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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
過去編は語り直されよ
23/58

修了の儀:校長ならびに来賓挨拶

「よくぞ、わたしを、信じると言った。

 さあ。校長先生のお話を聞きましょう」


「校長先生のお話ってなんだよ」


「インヴィット君。教養を身につけるのです」


「あ、校長先生のお話だ」


「聞き流していいよ。わたしが許可する」


 色づいた葉が床に散らばる。

 薄暮と灯明の光が教室に射し込む。

 ここは学園迷宮、〈時空(ジクウ)円周城(エンシュウジョウ)コーギトー〉である。


「人と競うためよりも、享楽のためよりも、己自身を知るために、教養を身につけるのです。

 人はしばしば、自身の好みや考えを自分だけのものと考え、また、とても偉大な人が作ってくれたものと考えます。

 ときに、人の著作や実演により、選択の余地なく自分が備えていた性向を発見するでしょう。

 ときに、誰かが自分を導くためにあらかじめ表現してくれていたと見出すでしょう。

 あなたの好みや考えは、どのように形を成していたのでしょうか。

 あなたが敬愛する先達は、何をして、何を読んでいたのでしょうか。

 影響を受けた者のうち、影響を与えた者が読んだものをすすんで読む者は、多くありません。

 かれらを位置づけ、自身を位置づける仕方を確立するのです」


「わたしは思う。

 この手の話って身をもって実感しないと意味不明で退屈だし、実感していると既知で退屈よね」


 ツインテールの魔王が茶々を入れた。


「己自身を知らなかったからといって、人に棍棒で叩かれるわけではありません。

 好みや考えの源、つまり魔術的ルーツを詳しく知ったからといって、すぐさま巧みに操れるわけでもありません。

 ただ、知ることができるのです。

 自分だけの出発点と思しきものから遡られる、誰にでも知られる来歴を、不都合な真実と、人は言うことがあります。

 ほかならぬそれらの存在ゆえに、好みや考えを、人に訴えることができるのです」


「自分の訴えなんて、正確に読んでもらわない方が、浅さがばれずに済むよね。何でもかんでもメッセージになる王侯貴族じゃああるまいし」


「あんたは王だったな」


「インヴィット君。私語を慎むのです。

 あなたの魔術的ルーツと似たものを、少なからぬ人が有するからこそ、好みや考えを人に訴えることができるのです。

 また、何も知らずに抱いた憧れを、何も知らないままにしないことができるのです。

 知った結果、ものを好み考える礎の不確かさに嘆くのか。憧れが目標に変わるのか。

 知るための営みを、学舎は支えます。


 学術と教育の聖女が、以上の言葉により、去り行く者を祝福します」


 祝福すると聖女は言った。


 それが、魔法の完成だった。

 祝福すると述べると、祝福することができる。


 続けて聖女は、来訪者に言った。


「魔王様も一言お願いするのです」


「やだ」


「とびきり甘い言葉で、愛称で呼びかけて、お願いするのです」


 その言葉を聞いて、魔の王の表情がひきつるのが、ヴィクロムにかろうじて見てとれた。

 聖女には、はっきり見てとれた。


「ダメなのです?」


「何を言うの。何をあなたは言うの。愛称で呼びかけるなどと、はしたない。本当に愛称で呼んだらどうなるか分かっているのでしょう。あなたに似つかわしくもない。場をわきまえなさい。わたしは今日、そんなつもりで来たのではない」


「一言お願いするのです」


 王はため息をついた。


「わたしとあなたの仲だものね。

 エリズ。モーラリギ・エクオン・エクオート。三千年前、または四百六十年前、もしかしたら十五年前に、わたしは語った」


「幅でかいな」


 ERIS(かつて)MORARICI(魔王は)ECVON(言葉を)ECVOT(語った)

