ターミナル
曇天の空の下、気が付けば駅のホームに立っていた。
どこへ行こうとしているのか、そしてこれから乗る列車がどこへ行くのかすらわからない。
でも、これから来る列車に乗らなければいけない、というどこから来たかわからない謎の使命感があった。
なんとも寒い日だろうか。
コートを着込んで厚着をしているのにも関わらず、冷たい風が服を貫通し、肌を刺していた。
手を口元に持ってきて息を吐く。
手に雲ができる、でもその雲は夏の空に浮かぶ真っ白な雲とは違い、今の空のように少し灰がかった白だった。
吐く息とそれによってできる雲を楽しんでいるといつの間にか列車が来ていた。
列車に乗って、一番近い席に座った。
その列車は前を向いた席もあれば、普通の電車にある横向きの長い椅子がある。
後ろを見ると食事用の席もあった。
「面白い列車だな」
そう呟いて、出発を待った。
ーーー
「ご乗車ありがとうございます、次の駅はターミナル駅…終点です」
出発して数秒後、アナウンスが流れた。
「次が終点なのか、案外行先は近いのかもな」
そんなことを思いながら、コートのポケットから本を一冊取り出す。
読むのはただの文芸作品だ。
もし、今時の若者に「貸して」と言われて貸したら「つまらない」と返ってくるであろう作品だ。
今のところ笑い転げたくなる面白さはないし、不意に涙を流すほどの感動する作品ではないが、素朴な面白さと謎の懐かしさに惹かれる、そんな小説だ。
題名は「--」…
お話は幼少期から始まり、物語が…章が進むごとに年を取っていく、そんな小説だ。
今は3章…小学生時代のお話だ。
この小説、いつ読んだかわからないが、読んでいると「これの後にこれがあるな。」と少し…うっすらと覚えている。
「ふふっ…三年生のころまでおねしょしてて泣いていたな」
不思議なことに恥ずかしながら僕も、小学3年生までおねしょが治らなかった。
毎朝、不快感で起き、シャワーを浴びてから学校に登校していた。
母は教師をしており、朝出勤しては夜遅くに帰ってくる。疲れは目に見えていた。なのに毎朝僕の泣き声で起こされ、十分な睡眠がとれなかっただろう、それなのに怒りもせず「大丈夫よ、気にしないの」と優しく言ってくれていた。今思えば母という存在に感謝と尊敬しかない。
「帰ってから、母さん感謝の言葉を言いに行こうかな」
母の日でも、誕生日でもないのにそんなことを言うのは変かな…?
そんなことを考えた。
小説を見ながら時々、外の景色を眺める。霧が濃くなってきて、まるで空を走っているかのようだ。
「まもなくターミナル駅に到着します。」
「もうそろそろか」
と言いつつ、まだ着かないだろうと思い、一ページ、また一ページと読む手を止めなかった。
22歳、大学を卒業したところ。そこで列車は速度を落とし始めた。
「次のページまで読むか」
そう思って次のページへめくる。
「んなっ!」
驚きすぎて声が出る。
なぜなら、白紙だったからだ。
パラパラとページをめくる…だが、そこからはずっと白紙で何も書いてなんかいなかった。
「印刷ミスか?」
と残念な気持ちになりながら立つ。
ドアが開いたのに合わせて外へ出ようとする…
「え?」
だが、ドアに見えない壁があるようで外に出ることができなかった。
「なんで?!」
硬いゴムのようなもので遮られ、外に出れない。
「すみません、こんなところでパントマイムなんてしないで、降りないのならどいてください」
30代くらいの女性に声をかけられてどく。
その女性は壁なんてないというように、スーッっと出て行った。
「は?」
もう一度出ようとする。
だが結果は変わらず見えない壁に阻まれる。
「お兄さん」
と呼びかけられ、振り向く。
「でれないのなら諦めなさい。そういう運命なのじゃよ」
「それって…」
『ご乗車のお客様に連絡です。二時間後に最終着点に向かって走り出します。それまでの間、皆さまに配りました。『人生』を見て暇をおつぶし下さいませ』
「人生?」
手元の小説の題名を見る。
『人生~諏訪部 文~』
「あっ…」
突然出てきた題名に驚く。
そして納得した。
「既視感があったのは僕の人生だったからか」
今思えば、自分の人生に当てはまるところが多かった。
いや、すべて当てはまっていた。
でも忘れていたからか、何の疑問も持たなかった。
「お兄さん、座ってな、横になったこれで目元を隠して寝るんじゃよ。」
「え?寝る?」
どういうことだろうか。
周りを見ると不気味にもみな、眠っていた
せっかくなので真似をしてみた。
1…2…3…
わずか3秒で暗闇とは違う世界へ飛ばされた。
「んぎゃぁ!んぎゃぁ!」
「生まれましたよ~、大きくて元気な男の子ですよ~」
「あぁ、よかった」
これは…あれは母さんか?
