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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
望まれた神々の終末
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プロローグ:淫らさについて

 フィオナ・エクラフィオンは、どこかに飛んでゆきそうな人ばかり好きになった。


 土地に根付かない、冒険者とか探索者という人々は非常に好ましい。昔の英雄を想起させる。

 当世で冒険者といえばアナーキー志向がつきものである。多くの冒険者は、国家など一つも存在すべきでない、と素朴に当たり前に信じている。

 フィオナ・エクラフィオンは、そうした人物が好きだった。


 理論的背景をもたない素朴な反国家者(アナーキスト)に、国家の統治が機能している地域でお目にかかることは少ない。

 幸いにも、国際法人〈アザナエルの使徒たち同盟公社〉技術支援部門部長代理という立場には、無国家地帯に行く機会が多くあった。

 無国家地帯では貧困や荒廃が放置されがちであり、〈使徒たち〉の介入の余地が多いのだ。


 これから行くのも無国家地帯の一つだ。

 独立の気風が高く国家権力が及んでいない。部族制やギルド制が健在である。冒険者たちが盛んに動き回る迷宮産業都市が形成されている。

 もちろん治安は悪い。

 南ユグドラシル人民共和国の樹上自治区、あるいはオルドラ王国の(かみ)ユグドラシル州、当地の人々の自称によれば、〈毒樹(ドクジュ)枝節経(シセツキョウ)アーバスキュール〉という。




 当世の基準でもだいぶ変な男なのだ、とガレンティナはうすうす気づきつつあった。

 太陽の光が木の葉の間から優しくそそぐ。

 ここは迷宮である。樹上積層都市〈毒樹枝節経アーバスキュール〉である。


 ガレンティナは中古代の兵士、末期の帝国兵だった。変な魔法使いによって女にされ、攫われてきたのだ。

 最初の数日間は、変な魔法使いヴィクロム・インヴィットに関して、時代が離れているから異質に見えるのだと思っていた。

 たぶん違う。


 当世の人々についても、探索者という人々についても、かれを平均的な人物と思ってはならないのだと理解した。たとえば、かれは部族的な馴れあいを拒んだ。

 いっぽう探索者の間には、義兄弟とか擬制家族を好む傾向があった。多くの探索者たちは、血縁を模した集団に属し、それをクランと呼んでいた。血縁とか姻戚とか伝説上の祖を共有する部族とかも、探索者社会で力を持っているようだった。


 そして、ガレンティナの知っている時代の家門や家族と大きく異なってもいた。家長の権限もずいぶん弱いようだった。それに、しばしば家族のメンバーの間で喋る言葉が異なった。


「ふだん会う人誰もに母語が通じるといった状況は、人間の良心を腐らせるしな」


 ヴィクロム・インヴィットには理屈っぽいところがあった。

 ふつう、いちいちそんなことは考えない。当たり前にある状況だからだ。この時代で知り合った何人かに聞いてみたら、母語がバラバラであることの効能だの意義だのについて考えたことがある者は他になかった。


