癒えない心
≪ おれの名前は直也、山口直也だ、アル ≫
そう言えば一度も名前を呼んだ事が無かった。
何故かこの直也と言う男とは馬が合うのか波長が合うのか、こいつの傍
はとんでもなく居心地がいい。
だから今まで名前を聞いて無かった事に全く気付かなかった。
≪ 直也だな。判った、でもな~んか、お前、とか、おい、の方がしっくり
くるんだよな~不思議だよな~ ≫
≪ 俺は、お前の嫁さんじゃねえぞ ≫
≪ 俺だって嫌だよ、強情な上に何だかメンヘラっぽいし ≫
≪ 誰がメンヘラだ!誰が!まったく魔王のくせに何処で覚えてきたんだか ≫
≪ SNSのインフルエンサー ≫
≪ 女子高生か! ≫
≪ ぷぷぷ、いまどきツッコミが女子高生か!だって ≫
≪ てっ、てめえアル! ≫
≪ さあさあ下手な漫才してないで、早くかえろうぜ ≫
≪ ムガー!!!! ≫
その後、病室に帰って直也の意識を体に戻した。
≪ じゃあな、直也。暇があったら、遊びに寄るよ ≫
≪ ああ、アル、本当にありがとう、やっと家族に笑顔が戻ったよ ≫
それからの俺は当初の予定通りにあちこちに移動しては魔素を探して回り
小さな魔素溜まりをかなりの数、見つける事が出来た。
そして何よりの収穫は、人工宝石が魔素を蓄積する性質を発見出来たこと。
特にジルコニアの蓄積量はほぼ魔石に相当するがその理屈はさっぱりだ。
そして頭の痛いデメリットが一つ。
魔素だまりの8割以上がやたら人の多い場所に存在する。
いくら少ないとは言え、魔素の吸収には小一時間程かかる。
その間に人工とは言え、宝石を置きっぱなしで1時間?
絶対に無くなる。
では、深夜に?
監視カメラが、車載カメラが、ペットカメラが、チャットカメラが、それ、
一々探して対処する?無~理~。
それにジルコニアを持って吸収を発動させたら、透明化の魔法が先に吸収
されて使えない。
結局、自分の足で魔素溜まりまで移動して近くで小一時間、暇潰しをする
しか方法を思い付かなかった。
広場や公園、映画館は楽だった。
もちろん銀行など諦めた場所もある。
それでも、可能な限り頑張った。
少しでも効率良く集めようと頑張ったよ。
でも、どうしようもない時だってあるんだ。
資金は使い切れない程大量に有る。
けど、スーパーマーケットのお菓子売り場で大の男がどうやって1時間も
同じ場所に居ればいい?
10分持てばいいほうだろう。
だから日を変えて何回も通ったさ、おかげで、大量の菓子が異空庫の中だ。
外にも、コンビニ、ハンバーガーショップ、デパ地下、洋服屋、中古車屋
ホームセンター、etc.
異空庫の中も同様だ。
だがまだ許せる。
でもよ、何でキャバクラなんだよ、ガールズバーって何だよ、財布の中身
を見られたら、女の子は離れてくれないし、体中を触ってくるし、バッグ
はねだられるし、しまいには自分は不幸だと語り出して借金まで要求して
来るし、とんでもない魔境だよ。
そんな事を繰り返しながらも、魔素ジルコニアの数は順調に増え続け、後
半年ぐらいで予定数に届きそうだ。
もっとも魔方陣に書き込む仮説座標や質量計算にかなり時間を取られて、
こちらは後、1年ぐらい掛かりそうだ。
今回は魔素溜まりがかなり遠方で、帰ったのは翌日の昼前と中途半端な時
間だった。
こんな日は買い物に出て食料品を買い溜めたり(こちらに来てから異空庫の
中を整理した。岩だ流木だのを遠くの海に捨てただけなのだが)直也の病室
を訪ねたりしていた。
今日もそんな日だと思っていた。
≪ よう、直也、調子はどうだ? ≫
≪ ああ、アル、2ヶ月ぶりか、調子は上々もう右腕だけだが動かせるんだ ≫
≪ へえ~凄いじゃないか ≫