ってことは…あれは俺?
不思議な風景だった。
足はある、歩ける、動ける。
だけど、人や物に触るとすり抜けるのだ。
幽霊というものだろうか、自分の人生を第三者の目で見ているみたいだ。
「可愛いねぇ」
時は飛んで生後6か月ごろだろうか?
おじいちゃんの家で寝ている幼い自分と祖父母がいた。
「そうねぇ、予定よりも早く産むってなったからちょっと不安だったけど、元気そうでよかったわ」
と母がやってきた。
「そうねぇ、お名前はどうするの?」
「真由と同じで今回はおじいちゃんから一文字ずつとろうかなって」
「富貴と…えっと光孝さんだから…ふみとか?」
「そう、文って書いて文っていうの」
「どんな意味なの?」
「文字の文でしょ、それに文にはいろどりっていう意味があるの。この家ってよくいろんな国の人が来るでしょう?ステイホームだったり、お父さんの会社で働く人が泊まったりとか。」
「そうねぇ」
「だから、いろんな国の人とつながってほしい、そんな意味を込めたの」
「いいわねぇ…色んな人と仲良くして笑顔で生きていてほしいわね」
そうだったんだ。
自分の名前由来はおじいちゃんからとってだけだと思っていた。
実際なにも話してくれなかった。それが重圧にならないようにっていう配慮があったのかもしれない。
またときは飛ぶ、5歳、幼稚園へ通っていた時だ。
「懐かしいな、この木造感」
いわゆる仏教系統と幼稚園で、敷地内にお寺があったり、年長になると座禅を組んでいた。
「あ、鹿野先生だ」
懐かしい…僕が年長の時…つまり一年後亡くなってしまった先生だ。
突然いなくなったので、みんな病気だと思って、メッセージカードを作ったりもしていたな。
幼稚園…本当に懐かしいな。サンドイッチをつくる行事がとても大好きだった。
また突然場面は変わった。
「ここは…体育館?」
周りを見て思い出す。
あぁ、お父さん運動会だ。
父と一緒に遊んだりするものだ。
「ほら、しっかりつかんでいてね」
僕をおぶって、一生懸命走る父、今では腹も出ており、運動も全くしなくなった父があんなにも速く走っている。
父には怒られていた記憶しかなかった。
遊びすぎだったりして夜中に外に出されたことも、酔って絡まれたりとあまりいい記憶がなかった。
でも、外から見ると当然だし、愛されていたんだなということがわかる。
時は飛ぶ、小学5年生だ…
5年生、嫌な思いでしかない。
クラス替えがあり、誰がクラスを決めたのかと問い詰めたくなるくらい問題児の集まりだった。
新任だった先生は涙を流しておとなしくなるように訴えたりしたが次の日には元に戻って騒ぐクラスを見てか、いつのまにか来なくなっていた。
理科担当の先生は直球に「うるせぇ!死ねぇ!!」と大声を叫び椅子を投げ飛ばしたりして、いつの間にか消えていた。
正直その気持ちはわかるが、誰にも当ててないし、怪我もさせていなかったが、死ねは不味かったのだろう。
それから、将来絶対に教師にだけはなりたくないと思った。
6年生の時、小学生は2年ごとのクラス替えで5から6の際はクラス替えはしないものだが、異例でクラス替えがあった。
中学で1年生にて生徒会に入り、生徒会内でわいわいと楽しそうにしている僕、来年度もとまた入ったが、生徒間の先生が変わったからか、うまく動けず楽しいとは言えず、去年やっていたという期待の重圧にやめようか頭を抱え考える僕。
寝る間を惜しんで学習し、志望校に受かる僕、高校生になったものの、青春らしいことはできずにただ机やpcに向き合う僕。
様々な僕を見ていた。
忘れたかった…あの日、自殺を目の当たりにしてしまい鬱気味になってしまっていた日のことも
友達に裏切られ、いじめられた記憶も
ぽっかりと穴をあけ、忘れていた記憶がぴったりと穴が埋まるように思い出していく…
そして…
ズドンっ!!
