開戦と逃走
無数に飛んで来た、様々な属性の魔法が、展開させていた防御魔法陣に衝突して、
視界を光と煙が埋め尽くした。
炸裂音が響き、土埃が舞い上がると、それを合図に奴隷狩りの男達は、直接戦闘に
持ち込むために殺到してきたが、殆んどの男が、エルフの攻撃で死んでいるか、悪
くても、大怪我ぐらいは、負って居るだろうと思っていた。
ならば、一番手柄も、あの高そうな装備も自分の物だ。
先程逃げ帰った事も忘れて、欲に駆られて真っ先に突撃して来た。
「馬鹿が先走りしやがって」
確かに魔法とは、戦場を一方的に蹂躙するだけの力が有る。
初撃こそ防がれていたが、今回は三十人近いエルフの一斉掃射なのだ。
彼らは、自分達の頭の中で、勝手に勝利を確信していたのだ。
だが、中には、慎重な者も、ごく少数ながら、存在した。
長い間、自分の力だけで生き残って来た連中だ。
「なら、助けてやれば良いじゃないか」
「やだよ、せっかく、自分で実験台になりに行ってくれたんだぜ」
「ああ、有難い事だ、頭が上がんないぜ」
「おい、笑ってる場合じゃねえ!後ろを見て見ろ!」
そこには、馬に跨り、一斉に逃げ出したエルフの姿があった。
それも、碌に荷物も持たずにだ。
文字通り、一目散に逃げ出したのだ。
そして、男達が驚いている内にその姿は、どんどん小さくなって行く。
「それだけヤバい相手って事だろ」
「どう考えても勝てねえって踏んだんだ」
「冗談じゃねえ、俺達も逃げるぞ!」
「馬は四頭しか残ってねえ!一頭に二人だが仕方ねえ、逃げるぞ!」
「おう!」
そして、この戦場から四十人に満たない人数が離脱した。
本来なら、大幅な戦力が逃走した事になるのだが、アル達が相手だと、誤差の範囲
でしか無い。
多少、速いか遅いかだけの問題で、結果は動かない。
「どうする?占拠地まで、あいつらを追いかけるか?」
「いいや、屑エルフなんぞ信用出来るか、アニアに直接向かおう」
「ああ、下手をすると敗戦の責任を擦り付けて来るかも知れんからな」
「そうなると、残りの給金は捨てる事になるが、仕方ないな」
「ああ、放棄した方が良さそうだ」
「そうだな、それで構わない」
「今はそれしか無いだろうな」
「同感だ」
逃走中の馬上での話し合いだが、全員が死地を何度も潜り抜けた事のある連中だ。
自ずと、意見や方向性などが似通ってしまうが、今回の様な意志の早い擦り合わせ
が必要な緊急時には、生死をを分ける事にもなる。
そして今回もそれは同じだった。
光が消え、土埃がおさまり始めてから、やっと両者は顔を合わせて対峙した。
朝も遅い草原を、僅かな風の音だけが静かに渡っていく。
にっこり微笑んで、手招きをする黒ローブの魔導士と、横で準備運動をしている、
狼人族の少年、更に6体の金属人形と異様な乗り物。
一方、かすり傷一つ負って居ない事に衝撃を受け、挙句に相手が黒の魔導士だった
事に、絶望感を醸し出し始めた、哀れで無能な連中は、今度も硬直していた。
だが、何時までもこのままでは、にらみ合いをしている訳にも行かない。
仕方が無いとばかりに、黒の魔導士が声を掛けた。
「逃げられると思うなよ、ゴミども」
「「「「「「ぎゃあああああああああああああああああああああ」」」」」」
「《氷の理::針弾》」
真ん中に陣取っていたアルから放たれた鉛筆程の氷の針が、次々と男達を撃ち抜い
て絶命させていた。
男達は、脱兎のごとく逃げ出したが、後退する者は未だしも、横をすり抜けようと
した連中は、尽く修羅によって、屠られていった。
「な、何だこいつら!」
「速えぇ…」
「ぎゃひぃぃぃ」
「ば、化け物だ ―――っ」
「こっちは駄目だ!」
足に自信が有ったのだろうが、修羅相手には無意味だった。
端から移動速度が人間の数倍もある上に、普通は足に絡みついて邪魔になる下草も
強引に引き千切るので、障害にはなり得なかった。
全員が、あっと言う間に追い付かれてしまうのだ。
「くそ、でもここなら………」
横には化け物が陣取って逃げられない、後ろと正面には魔法が飛んで来る。
男達がデクシスを見て、組易しと思うのも無理からぬ事だったが、結局は淡い期待
に過ぎなかった。
デクシス「シッ」
デクシスは向かって来る男達に対して、決して剣を合わせる事はしなかった。
認識出来ない程の早さで横をすり抜け、一瞬で剣を抜き戻した。
この時、斬られた男は、自分の首から噴き出す大量の血を愕然と見ていた。
一体自分に何が起きたのかを理解出来ず、疑問を顔に貼り付けたまま、地獄の門を
無理矢理くぐらされたのだ。
「ちくしょ―――っ、こっちも化け物だ」
「ふざけんな!まだ、餓鬼じゃねえか!」
「逃げ場が無ぇ………」
「くそー、誰か、どうにかしろよ!」
「自分で何とかしろ!阿呆!」
「出来る訳無いだろう!」
阿鼻叫喚の坩堝と化した乱戦の中、一つの必然が起こった。
――― ガキンッ ―――
デクシス「むうっ」
「斬る場所が分かれば、止めるぐらいは出来る」
デクシス「……………おじさん、名前は?」
「俺は罪人だ、恥を掻かせんでくれ」
デクシス「じゃあ、聞かせて、何でこんな事に加担したの?」
