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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
身振りは無為に磨かれた
9/58

無駄に洗練された、無駄のない

 君を守る。

 その他すべてを削ぎ落とす。


「君を守る。この、自動式君守り板で」


 青年が鉄板を手に取る。

 少し昔、歴史に残らない庶民生活の一幕だ。

 人間の集団生活に、外から危機が迫ることがある。


 何の変哲もない場所に縦長の鉄板が立っている。

 大切な人を守りたい青年にとって、その鉄板は、子供の頃と変わらず偉大に思えたか。


 青年が鉄板を手に取る。

 何を犠牲にしてでも、君を守る。


 守りたいその人が、手を包み込んだ。


「私も力になる。そうじゃないと、釣り合わないよ」


 いくらでも戦えると思った。

 何をも恐れることはないと思った。


「君を守る」


 戦って戦い続ける先には、絶対の死が待ち受けている。


「私を置いていなくならないでよ。これじゃ、釣り合わないよ」


 そのようなことが、ありふれていた。


 あるときは守る方が先に死んだ。

 別のときは守られる方が先に死んだ。

 また別のときには双方が一緒に死んだ。


 当世に存続している鉄板は、すべての場合で、持ち主に先立たれていた。


 鉄板は鉄板である。

 守るための手段が、ものを思ったとすれば、その者たちを惜しんだに違いない。


 それとも鉄板にとって、守る以外の全ては捨て去られてあったか。




 月明かりと街灯とが道路を照らす。

 ここは迷宮である。

 樹上積層都市〈毒樹(ドクジュ)枝節経(シセツキョウ)アーバスキュール〉である。


 君を守る。

 その他すべてを削ぎ落とす。


 〈君守り人形〉の行動は、精密に研ぎ澄まされている。

 すべては、守るためだ。


「この刀で六振り目ね。切れ味が極めて鋭い〈不帰刀(フキノトウ)〉は、引いて戻すことができない。だから挟んで止めると隙ができる」


 刀を片手で止めていた。尋常でない技量だ。

 見た目には普通の少女だ。


 ツインテールの癖っ毛が揺れる。絶えずステップを刻んでいるのだ。

 剣舞だ。

 彼女は手に何も持っていない。

 これは、剣舞だ。


 影を見れば、曲がった角を下げた魔が剣を振り回している。

 剣を振る何かが、彼女の上に動きを投射している。

 恐ろしい何かが、彼女を操作している。


「君を守る」


「『何者だ』って言いたいの。あなたから名告りなさいな。剣で語ってもらって結構よ」


 〈君守り人形〉は刀を放り出し、宙から新たに剣を取り出す。

 対する少女は冷ややかに笑って言う。


「その剣って、あなたの想いじゃあないよね」


 細長い、光り輝く剣だ。

 回転の動きが光の軌跡を残す。


「緋雷剣〈九十年の計時針〉は人の一生を計り取る。針でありながら剣、そして剣でありながら」


 雷が落ちた。

 間合いの外で〈君守り人形〉が剣を振り下ろすと、轟音と閃光が中空を切り裂いた。


 やがて世界が落ち着きを取り戻す。

 月明かりと街灯とが道路を照らす。


 少女には、また背後の魔には、一切の傷がない。

 変わらず踊り続ける。


「雷でもある。平均的な戦士は直撃すれば耐えられない。切り下ろしが落ちてくると分かっていれば、剣で受けることができる」


「君を守る」


「『何なら通じるんだ』って言いたいの。敵対者が教えてくれることはないと思うよ。わたしは教えてあげる。ただ強いだけの武器ではなくて、ちょっと手の込んだ掛詞でもなくて、『君を守る』のに一番ふさわしいものを出しなさい」