大学を卒業し、浮かれていたのもあるかもしれない…でも突然やってきた大型トラックにはねられて…
ー…思い出した
そうだ…僕は…
不意に涙が頬を伝い、落ちる。
死んだんだ…
そっか…
悲壮感と脱力感が溢れてくる。
この列車で22年という短い人生で終わったのは俺だけらしく、まわりはみな、死んだように眠っていた。
まぁもう死んでるんだろうけど。
「そっか、これが走馬灯ってやつだったんだな…もう…会えないのかな」
会えないと分かった瞬間
「母さんや父さんと喧嘩なんてしなければよかった。違う大学を選べばよかった。卒業後すぐに帰らなければよかった…」
と後悔が溢れてきた。
「もぅ…遅いのかな…」
弱弱しく、いまにも消え入りそうな声でそう呟いた。
時計を見る、最終着点まであと100分はある…
「帰りたいっ!」
その思い一心で動き出した。
ドアを、見えない壁を力いっぱい殴る、蹴る。
「お客様、お諦めください。もう死んだのです。無意味です」
幼げな乗務員の子がそう呼び止める。
「それでもっ…」
無駄かもしれない、醜いかもしれない、でももしかしたら出れるかもしれない。
確率とか、そういうものはないかもしれない、可能性が0%かもしれない
それでも、ただ外に出るためにあがき続けた
もう手はボロボロだ。
でも、あきらめなかった。
『残り10分です』
という声が聞こえてきた。
眠っていた老人たちは目を覚まし、こちらを不思議そうに見ていた。
でも、何も言うことはなかった。
「無理…なのかな?」
そう諦め、すすり泣いていると
「大丈夫。次は出れるかもよ」
「…誰?」
「こんにちは。君を助けに来た物だ」
「え?」
「ほら、立ち上がって、もう一度試してみようよ」
「もう無理だって」
完全にあきらめかけていた。
それでも「諦めないの」
と僕の手を引っ張った。
彼の手は温かく、彼に触れるだけで胸が温かくなる感じがした。
「わかったよ」
そう出ようとしても、出れない。
まぁ、そうだろうなとは思った。
それでも、出れなかったところを見てもなお
「もう一回」
と言ってくる。
「無理だって」
そう呟きながら見えないに手をかざす。
少し、体が冷える感じがした。
…あれ?
手に触れている見えない壁の感触が変わっていることに気づいた。
硬いゴムだったのに、今は熱を帯び柔らかくなったゴムのようだ。
自分の手を見た後に彼を見る。
「僕は特に何もしていないよ、マッチで火をつけただけ。この小さな火を大きくするか、消しちゃうかは君次第だよ。」
「火…」
そう意識したとたん、自分の胸に灯が宿っていることに気づいた。
少し消えかかっているな
もしかして、さっき冷えた気がしたのはこれのせいか?
なら
「絶対に帰れる。絶対に」
希望を唱えてみる。
案の定火は勢いを増して燃えた。
見えない壁が更にグニャっと歪んだ。
「そうそう」
と椅子に座り、微笑む。
どんどんと体の熱は増していった。
そして
「出れ…た」
ようやくホームに立つことができた。
『あと一分で出発します』という声がした。
「おめでとう。これからの人生が悔いのないことを祈っているよ。」
「あぁ、ありがとう。最後に一ついいか?」
「なんだい?」
「君は何者なんだい?」
「ふふっ…ただの一般人だよ。」そう笑って扉が閉まった。
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気が付けば病院のベットで寝ていた。
「文!文!!」
と母さんの声がする。
「母…さん?」
「そうよ、母さんよ。よかった」
大粒の涙を流しながら安堵の息を吐いて笑っていた。
それから聞いた話によると、ただでさえ悪かった心臓が交通事故をトリガーに止まりかけており、人工心肺装置に頼って眠っていたらしい。
今はドナーが枯渇しており、僕に合う心臓がなかったため、あきらめかけていたところ、突然ドナーが届き移植したようで。
それでも、帰ってこれるかはわからない状態だったそう。
「そっか、彼は…。」
「な~に、呟いてるの?」
「いや何でもないよ。ようやく退院かと思ってね」
彼の…自分の…心臓に胸に手をかざし。
「彼と同じ終点に行けるように頑張ろう」
と誓った。