 無神経だとも思った。誰にも母語が通じない女に言うべきことではない。

 ガレンティナの言葉を片言でも喋るのは、亜竜人ヴィクロムのほか、ユヌとかいう大剣使いしかいなかった。迷宮を出たとたん言葉が違うことに気づいて驚いたものだ。



 生活に必要ということで、とりあえず日常的に使う決まり文句を覚えた。

 それから、亜竜人にもらった天教聖典の神話部分を読んだ。聞いたことのある文言について現代語の対訳があるため、学習に便利だった。


「典礼言語に母語の感覚が通じるんなら、食い詰めることはないと思う。その辺の教団でも研究機関でも重宝されるはずだ。こう言ってよければ、不幸中の幸いだ」


 不幸の元凶がそう言ってよいわけはない。亜竜人ヴィクロムなる男は無神経だった。

 ともかく古代人という立場は、ときに有利ではあった。言葉遣いや立ち居振る舞いが不自然でも大昔の人だからで済むし、そのうえで古典を引用すると格好がつく。


 格好がつく、というのは探索者社会できわめて重要らしい。探索者は見栄えに気を遣うのだ。ある種の傭兵のメンタリティにも近い。ナメられたら負けの文化といえる。

 その点でもかれはだいぶ変な男で、見た目を気にしないふうだった。



 中古代の諸々の信仰の中で、ある信仰者たちは自分が肉体をもつことを恥じた。ある信仰者たちは厭うた。ある信仰者たちは恐れた。

 この男は自分が肉体をもつことに気づいていなさそうだ、とガレンティナは思った。


 良くも悪くも、ちょうど読んでいた聖典の教えに忠実に見えた。良し悪しの割合でいうと二対八ぐらいだ。

 聖典の教えというものについて、かれは語る。


「教義なんて宗教という現象の中で一番どうでもいい部分だろ」


 本気なのか揶揄なのか何なのか分からない。たぶん本人にも分かっていないのではないか。


 ガレンティナの生きた帝国崩壊期、特に都市部で、教義というのは極めて重要だった。

 学者たちは優れた弁舌で敵対党派をやり込めた。それぞれ人を圧倒する壮大な世界観を語り、論を戦わせた。

 しかも、より破綻した理解不能な学説を採って勝利すれば、人智を超えた力によって勝利しているとされ、尊敬を集めた。

 破綻した壮大な教義を掲げ、うまい理屈を繕うならば、優れた教えということになる。

 狂った時代ではあった。


 大多数の人は穏やかな信仰生活を送った、そんな論者は一部の狂人だった、という面もあるにはある。

 人々は穏やかな生活を送りながら、狂信者を持て囃した。熱狂的な信仰実践者は、遠ざけるべき変人というより、面白い人気者だった。


 結果として、「帝国法を守る必要はない」とか「家父長の責任を放棄すべきだ」とかいった反社会思想が蔓延した。

 ガレンティナは、帝国兵だった頃から、苦々しく思っていた。

 ある種の狂信者は自由とか称して妻子を捨てた。崩壊期当時の状況下、女子供の自由など害を受ける自由でしかない。


 取りこぼされた人々を、たとえば死母神が拾い上げた。

 死母神は駆け込み寺(アジール)の神である。見捨てられた貧者や女子供を助ける。



「わたしのヴィク。あなたには、立場の優越に見合うだけの献身が求められている」


 死母神の一種が言った。

 ガレンティナは、軽んじられている旨を魔王に言いつけたのだ。

 すると、厳重注意があった。


 魔王譚文脈の亜竜人ヴィクロム・インヴィットが、両膝と両手をついて座っていた。


「心得ております」


 ヴィクロムが言った。

 心にもないこと言いやがって、とガレンティナは思った。


「ふうん」


 魔王は少し思案する素振りを見せた。

 次の言葉は、脈絡のはっきりしないものだった。


「ところでわたしには、人を殺さずにおくことが、好ましい。しかも、懇願されて仕方なくという体裁を取るのが、大好きだ」


 脅迫かと思えば、そうでもない調子だった。


「ちょっと待てや。少々お待ちいただけますか。

 まず、前置きとして、俺はあなたのことを尊敬しています。人を殺す習慣を退けるのは正しくて、あなたに相応しいと思っております。そのうえで言わせてもらいますよ」


 ヴィクロム・インヴィットがぐだぐだと語り始めた。


「極限状況での人の感情や人の命を弄ぶな、と言いたいのか、わたしのヴィク」


「分かっているのなら、やめろ!!」


「卑しい女とも言われたものだよ。はっきり言っておくと、懇願されて仕方なくという体裁で己の欲望を満たす特権が、女の子にはあった」


 はっきり言ってくれるのは、ガレンティナにとって嬉しいことだった。

 あれをしてほしい、これをしてほしい、などと明確に要求することは、そうそうできるものではない。隷属する身なら、なおさらだ。

 ヴィクロム旦那様におかせられては、的確に先回りしてガレンティナに施しを賜ることが望まれる。そのぐらい望んでもよいではないか。


「人の命を弄ぶ特権は誰にもないけどな」


 また訳の分からないことを言い出した、とガレンティナは思った。死母神が命を弄ぶことを非難するぐらいなら、太陽に向かって沈むなと叫ぶ方がまだ道理に合うではないか。

 死母神とは、生きとし生ける者すべてに脅威を与える恐ろしい神様である。多くの信徒たちは、殺さずにいてくれることへの感謝という形で信仰を捧げた。めちゃくちゃな神であった。末期の帝国では人気を集めた。


