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題を補う:「負けてない」

 今となっては神話に近い、研究史の中の言説だ。


 恋する者は魔力を失うと、賢人たちは言った。

 恋情はあらゆる言動の来歴となりうる。その者には「恋ゆえにお前はそのようにする」との暴露作用が働く。陳腐なイメージに魔力はない。

 またはこのような理由がある。

 魔法の戦いの勝利とは、相手を見惚れさせることだった。他ならぬ、「これに敗れるならば納得できる」と考えたときにこそ、その者は敗れるのだ。




 亜竜人(ニュー・バジリス)ヴィクロム・インヴィットは負けたことがない。

 最強の自認そのものが、彼に強さを与える。


 竜のイメージを引き起こして魔法を使うのが亜竜人だ。

 竜とはたとえば、鉱脈である。

 竜とはたとえば、文脈である。

 とても大きな一連のものを、人は仰ぎ見て生きていた。


 亜竜人たちはそれぞれ特定の〈竜〉を、背後の権威として頼みとする。

 鉱脈の亜竜人にも、ガルブ地方の炭鉱の亜竜人やヒオネ山の銀鉱の亜竜人などがいる。


 人は亜竜人に生まれるというよりもむしろ、亜竜人になる。

 竜を選ぶというよりもむしろ、育つ中で竜がいることに気づく。

 竜の性質と亜竜人の性格は分かち難く結びつく。


 ヴィクロムは自身を〈文脈の亜竜人〉と知る。

 何の文脈の亜竜人であるかを、知らない。


 彼は迷宮に潜って帰ると、観劇にゆくのを常としていた。

 傾向として英雄譚を好んでいる。

 勝利への渇望が欠落しているからこれを好むのか、と自嘲する。


 ヴィクロム・インヴィットは劇を観る。


 勇者一行と戦い倒れる魔王の活劇だった。


「そういえばどこに行ったものかな、あのガキ」


 迷宮にいた少女には、そう簡単には再会できまい。

 また、彼が知る魔王なら、次に会うときには確実な勝利を期しているはずだ。


「構成はオーソドックスだな。主宰が変わってから第一期だからか。楽屋ネタは勇者側に偏っている。後の展開とリンクするように使うのは上手かった。全体的に勇壮の美にもっと重点を置く方が好きだな。エルズ剣士は儚さを内包しつつ美しい演技が似合う。ミーティス魔王は何年か前にやった鬼気迫る最期が本当にすごかった」


 エルズは今回剣士を演じた役者で、若くして殺陣にキレがある。ミーティスは中堅の役者で、少し前まで怪我で休業していた。どちらも今注目を集めている俳優だ。

 この劇で勇者一行や魔王には固有名がないので、役者の名前で示す。


「罠を置いて戦う魔王を倒すのは勇気ある者だけ、ってやっぱりいいな。読み合いで強いのはお約束だしな」


 小さい頃に読んだ児童向けの物語で、「魔王の奉仕」の場面が扱われていた。もてなす相手が好むものを完璧に用意するのだ。客は最初のうちは喜び、やがて見透かされることに恐怖する。

 その巻の裏表紙に描かれた、読者と同年代か少し上の魔王も印象に残っている。


 圧迫感を控え目にして、恭順の態度に毒を隠す。

 へりくだっていても、彼女は支配者だった。


「それって、ひょっとして」


 幼い声が入ってくる。静かに心に侵入する。


「こんな姿じゃあ、なかった?」


 例の少女が目の前にいた。


 たった半日ぶりである。印象は大きく異なった。

 二つ結びの髪は下ろしてある。落ち着いた色合いの衣装を含めて、むかし絵に見たものに似る。

 挑発性を抑えて、淑やかに振る舞う。すでに攻撃は始まっていよう。


 彼の知る魔王なら、確実な勝利を期しているはずだ。


「どう、この格好?」


「ぜんぜん好きではないな。かわいいとも似合うとも思わない」


「児童歴史物語シリーズの『まおう』二巻裏表紙に似ているか、って言いたかったんだけど」


 魔王は読み合いで強いというのがお約束だ。

 冷や汗が出る。勝利のイメージがない。


 勝利のイメージをヴィクロムは問題としない。敗北こそを問題とし、勝利を確実にすることができる。何らかの文脈の亜竜人として、その力を行使する。


「魔王はオフだと言っていなかったか。お前と魔王は関係ない」


「うん、今わたしと魔王は関係ない。でもあなたにはどうかな」


 隙を突かれたと感じた。

 ヴィクロムは少女と戦っている。少女が勝つ気でいると確信できる。

 自分が戦いの場にいるというイメージがわかない。

 何をすれば自分は負けるのかも分からないまま、追い込まれている。


 危機感だけが募り、そのまま詰みへと誘導される。


「魔王が俺のなんだってんだ」


 言い捨てのつもりだった。


「初恋」


 少女は即答した。


 ヴィクロムは笑い飛ばそうとして、失敗した。

 小さい頃に読んだ本や、寝る前に聞いた昔話を思い出す。

 自分が魅力を感じるような振る舞いや気質を思い出す。

 〈文脈の亜竜人〉になった時期のことを思い出す。

 解釈の網が編まれてゆく。その中心の主は誰だ。


「理解した?」


 それが、魔法の完成だった。

 ヴィクロム・インヴィットは、自身を知った。


「俺は、〈魔王譚の文脈の亜竜人〉」


 よくぞ名を当てたと、どこかで竜が歓喜する。

 道理で敵わないわけだ。彼が頼みとする竜は、魔王を源流としていた。


「じゃあ、なんなんだ。魔王に仕えると誓いでも立てるか」


「わたしは相手が特に好きでないものを出して、じつは好きだったように思わせることもできる。偶然の一致を、見透かしたものと後付けすることもできる」


 彼女は喜んでいたか。

 彼女は悲しんでいたか。


「初恋は実らないものよ。来歴はしょせん来歴で、本質だか真の愛だかとは限らない。時間を置きなさい。あなたの話なら紅葉が舞う季節にまた聞く。身を焼くと知って魔王に近づくならそれもよし」


 彼女は愛おしんでいたのか。

 青年が知る通りの魔王だった。


 そのように少女は期限を定めた。


「焼かないと確信して近づくなら?」


「それでもよし。真っ直ぐで素敵ね」


「生意気な。生意気で魅力的だな。紅葉が舞う季節に聞かせてやる」


 そのように青年は期限を定めた。


 その者とその者が魔王と亜竜人であるための約束をなすことになる。


 恋する者は魔力を失うと、賢人たちは言った。

 今となっては神話に近い、研究史の中の言説だ。

 現在では、恋は偉大な魔力の源泉とされている。


 それが魔法の完成で、魔王の再話の始まりだった。

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[良い点] 主従が完成した……激熱!
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