 かつて語られた言葉にかこつけて言う。

 魔王は物語の中にしか存在しないからである。




 祭儀場である。


「未来に喚起されるわたしは、ものの分からないことを言う。

 頭領の話は、内容によってではなく位置づけによって、ありがたく、めでたい。

 ほかならぬわたしが、礼を重んじる同盟者たちに対し、使った手段である。


 さて、物語られるべき対象を知ることについて述べる。

 ある人々は、子供の鑑賞に堪える幻想と驚異とを寓意や教訓に貶めておきながら、本当の意味を見出したと主張する。

 興奮と恐怖の中を冒険する者の、透明化外套を、じつは役人への賄賂だという。

 悪しき軍勢をはね除ける、力ある歌詠の言葉を、じつは行進の掛け声だという。

 どこにも留まらない勇士の、亜竜殺しの物語を、じつは一都市の建設だという。

 生活の現実から離れたものを理解しない、つまらない人間に、なるな。

 なってしまった場合、仕方がないので、寓意により幻想に触れてもよい。


 一方で、ときに伝承がつまらなさを失う。

 人が口ずさむ英雄詩は、あらかじめ知っている者に聞かれるべきものである。人が語る驚異譚にも、何の化け物がいかに現れるかの定番がある。

 やがて人が書き留め、受け継ぎ、読み替えるうちに、前提は失われる。

 背景を知らないゆえに、韻律埋めの二つ名は昔らしさの趣向になろう。かつて言わずとも正体が知れた化け物が、何者だったのか分からず終わる奇妙さの感動を与えよう。

 遠い未来の者たちが、内輪の定番やかつての有名人を知らず、楽しむ。


 わたしは、遠い未来に語り継がれることを、歓迎する。

 かつて異なった読まれ方をしたかもしれないと、心得ておけ。もとは大した話ではないと人が言うときに、だからどうしたと言い返せ。


 わたしから学ぶ者へ、力ある言葉で祝福を与える」




「と、魔王は語った」


「三千年だか前の魔王、ぜったいそんなこと言ってないだろ」


 教室の床に紅葉が散らばる。

 ここは〈時空(ジクウ)円周城(エンシュウジョウ)コーギトー〉である。


「思い返せばわたしは、何ともつまらないことを言う。内容に反して、力ある言葉を、権威に裏付けられた宣言に貶めている。寓意だって、ごく少数の例外を除いた詩人にとって救いの道だ」


「自分自身と罵り合うなよ。浅さを露呈せずに済ますためか?」


「何年か前に似た話を、同じ口から、物語ではなくて儀礼についての話として聞いた覚えがあるのです」


「うるさい、うるさい。リクエストしておいてその態度は何よ。何年も前の自分なんて他人なの」


 ある長命者たちは、将来を憂うことなく、短い尺度で生きる。

 ある長命者たちは、遠い将来を思い続け、長い尺度で生きる。


「学術の聖女は四百年前から学術の聖女なのです」


 聖女たちは、代替わりしつつ、同じであり続ける。


「しかり。そこに肝がある。たとえば己自身を知ることで変容を経る、常に不変などと言いえない人間に、約束が統一を与えるからである」


「急に落ち着くな」


 王は言葉を続けて言った。


「時間は、神々と人々との約束によって、経過する。夜に人が火を焚くから、朝に太陽が昇る。

 文脈の亜竜人ヴィクロム・インヴィットと、わたしとが、この二人であるための、約束を定め置く」


 宣言は魔法だ。

 力ある言葉が発される。空間が織り広げられる。


「あなたは、わたしの歯を磨く。

 あなたは、わたしの爪を削る。

 あなたは、わたしの胴を、闇の中で見ない。

 そのかぎり、わたしはあなたのもの、あなたはわたしのものだ。

 あなたは誓うか」


 亜竜人は答えた。


「誓う」


 安く請けたものである。

 安く請けたにしては、似合わず厳かだった。


「詳細を知らずに不条理を課されようと、わたしによるものなら、構わないというのかな」


「いいや、あなたの不条理などかわいらしいものだ。先に語られたように、魔王物語だって近古近世の時代になって形成されたというぐらいだ」


 魔王譚のうち、当世に知られている多くは、魔王を自称した僭主の時代以降に流布したものである。愛好家たちは、長い時間と広大な伝承圏に対して限られた物語群から好みを形成した。

 見せかけの大きな広がりは、物語の霊から人間たちへの害意か、慈愛か。


「どちらが主でどちらが従かをはっきりさせてやる」


「わあ楽しみ」


 笑いにはあざけりでなく、期待が含まれた。

 少女は脅威を知って退かない人の子が好きだった。

 虚勢を張って自らを奮い立たせる者が好きだった。

 立ち向かう勇気が、好きで、好きで、好きだった。


 このように、迷宮にて喚起された魔王は、喚起した者との間に約束を定め置いた。

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