「女の人の特権うんぬんも時代錯誤に感じる。さっきの、立場の優越が献身を要求するって建付けの方がよくない?」


「否定したくば、献身と一方的な自己犠牲との区別をつけなさい、わたしのヴィク。今のあなたは、それを理解しない。献身は尊く、自己犠牲は悲しい」


 ガレンティナは疑問を抱いた。

 クロノス教や魔王教の過激な信徒たちは、儀礼的な自傷や自殺を行じた。自らを生贄に捧げることで神への信仰を表していた。


「ガレンティナ。自己犠牲と呼ばれるものにわたしが低い評価を与えてはおかしいと、あなたは言うのか」


「そうです。そうですよ。あなたは自己犠牲を受け取る神ではありませんか」


「悲しい者たちだった。生贄など受理されぬ。わたしの民が、自らを捧げるまでに追い詰められたのは、わたしの責任である」


「責任範囲が広すぎる」


 ヴィクロムが呟いた。

 過激派の魔王教徒は集団自殺を実践した。歴史上の人物としての魔王が生きた時代から数百年後のことである。


「わたしのヴィク。先ほど、時代錯誤、とか言ったか?」


「え? あ! 失言でした。俺は、千年か二千年のはるか昔に生きたという事実によって、抱く価値観を否定しました。たいへん失礼いたしました」


 正確には、主張内容が時代錯誤だという旨を述べた。そして、その旨述べた発言が、少女を生まれた時代によって軽んじるという行為を構成したことを、亜竜人ヴィクロムは認めた。


「たいへん失礼したにしては、ちょっぴり頭が高いのではないか」


 すると、ヴィクロム・インヴィットは額を地面につけた。


「申し訳ございませんでした」


 ガレンティナには、胸のすく思いだった。

 死母神は、理屈を並べて人を侮る輩を挫く神なのだ。人にとって、ただ身を低くして畏怖することだけができる。

 人にとって、神のほか、畏るべきものは一切ない。布施が少ないからといって地獄に堕ちはしない。権力者に媚びたからといって救われもしない。意地悪な姻戚も、攻め寄せる蛮族も、威張り散らす荘園主も、神の前では飼育下の獣と同じである。めちゃくちゃな神であった。末期の帝国では人気を集めた。


「ガレンティナ」


 神としての魔王が、ガレンティナに呼び掛けた。


「はい」


「あなたは戦士の女である。気高くありなさい。一方的に施しを受けるに甘んじてはならない」


 考えてみるとガレンティナは、生きてきて一番というほどふかふかの寝台を与えられた。亜竜人野郎は寝るとき壁際で毛布にくるまっていた。外へ出るときは靴紐も結んでくれたし、屋内に入るときには手足を清めてくれた。ガレンティナの知らない道具を使って髪をととのえ、歯を磨いてくれた。

 お姫様として遇しようという雰囲気があった。


「それを受けるに値する者でありなさい。正当な裁量を持ち、正当な責任を引き受けよ」


 もともとガレンティナとしては、一方的に施しを受けていてよい、と言ってもらいたかった。女にそんな責任はない、と言ってほしかった。

 とはいえ魔王ほどの実力者が気高くあれと告げるのなら、受け入れた。

 都市の治安は帝国崩壊期と比べ物にならないほど良好だ。家長権の源泉が女子供の保護にあるなら、当世で弱まるのは道理でもあった。


 総じて、ガレンティナは魔王に厳重注意を願った結果、体験に満足した。




 昔むかし、東方のカルテリ伯家にジエルナという娘がいた。ジエルナは不満だった。北方蛮族の王に嫁ぐことになったのだ。


「カルテリ伯家は、これほどにも落ちぶれてしまったというのですね」


 ジエルナは名誉に敏感だった。自分を侮られるのが大嫌いで、生家を侮られるのが大嫌いだった。その二つは彼女にとって同じことだった。

 じつに、貴族の女にとって一族の誇りは自身の誇り、一族の恥は自身の恥、と言われる通りである。


 義務と割り切って蛮族の王に会ってみれば、印象はけして悪くなかった。

 ジエルナを娶るにあたって流暢な文明圏の言葉で愛をささやいた。殊勝な心掛けである。

 いくつか当てこすりを言ってみせると、機知に富む応答でやり返された。頭はきれるらしい。

 悪くないと思ってみれば、粗野な所作もむしろ快活に感じた。ともに暮らして事業を盛り立てる相手としては、東方の陰険な貴族に比べて、好感が持てる。


 最初の夜の終わりのことである。新郎は、予想外にも、古めかしい儀式次第に従ってくれた。新婦一族の祖霊を呼び、先祖たちの美質と並べて新婦を讃え、娘をくれるよう請願したのだ。天教や主神教の普及によって廃れかけた習慣である。


