狂乱の魔獣
直也《魔獣か?》
どんどん暗くなる海面に反して、握りこぶし程の、青白く光る球形のそれは、更
に輝きを増したように見えた。
その無数の光が、沖合から争う様にダクレスの街に向かっていた。
直也《海の魔獣は、判断がつかない、君はわかるかい?》
シモン「いえ、私もこんな現象は始めて見ます、ただ」
直也《ただ?》
シモン「海の魔獣の多くは、夜、目が光りますが、その、数が異常で」
直也《とりあえず、追いかけましょう》
シモン「あのう、爺様たちなら、何か知っているかも」
直也《確かに、こんな場合は老人の知恵を借りるのが一番ですね》
現在、男達のほぼ全員が、甲板に出て来て海を見ていた。
元々、殆んどが漁師なので、船室が息苦しく手仕方なかったらしい。
どうにも、落ち着かない様子だった為、艦砲射撃が終わった時点で、甲板への扉
を、解放したのだ。
そして、既にこっちが聞くまでも無く老人達は水面下の光の玉を見て話しをすり
合わせていた。
直也《あれが何なのか、私にも教えて貰えないだろうか?》
シモン「爺さん、あれは何なんだ?俺も知りたい」
老人「たぶんの話しか出来んが構わんか?」
直也《ええ、お願いします》
老人「多分、蟹の魔獣じゃな、奴らの目は青白く光るからのう」
老人「一番可能性の高いのはレギオン・クラブじゃな」
老人「これだけ群れるなら、レギオンじゃろうな」
シモン「レギオン?海魔じゃ無いのか?」
老人「海魔の目なら、もっと不規則に動くわい」
海魔の目は、頭部の長い触手の先に付いて居て、上下左右、バラバラに動く。
対してクラブ系の魔獣の目は、体にほぼ付いているので間隔は変わらない。
シモン「でも、もしあれがジュエル・クラブなら大儲けじゃないか」
老人「阿呆、ジュエル・クラブの大きさは、大鍋ぐらいじゃぞ、今、見えている
光が目とすれば、大きさは馬車なみじゃ」
シモン「やっぱり、駄目か」
老人「そもそも、レギオン・クラブにしても大きすぎないか、三倍はあるぞ」
老人「確かに………言われてみれば、でかすぎる………」
※アル君のウィキペディア(Wikipedia)
【 レギオン・クラブ 】
ほぼ、全ての海に生息する大型の蟹の魔物。
大きな漆黒の甲羅に対して、短い手足と小さな爪が特徴。
魔法攻撃や斬撃に耐性を持つが、唯一、火魔法だけには、耐性が無い。
大きさは、だいたい馬車の車輪ほど。
普段は、海底に生息している。
小型の幼生体は、よく砂浜で網にかかる事が有るが、成体になる程、極端に警戒心
が強くなる為、めったに深場から出て来ない。
普段は、死肉を餌にしているが、稀に、集団で大型魔獣を襲う事がある。
討伐ランクはE++
【 ジュエル・クラブ 】
生息地・生態、共に不明な小型の蟹の魔物。
乳白色の甲羅に長い手足と、鋭い爪が特徴。
討伐例も数年に一度と言う、超希少種だが、甲羅の内側に宝石を貯め込む習性の
ある、海岸近くに住む者にとっては宝くじの様な魔物。
見習い冒険者でも狩れるほど、弱い魔物。
大きさは、鍋蓋ほど。
討伐ランクはF
そう言ってる間に、湾の中央は青白い光でいっぱいになった。
直也《なあ、あそこ、あの中心、何かおかしくないか?》
シモン「えっ、あっ、い、色が……………」
