無能な海将と艦隊壊滅
ラウル内海に突入した直也達はしばらくすると、一隻の船を確認した。
それは、間違い無く、ボリスたちの艦だった。
ノワール《ホウコク・右ゲンニ・西進スルカンテイヲ・カクニン》
直也《距離は?》
ノワール《オヨソ・16km・ホウゲキシマスカ?》
直也《う~ん、気にはなるが、今は先を急ごう》
ノワール《ヨロシイノデ?》
直也《ここからだと、命中率は五%を切るだろう、弾の無駄だ》
電子機器がないまま、どうしても今は光学射撃に頼らざる得ない。
砲台が安定しない艦上では、距離が開く程、命中率が格段に下がる。
その為にわざわざ三連砲塔に変えたのだが、当然砲弾の消費は跳ね上がる。
費用対効果が悪すぎる。
それに前回、オセの町で木造船には、砲弾が思った程の効果を齎さなかった事を
踏まえて、貫通性より、燃焼と爆発を優先させた特殊弾を作った。
つまり、湯水の如く撃ちまくる訳にはいかないのだ。
そして、この恩恵にあずかったのは、海王国の旗艦ブルーローズだ。
彼らは、自分の全く知らない所で、命を拾ったのだ。
直也《薄暗くなってきたな、戦闘が終了してれば手間が省けるんだが》
兵達が艦艇に引き上げていれば、砲弾が2ダースも有れば済むからだ。
だが、暫くしてダクレスの港が見えて来れば、その希望は見事に打ち砕かれた事
が分かるのだが、今は不可能だろう。
一方、ボリスから戦場を受け継いだ第五海将は、未だに成果を得られていない。
船にも町にも、無数の松明が焚かれ、まるで昼間の様になった港では、海兵達の
乗った上陸艇が、波打ち際で住人達の激しい抵抗に遭っていたのだ。
クーガス「ええい、何で未だに突破出来んのだ!」
副官「思いの外、抵抗が激しく………………」
クーガス「相手は只の平民だぞ!」
副官「それは、重々承知しておりますが………………」
はっきり言って、寡兵の老人達との戦いで兵を四十%近く失ったのが痛かった。
結果として、相手の戦力が、ほぼ無傷で残った上に、自分達の親の壮絶な覚悟と
死に様を目の当たりにして、異常な程、士気が高まっている。
対して、こちらは、気迫に呑まれて尻込みをする始末だ。
今更、打開策など有るはずが無い。
馬鹿な第五海将が、賢い第七海将に負債を押し付けられたのだ。
クーガス「また言い訳か!ああ?偉くなったもんだな!」
副官「いえ、そのような事は………………」
クーガス「結果が出ていないだろうが!兵士の士気を上げる事も出来んのか」
副官「申し訳………………」
クーガス「松明の消費も馬鹿にはならんのだぞ!どう責任を取るつもりだ!」
副官「しかし………………」
クーガス「こうしている間にも、奴らは財産を抱えて逃げ出しているのだぞ!」
副官「はあ………………」
クーガス「この損失をどう補填するつもりだ!お前の責任だぞ!」
副官「………………」
クーガス「今回のお前の取り分は無し!私財も全て没収だ!没収!」
副官「………どうぞ、ご自由に………」
クーガス「何だ、その物言いは!」
副官「………………」
クーガス「ああ?返事も無しか!偉くなったもんだな!」
副官「………………」
クーガス「もういい!下がれ!顔も見たくない!クビだ!」
副官「そうですか、わかりました」
クーガス「役立たずが!」
第五海将の副官、ダレン・ミルッカが受けたのは、いつもの罵倒だった。
彼は自分が優秀などとは、少しも思っていなかった。
それどころか、第七海将の副官と自分を比べて、なぜ、これ程能力に差が有るのか
と劣等感に苛まれることも少なくは無かった。
彼は常に自分の目標だった。
事前に状況を予測して、それに対して、最も効果的な準備を行う。
自分の主の感情を、常に陽の場に引き留めて、決して負の面に落さない。
部下の尊敬や忠誠を、自分の身を介して主人に集めた。
彼の様になりたいと思っていた。
彼の十分の一でもいい、少しでも近づきたい、そう思って努力して来た。
だが………………
ダレン「もういい、もう、疲れた………………」
どれ程努力しようと、心を砕こうと、あらゆる事を譲歩し肯定しようとも、その
忠誠は何一つ自分の主には届かなかった。
主人の足枷になってしまうと、家族さえ持たなかった。
山ほど、持ち込まれる縁談も全て断った。
元々が天涯孤独であった為、義理や義務を持ち出す親族も居なかった。
終いには、男色の噂さえ立てられたが、これ幸いと、否定しなかった。
その全てが無駄だった。
ダレン「何の意味も無かったなぁ………………」
元々が、無能で自己中心的なクーガスだったが、実家の侯爵家がごり押しして、