 曰く、ジエルナの瞳は、聡明なるアールノの瞳である。曰く、ジエルナの髪は、美麗なるゼルネオの髪である。


 ジエルナは、同じことを言われて育ったことを思い出した。


 あるとき、女である自分が男である戦士たちの美質を継ぐとはどういうことか、と気になって尋ねたことがあった。

 母たちは教えてくれた。

 武家の女の義務を、ジエルナや、お聞きなさい。男たちは目先の利益につられて、貴族(とうときやから)の本分を忘れるものです。

 一族の恩や仇、名誉の記憶をよく保持し、必要なときに武力を振るうことこそ、尚武の貴族の本分です。男たちを励まし、叱り、また脅すことによって、義務を果たすよう導いて差し上げなさい。

 じつに、ジエルナや、母や姉妹たちの叱咤なくしては、アールノは弱腰、ゼルネオは愚物にすぎませんでした。かれらをカルテリ伯家の男にしたのは、名誉を重んじるカルテリ伯家の女たちだったのです。

 一族の名誉や恥のすべてを、私たちは負っているのだと、あなたも自覚なさい。


 蛮族の王は、彼女の先祖たちに懇願して言った。


「畏れ多くも(まみ)えるを得た娘は、カルテリ伯家の宝石に等しい(ひと)です。あなた方英雄たちの裔として美質を残らず受け継いだ娘、ジエルナが、俺にはほしい」


 気分を害したと言ったならば、嘘をつくことになる。

 王の言葉は、ジエルナに高揚を喚び起こした。寝物語に聞き知る先祖たちの名声は、ジエルナとともにある。私は、栄えあるカルテリの娘だ。令名高き先祖たちの裔として私はここにいて、一人の粗野な英傑の熱望を受けているのだ。

 この男は、分かってくれている。私がいかに重んじられるべきか、分かっている。カルテリ伯家の名誉がいかに重んじられるべきか、分かっている。


 翌日、不和がないかと気をもんでいた両家の者たちは、二人の様子を見て安心したとのことである。

 それから王はカルテリ伯領で橋や聖堂を建設し、北方のいくつかの領について通行権や徴税権を気前よく譲った。


 逸話は、家父長の義務を怠る夫をもつ妻たちにとって、憧れの物語となった。また、婦人の幸福を願う古くからのまじないの技と関連付けられ、まじないの効果の起源譚とされた。

 その王こそは北アルカドの魔王ことハシュペフチャであるという。東方地域には珍しく、魔王を讃える物語である。識者の指摘するところ、古くからのまじないの技では、以前から魔王の名にかけて幸福を願っていたともいう。


 なお聖堂の教主は同じ件で、邪教の儀式を執行した罪、結婚と称して猟奇的な人身売買に携わった罪、聖堂を激しく冒涜した罪、常習的に王を僭称している罪に問い、婚姻の無効、諸々の契約の無効、土地に対する権限の無効を宣言した。