老人「なんじゃ………あれは………………」
老人「初めて見るぞ………」
シモン「海が………燃えている………」
始めは青白い光が集まって、重なり始めたと思ったが、重なった光が赤く禍々し
く輝き始めた。
真っ暗な海の中で蠢いていた赤い塊はその数を増やし続けた。
そして限界を超えて赤い海が膨れ上がると、魔物が溢れ出した。
老人「見ろ!やはりレギオン・クラブじゃ!」
老人「じゃがでかい!でかすぎるぞ!」
シモン「様子がおかしくないか?」
老人「目が真っ赤に染まっておる」
シモン「あいつら、何か咥えてないか?」
老人「…あれは……死体か?………」
レギオン・クラブは死んだ海王国の兵士を貪っていた。
それを、他のレギオン・クラブが横取りしようと覆いかぶさり、そこに別の個体
が、死体を奪われまいと、その背に登った。
おぞましい姿のレギオン・クラブが死体を求めて集い踊った。
直也《流れ出た大量の血に狂ったのか》
老人「うむ、そのようじゃ」
シモン「なら、餌を食い尽くせば、その内いなくなるんじゃ?」
老人「そうなれば良いが………」
直也《どうも、その希望は叶わないようだぞ、見ろ》
獲物にあり付け無かったレギオン・クラブは、当然、新たな獲物を求めて、血の
匂いを辿って移動を始めた。
行く先は、怪我人が集められて治療を受けている建物だ。
一匹、また一匹と砂浜に上陸しはじめたが、当然、そこには、ダクレスの男達が
待ち受けて、進行を阻む為に戦い始めた。
漁師「くそ!化け物め!」
漁師「こいつら異常だ!普通のレギオン・クラブじゃねえ!」
漁師「足を狙え!」
漁師「銛が届かねえ!」
漁師「……ぐうぅ…………倒れねぇ」
漁師「ぬ、抜かれる………」
まだ、たった四匹だというのに、既に限界が近い。
突破されるのも、時間の問題だろう。
《《《《 ――――― 退け‼ ――――― 》》》》
不意に頭の上から響いた大音量の声に、戦っていた男達が、弾かれるように後ろ
へ飛び退いた。
いつも命がけの仕事をこなしている漁師達だからこそ、条件反射の如く同じ行動
を取った。
危険な状況では、緊急の指示に対して、一瞬でも躊躇すれば死に繋がる。
今まで生きて来た上で、体に刻み込まれた行動だった。
漁師「うおっ!」
漁師「なんじゃ!」
漁師「上かっ!」
――― ブオォォォォォォォォォォォォォォン ―――
彼らが見上げた先には、三機の大型のドローンが六枚のローターを響かせながら
飛んでいた。
優に、大人三人以上を持ち上げられる揚力を備えた機体の下部に機銃を抱えて。
ドローン無線《・・・沖合の艦の責任者だ・・・魔獣はこちらで受け持つ 》
漁師「へっ?」
ドローン無線《・・・・決定事項だ・・・さがれ》
漁師「お、おう、わかった」
有無を言わせない指示に漁師達は素直に従った。
従わざる得なかった。
彼らにとって、沖合に居る異形の艦が味方で有る事には、薄々は感じていたが、
だからと言って、恐ろしくない訳では無い。
サイレージ海王国艦隊を、いとも容易く殲滅した巨大艦もそうだが、今、目の前
浮かんでいる物体が一番恐ろしい。
とにかく、理解出来ないのだ。
まず、
なぜ、飛んでいる?
どうやって動いている?
なぜ、喋る?
魔獣なのか?
ゴーレムなのか?
カラクリ仕掛けなのか?
