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「さあ、今日から外に出れるわよ」
「……」
「あまり嬉しそうじゃないのね、どうしたの」
「いや、考えていた、自分のことについて」
「記憶はあるのね」
「ああ、だがここのものじゃない、ここは何処だ?」
「ここはメサイア城の客室よ、あなた、庭で倒れていたの」
「城か、ということはヨーロッパか?」
「ヨーロッパ?知らない言葉ね、ここはエル地方、ローランドよ」
「やはり俺は……」
男は自分の認識を再確認する、自分はやはり現実の世界から抜け落ち、夢幻の異世界に出てしまったのだと。幻想の理想郷、そこへたどり着くことが男にとっての悲願だった。
現実から脱し理想の空想〈フィクション〉の世界に脱出すること、あるいは現実を空想に書き換えること。どうやら前者が実現したようだ。だがそれなら残された現実世界はどうなる?
置き去りにされた世界、無惨な現実が絶え間なく悲劇を産む世界、それから逃げ出して、空想で生を全う出来るなら、それこそ男の悲願だが……・
「あなた、もしかしてここを天国かなにかだと思ってる?」
「違うのか」
「ここは現実よ、人が生きる現実、故に人は死ぬし、おぞましいことも起こる、あなたが何処からやってきたかしらないけれど、余計な幻想は持たないほうが身のためよ」
男は思った、やはりな……と。天国のような極楽浄土なら、こんな現実感が迫るような、物質的成約を受けるはずがないし、そも睡眠やら食事やらも不要なはずだ。
睡眠や食事、排泄は生きている証であり、生きなければならないということの証明、故にここは現実にほかならない。悲劇があり、それが必ず生じる世界、ここは異世界なのかもしれないが、
紛れもなく現実なのだと男は悟った。
「で、一体何処に出れるんだ」
「庭よ、なんせ城は広いんだから」