 その後、カルテリ伯の臣民たちは、譲り受けた北の地に行くと、教主の権威をたてにとった地元の蛮族に金品を要求され暴行を受けた。

 西の聖堂の教主はハシュペフチャをねたんで、よき人々に蛮族をけしかけるなど、最低で異端的で天教徒の面汚しだと、語り伝えたということだ。




 近古代に流布した伝承の中で、上古代マリニアの魔王は、権力を求めて人を誤った信仰に陥れたことで知られる。

 しばしば同時代の僭主ハシュペフチャへの揶揄を込めて、はるか昔の魔王について人々は語った。


 石や苔が光を放ち、広間を幽かに照らす。

 ここは迷宮、無形魔王城である。


「ネルちゃんは、わたしに向かって歌った。

 私は讃える、王は治水を指揮なされた

 三角州にて跪拝する

 私をして両の河川を持ち上げさせたまえ

 天を仰げば王は私を見下ろす」


 ネルちゃんこと、搾吸牡(サキュバス)のオモネリヤは、魔王の前で辱めを受けていた。

 サキュバスには襲名の習慣がある。かつて皇帝を唆し、正しい教えを迫害させた悪女の名を、ネルちゃんは継いでいた。

 天教が覇権を得て以降、古代帝国における愛国詩人オモネリヤは悪しきイメージとともに語られたものだ。


「わたしは行動によって応じた。

 解釈を試みなさい、ハシュペフチャ」


 魔王に指示され、アルカドの帝王ハシュペフチャが少し考えて答えた。


「はい、師姐上(あねうえ)。詩人は実った作物を私と称しています。肥沃な土壌に種を埋めれば、灌漑の水を受けて、上に育つということです」


「悪くはない。天啓詩人のもつ力は植物が育つ力と通じるものね」


「そうなんですか」


 文化的背景についての知識が、ずっと後代のハシュペフチャには欠けていた。


「わたしの時代に、季節の王権儀礼として祭儀場に三角州を再現したことはご存知かしら、ハシュペフチャ」


「初耳ですね」


 上古代マリニアでは、豊作を祈願するとともに、土地に対する王の権限を確認する儀礼が行なわれた。祭儀場には三角州が再現された。

 流量の季節的な増減への説明として、神が河川を持ち上げる神話が伝えられた。その神話を前提として、水を運ぶ儀礼行為がなされた。


「王権儀礼の一環として、王を讃える詩を詠む習わしだった。ネルちゃんの詩は、素直に理解するなら、そこに位置付けられる」


 背景を知る者は詩を聞けばすぐに、例の豊穣祈願を兼ねた王権儀礼のことだ、と分かるのだ。

 ハシュペフチャが呟いた。


「分かるわけがなさすぎる」


 ネルちゃんは辱めを受けていた。ネタを解説されるという辱めだ。


「問題は、素直に理解することはできないという点にあるの。通常なら特定の王権儀礼で詠まれるべき詩を、その外で詠んでいるのだから」


「師姐上、王を讃えると明言しているのは素直に受け取っていいのでしょうか」


「もちろん、この詩の主旨は王を讃えるところにはない」


「ないんですね。確かに、サキュバスが王を讃えると明言したなら、皮肉と受け取りたくはなります」


 サキュバスは、正当とされる権力の強制を拒む傾向にある。皇帝をたぶらかし、家父長権を無視する。


「あ。ひょっとして、詩的伝統において河川というのが、脚を連想させることはありますか?」


 サキュバスについて考えたことで閃いたか、ハシュペフチャが言った。


「正解」


 上古代マリニアにおいて河川交通は主要な移動手段だった。とくに両の河川と言ったときには、両脚を連想させる。


「下ネタですか。三角州(デルタ)って、隠語の用法だったんですね」


 ネルちゃんは辱めを受けていた。ネタを解説されるという辱めだ。

 ハシュペフチャが到達したのは、まさしくネルちゃんの意図したところだった。

 ネルちゃんは言った。


「ふうん。ハシュペフチャ様って、意外と鈍いんですねえ。サキュバスが詠んだんだから、下ネタに決まっているじゃあありませんかあ。ねえ、メアちゃん」


 ネルちゃんは魔王に愛称で呼び掛け、魔王は応答しなかった。


「無視ですかあ。わたしは行動によって応じた~、ってのを実際にやったときは、大騒ぎだったのに。私の舌は秘密を暴くんですよ。

 すました顔した神官さんは、なんか言わないんですかあ?」


 祭祀者ウァコルは応答した。


「我が王におかせられましては、淫らな用途で祭儀場や祭具の足首飾りをご使用にならないでいただきたい。拙僧から言えるのは、それに尽きます」


「ウァコル! お前はわたしを侮っているのではないか。どういう意味で淫らさについて語っている?

 一つには、祭祀が伝統の儀式次第に反することを指す。一つには、性的逸脱を指す。

 弟弟子はたぶん後者だと受け取ったのではないかしら」


「は!? 違うんですか?」


 ハシュペフチャの考えでは、師姐とサキュバスは性的逸脱にあたる行為に及んでいた。

 かれの時代、色男たちはよく相手の足首に鈴を結わえ付けて、不随意に足が跳ねたときの音を楽しんだ。聖堂からは悪しき習慣と非難されていた。


「ま、我が王のありがたいお言葉を拝聴することとしましょう」


 祭祀者ウァコルが揶揄を込めて言った。

 魔王が答える。


「上古代の価値観で、性的な行為とは男性生殖器がかかわるものに限られた。

 女だけで何をやっても、該当することはないの」


「ああ。なるほど」


 近古代の開明的な君主ハシュペフチャは、上古代東方文明の『愛情論』を読んでいた。『愛情論』は、男と男、女と女、男と女、という三通りの愛情を考察する。そして、性交渉の章では、男と男、男と女、という二通りを考える。明らかに意図的な除外である。

