王国の負債
エルフの部隊を壊滅させた翌日、無人となった街道を疾駆している。
目的は次の街、アランタの制圧だ。
奴隷狩りの本部が有るロストラタの街までは、あと二つ、クレディカとヤク―ト
の街も落とす必要が有る。
出来れば、時間を掛けづに一気に三つの街を制圧したかったが、最初のアランタ
で、躓いてしまった。
抵抗するエルフの人数も少なく、排除に手間はかからなかったが、街に残ってい
る住人達が問題だった。
「「「「「うぅ………うぅぅ………ぅぅ」」」」
デクシス「………………アル様……………」
「……何てことだ………………」
その広い部屋には、老人と横たわっている病人がいた。
むせ返る様な薬と死の匂いが淀んでいた。
多分、三十人近い重病患者を三人の老人が世話をしているような状況だが、その
老人達にしても、何処かしら怪我をして、おまけに体の一部を失っていた。
恐らく奴隷の価値無しと思われて、見逃されたのだろう。
その中の獣人らしい一人の老人に声を掛けたが、左目と左足は失われ、拷問を受
けたのか火傷と傷だらけの顔で、種族さえ分からない。
「一体、この状況はなんなんだ?」
老人「………………病人だが、見て分からんかね」
「それは理解できるが、何でここに集められているんだ?」
老人「ここしか居場所がないからだ」
「タス皇国の連中か?」
老人「エルフ共は嫌がって近づかんよ、もっと前からだ」
「聖王国か………………………」
老人「………………ああ、儂らはゴブリンの食い残しだ」
「………………何てことだ」
老人「忙しいんだ、用がないなら出て行ってくれ」
「あ、いや、俺、薬を持っているから………………」
老人「もう、手遅れだ、わかるだろ」
「……………すまない…」
老人「謝る必要は無いが、良ければ食料を少し分けて貰えると助かる」
「ああ………任せてくれ………」
怪我であれば、例え死にかけていても、新しいポーションを使いまくれば何とか
なるが、病気にポーションは効かない。
それも、ここまで病が進めば、いくらユリアが調合した薬でも殆んど効果は望め
ない、それどころか、僅かに回復する事で痛みが増す事も考えられる。
事実、今、処方しているのは麻痺薬の混合物で、これを作る原料となる薬草なら、
わりとそこら中に生えている。
ただ、その種類と配合比率は殆んど知られていない。
もし、この麻痺薬が無ければ、ここは地獄と化していただろう。
彼らは、感謝しながら、ここでゆっくりと死を迎え入れようとしているのだ。
「爺さん、良ければ名前を教えて貰えないかな」
老人「………………名は捨てた、だからあんたが何者かも聞かない、興味も無い」
「………………そうか」
老人「すまんな」
「この国は、最近、やっと再生を始めたばかりだ」
老人「………………何を」
「少し前に聖王国の連中を王都から叩き出した」
老人「………………」
「もう少しで、皇国のエルフ共も、国から叩き出してみせる」
老人「………………」
「この国はもう一度立ち上がろうとし始めるだろう、民の手で」
老人「………………」
「信じられないかも知れないが………………」
老人「………………いや、寂寞が言う事なら、そうなのだろう」
「………………やはり、この国の中枢に関わっていただろう」
老人「………………過去の事だ、話す事は無い」
俺の事を知っている事といい門外不出の薬の調合を知っている事といい、そして
何より黒の魔導士、それも第一席を目の前にしても全く動揺しない胆力。
只の老人などでは決してないだろう。
頑なに自らの事を語ろうとしないが、だからと言って、このまま見捨てる訳にも
いかない。
それにまだ、クレディカとヤクートの攻略も残っているのだ。
ここで二手に分かれる事にした。
「ルージュを残していく、ここを守れるな」
デクシス「大丈夫!任せて!」
「ああ、頼んだぞ」
デクシス「うん!」
俺はブランと修羅を連れて、二つの街の攻略に出た。
ここを見放す訳にもいかず、かと言って、もし残りのクレディカとヤクートの街
に、囚われた住人がいれば、戦闘に巻き込む危険がある。
回収するしか、無いだろう。
「ふん!おりゃあ!………………なんだ?」
クレディカの街の門を16式で破壊しながら街の中央に突っ込んだが、まるで抵抗
が無い。
どの建物も調べたが、全てもぬけの殻だ。
だが、中央の大きな宿屋らしき建物には、前日ぐらいまでには、誰かが生活した
痕跡が残っている。
慌てて逃げ出したのか、窯の上には炭となった焼きかけの食材が乗っている。
ほんの僅かだが、窯には熱が残っていた。
「半日前ぐらいか………一日は経っていないな………」
もしも、捕縛された住人が一緒でも、まだヤクートの街までは到着してはいない
可能性が高い。
もし街道で追い付く事が出来れば、奴らは簡単に捕虜を置いて逃げるだろう。