そしてそれよりなにより………
漁師「俺達、喰い殺され無いだろうな………」
未知の物に対する警戒は、どうやっても払拭する事など出来ない。
例えどれ程言葉を尽くそうと、それは変わらない。
自分たちが守られている事を、目の前で嫌と言うほど、実感させる事が、唯一の
方法なのだ。
それが今、始まった。
ドンッ ――― バカッ
ドンッ ――― ブゴッ
ドンッ ――― バクッ
ドローンには、米軍御用達の機銃、無反動対物狙撃銃バレットM82の複製品が、
取り付けてある。
この大口径12.7mmの弾丸は装甲車さえ、貫通する威力が有る。
どれ程、レギオン・クラブが硬かろうがデカかろうが、勝負にならない。
一発で甲羅を貫通して大穴を開けた。
漁師「うおおお、スゲェ」
漁師「あの化け物蟹が、まったく相手にならねぇ」
だからと言って、ただ一方的勝利とはならなかった。
機銃の装填弾数は十発。
撃ち尽くしてしまえば、そこまでだが、レギオン・クラブは次から次へと海から
湧きだして来る。
そして………………………
漁師「あっ!一つ落ちたぞ!」
レギオン・クラブが吐き出した粘着性の液体が、プロペラの動きを阻害した。
10m近くも飛んだそれは、付着した途端に見る見るうちに固まった。
仕方なく、直也は一斉に後退させた。
直也《くそ、近づけない分、命中精度が下がる》
飛んでいるドローンからの射撃は、どうしても安定性に欠けるのだ。
三発に一発は、掠るだけか、良くて足一本しか奪えなかった。
急所であろう、体の中心部を撃ち抜く確率が減少してしまった。
直也《蟹が全滅するのが早いか、こっちの弾が尽きるのが早いか》
ドローン全80機、800発の弾と、押し寄せるレギオン・クラブとの戦いだ。
正直いって、結果が見えない。
湾内をこれ以上進むのも、座礁の危険性を考えれば、現実的では無い。
艦砲射撃では、港に致命的な被害を与えてしまう。
準備不足が、ここに来て露呈したが、今はドローンの運用に気を配るしかない。
漁師達の方も、ドローンに釣られる様に、後退を始めた。
彼らにとって、自分達を餌としか見ていない魔獣の群れよりも、例え未知の存在
であっても、言葉の通じる相手に頼るのは当然だった。
漁師「おお、また飛んで来たぞ」
漁師「でも、レギオン・クラブも増えてるぞ」
漁師「どっちが、優勢なんだ?」
漁師「俺なんかに、分かる訳無いだろう」
それからも、この攻防は数時間に渡って繰り返された。
時には、数十分に一匹しか襲ってこない事も、大挙して押し寄せて、防衛ライン
が数メートル後退した事もあった。
直也《………………かぎりが、無い》
どれ程、時間が経ったのだろうか、もう、夜が明けてもおかしく無い。
睡眠を必要としない直也やノワールと違って、漁師当の達は、とうの昔に限界を
向かえていた。
恐怖と緊張と睡眠不足で、自分の五感でさえ信用出来なくなっていた頃、一人の
男がポツリと呟いた。
「何だか、海が青いなあ~」
誰一人、それこそ言った本人さえ、たぶん寝言だろうと、もまともに反応出来な
かったが、それは湾の中心で確実に起こっていた。
赤く光っていた海が、青白く淡い輝き変わり始めたのだ。
そして、唐突にレギオン・クラブの攻勢が終わった。
僅かに銃弾の残った13機のドローン越しに、波打際を見ていた直也にノワールが
声を掛けてきた。
直也《むう、何だ?》
ノワール《ナオヤ様・アレヲ》
ノワールの指さす先には、色の変わり始めた海があった。
薄曇りの空が朝日を遮っていたのか、薄ぼんやりとだが、夜が明けていた。
その仄暗い波の下で、レギオン・クラブの狂乱は静かに幕を閉じた。
興奮が収まったのか、目の色が興奮の赤から通常の青白い光に替わり、次々に、
沖合に向かって、移動しながら、深く潜っていった。
直也《銃弾の残りは………………58発か、危なかった………………》
もし戦いが、後30分続いていたら、もう一度、大攻勢が起こっていたら、恐らく
守り切る事は出来なかっただろう。
最悪の場合は、この護衛艦で無理矢理、港に突入して、直也自身が斬り倒そうか
と考えていた。
だが、まずはとにかく、戦いは終わったのだ。
それからは、小舟で保護していた人々を迎えに来てもらい、最後に直也と修羅が
ドローン回収の為に上陸した。
シモン「あの、直也様、こっちがこの町の長のナグムです」
修羅に指示を出していると、あの艦橋に同席させた男が話しかけて来た。
彼は、意外にも、非常に人間臭い直也に、警戒をしなくなっていた。