下積みも実戦経験もないまま、若くして海将になった。
流石に、このままで艦隊運用など不可能だと、当時、若手の高位海兵で最も優秀
だと言われていたダレンを副官に就けたのだ。
(この男を、海軍元帥に押し上げてみせる)
そう決心したダレンの思いを、クーガスは全てどぶに捨てた。
自分は海将の責務を全て放棄してダレンに押し付けたくせに、新しい戦術の構築
部下の人事、海兵の意識改革などは、絶対に許さなかった。
部下の忠誠や尊敬がダレンに向くのを嫌がったのだ。
だからといって、それらを自分で行おうとはしなかった。
クーガスが軍の仕事に参加するのは、華やかな式典や演習の時だけで、それ以外
の時間は全て、投資や金貸しに費やした。
そんなクーガスも、海将就任当初だけは、ダレンの進言を聞き、それなりに責務
をこなしていたが、第三王女との婚約が決まると、それも終わった。
たった二ヶ月で、終わったのだ。
元から、金にしか興味が無かったクーガスだが、金の亡者と呼ばれる第三王女と
の出会いが、相乗効果でも起こしたのか、強欲な守銭奴に替わってしまった。
今回も大量の略奪品を手に入れる為に、のこのこ出張って来たのだ。
(演習でさえ、一度も艦隊戦闘などに参加しなかった、ド素人のくせに……)
副官になって8年、何一つ意味が無かった。
兵士の数や艦艇の規模だけ巨大に膨れ上がった海軍は結局、軍隊になり切れ無い
まま、ただの海賊の集団から抜け出せなかった。
只の海賊崩れと言われていた海軍を一流の軍隊に作り替えた功労者、自らの主と
共に、そう歴史に名を刻むつもりだった。
所が、肝心の主が、蓋を開けてみれば、この通りだ。
どんなに頑張って進言しても、豚は豚のまま、獅子にはなれなかった。
そう思うと、怒りと絶望が、交互に手を取り合って、ダレンの背中を押した。
ダレン「そうだ!クビになったし、丁度いい、艦を降りて逃げよう」
もう、いい加減、馬鹿々々しくなってしまった。
決断すれば、即、実行だとばかりに、持てるだけの金と食料を抱えて、脱出用の
小舟を使って、密かに抜け出した。
そのまま湾を出て、登れそうな断崖を探しながら南へ下って行った。
幸い、小さいが非常に速い海流が、小舟を直ぐに運んでくれた。
この即断実行こそが、クーガスの元では、結局一度も振るわれる事の無かった、
海軍上層部が認めたダレンの才能だった。
ダレン「もう好きにすればいい、知るか、馬~鹿」
そして有能な副官を失った男は、操舵室で当たり散らしていた。
兵の指揮も、艦隊の運用も、どうしたらいいのか分からないのだ。
そもそも、下級士官などでは、誰もダレンの代わりなど務まる訳が無い。
クーガス「くそ!ダレンの馬鹿は兵の再編もせずに何処に行った!」
船長「しばらく前にあなた自身が、クビになさいました」
クーガス「本当に出て行く馬鹿が何処にいる!」
船長「さあ?」
クーガス「何だと、貴様!」
船長「私も、クビになさいますか?」
クーガス「むう………………」
基本的、船長に対しての人事権は、海軍上層部が握っていて、例え王族でも口を
出せないのが、昔からの決まり事になっている。
いくら、第五海将と言えども、強要すれば降格もあり得る。
下士官「あのう、最後方の輸送艦から、報告文が来てますが………………」
クーガス「何だ!この忙しい時に」
下士官「え~と、西より近ずく艦影あり、とのことです」
クーガス「はあ?何処の所属だ?」
下士官「さあ?書いて無いですね」
クーガス「ああ、もう、好きにしろと伝えろ」
下士官「好きにって………………何を好きにするんですか?これ」
クーガス「それぐらい、自分で考えろ!」
下士官「はあ………参ったなぁ………」
クーガスの頭はもう既に情報を処理しきれなくなっていた。
解決方法も処理方法も知らないのだから、問題だけが積み重なるのは当たり前だ
し、かと言って立場上逃げる事も出来ない。
そして、とうとう限界を超えた。
クーガス「くそくそくそ!全部ダレンのせいだ!俺は知らん!」
船長「あははははは、とうとう放り投げたぞ、ボンクラが!」
クーガス「何だと、貴様!」
船長「ダレン殿の価値も分からんから、ボンクラだと言うのだ」
クーガス「不敬罪だ!不敬罪で告発してやる!」
船長「何が不敬だ!そんな物は尊敬されてから言え!このポンコツが!」
クーガス「なっ、がっ、おっ、おまっ」
下士官「あちゃ~、船長が切れちゃった、そりゃそうか」
この艦の乗員の殆んどが、ダレンの苦労を知っていたし、クーガスの横暴に嫌気
がさしていた。