最も安全な方法で住人を取り返せる。
直ぐに追撃に移ったが、しかし思いの外相手の足が速くヤクートの街での混戦に
なってしまった。
「このまま押し通す」
ブランの操作する16式を後ろに、左右には修羅を従えながら街の中心部を道沿い
に進むと、圧力に耐え切れなかったのか、数人が反撃しただけで、残りの十名程
は馬で逃走していった。
「逃がすと厄介だ、先に奴らを、くっ!」
逃亡した連中に意識を向けた途端に、残ったエルフ達から攻撃を受けたが、予想
以上の威力に、防戦一方になった。
下っ端の連中と違い、熟練者の物だと思われる厄介な戦いかただった。
一発の攻撃が重く、それを切らさない様に、六人三交代で魔法を絶え間なく打ち
込んで来る。
もし一人なら、反撃する暇が作れないまま後退を余儀なくされただろう。
だが、こちらには、強力無比な従者がいる。
「修羅!行け!」
修羅「「了・了」」
命令を受け、二体の修羅が僅か十数秒で、魔法の準備をしているエルフに肉薄
すると、そのまま斬りかかった。
ギィン・ギィン・ギィン・ギィン・ギィン・ギィン・ギィン・ギィン―――
「なんだこいつら!」
「クソッ!バケモノめ!」
人型のゴーレムにしか見えない存在が、猛烈な勢いで大剣を振り、自分達の防御
魔法陣を削り取り始めたのだ。
黒い鋼鉄の体躯に青銀のミスリルの装備を付け、口も鼻も無く、目の部分にある
横に細い溝に薄っすら光る青い一つ目をした修羅を見れば、事情を知らない普通
の人間は恐怖に囚われる。
だが、残った数人のエルフは少々、様子が違った。
「怯むな!」
「始めて見たが、こいつも魔獣、ゴーレムの一種だ!」
「銀級ハンターの意地を見せろ!」
タス皇国のエルフは冒険者ギルドに加入しておらず、王族が魔獣局と言うエルフ
の依頼だけを受ける全く異質の組織を運営している。
冒険者をハンターと呼び階級も、金剛・金・銀・銅・鉄・木の六つ。
わざわざこんな組織を作ったのは、例えどんな役職や職業にしても人族や獣人族
の下に就くのが我慢ならなかっただけだ。
だが、下らないプライドの末に出来た組織でも、攻撃魔法に精通したハンターは
強かった。
「………………修羅の攻撃を防いでやがる」
今まで修羅の攻撃に耐えた者は見た事が無い。
斬撃で防御魔法陣が破壊される度に、簡易の防御魔法陣を再構築している。
この構築速度は非凡なものだ。
だが、お陰で付け入るスキが出来た。
攻撃が途切れた一瞬の隙に、迎撃魔法を展開させた。
相手の魔法に、こちらの魔法で相殺しながら、徐々に数を増やしていった。
威力は互角以上で、手数も多い。
勝敗が、徐々に鮮明になって行く。
「くそったれが!こんなもん対処出来るか!」
「重い、重すぎる!」
「直ぐ限界になるぞ!」
「撤退する」
「わかった、任せろ」
そして、右奥に建っている平屋の小さな建物に向かって、数発の火球を叩き込み、
そのまま徐々に後退を始めた。
いったい、何を狙ったのか、見当違いの攻撃の訳は直ぐにわかった。
建物から悲鳴が聞こえて来たからだ。
状況は分からないが、無視をする事など出来ない。
「クズどもめ、追撃は中止だ」
実は焼け落ちそうな天井の下には、身動きの取れない集団がいた。
このままでは全員焼死体になってしまうだろう。
「《《《《《《《水気::霧瀑》》》》》》》」
ほぼ水に近い濃密な霧の巨大な濁流が炎を天井ごと吹き飛ばして、周囲に焼け焦
げた破片を撒き散らした。
高く舞い上がった木片は、逃走中のエルフ達にも降り注いだ。
「冗談じゃない、なんだ、あの化け物は!」
「見たら分かるだろ!黒の魔導士だよ!」
「あんなに強いなんて、聞いてねえよ!」
「まさか、寂寞じゃ無いだろうな………………」
「奴は四年前に死んだはずだろう」
「だから、それは誤報で実は生きてたんじゃないのか?」
「もしかして、あのボンクラ共は知ってたんじゃ………………」
「だから我先に逃げ出したのか!」
「くそ!貧乏くじ引いちまった!」
「このメンツじゃ自殺するようなもんだぞ」
「ぼさっとしてないで、速く走れ、まだ死にたくねえだろうが」
実際の問題、魔法の研究や真理の探求に傾倒しがちな黒の魔導士の戦闘能力は、
エルフの上位者とほぼ同じでしか無く、中堅クラスの彼らでも、六人居れば、倒
せる筈だった。
だが、それが第一席のアルセニオスとなれば、話は別だ。
歩く災厄、呼吸する天災、黒竜の化身、魔王、あだ名に困る事は無い存在。
戦いを生業にしている者達なら、絶対に忘れてはならない最注意人物だ。
その事をわきまえていないのは、大多数のエルフの貴族や上級市民だけで、連中
が人間だと言うだけで、かの寂寞を軽んじる様は理解出来なかった。
実際に会敵すれば、今回の様に一戦も交えずに恥も外聞も無く逃げ出す癖にだ。
