地獄への招待
「さあ、最後の仕上げ。新井の家族たちは地獄の舞踏会に強制参加だ」
新井の家はきっちり戸締りされており、部屋は整理され、気配は無い。
逃げ足は速いようだ。
まあ、落ち着いたら直ぐにでも戻ってくるつもりなんだろうが、そんな
事は許さない。
例え髪の毛1本たりとも此処に戻って来させない。
それから奴らの現在位置を探ったが、メールや通話が多過ぎて、拍子抜
けするほど簡単に見つける事が出来た。
そりゃあ、こいつらがやらかした事が徐々に表に現れ始たせいで、連絡
を取ろうとする連中が大量発生し始めたからだし、新井の父親も現状を
確認したかったんだろうが、状況の急激な悪化にとうとう、携帯電話の
電源を切ってしまった。
おかげでその後の情報は一切入らなくなり、疑心暗鬼に拍車がかかった。
そして、今何処に居るかと言えば、なんと海の上、大型のクルーザーで
逃走中だ。
馬鹿じゃねぇの?
飛行機もフェリーも間に合わなかったのか、捜査の手が迫っていると思っ
たのか、自分の船で逃走する選択をしたらしい。
どう考えても、翌朝一番の便を待った方が、まだ可能性が有るのに、そう
考えられない程、彼らの罪が正常な判断力を奪っていた。
暫く海上を走るのを、操舵室から眺めていたが、陸地から全く見えない
海の真ん中あたりでエンジンの一部を壊して停船させ、通信機は送信する
部品を引っこ抜いた。
此れで絶海の孤島状態、周辺には他船の姿もない理想的な位置だ。
俺は船の周りに、ある特殊な魔方陣を展開させた後、夜中の病室に戻った。
≪ よお、起きてるか? ≫
≪ アルか?大丈夫、起きてる ≫
≪ 調子はどうだ?苦しくないか? ≫
≪ ああ、不思議なくらい意識がはっきりしてるんだ ≫
≪ そりゃあ良かった。準備が出来たから迎えにきたんだが大丈夫か ≫
≪ いよいよか!行く!絶対に行く! ≫
≪ 予想だとかなりグロい事になるかも ≫
≪ 問題ない! ≫
≪ お前なぁ、トラウマになるも知れないぞ ≫
≪ それ程なのか?期待する ≫
≪ いい覚悟だ ≫
すでに時間は午前零時を過ぎようとしていた。
周りが夜の暗闇を享受している中、二人はネットワークの海を赤く点滅する
光点を目指して移動していた。
意識だけとなる感覚と見る物全てが珍しかったが、それよりも、あの光点の
元にあの連中が居る事、何よりその事のみが男の気分を高揚させた。
≪ 一応、言い忘れ事がある ≫
≪ 何だ?ここ迄来て ≫
≪ あそこには、あの家族と例の2人の6人が居るが全員殺すがいいか? ≫
≪ 母親と娘もか? ≫
≪ 言っておくが2人ともロクなもんじゃ無いぞ、あの母親はお前の祖父を溺死
に見せかけて殺しただけで無く、インチキ宗教で知人らから金を巻き上げてた
外道で、あの麻友とか言う妹はいじめで、お前の妹以外で判っているだけでも
4人も自殺に追い込んでいる。ただ全て泣き寝入で表に出ていないがな ≫
≪ そんな馬鹿な!親はどうした!学校は! ≫
≪ いじめる相手を選んでたんだよ、父親は全て工場に勤めていて、おまけに母
親は例の宗教の信者、学校は事なかれ主義。小学生の頃からやりたい放題さ ≫
≪ 信じられん ≫
≪ 確たる証拠も無く、逆らえなかった4人の父親は全員が役員だよ、その旨を
記した同意書まで金庫にあった ≫
≪ 俺の妹だけじゃなかったのか… ≫
≪ あれは人間に見えるだけの生まれつきの外道さ。見逃すつもりは無い ≫
≪ それで子供達がうかばれるのなら ≫
≪ だれも浮かばれない。そんなのは生きてる人間のエゴだ。死んだ人間に何の
慰めになる、罰を与えたから殺されても我慢してね!とでも言うつもりか? ≫
≪ …そうか…そうだな ≫
≪ お前は単なる復讐者で俺はその協力者、死んだ者の魂を救うなんて事は例え
神だろうと出来はしないだろうよ、生き返る訳でもないのに ≫
≪ ただの自己満足か ≫
≪ だから、今生きてる人間を食い物にする害虫はきっちり駆除するんだよ ≫
≪ 魔王だしな、理解した ≫
船の操舵室に半物質化するとエンジンの修理を諦めデッキでくつろぎ始めた
父親に罵声を浴びせる母娘、その横で酒を飲む息子達3人が居た。
≪ 今からあいつらに幻覚を見せるからちょっと待ってろ ≫
そう言って魔石を取り出すと連中の上に魔方陣を展開させた。
それから直ぐに全員が救命具に群がると一斉に海に飛び込んだ。
≪ なんだ、どうなってる ≫
≪ あいつらの目には、この船が火災で沈没寸前にみえるんだよ ≫
≪ でも救命具つけてて溺れるのか? ≫
≪ 溺死なんてさせないよ、まあ見てろ ≫
6人の前には円錐上のオレンジ色のブイがうかんでおり、全員が表面の凹凸
に取りついている。
全員、やや動揺しては居たが、海面に全く波が無い事でまだ平静を保っていた。
ただ、それも長くは続かなかった。
暫くすると今まで、嘆いたり罵ったりしていた声が突如、悲鳴に変わった。
「痛っ、何?」
「…なんかいやがる」