勝利の功績は自分の物、海軍上層部からの評価も自分のおかげ、王国からの褒賞
も自分の物、そして今回、略奪品を全て残らず徴収した。
今までは、このような大規模な略奪では、兵士達の為に、あまり高価でない限り
手に持てる程度の私有は、見て見ぬふりをするのが、暗黙の了解だったのだが、
クーガスは、自分が懐に入れた金額が多過ぎて、それを誤魔化す為に、今までの
慣例を無視して、軍規だと主張、それこそ、服を脱がしてまで回収した。
もう誰もクーガスを海将とは認めなくなってしまった。
クーガス「お前、只で済むとおも」
ドオォォォ ――――――――――ン
そこ迄言いかけてた時、後ろから爆発音とともに、衝撃波が襲って来ると、周囲
が炎で真っ赤に染まった。
音のした方へ振り返れば、左舷の最後方に居た大型の輸送艦が炎を上げながら、
波間に沈み始めた。
クーガスの誰何する声が響くが誰も答える事が出来なかった。
だが、燃え上がる炎が、周りを照らす巨大な松明となると、こちらにゆっくりと
向かって来る巨大な灰色の艦が見えた。
海兵「………………何だ、ありゃあ………………」
彼らから見れば、間違い無く異形。
海に浮いているからこそ、船と認識出来るが、それが無ければそれの正体を想像
すら出来なかっただろう。
色も、形も、大きさもも、彼らの知る舟とは、一致しなかった。
だが、大型輸送艦を撃沈させたのは、間違い無く、あの存在だとわかる。
余りの出来事に皆が硬直している間に、その艦は右に回頭すると、真横を向いた
海兵「おい、何かでっかいのが、船の上で動いてるぞ………………」
海兵「あっ、何か光ったぞ」
そう言った海兵の乗る艦は、三連砲の直撃を受けて爆発炎上した。
改良砲弾は確実に木造船を破壊する事に適応できた。
おかげで、海王国側の被害は甚大であっとゆう間に、艦隊の半数が沈められ、
残りも永くはもたないだろう。
順番だとでも主張するかの様に、海王国軍は艦隊の左側から轟沈させられて、
海上に、まるでかがり火の様に、無数の骸をさらした。
クーガス「な、なんだ、何が起こった!おい、誰か?ダレン!ダレン!」
船長「これで海将だと言うのだから、呆れたもんだ」
クーガス「おい!ダレンはどこだ!ダレンを連れて来い!」
船長「今頃副官を頼るなよ………………」
クーガス「おい!誰、誰でも良い、助けて、助けてくれぇ………………」
船長「見苦しい………………」
どんなに騒いでも、副官は戻らないし、結果は変わらない。
船長は、もう既に艦と一緒に沈む覚悟をしていた。
本来なら、乗組員に退艦指示を出すのだろうが、たとえ今ここで逃げ出しても、
襲撃を受けた町の住人が、生かしておく訳が無い。
必死にもがいて、上陸したとしても、待っているのは住民からの報復だけだ。
事実、混乱した艦同士が衝突したり、砲撃により沈没したりして、発生した波の
あおりを受けて殆んどの上陸艇が、転覆した。
そして辛うじて溺れずに、やっと岸に辿り着いた海兵達を待っていたのは、復讐
に燃える、血まみれの鉾を持った鬼の群れだ。
船長「兵達もこの艦と共に死んだ方が苦しく無いだろう、だが義務は果たそう」
それから、この第五海将の艦隊旗艦であるブラック・ロータスは、あらゆる技能
を使い切り、最後の一艦になるまで、直也を翻弄して逃げまくった後、真正面か
ら突入、十発近い砲弾を浴び、そして沈んだ。
直也《………凄まじい………海の漢を舐めてた………反省だ》
十人いれば十の才能が、百人いれば百の才能が存在する。
例え敵国だからといって、才有る人間が居ない訳が無いのだ。
どうも、たかが文明が幾ばくか進んだ世界からこっちに来たからと言って、傲慢
になっていたらしい。
いつか、足をすくわれる事になるかもしれない。
だが、今は、甲板に出て来た人達を見て、こちらを味方と分かって手を振る人達
が、喜ぶ様を見て、満足しよう。
そう、気を取り直したのも束の間、予測不可能の事態が、ダクレスの港と直也達
を襲った。
「おい、海が、海がおかしい、何だあれは」
最初に気が付いたのは、港に建てられた、灯台代わりの物見塔の監視員だった。
灯りが無くなり、徐々に暗くなり始めた波の下に、青白く光る小さな玉が現れる
と、その数をどんどん増やしながら、外湾から、町に向かって移動し始めた。
その不規則な動きから、恐らく生物だと思われたが、その数に恐怖した。
百や二百どころでは無かったからだ。
直也《まさか、こんな所で、大規模殲滅戦になるのか?冗談だろう》
戦闘はまだ終わってなど居なかった。