 上古代東方文明の論が記憶に残っていたから、納得できた。


 ウァコルは言った。


「それで、我が王。伝統の儀式次第に反した祭祀でない、ということをも論じてくださるのでしょうか?」


 伝統の儀式次第に反した用途、つまり淫らな用途で用いたと王を非難する余地が、学士にはあった。

 それを聞いて魔王は言った。


「昔からの儀式次第によれば、女たちは洞窟の祭儀場に集い、叫び、血を浴び、互いに抱き合った。無秩序を儀式の主旨とする乱痴気騒ぎであった」


 人はすべてのしがらみを忘れ、心を解放する。上古代でよくある話だった。

 性的な行為には必ず男性生殖器がかかわった。いっぽう、狂乱儀礼(オルギア)で発生する神秘的法悦(オルガスモス)はもっぱら女たちのものだった。


「古くから、どちらかといえば正統でない信仰ですよ」


「ウァコルはご存知でしょう。最初の詩人アディケルは水牛の背に乗ったとき、蹄の音と揺れから韻律を会得した」


 祭祀歌詠の起源譚である。祭祀学者ウァコルは当然知っていた。


「それが何ですか?」


「女たちがもっぱらとする悦びは、獣や家畜に乗るときの感覚と通じている。ゆえに、伝統の儀式次第に反することはない」


 神官ウァコルは沈黙した。

 言いたいことは山ほどあった。そして、それを言い続ければ負けると、経験的に知っていた。


「このあいだ、ハシュペフチャも指摘してくれたな」


「そのようなこともありました」


 僭主にとって近い過去だった。残虐で権力欲に満ちていたとされる歴史上の女たちを引き合いに出し、揶揄して言ったことがあった。

 曰く、女に権力を握らせると残虐行為に走る傾向にある。原因は幼い日の戯れにあるのだ。親戚の大人の男たちは、女児の戯れに付き合い、背に乗せて運ぶ。すると乗られた男の背骨は女性生殖器を刺激する。こうして、大きく強い男に命じて跪かせ尻に敷くのは心地よいと学ぶのだ、と。


「わたしは、お前の要望に応じて、お前に乗ってさしあげたな」


 王侯貴族は軽々しく頼みごとをしない。何かを勧めるときや頼むときは、婉曲に伝える必要がある。名誉や体裁を重んじてのことだ。相手によい感情が生じる旨を述べるのは、勧奨や依頼の行為を構成する。

 少女は揶揄を、背中に乗ってくださいという依頼に読み替えて、言いくるめた。

 第四階層で探索者の前に現れたとき、ハシュペフチャに乗っていたのは、このためである。


「他にもご満足いただける技を身につけておりますよ」


「ネルちゃんに施してやりなさい」


 サキュバスのネルちゃんは、ハシュペフチャの言うのは真実だろうと思った。


師弟君(おとうとぎみ)の強壮ぶりと技の巧みさは、(わたくし)めも存知あげております。メアちゃん様」


 魔王に対して、おどけて言った。

 じっさい、アルカドの魔王僭称者が女を満足させる技において優れているというのは、よく知られた言い伝えだった。


「ハシュペフチャ。わたしは、お前に覚えさせたのと同じ手信号を、ネルに教えておいた」


「女を下賜品としていただくのは、必ずしも俺の趣味にそぐうとは言いかねますがね。師姐上」


 ハシュペフチャ王は、人間を物品として扱うことを好ましく思っていなかった。


「その子は軍隊の(ノリ)で躾けられるのが大好きだと思う。あっちの部屋を使ってよいから、かわいがってあげなさい。

 わたしには祭祀学者との話し合いがある」


 魔王が指をさすと、その方向の壁が動き、小部屋の存在を明らかにした。


 ハシュペフチャが苦笑してから、指を鳴らした。すると、ネルちゃんは、身を低くして近寄り、かれの足もとに叩頭(ぬかず)いた。

 もう一度指が鳴った。ネルちゃんは、顔を上げ、彼女に命令を出す手を注視した。

 ほぼ自動的な反応だった。


 ネルちゃんは辱めを受けていた。魔王によって手信号を仕込まれるにあたっても、恥辱とともに覚えさせられた。


「さ。行こうか。かわいがってあげよう」


 ハシュペフチャ様が言葉をかけた。


「何をしている? オモネリヤ。立て。歩き方から教えてやった方がいいかな」


 今から指図を受けて、逆らうことができないのだ、と思うと、ネルちゃんは興奮を禁じ得なかった。

 上古代の魔王に辱められるのに比べて、近古代の魔王に脅かされるのはとても魅力的に思われた。

 自由を明け渡して、一方的な行為によって自分の願望を実現してもらうのは、ネルちゃんの好むところだった。

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