ナグム「は、は、はじ、はじめまして、ナグムと申します」
直也《そんなに緊張しないでくれ、ドラゴニア王国の直也だ》
ナグム「こ、この度は、助けて頂き、ありがとうございます」
直也《いや、救援が遅くなって申し訳ない》
それから、警戒を解いた住人達が、命が助かった事に家から出て、手を取り合い
喜んだが、そこに歓喜の色は無く、どちらかと言えば一時の帰郷から奉公先に戻
る娘が、無理に家族に笑いかける様な、不安を押し殺す笑顔ばかりだった。
海王国との戦いで、数隻しか船は残っておらず、レギオン・クラブの襲撃で網は
失われ、その死体で岸辺は溢れ返っていた。
特にロコやオム、メルクスの人々などは、グラム聖王国の襲撃で疲弊していた所
に、今度は海王国との戦いで、肉親と何とか聖王国の連中から隠しおおせた財産
それこそ生活の基盤その物まで根こそぎ失ったのだ。
確かに命は助かったが、唯一残っていたこの港町の惨状をみて、全てを諦め始め
ていた。
漁師としての収入の道がもう何も無いのだ。
かと言って、今更、一から農業をする、知識も資金も土地も無い。
暫くの間、皆が自分達の明日を見つけられずに佇んでいた。
そこに先程まであれやこれやと、レギオン・クラブを調べていた直也が声を掛け
て来た。
直也《済まないが、此処の責任者は君で間違い無いか?》
ナグム「はい、それで何用でしょう」
直也《ちょっとこいつを見てくれるか?》
ナグム「はい?」
直也が指し示した所にはバラバラになったレギオン・クラブが横たわっている。
仰向けにされて、いろいろな器官が丸見えにされている。
直也《ここだ、この口の下方にある二つの袋が解かるか?》
ナグム「はい、ここの白い袋と青い袋ですよね」
直也《そうだ、この中には、それぞれ違った体液が入っている》
ナグム「はあ」
直也《それぞれを個別に集めてくれないか、俺が買い取るから》
ナグム「えっ?」
直也《この壺一つに、金貨一枚払う》
ナグム「はああああああああああ」
シモン「どうしたナグム!何を叫んでいるんだ!」
ナグム「き、き、金、金、金貨」
要領を得ないナグムから無理矢理聞き出したシモンが同じ悲鳴を上げた。
この片手でも持てる大きさの壺一つが、体液を詰めただけで金貨に替わるのだか
ら、悲鳴の一つも叫びたくなるだろう。
ざっと、死骸を数えても、壺で五十は取れそうだ。
つまり、金貨五十枚が手に入るのだ。
それだけあれば、町を立て直す間の生活を守る事が出来る。
シモン「でもこんな物、何に使うんですか?」
直也《ああ、ゴムの代用品になりそうなんだ》
シモン「ゴム?」
直也《ああ、気にしないでくれ、そう言う物が有るんだ》
シモン「はあ」
その後、直也は飛行不能のドローンを回収して帰路に就いた。
体液の壺は、採取が終わりしだい、送って貰う様に手配して前金で払った。
とてもでは無いが、一日やそこらでは終わらないからだ。
それに、どうも海上戦力を持つ国が海王国以外にも存在するらしい。
それに、海生魔獣について、資料が無さすぎる。
全く未知の魔獣が間違いなく存在するだろう。
今回の戦闘で、艦の強化改修が急務だと思い知らされたからには、時間を無駄に
出来ない。
だから、回収を丸投げして帰る事に決めたのだ。
直也《採取が終わり次第、国に送ってくれ、宜しく頼む》
その後、港には直也の注文に応えるべく、壺が並び、作業が始まった。
その作業の中、体液回収のために、レギオン・クラブの亡骸を片付けていると、
幾重にも折り重なった骸の下から、押し潰されたジュエル・クラブを八匹も回収
する事ができた。
恐らく、弱いジュエル・クラブは、巨大なレギオン・クラブに取り付く事で、他
の魔物からの襲撃からのがれてきたのだろうが、今回は逆にレギオン・クラブの
狂乱騒ぎに、逃げ切る事が出来なかった個体が巻き込まれたのだろう。
この八匹が、抱え込んでいた宝石は、総額で金貨100枚近くになった。
そこに、直也の金貨合わせれば、船や網を手に入れ、町を復興させるには、十分
な資金が出来た事になる。
そして、この立て続に起こる幸運に、住民は街を守る為に死んで行った老人達の
事を無理矢理でも関連付け、賛美する事を止めなかった。
例えそれが偶然だと、こじ付けだと分かっていたとしても、誰も気にも留めない
心が、思いが、そして彼らを失った喪失感が、それを事実だと決めつけた。
彼らが幸運をもたらしてくれたのだと。
町が続く限り語り続けて行くのだと。
自分達の英雄を、伝説として、子々孫々に。




