EO CARTIVVR FOREIAM
劇団主は夢を見る。
魔王の最期だった。
「かっ、はは。悔しいな」
曲がった二本の角は折れた。
手足はいくらか欠けた。
胴には穴が開いた。
魔王の身体は立っていた。
正確には、身体が杭で縫い止めてあり、倒れることがない。
それは、晒される刑死体か。それは、魔王の最後の威厳か。
傷だらけに敗れても、彼女は支配者だった。
「生に悔いはない。死に悔いはない。全力をふるい、すべての技を破られたのだ。ここに悔いはない」
死にゆく魔王に敬礼を向けよ。
名も無き戦士らに喝采を捧げよ。
「伝承されない訳だ。都合が悪いものな。諸勢力は合い争う。出身異なる者らが今は団結し、わたしを倒した」
後世の作り話の中にいる、と未来人が言うのも頷ける。できすぎた話だった。
気高い敵たちの誰一人として、魔王を倒すのに欠かせなかった。
あらゆる罠にあらゆる致命の一撃を織り交ぜる魔王と相対した。
正しい判断を下し続けただけでなく、その判断に運命を託した。
その美質を、何と呼ぼうか。
「勇気ある者たちよ。悔しいな。忘れられてはならない者たちよ。いなくならないでくれ」
そして彼女は辞世の句を詠み、慈悲の一撃を待つ。
句を、夢から覚める劇団主はよく覚えていない。途中から意味がほどけてゆくのだ。
勇ある者は覚えられてあれ。優れたる者はエズメラミ。エオカルティーウルフォレーアン。ケールルイェーリピフェズメルメ。
劇団主は、聞き取った音を書き残す。誰かが読み解いてくれるように。
願いは果たして、叶ったか。
少女はゆったりと腰掛けて舞台を眺める。
このような演劇は、大筋を知った上で見るものと想定されている。
観客たちはこの後の展開を知る。観客たちは視線を注ぐ。
剣士が罠を避けながら魔王へ迫る。
役者が上手に歩むのに合わせて、軽快な小軍鼓が打たれ、殺陣への期待を高める。
より俗な見世試合などでは、この舞台での魔王の戦い方は嫌われよう。
あらかじめ設置した罠が相手を遠ざける。一方的に遠隔攻撃を加える。
敵役に据えるにも面白くない。
膨大な魔力を備えた者にとって妥当な戦法ではある。
対し四人からなる勇者一行は、一員である剣士を支援し魔王のもとへ行かしめた。
仲間たちが魔法攻撃を引きつけ、回避のため指示を出し、身体に加護を加える。
先までの幕で四者は利害や文化背景の違いから反目し、困難を越え、互いの協力を約束していた。
少女は瞬きも惜しんで舞台の上の顛末を見守る。
彼女は、この物語がとても気に入っている。
近年に歴史小説をベースにして創作され、すでに翻案がいくつかある。全て把握しており、引きこもっていた四年の間の新作はこれから観る。
運命が英傑を弄ぶ悲劇も、栄華が滅びゆく無常劇も、恐ろしげな魔王がせっせと罠を置く滑稽劇も、大好きだ。
何より気に入っているのが、勇者と呼ばれる人物である。
この呼称は古くから使われ、王に選ばれた戦士を表した。当世では魔王を討つ者への添え名として定着している。古代史の中でどこの誰が魔王を倒したのかは明らかになっていないのだ。
この作品は勇者という称号を、魔王を討つ者には勇気という美徳が必要なのだと再解釈した。
冒険譚の定番として、協力して異なる文化や信仰に基づいて身につけた技能を組み合わせる展開がある。
この物語で四人もそれに従う。魔王をくだした後の敵対を予期しながら、仲間の協力に対し信頼をおく。そして信じた判断に対し運命を託すことを、勇気として称えるのだ。
舞台の上で剣士が魔王に躍りかかる。
「剣の間合いならば勝てると言いたいか!」
魔王は剣の腕において劣る。そして、有利に立ち回る。あちこちに伏せられた罠で、相手の行動を制限するのだ。
剣士が傷を負わされてゆく。
もちろん、最後に勝つのは勇者らである。
剣士は大打撃をもたらす罠をあえて踏み抜き、魔王に必殺の一撃を突き立てる。
背後で癒し手がすでに術を起動しており、剣士は命を拾う。
仲間を信頼したか。裏切られれば死んでもよいと考えたか。
「見事」
魔王の最期だった。
死にゆく魔王が独白を紡ぐ。
劇のお約束だ。死に瀕した敵将は、手向けの音楽とスポットライトの下で言葉を遺す。
劇中の人物ではなく、観客に向かって語りかける。
「悔しきかな。あれほどの勇士が、忘れられるか。この魔王の名もかの勇者の名も失われゆこう」
「惑わし妨げる魔はあり続けよう。魔をはねのける勇気はあり続けるか」
「信じるか。未来の裁定者よ。どうか答えてくれ」
「勇ある行動は失われないと」
「あなたがたは信じるか」
舞台から魔王が問いかける。
太鼓が背景音楽を中断する。
「信じるよぉぉっ!!」
少女は客席で叫びを返す。
彼女だけではない。客席中から返答が起こる。
信じるか、と役者が問う。信じるよ、と観客が答える。
劇のお約束だ。
舞台の上で魔王が力なく頷く。
「覚えられてあれ」
劇は魔法である。
信ずるや、と魔王は問うた。信ず、と未来人は答えた。
それが、魔法の完成だった。
月日に忘れられた魔王の死は、ここにあった。
失われざらんことを彼女が願った勇気は、ここにあった。
「勇ある者は覚えられてあれ。優れたる者は覚えられてあれ。エオカルティーウル・フォレーアン。ケールルイェーリピフェズメルメ」
辞世の句を詠み、魔王は身体から力を失う。
役者は、崩れ落ちるのではなく立ったまま死亡を演じる。
それは、魔王の最後の威厳か。
天の声がその後の転変と無常を語り、万雷の拍手の中で幕は閉じてゆく。
舞台での辞世の句は、詩節として不完全だ。行数が足りない。意味の上でも途切れている。
欠けた行を補うことができるか。答えらしいものを知る者がいるとすれば、劇作家が夢に見た虚構の魔王ただ一人か。
喝采を捧げながら、二つに髪を結んだ少女は密かに歌った。
「エオ・カルティーウル・フォレーアン。ケールル・イェーリピ・フェズメルメ、イデーナン・トル・ヴィリネースォ。エオ・モーレリキカ・グウィーフシ。そう言いたかったのでしょうね」
いつでもない時代でのことだ。
どこでもない場所でのことだ。
誰が聞き取るか。
夢物語の魔王が最期の言葉を呟く。
EOCARTIVVRFOREIAM
CEIRVRIELIPIFESMERME
IDENAMTORVIRINESVO
EOMOLERICICACVIFSI
その言葉を、諸資料は伝えていない。