≪ もうあれから1年以上経ったからな、これくらいは出来るさ ≫
≪ 調子に乗ってベットから落っこちるなよ ≫
≪ そんなに器用じゃないさ ≫
≪ だよな~、どんくささじゃあ右に出る者が無いもんな~ ≫
≪ うるさいよww自覚してるっての ≫
≪ おまけに頑固だしな~ ≫
≪ 親父も祖父も頑固者だったらしい。遺伝だな ≫
≪ 先祖代々頑固者っておっそろしい遺伝子だな、おい ≫
≪ まあ俺の代で打ち止めだがな ≫
≪ ……やっぱり考えは変わらないのか? ≫
≪ 悪いな、わがままで ≫
≪ 俺の治癒魔法とポーションならすぐにでも元気になるんだぞ、金だって
幾らでも有る、居場所だって用意できる、たとえ外国だって… ≫
≪ 何回も聞いたよ、アル。でも俺は生まれ育ったここが良いんだ、家族も
ここにいるし ≫
≪ …やっぱり駄目か…筋金入りの頑固者め ≫
≪ へへへ、そんなに褒めるなよ ≫
≪ 褒めてねえよ、全く。疲れた、もう今日は帰る ≫
≪ そうだな、もう結構な夜更けだ ≫
≪ じゃあな、また来る ≫
≪ ああ、アル、今までありがとう……… ≫
ホテルに帰った俺はベッドに腰掛けながら取り出した巨大魔鉱石を眺めて
いた。表面には極小の魔法文が幾万と刻まれた言わば魂の器だ。がその効
果は理論上は完璧だが、実働経験値は当然未知数で本人さえ確たる自信が
有る訳では無い。だから未だあの男に話せずにいた。
「はあ~どうすりゃ良いんだよ、実験は出来ないし、あいつは頑固だし」
この魔鉱石に直也の精神を移植してあちらの世界に帰る。そんな計画を
画策していたが、絶対安全とは言い切れず、未だに言い出せずにいた。
おまけに回復魔法は断られ、八方塞がりだ。
「ほんと、今までありがとうって、感謝してくれるなら、受け入れろよな、
まっ…た…く………今まで?今まで?なんだよ!いままでって!どういう
意味だよ!今までありがとうってどういう意味だよ!あいつ何する気だよ!
くそったれが―!」
病室の床やベッドには血が飛び散り医師や看護師が必死に延命措置を行って
いる様はまるで戦場のようだった。
医師たちの会話を繋ぎ合わせると本人が自分で全ての維持装置を外したらしい。
≪ おい直也!直也!聞こえるか!直也! ≫
≪ …アル…か…きた…のか… ≫
≪ 来たのかじゃねえよ!どうなってんだよ! ≫
≪ そん…なにお…こるな…よ… ≫
≪ 怒るに決まってんだろ! ≫
≪ …ご…めん… ≫
≪ あやまるなよ、なんでこんなになってんだよぉ ≫
≪ …みんな…のと…ころに…いきた…い ≫
≪ そんな事言うなよぉ ≫
≪ さ…み…しい…んだ… ≫
≪ 心配してる人たちだっているだろ、親戚とかさぁ ≫
≪ …い…ない… ≫
≪ 元気になれば、友達にも会えるし ≫
≪ …だ…れもい…ない… ≫
≪ …………… ≫
≪ …ずっ…とさけら…れて…た ≫
≪ …………… ≫
≪ …め…も…あわ…さない… ≫
≪ …………… ≫
≪ …かいわ…も…な…かった ≫
≪ …………… ≫
≪ …ぜ…つぼうばか…りの… ≫
≪ …………… ≫
≪ こんな…せかい…にいたく…ない… ≫
≪ …………… ≫
何で未だにこいつが苦しまなきゃならない。
何もかも奪われたこいつからこの上、生きる希望まで奪う権利が誰に有る。
僅か20年とは言え、あいつの記憶に、ごく僅かな絆さえ紡ぐ事を許さなか
ったこの世界の神とやらは一体どれだけ役立たずで無慈悲で無能な存在な
のか。
でも、お前らが見捨てた魂なら、俺が拾っても文句はないよな。
≪ 直也!俺の世界に、異世界に来い‼ ≫
お前から生きる目的さえ取り上げた、こんな世界などすててしまえ!