「この国の王族に対しての復讐さ、まあ、今回は惰性だな」
デクシス「復讐?詳しく聞いてもいい?どうせもう何人も残って無いし」
確かに戦場には、もう数人しか立っておらず、全員が抵抗を諦めていた。
もう、運命は変えられない事は、誰もがわかっていた。
「聞いても、何の意味も無いぞ」
デクシス「俺は、この国で生まれたんだ、だから知りたい」
「そうか、お前がそう望むのなら聞かせてやるが、失望しても知らんぞ」
デクシス「構わない、知らない事の方が嫌だ」
「そうか、なら聞かせてやるよ」
男の話は数年前のグラム聖王国の侵攻からだった。
売国奴・ヨハン・イングラムがメルド商王国連合を裏切って、国ごと聖王国に売り
渡した事による衝撃がドラン王国を駆け巡った。
裏切り者の存在が、不変で安泰と思っていた地位を、実は砂上の楼閣であると認識
させてしまったのだ。
そして、かつて大陸で最大最強の獣人国家と呼ばれていたドラン王国は、疑心暗鬼
の跋扈する軟弱国家へと、成り下がった。
「あの臆病者のガルバスは、人族だと言うだけで第一師団長を更迭しやがった」
聖王国が人族至上主義を掲げて侵略戦争を始めてから、ガルバスは国王の地位を守
る為に、戦力の増強では無く、配下の粛清と言う方法を取ったのだ。
更に更迭だけでは安心できなかった国王は、師団長とその一族を全員反逆罪で処刑
してしまった。
勿論、冤罪なのは誰もが知っていた。
だから、師団全員で抗議したが、まったく聞き入れてもらえなかった。
それどころか、人種は全員聖王国の内通者だと言い出して、身の危険を感じ始めた
団員が逃げ出したのだ。
結果、第一師団は、聖王国に対抗する前に瓦解した。
そして戦力の3分の1を失い、そして臣下からの信頼までも失ったドランの王宮は、
効果的な反撃どころか、まともな防御作戦も取れず、聖王国に蹂躙された。
「無能で臆病な国王のせいで、ドランは滅びたのさ」
男が話し終える頃には、戦闘は終わっていた。
今はデクシスと男の声だけが聞こえるだけだ。
「これが全てだ、もう良いだろう」
デクシス「ううん、でもこれ、おじさんが戦う理由じゃ無いよね」
「………………殺された第一師団長の妹は俺の妻だ」
デクシス「…………そう、やっぱり身内が死んだんだね」
「ああ、さあ、もう良いだろう、立ち合いを始めようか」
デクシス「一応、聞くけど、投降する気は無いの?」
「ああ、俺は無関係な人の血を流し過ぎた」
デクシス「そう………………」
「それにな、妻も娘も居ない世界に未練は無い」
デクシス「わかった」
そして、デクシスは男と向かい合うと、刀を抜いてかまえた。
剣の形は、八双の構え、相手の剣技に最も対応できる構えだが、これにはアルが目
を剥いた。
デクシスは居合では無く、普通の剣技での立ち合いを選んだのだ。
理由は分からないが、デクシスなりに考えての事だろう。
二人の立ち合いが始まる。
戦場には似つかわしく無い、穏やかな風が二人の頬を撫でながら消えてゆく。
「若いのに随分鍛えてるな、冷や汗が止まらないぜ」
デクシス「師匠が厳しいからね」
「羨ましい限りだ」
デクシス「うん、最高の師匠だと思う」
「なら手抜きはするなよ」
デクシス「もちろん」
・
・
・
・
「ドラン王国第一師団、第五分隊隊長、クライド・ラーケル」
デクシス「ドラゴニア王国、デクシス・カノン」
決着は一瞬だった。
クライドの振り下ろした大剣を、デクシスは刀の腹で左下に受け流すと、そのまま
下段からクライドの肩口にかけて、逆袈裟に斬り上げた。
クライド「………………見事だった」
デクシス「おじさんも強かったよ」
クライド「…………さすがは、カノン分隊長の息子だ」
デクシス「もしかして、父さんを知ってるの?」
クライド「……………模擬戦で一度………手合わせした事が有る………だけだ」
デクシス「………………そう」
クライド「………ああ………だが………強………かった………ぞ………………」
それだけ言うと、クライドはこと切れた。
思いの外穏やかな、その死に顔をみながら、デクシスは父親の事を思い出していた
が、どうしても怒りの対象の大本を憎まずにはいられなかった。
つい、このクライドと父親が、笑いながら酒を酌み交わし、その日の模擬戦の話で
盛りあがっている姿を、その光景を傍で見ている自分を想像してしまった。
聖王国が侵略しなければ、ドランの王様が無能でなかったら、そんな光景が見れた
かも知れない。
そんな今が有ったのかもしれない。
そう思うと、遣る瀬無い気持ちが溢れ出した。
デクシス「この人、死に場所を探してたんじゃないかな」
「ああ、そうだな、もう自分で自分の愚行を止められなかったんだろう」
デクシス「この人、元は優しい人だったんだね」
「ああ、たった一握りのクズが、大勢の人の人生を捻じ曲げるんだ」
デクシス「………………止めなきゃ………………」
「ああ、その通りだ」
それから、天幕に囚われていた老人達を、銀月の連中に任せて、再び逃げた連中を
追いかけ始めた。
「逃げられると思うなよ、糞エルフ」




