿が!」
タロン「ううう」
ダラス「何もかも終わりだ!ゴミ虫め!」
そしてダラスは、王女の前に進むと、両膝をついて、頭を下げた。
ダラス「申し訳ございませんグレース様、私の不手際です」
王女「いえ、あの」
ダラス「お家再興は成りませんでしたが、ご容赦下さい、それとアシュリー様」
側妃「はい」
ダラス「生活基盤は私が何とかします、、今後はグレース様と共に」
ダラスは、握った拳が白くなるほど絶望を感じていた。
あの日、落城した王宮から逃走してより、ドラン王国の復活の為、走り続けて来た
が、あの日、第六王女の存命を聞きいて歓喜に打ち震えた。
しかし、王国復活が目の前まで来たのに、このざまである。
失望するには十分な理由だろう。
そして、ダラスが此処に居る理由も無くなってしまった。
彼が目指すのは、あくまでもドラン王国の復活なのだ。