≪ リスクは有る!でももう半分以上は準備が出来てるんだ! ≫
≪ …お…れが…? ≫
≪ そうさ!精神を、魂を器に移して転移させる!それなら魔力の無いお前
でも十分可能性は有る!≫
≪ ア…ルの…せか…い ≫
≪ そうさ!見たくないか?俺の世界を! ≫
≪ …いせか…い ≫
≪ 見たいだろ?空飛ぶ本物のドラゴンを、夜空に君臨する巨大な月を! ≫
≪ どら…ごん… ≫
≪ 草原を駆けるユニコーンも、小山程ある陸亀だっている! ≫
≪ ゆに…コーン… ≫
≪ それにエルフの樹上都市は見事だぞ! ≫
≪ エル…フ ≫
≪ ドワーフだって居るし、獣人なんて何種族いるやら見当もつかん! ≫
≪ ドワーフ… ≫
≪ 刺激がほしけりゃ大森林に強大な魔獣が山程いるから退屈しない! ≫
≪ それ…あぶなくないか ≫
≪ 海にだって見たことも無い海魔がいっぱいいるぞ! ≫
≪ だから危ないって ≫
≪ それなら簡単な盗賊狩りはどうだ!あいつらそこら中に居るし! ≫
≪ そんな趣味は嫌だ ≫
≪ え~アジトのお宝を見つけたら丸儲けなのに~ ≫
≪ 残念そうに言うな ≫
≪ じゃあ、じゃあ、悪辣貴族をパンツ一丁で門から逆さ吊りは? ≫
≪ お前は一体、俺に何を見せたいんだ ≫
≪ 少しでもお前の魂を繋ぎ止める物を ≫
≪ ………何でそこまでしてくれるんだ? ≫
≪… 嫌なんだよ… ≫
≪ はあ? ≫
≪ お前が辛そうにしてるのが、耐えられないんだよ、嫌なんだよ! ≫
≪ …アル…… ≫
≪ 一緒に来いよ直也、きっと楽しいぜ! ≫
≪ ……判った、連れてってくれるか≫
≪ 良かった、これで怒られずに済む ≫
≪ 怒る? ≫
≪ 体調が良くなってるだろう? ≫
≪ そう言えばなんか意識がしっかりしてるな ≫
≪ 点滴にポーションぶちこんだ ≫
≪ …それ、大丈夫なのか? ≫
≪ 心配ない。これで2度目だ ≫
≪ ……そうか…世話をかけるな… ≫
≪ 気にするな!それと転移予定は1年後ぐらいだから、それ迄に車いすに
乗れる程度には回復してもらうぞ、此処からじゃあ転移出来ないからな ≫
≪ ああ、がんばるよ ≫
≪ よっしゃー!これから忙しくなるぜ ≫
≪ よろしく頼む ≫
≪ まかせろ‼ ≫
それからは、大忙しで準備を進めながら、たまに病院によっては、現状を
説明していた。
≪ さすがアメリカのスパコンだった。計算がやたら速やくてだいぶ時間の
短縮ができたぞ ≫
≪ そんなところに忍び込んで大丈夫か? ≫
≪ アメリカには対魔法用セキュリティ対策ソフトがあると? ≫
≪ ……ないな ≫
≪ だろ~ペンタゴンだって顔パスさww ≫
≪ …なあ、それ向うにいってもアクセス出来ないかな? ≫
≪ えっ ≫
≪ 色々便利だと思うんだ ≫
≪ …中継…有線?いやサーキットを…うーん動力が… ≫
≪ 無理そうか? ≫
≪ …出来そうな、無理そうな…かんがえてみる ≫
≪ よろしくたのむ ≫
中継機器自体は問題ない。
問題は魔素だ。
現地確保型では集めるのに時間が掛かり過ぎるし候補地も10ヶ所足らず、
かといって魔石の組み込み型は数は魔石の数だが使用時間は限られる。
悩んだ末取った方法が全て設置してサーキットネットワークを構築する事。
そしてこれを使えば向うの世界で直也の器を組み立てた後に、その精神を
転移させる事が出来る。
危険度は、ほぼゼロになるのだ。
かかる日数など安全に比べれば、どれ程のことか。
町工場に中継機器の製作を頼んだら、手持ちの金が無くなったので久しぶ
りに集金に回った。
今回はあらゆる犯罪組織の現金を有るだけ全て残らず回収させてもらった。
連中が手持ちが無くなり銀行から補充した後にもう1回まわってやったら、
発狂してた。
ごっちゃんです。
≪ よう、直也、例の件何とかなりそうだ ≫
≪ 本当か ≫
≪ ああ、だが少し出発が遅れるからな。それは承知してくれ ≫
≪ それは構わない。基本寝てるだけだから ≫
≪ おれはその間に食料の買い込みだ。絶対にこの機会を逃すわけにはいか
ない。金が尽きるまで買いまくる! ≫
≪ えらく真剣だな ≫
≪ まずいんだ ≫
≪ えっ ≫
≪ 向うの食事ってとんでもなくまずいんだよ宮廷料理より、こっちの刑務
所の飯の方が美味いんだよ! ≫
≪ そ、そんなにか ≫
≪ 調味料は塩と砂糖だけ、調理は切って焼くだけ、それにあれはパンじゃねえ
ただの小麦粉焼きだ ≫
≪ なんか、すげえな ≫
≪ こっちの飯に慣れたらもう、おれは、もう ≫
≪ よりによって始めてが日本の食だとは、気の毒に ≫
≪ そーなんだよ~ ≫
≪ 蟻地獄にはまっちまったな、ご愁傷様です ≫
≪ うわーん ≫