 月明かりと街灯とが道路を照らす。

 表通りから話し声が近づく。晴れた夜に雷が落ちれば、不審に思う者もいよう。


 〈君守り人形〉が人目を気にして離脱しようとし、ためらう。この戦いからは逃げられない。


 少女が温かく笑って言う。


「見せつけてあげようよ。わたしたちが何を武闘(おど)っているのかも、誰にも分かりはしないんだから」


「君を守る」


 〈君守り人形〉は宙から、鉄板を手に取った。


「それがあなたの剣ね」


 剣と呼ぶのは無理がある。剣として機能するには大きすぎる。

 鉄板は鉄板だ。


 少女が唇を動かす。声は出ない。

 唇の動きが言葉を紡ぐ。


 太陽、太陰、南天、十字は三重なり。


 足の動きを剣舞からほどき、幻の剣が消えてゆく。

 代わりに、実体の剣が現れる。


 研ぎ澄まされた刃が輝く。

 全体に彫り込まれた文様が古代を想起させる。

 柄にまじないの宝玉があしらわれている。


「わたしの剣、天威剣よ」


 甲冑騎士の動きが変わった。


 君を守る。その他すべてを削ぎ落とす。〈君守り人形〉の行動は、精密に研ぎ澄まされている。

 動きには一切の無駄がないはずだ。


 少女に向かって、身体を動かす。

 見栄えよく歩く。見栄えよく手足を振る。

 どの動きも、戦うのに必要ない。仰々しく、隙を作るだけだ。


 跪き、鉄板を差し出す。

 無駄な動きだ。


「わたしは剣をくだす王、畏怖する仇名(アダナ)にいわく、大剣を懐刀に備える者」


 魔王は名告る。

 名前は最も短い呪文である。堂々たる名告りには、魔法を引き起こす力がある。


 〈君守り人形〉は、古い記憶を想起した。

 遠い昔、人の形を持ちながら一振りの剣だった頃のことを、今初めて思い出した。




 魔王の懐刀、と呼ばれる大剣使いがいた。

 今となっては神話に近い、歴史の中の一幕だ。


 現在の〈君守り人形〉と同じ姿勢だった。

 跪き、剣を差し出す。

 手足の細かな角度まで、同じ姿勢だった。


「承りました。門を守り、この命尽きるまで、戦います」


「伝言はあるか」


 命令をくだした魔王が、規定通りの言葉をかける。

 大剣使いは命令を受け、生きて帰ることはない。

 死守の命を受けた者は、伝言を遺すことができる。


「魔王陛下へ」


「申せ」


 命令者に言葉を遺すこともあった。魔王が相手であれば、よほどの者でなければ認められない。記憶の中で〈人形〉は、よほどの者だった。

 魔王の懐刀、と呼ばれる大剣使いである。


「我が剣を足下へ捧げ、足の根に捧ぐを得ず。広き地を突き、狭き穴を突くを得ず」


 極めて無礼な、性行為のほのめかしだった。


 この状況で不敬・侮辱を罪に問う規定はない。

 不適格と判断した場合のために命令の取り下げが規定され、最低の不名誉とされてはいる。


「『我が剣を足下へ捧げ、足の根に捧ぐを得ず。広き地を突き、狭き穴を突くを得ず』とのこと、確かに聞いた。誉高く、死んでこい」


 魔王は適格と判断した。規定通りの言葉をかける。

 大剣使いは立って退出し、死に場所へ向かう。


 〈人形〉は、ここに至るまでの大剣使いと魔王とを思い出さない。そのため、この場面を十分に理解しない。


 笑いを買ったか、怒りを買ったか。

 彼女は喜んでいたか。

 彼女は悲しんでいたか。

 彼女は愛おしんでいたのか。


 〈人形〉には分からない。




 月明かりと街灯とが道路を照らす。

 ここは迷宮である。

 樹上積層都市〈毒樹(ドクジュ)枝節経(シセツキョウ)アーバスキュール〉である。


 君を守る。

 その他すべてを削ぎ落とす。

 〈君守り人形〉の行動は、精密に研ぎ澄まされている。


 見栄えよく歩く。無駄な動きだ。

 見栄えよく手足を振る。無駄な動きだ。

 跪き、鉄板を差し出す。無駄な動きだ。


 動きの中には無駄がない。

 すべてが洗練されている。無駄な洗練だ。


 通常、無駄な動きは洗練されない。洗練された動きには、意味があったはずだ。


 形骸化という、魔法のあり方がある。

 例えば伏しての最敬礼は、〈王威〉が強いる姿勢から〈王威〉が抜け落ち、形式が残ったものである。王者の暴力を絶えず振るわずにすむ。

 例えば投げキッスは、接触による愛情表現から接触が抜け落ち、形式が残ったものである。相手の心構えを待たず、魅了の作用を投射する。

 形と意味との結びつきは失われる。

 起源が消え失せ、形骸が世界の記憶に刻まれる。


 無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きとは、儀礼である。


 〈君守り人形〉は鉄板を差し出した。

 鉄板は鉄板だ。

 剣として機能するには大きすぎる。

 あえて剣と称するならば、象徴なのだ。鉄板は、意味において剣である。


 君を守る、と剣を振るうことを残し、すべてを削ぎ落とした人形が、うやうやしく頭を垂れた。

 洗練された形式を、当世の誰も知ってはいない。

 無意味に見える動きの意味を、誰もが正しく理解しよう。


「我が君」


 臣従儀礼である。


 わたしは魔王と少女が名告った。

 君を守ると甲冑騎士が名告った。

 それが魔法の完成だった。

 結びつきの再生だった。


 月明かりと街灯とが道路を照らす。

 ここは迷宮である。


 不意に、強烈な光が、浴びせられた。


 探照灯(サーチライト)だ。

 公的な武力組織の一つが、〈君守り人形〉という強力な魔物を捕らえに来たのだ。

 人の知が闇を照らし出し、魔法を暴こうとする。

 武闘する二人の時間が終わる。


「都市には都市の魔が潜む。対抗して人は目を光らせる。お人形さん、今夜はスポットライトを譲ってあげる」


 甲冑騎士を置いて少女が立ち去る。夜の闇に消えてゆく。


「わたしが逃げる時間を稼げ、とは言わないよ。あなたがいなくなることを、わたしは許さない。モレリキケ・イォフォード・インヴレンドル」


 その言葉を、甲冑騎士は理解しない。

 意味を、理解する。


MOLERI(魔王の)CICAEI(戦いから)OFODIM(は逃げ)VRENDR(られない)

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