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剣劇魔王の竜祭儀(ドラマツルギ)  作者: LOVE坂 ひむな
身振りは無為に磨かれた
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題を補う:「その方が気持ちいいでしょう?」

「お前の手の甲に、わたしは重量の半分以上をかけている。動くな。忠誠を誓ったのは空言だったのかな。ちょっと痛いぐらいで、わたしの足元をぐらつかせていいとでも言いたいのかな」


 今となっては神話に近い歴史だ。

 魔王の懐刀と呼ばれる大剣使いがいた。


 大剣使いは主人に手の甲を踏みつけられた。


 君守り人形、あらため利剣(リツルギ)は想起する。

 当時の痛みを覚えてはいない。

 抱いていた想いを二つだけ思い出す。

 「この女いずれ泣かす」「己はなんと幸せ者だろうか」と。




 ここは迷宮である。

 樹上積層都市〈毒樹(ドクジュ)枝節経(シセツキョウ)アーバスキュール〉である。


 頭上には電線が、地下には魔線が張り巡らされる。

 より古いものは地下にあるのだ。


 少女は騎士を連れ、ツインテールを揺らして歩く。

 葉脈と呼ばれる経路に沿って進む。

 見た目には普通の少女だ。


「劇の最終盤で、勇者の一人が魔王に近づく。魔王はたくさんの罠を張っている。信頼の置ける仲間の声を受け、罠を避けて接近するの」


 つい最近の演劇について語る。

 題材は古く、上演は新しい。


「罠を避けて進むと、歩き方が不規則でカッコ悪くなる。劇としては一工夫いるよね。この間のは、役者の歩みや体幹はまっすぐに保って、演出で見せてくれた」


 劇のお約束だ。

 役者が上手(カミテ)に歩むのに合わせて、軽快な小軍鼓が打たれ、殺陣(タテ)への期待を高めた。


「我が君。勇者とは、いかなる人物たちでしたか」


 騎士が訊ねる。歴史上に勇者というものがいたとして、魔王に挑む頃には、大剣使い〈魔王の懐刀〉は死んでいた。


「たぶん生まれた土地には居場所がない人ね。少なくとも穏やかな暮らしには向いていない」


 少女は言った。


「殺されるなら、ああいう人に限る」


 彼女は喜んでいたか。

 彼女は悲しんでいたか。


「わたしにとって勇者とは、最後の恋」


 彼女は、愛おしんでいたのか。


 それからすぐに寂しさを表情から追い出し、利剣(リツルギ)に向かって笑って言う。


「愛でるにはあなたの方がいいね、リツ。わたしより弱いくせに、守るなどと言って死に急ぐ愚か者(ういやつ)め」


 二者は目的地へ進む。

 第三枝中央癒院である。




「聖女いる? 『魔王軍、二名参陣』と取り次いでおいて」


 踏破された迷宮跡に施設はある。

 第三枝中央癒院である。


「高貴そうな若い女性の方と、年代物の甲冑を着た騎士がきたとき、通すよう言われております」


 二者は堂々と奥へ入った。


「ねえリツ、尊い聖女様はきっと『生意気な小娘と時代錯誤の騎士気取り』って言ったのよ」


「己には分かりかねます。斬りますか」


「だめ」


 ここは迷宮跡だ。

 屋内灯が均質に伸びる廊下を照らす。


 迷宮はすでに踏破され、人の建築に上書きされた。

 二者は長い廊下を進む。


「歓迎のご挨拶を申し上げますわ、生意気な小娘と時代錯誤の騎士気取り。わたくしが聖女をやっております」


 聖女が現れた。


「ほら、生意気な小娘と時代錯誤の騎士気取りだって」


「さすがは我が君」


 聖女の発言を見事に言い当てていた、と騎士は感服を示した。

 聖女は見てあざ笑う。


「わざとらしい提灯持ちですわねえ。〈提灯持ち人形〉に鞍替えさせましたの? わたくしの言うところを当てるのは、愛のなせるわざなのでなくて?」


「わたしは人形の言うことも、初対面でうっすら嫌いに思いながら頑張って当てたよ。一方であなたのことは好ましく思うし頑張らなくても言いたいこと分かっちゃうな。どちらも間違っていない。これでどう?」