「………………あの、くそエルフどもめ、いっそ、呪ってやろうか………………」
吹き飛ばされた天井から差し込む日差しに照らされたのは、手や足が欠損したり
血だらけで動けなくなっている十数名の怪我人の集団だった。
明日をも知れぬ重病人の次は、これだ。
奴らは使えない者を、順次、切り捨てたのだ。
エルフ達にとっては、只の取捨選択なのかも知れないが、足止めとしては、効果
絶大だった。
なぜなら、アルに見捨てると言う選択肢が無いからだ。
「ほら、飲めるか?ポーションだ」
「あ、ああ、す、すいま…………せん」
「ありが…………とう……ござい………………」
ポーションを与えても尚、回復に時間が掛かる程、酷い有様だった。
聞けば彼らは旧ドラン王国の軍の残党で、聖王国の目から潜伏中に、今度は皇国
の奴隷狩りと遭遇、真正面からぶつかって、一方的に敗北したようだ。
数人の女性が居るようだが、その辺りが原因かもしれない。
翌朝には、動かす事ぐらいは出来るだろうから、一旦、アランタの街ま撤収する
しか無いだろう。
「どうだ、少しは動けるか?」
「はい、私は右の目と腕だけで、それう以外は大丈夫なので」
「いや、お前も間違い無く重傷だったぞ」
「私は男なので………………………………」
そう、気遣わしそうに、横の傷だらけの女性を見た。
「………………そうか、お前、名前は?」
「ニック・ハードバックと言います、彼女はマリカ・ミスライト」
「貴族か?」
「はい、私は男爵家の長男で彼女は私の許嫁です」
「そうか、それで逃げきれずに死に物狂いに抵抗でもしたのか?」
「はい、ですが、誰も助けられずにこのざまです」
聖王国の連中は、略奪できない貧乏な人族の農民などは、農産物の確保のために
見逃してきた。
だからボロを纏い顔を汚して村に紛れ込んで難を逃れていたが、今度のタス皇国
の奴隷狩りは、根こそぎ持って行こうとした。
特に若い彼らなど、恰好の獲物だ。
囲まれ、追い詰められ、逃げ場を失くした彼らは死ぬ気で抵抗したが、逆に脅威
と思ったエルフに魔法を叩き込まれてこの有様になったそうだ。
ニック「三十人近くが殺され、残ったのがここに居る数名だけで………………」
「殺してしまっては、本末転倒だろうに、糞エルフが」
ニック「家族も家臣も、彼女も守れませんでした………………」
「お前、貴族か?」
ニック「ええ、山間の貧乏男爵です」
どうやら、父親が病で早くに死んだ為、若くて家督を継いだそうだが、成人した
年に聖王国の侵攻でドランが滅亡、以来、逃亡生活を続けていたらしい。
ニック「散々逃げ回った挙句にこの様です、情けない………………こんな事なら」
「戦って死んだ方がましだったと?」
ニック「ええ」
「今さらだな」
ニック「…………はい……」
「逃げて何が悪い」
ニック「はっ?」
「自己満足で死を選ぶのは、馬鹿のする事だ」
ニック「しかし、結果は皆を死なせて、残った者も……」
「なら、自分は勇敢に戦って、残された者がどうなろうと構わないと?」
ニック「あ、いえ、決してそんな事は………………」
「それこそ無責任だろう」
ニック「うう………………」
「お前を信じて付いて来た者達なんだろう?」
ニック「はい………………」
いくら、田舎の貧乏男爵だとしても、家臣も居れば家族もいる。
年若い貴族当主で、右も左も分からないニックを支えて来た者達がそこに居る。
目を逸らす事など、許されない。
「こいつらを見捨てて、自分だけ逃げるのか?」
ニック「そんな事はしない!でもこの先………………」
いくら上級ポーションだとしても、失った体は戻らない。
傷は塞がっても、傷跡が完全に消える訳では無い。
あくまで薬なのだ、魔法では無い。
そんな魔法はそんな魔法は存在しない。
何も無かった事には出来ない、時間を戻す事などできないのだ。
そしてそれは、彼らが収入を得る手段を失ったと言う事だ。
不安どころの騒ぎで無いのは理解できる。
実際このままドランに留まっても餓死するだけだ。
「まあ、ここに居ても、この先、生きては行けないのは間違いないな」
ニック「ええ、そうですね………………」
「仕方ない、全員うちの国に来い、飯ぐらいは食える様にしてやる」
ニック「はあ?何を、そんな夢みたいな事………………」
「なら、ほかに方法があるのか?」
ニック「………いえ……でも…………いや………しかし………うう………」
確かに、簡単に信じる事は出来ないだろう。
相手が誰かも分からず、ただついて来いと言われても途惑うだろう。
だが、鍬の一つも振れない体では生きて行けないのも事実だ。
だが、何も分からない事も事実で判断に迷っていた。
背中を押す何かを探して考え込んでいると、背中を蹴りつけられた。
「生きる選択肢が外に無いのなら、お前は齧り付いてもその機会にしがみつけ」