「なんか噛まれたんだけど、何なの」
「兄貴、ちょっと潜ってみてよ」
「出来るか!むり!」
「どいつもこいつも役に立た…痛、」
「「「痛っぎゃあぁぁ」」」
「「「ヒィギャァ―」」」
「だっ、誰か、誰か助けて」
「足に、足に、足がっ」
≪ おい、アル、いったい、何が起こってるんだ? ≫
≪ まあもうちょっと待ってろ、すぐ判る ≫
全員がブイの突起につかまり水中の何かを振り払うように、暴れまわる様
は、まるで熱湯鍋で煮られるザリガニそっくりだ。
≪ 今から船の灯りを点けるから良く見えるぞ ≫
≪ うわっ、なんだありゃあ、虫と魚?物凄い数だな ≫
≪ 良く判らんが、ここの海底に山ほどいたぞ ≫
≪ うなぎ…いや、めくらウナギだ、そして、オオグソクムシか、何で人間
にむらがってるんだ? ≫
≪ なんか大人しそうな感じだったんで狂化の魔法を掛けた。相手が生きて
いても獲物が骨になるまでは止まらず喰らいつづけるぞ ≫
≪ もう地球の生物じゃないな、えげつねえ ≫
≪ えっ、もしかして鬼畜仕様はお嫌いで? ≫
≪ いえいえ、大好物です ≫
下らない会話を交わしつつ見ていた2人の目の前で、事態はどんどん混沌の
度合を深めていく。
最初に脱落したのは、新井の娘だ。
痛みと恐怖に、ブイにしがみついている母親を踏み台にする鬼畜の様な所業
で海から上がるという事に成功した娘は、自分の素足を血だらけにして、喰
いつづけるめくらウナギと、服や救命具までもずたずたに食い破り今にも地
肌に取りつこうとするオオグソクムシを見て発狂した。
「ぎぃゃああああああぁ」
振り払おうと無軌道に暴れた娘は再び海中に落下したが、這い上がる手足
を持たないめくらウナギが一斉に襲いかかった。
「くっ、くるなっ、くるなあああああ」
ひときわ柔らかい目に取りつき、耳の穴に潜り込み、開いた口に殺到する
めくらウナギは、その体を左右に大きく振りながら、体の中を喰い進んだ。
「ひいぃぃぃぎゃぁぐもmog+*…」
全身をめくらウナギに食い荒らされながらしばらくは、手をバタつかせて
いたが、暫くすると、不意に激しく痙攣するとそのまま動かなくなった。
動いているのは、群がるめくらウナギの群れだけ、もうその姿さえ良く
見えなくなった。
≪ ありゃあ、ウナギが脳まで辿り着いたな ≫
≪ ………… ≫
≪ どうした、かわいそうにでもなったか ≫
≪ いや、ただその死に方を俺が決めていい物かってな ≫
≪ 不安になったのか?≫
≪ 不安と言うか、じゃあ俺の罪は誰が断罪 するのかと思ってな ≫
≪ お前を責めるやつなど何処にもいないし、だれもお前を断罪しない ≫
≪ …俺は… ≫
≪ 今まで犠牲になった者は賞賛を、これから犠牲にならずに済んだ者は
感謝を、お前に送ってくるだろうさ 。あの連中に慈悲など必要無い ≫
≪ ああ、見届けるよ ≫
最初の死者を見ていた残りの5人はその死を最後までを見る事無く、自分の
上半身に際限なく這い上がってくるオオグソクムシを狂ったように引き剝
がしながら、助けをよびつづけた。
「「「痛い!痛い!痛い!痛い!」」」
「「「誰かっ!誰か助けてくれぇぇぇ‼神様あ!」」」
「「「ヒィィィィ」」」
当然、答える者が居るはずもなく、そのうち叫び続けた喉から大量の血を
とめどなく吐き出した。
めくらウナギが内蔵を食い荒らし始めたからだ。
振り回していた両腕から徐々に力が抜け次々に絶命したが最後まであがき
続けた新井翔太の前に俺たちの幻を浮かべた。
絶望と恐怖に目を見開いた男は、程なくしてオオグソクムシに群がられ顔
も判らなくなった。
暫くすると全ての死体は、服や救命具までもがバラバラになりその殆んど
が波間に消えて見えなくなっていった。
残されたのは主の居なくなった船が一艘だけ、いずれ何処かに漂着するだ
ろう。
≪ 終わったな ≫
≪ ああ、終わった 。あいつらを地獄に叩き込む事が出来た、心から感謝
する。ありがとう ≫
≪ 気にすんな、ただのおせっかいだって言ったろ ≫
≪ それでもだ、俺は救われた、俺は救われたんだよ、アル ≫
≪ おおげさだよ ≫
≪ いいや、もしあのままだったら、俺は復讐心に押し潰されて妹の事も、
両親や祖父母の事も忘れて狂っていた。でもお前のお陰で今もちゃんと覚
えているんだ、はっきり思い出せるんだよ ≫
半思念体が涙を流せる訳が無い、だが間違いなく泣いているのがはっきり
感じとれた。
≪ 判ったよ、感謝を受け取るよ。それとちょっと疑問なんだが、あいつら
何で最後に神なんぞに助けを求めたんだ?そんな資格が有るとでも思って
いるのか? ≫
≪ 誰かが言ってたな、ああいった犯罪を犯す連中は、他人の痛みは全く感
じないくせに自分の痛みや不利益には異常な程、反応するんだそうだ ≫
≪ 下種の生態は良く判らん ≫
≪ それと大事な話が有るんだが ≫
≪ ん?なんだ?何かあったか? ≫
≪ おれの名前は直也、山口直也だ、アル ≫




