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亜竜人は負けてない(負けてないが!?)

 亜竜人(ニュー・バジリス)ヴィクロム・インヴィットは負けたことがない。


 勝利のイメージを持つことは力となる。

 魔法は強固なイメージで発動するのだ。

 最強不敗絶対最強の自認そのものが、彼に強さを与える。


「俺は負けてない」


 無敵のヴィクロム・インヴィットは、倒れ伏していた。

 簡易なつくりの衣服は泥まみれだ。


「負けてんじゃん。ばーか」


 小さな足がその背中を踏みにじる。


「軟弱。雑魚。ぜんぜん弱い。貧相。雑魚。かっこ悪い。雑魚」


 女児である。

 開放的な軽装の女児である。

 幼い目つきは、人を見下すのに慣れたものだった。

 無邪気な表情は、加虐の楽しみを含んでいた。

 舌足らずな発話は、すべて命令的だった。


 ツインテールの癖っ毛が似合う、彼女は支配者だった。


「負けてない。ぜんぜん負けてない。敗北を知りたい」


「大丈夫? 足とか舐める?」


 ヴィクロムがこの状況に陥ったのは、そう複雑な事情ではない。


 驚異に富むこの大地にある迷宮(ダンジョン)の一つ、〈幽玄(ユウゲン)歴詞根(レキシコン)ペルペトゥア〉にひとり潜り、大きく開いた部屋で少女に遭遇した。同業者だか迷宮(ダンジョン)の魔物なのかもはっきりさせず食ってかかった。その結果として、倒れ伏している。


 彼がしょうもない相手に負けることはしばしばあった。わざと負けていると感じた探索者の仲間たちは「負けてみせる茶番で、勝利というイメージの輪郭を確かめている」と訳知り顔で分析したり、「そういう趣味」と下衆に勘ぐったりするのだった。


 なおヴィクロムの、本気かどうか怪しい言動によると、迷宮(ダンジョン)に潜る目的である宝を持ち帰ることができれば、その過程で一時的に撤退したり従属したりするのは敗北ではないとのことである。


「俺は最強の〈文脈の亜竜人〉なんだぞ。負けるわけがない」


「下手くそ。権威にすがる呪文が粗末。俺のバックにはデカいお方がついてるぞーって、サンシタじゃあないの」


 名前は最も短い呪文である。堂々たる名()りには、魔法を引き起こす力がある。

 地に伏して呟くものには、ない。


「負けない、ただのガキなどに」


「そっか。それじゃあ、負けても仕方ないって言い訳をあげようか」


 少女は部屋の中を歩く。迷いなく、ある一箇所まで歩いて立った。


「面を上げよ」


 時代がかった言い回しで呼びかける。


「は? お前に命令される謂れないが? 俺は好きでこうやって床に寝ているんだが?」


「そういうのいいから」


 ヴィクロムは体を起こした。


 そこに、魔王がいた。


 彼女はまったく姿を変えていない。

 彼女は魔王の姿になっている。


 この部屋に備わった、視線誘導をはじめとする意匠が、彼女を魔王に見せていた。

 壁に描かれた肖像の一部にすぎないその身体にない部位、置いてあるだけの身につけていない装備が、彼女の一部として錯覚される。

 ごっこ遊びだ。我こそ魔王との名告りは、錯覚に訴えての僭称にすぎない。


 その演出を熟知しているという事実が、無言の名告りに正統性を与えていた。

 そして本当の名告りが宣言される。


「土地の字は水。諡の号は結束の戦王」


 いくらでも長くできる名前の列挙は、その二つで十分だった。


「川を動かす魔王にとっては、俺が雑魚にも見えるわけか」


「河川はわたしの剣である。山並みはわたしの盾である。諸部族はわたしの装飾である。匂わせ(アリュージョン)亜竜人(ニュー・バジ)の得意技だろう。お前たち新たな(バシレウス)が頼みにする背後の権威は、そもそもわたしの従属物だ」


 ゆったりと芝居じみた言葉が続く。


 魔法は強固なイメージで発動する。

 竜のイメージを引き起こして魔法を使うのが亜竜人だ。

 竜とはたとえば、水脈である。

 竜とはたとえば、山脈である。

 竜とはたとえば、血脈である。

 とても大きな一連のものを、人は仰ぎ見て生きていた。


 大きな権威を自らの力とすれば、強い。

 そして大きな権威そのものは、さらに強いのだった。


「俺は負けない」


 ヴィクロム・インヴィットは立ち上がった。


「一度負けた相手のさらなる強さを知って、立ち上がるの? 少しは骨があるじゃない」


 魔王は呆れながら薄く笑う。

 決着の分かり切った戦いが始まった。


 魔王は敗北した。


「何!? なんで」


 長い戦いだった。

 互いに力を出し尽くし、ついに亜竜人は魔王を倒した。


「結果を先に押し付けたのね。説明不要な部分を破棄することによる魔法? 〈文脈の亜竜人〉は伊達でないって?」


 火を熾すための動作を、慣れ親しんだ強固なイメージでもって省略すれば、無から火を出す魔法となる。

 そういった魔法が状況そのものに働いたのか。


「たとえばどこそこの水脈を抑えたからといって、別の水脈を扱う亜竜人を完全に上回るわけじゃない。魔王としていくつかの文脈を従えてはいるだろうけど、俺のは通じるらしいな」


「わたしのことは好きになさい」


 魔王は敗北を認めた。

 自分を負かした文脈の竜の正体には、見当もつかない。今この状況で戦い続けるのは不可能だった。


 その言葉は、思わぬ効果を生んだ。


「なっばっ何を言うお前お前、色仕掛けか!? その手は食わないぞ! お前のようなガキに興奮するなんてありえないが」


 ヴィクロムは不自然なほど慌ててわけのわからない言葉を発する。


 「何を言う」はどっちだよ。少女は少し時間をかけなければ理解できなかった。


「ああ、そういうこと。勝利の過程を説明不要と捉えているのではなくて、不要と捉えているのね。本当は敗北を求めているから」


「俺が望んで負けるわけないが!? というか負けることはないが?」


 競争や勝利の意味を傷つけ、敗北しながらにして状況を掌握する。この男が使うのはそういう能力なのだと推定した。少女が嫌うような相手だ。

 少女は亜竜人に近づき、胃のあたりに拳を叩き込んだ。


「嬉しいって言いなさい」


 ヴィクロム・インヴィットは吐きそうな顔でよろめき後ずさる。


「小さい女の子に容赦なく殴ってもらって幸せでしょう。嬉しいって言いなさい」


「最高に嬉しいです。ありがとうございます」


 このあたりまでは媚の範囲に入る。今入れた。媚びながら雪辱の機会を伺い、敗北の中で支配力を高めるには、自分に打ち勝ってきた相手の中でもやりやすい方だ。

 この男を嫌うのは同族だからかもしれない、と魔王は自嘲した。

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