「今日は何の用ですの」


「わたしは被術者で、あなたは施術者となる」


 二人だけで通用する合図を出した。

 少女は形式ばった言い方で淡々と続ける。


「目的を、両者の享楽と被術者の健康とする。被術者の両足の踝から先を、施術者が指や手のひらで圧すこと、掻くこと、撫でることを、許可する。被術者の言葉に対し、施術者が詳細を問うこと、繰り返すこと、被術者に言い直しを求めることを、許可する。被術者および施術者は、所定の合言葉を言うことで、拒絶の意思を表出し、中断させることができる。通常の言語使用で拒絶の意思を表出するものを、拒絶の意思を表出するものと扱わない」


 聖女が声に嬉しさをにじませて応えた。


「施術者は被術者に、施術者の信条に反する発言を慎むよう、求める。特に、身体特徴や来歴で望んで変更される見込みがないものに言及することを、禁ずる。施術者は、どうしてもという要望があれば、応じて、変更される見込みがある身体特徴に言及する。施術者は、他の身体特徴や嗜好に紐づけて語らない。被術者が語ることを止めない」


「合意は成った」

「合意は成った」


 二者は目を合わせて互いに頷いた。

 利剣(リツルギ)が口を挟む。


「質問がございます」


「答えるね。『どういうことですか』って言いたいのかな。漠然とした問いよね。今のは合意の確認で、互いの信用にかけて一定の限界を決めた。許可を要しない項目をも、目的に資すると位置付けるために、示した。たぶん内容と併せてあなたが気にする『どういうことか』の答えとなる。わたしに対する詰問のまねごとを含むと理解していいよ」


「我が君。その」


「『詰問のまねごとが健康か享楽に資するのか』って言いたいのかな。見ていれば分かる。そしてあなたは見ていていい気がしないと思う。出て行くか、壁の方を向いてシミでも数えていて構わないよ。その分あとで甘やかしてあげるから」


 騎士は引き下がり、壁の方を向いて立った。




 足に頭や手や口を触れる礼がある。

 足は身体の低みにある。足はとりわけ汚れやすい。


 あるいは、最も古い癒しの技は肢に口をつけることだった。

 獣は傷ついた同胞を舌で癒そうとするのだ。


 形骸化という魔法のあり方がある。

 形と意味との結びつきは失われる。

 起源が消え失せ、形骸が世界の記憶に刻まれる。


 今や癒しの技として足に口をつけることはない。

 戯れに、または形式として真似るのみだ。

 当世風に言えば、ヒトの口腔は不衛生である。


 過去に専門の癒師の技だったのかも、知ったことではない。古そうな謂れがつけば魔力を帯びよう。

 祭儀においては祭祀者の語る由来が、最もありそうと推定される成立過程などよりも優先される。


 儀礼行為をそのように実践するのは、過去にそうだったからではない。

 過去にそうだったと言われるからでもない。

 そういうことに、なっているからである。




 噂話をしていた。

 亜竜人ヴィクロム・インヴィットが、学術界の聖女に会ったそうだ。魔王譚を勉強するとのことである。


「本人に聞けばいいのに、小心者ですわよね」


 癒しの聖女は言った。


「終わらせに来てくれるなら、ふだん大したこともできない小心者の方がいい。その方が気持ちいいでしょう?」


 ツインテールの少女は応えた。

 やがて笑顔の中の寂しさを挑発に入れ替えて、聖女に言う。


「ねえ言ってみてよ、『今はわたくし以外忘れさせてあげる』ってやつ」


「『忘れさせて』とねだるのはあなたの方でしてよ」


「存分にわたしの足に奉仕なさい」


 寝台に横たわり、足を差し出す。


「すべてわたくしの手に委ねなさい」


 手で履物を取り去る。


 その先は儀礼も何もない戯れである。

 秘められてあるがいい。




 祭儀の開始について述べる。

 祭儀に向かう者は、シュロコ樹の祭壇に足を置いて立つ。

 「私はここに足を置く、信を置くために」と唱える。

 シュロコ樹は、じつは全大地である。

 かつて神々のうちの調停役が、神群を神群として定め置いたとき、全大地を踏みしめた。

 よって祭儀に向かう者は、シュロコ樹の祭壇に足を置いて、祭祀者として立つ。

 「私はここに足を置く、信を置くために」と唱えることで祭祀者は、壇に足に置くとき、信を置く。

 斯くして祭儀のため整えられる。


 さて、祭祀者は、祭儀に取り掛かる。




 歌い給え。

 骨と嵐の加冠儀礼について、血と炎の結婚儀礼について、花と岩の葬送儀礼について、穂と河の祭奠儀礼について、人は知れ。

 魔王は何を楽しむか。何を怒るか。喜ぶか。悲しむか。愛おしむか。

 過去篇は語り直されよ。

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