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19話 秩父観光2

 翌朝、俺が目を覚ますと、ギンコと目が合った。


「……おはようございます」


「うむ……」


「「……」」


 絶妙な沈黙が場を支配する。二人揃ってベッドで横になっている図である。何だろうかこれ。何の時間だろうか。


 だがそれはそれとして、眠いので事細かに言及する気もあんまり起きなかった。拠点次第ではベッドを共用で寝ることも多い俺たちだ。今回はドミトリー(何かベッドだけの個室があるイメージ)なので、二人で寝る想定ではなかったが、まぁ別に、という感じ。


 ただそれはそれとして、俺がギンコのベッドに潜り込んだなどと思われると嫌なので、そこだけ言っておく。


「「何で俺(儂)のベッド(寝床)で寝てるんだ(のじゃ)?」」


 おおっとギンコも全く同じことを考えていた様子だ。ほぼゼロ距離なのに空気が緊張に帯びていく。


「ここは儂の寝床じゃ」


「いやいや、俺は俺のベッドで寝た。それはちゃんと記憶がある。疑わしいのは夕飯の後、酒を買い込んで晩酌してたギンコの方だろ? お前ワーワー騒ぐくらい酔ってたじゃん」


「違うな。コメオが『お前上のベッドに登ろうとして落ちそうだから交換しろ』と勝手に決めて、儂のベッドに入っていったのじゃ。それを儂が『何おう!? なめるなよコメオ。よっていてもこのていど、あさめしまえじゃ!』と登って入り込み、そのまま……」


 ギンコの言葉尻が小さくなっていく。俺は確か、そう言ってベッドに入った時点でだいぶ眠気が限界だったから、そのまま瞬時に寝てしまったはずだ。ギンコが入ってきたのも気付いていないだろう。


「ギンコ……」


「違うもん」


「違わなくねーよ。お前だよ」


「違うもん。勝手にベッドをコメオが悪いんじゃもん。酔ってる儂がそんなこと言われたら売り言葉に買い言葉になるのを知っておる癖に、ぶっきらぼうに気を遣うコメオが悪いんじゃもん」


 言いながら両手で顔を隠すギンコ。語るに落ちるとはこのことか。


「とりあえず出てもらえるか? ギンコが出てくれないと俺も出られん」


「うん……」


「ほら、今日は観光だろ? お前の好きなデートじゃんか。楽しもうぜ」


「そう……じゃな。確かに、今日は長瀞デートか。よいな! 川のせせらぎを感じに行こ、うぞッ!?」


 勢いよく上体を起こし、そのまま立ち上がろうとしたものだから、ギンコはドミトリーの低い天井に頭を打って「おぁああぁぁ~……」とうずくまった。俺は「よしよし。今のは痛かったな」とギンコの頭を撫でつつ、体をズラして出口に足を出す形に誘導する。


「慰めつつ追い出そうとするなぁ~……」


「いいじゃん、慰めてんだから。ほら出ろ」


「出る……」


 出た。俺も出る。小さな梯子を下る。ギンコは頭を押さえて涙目で近くの椅子に座る。


「んで? 長瀞ってどうやって行くんだ?」


「電車がある……。それに乗るのじゃ……」


「おっけ。田舎の電車は本数少ないから、準備してかないとな。えーっと、駅まで徒歩5分。超近いな」


「出発はいつにするか……?」


「飯食って食休み済んだらってとこかね。……そんなに痛むか?」


「もうちょっと撫でてくれ……」


「あいよ」


 よしよしとしばらくギンコの頭を撫でさすりながら、俺はARディスプレイで色々と調べておく。今日の天気、川下りの運行予定。諸々だ。


「ちゃんと調べておかないと痛い目見るからな」


「天気が悪いと、当たり前だが川下りは取りやめになるからの」


「痛み引いた?」


「引いたがもう少し撫でておけ」


「何でだよ」


 笑ながら、俺は言われるがままに撫で続ける。天気予報的に、今日は運のいいことに快晴らしい。ひとまず朝飯を食ってから、出発と行こう。











 イマドキ現金のみの対応とかいう古ぼけた地方路線で、俺たちはしばらく電車に揺られた。長瀞に到着したら、チセちゃんが慌てて隠れるのが見えた。


「……」


 ……えぇ……?


「どうしたコメオ。いきなり足を止めて」


「いや、何でもない」


 俺は平然を装って進む。ま、まぁ? 七月に入ってそろそろ中旬という時期だ。辛うじて社会人となった俺としては、学生が何日から夏休みか、などという情報はとっくに忘却の彼方だが、七月という時期上、近いないし入っていてもおかしくないことは分かる。


 が、飯能でも見て、この場でも確認できた、となると、マジのガチでストーカーとしてついて来ていそうだ、という推測をせざるを得ない。だって飯能飛ばして長瀞なら偶然の可能性もあるが、秩父来る人間が飯能で下車しないだろ。いや知らんけど。


 俺は眉根を寄せて考える。動機は何だろうか、とか、何目的なのだろうか、とか。最初なら『おいおい女子中学生に惚れられちゃったよ困るねぇ俺の時代来ちゃったカナ?』とか調子に乗れたかもしれないが、チセちゃんらしきコメント辛辣さで何となくそれはない気がしている。


 なので分からない。マジで分からない。未知は恐怖の源泉だ。だからちょっと怖い。刺されても何も思わないけど、何が起こるか分からないのはちょっと怖い。ダンジョンは怖くない。死ぬだけだし。


「……ギンコ、何かあれば大声で叫べよ」


「え、何じゃ何じゃ。いきなり頼もしい風なことを囁くのはやめろ。心の臓に悪いではないか」


 謎に赤面気味なギンコはさておき、俺は窓ガラス越しにチセちゃんの姿を確かめる。うん。チセちゃんだな。うん……。


 ……なんでぇ?


「……いいや、おし。行こう。分からんことはいったん置いておくに限る」


「うん? 何のことを言っておるか分からぬが……、そうじゃな。行こうではないか。せっかくのデートじゃ。楽しもうではないか」


 自然と手を握ってくるギンコに、俺はそっと握り返しながらチセちゃんの反応を見る。んー……距離が遠くて分からんな。何にも分からん。


 俺たちは切符を駅員さんに渡して駅を出た。すると目の前に小さな出店らしきものがあって、そこの看板に「ライン下り」と書かれているのを見つける。


「お、アレではないか?」


 ギンコが小走りで出店に走っていき、背伸びをしながら店員さんと話し出す。俺はそれを少し離れて見守りつつ、チセちゃんの動きを伺った。


 彼女は俺に見つからないように隅を移動して、どこかの店に入った。そのまま様子が分からなくなってしまう。俺は口端を曲げながら、ひとまず放置でいいか、とやっと自分でも納得した。


「コメオ、券は買えたぞ。少し時間があるから、店を回ろう」


「ん、そうだな。何が売ってんだ?」


「それは見てのお楽しみよ。というか前に連れてきたじゃろうに。こっちじゃ。踏切を超えたすぐそこぞ」


 俺の手を取って速足で進むギンコに、「楽しみ過ぎだろ」と笑いながら俺は引きずられて歩いた。踏切を越え、商店街に差し掛かると、確かに様々な出店と客の往来でにぎわっている。


「お! うーむ……久しぶりじゃが、やはりここは良い。一応聞くが、覚えておるか? コメオ」


「何にも覚えてない」


「うん、そうじゃな。知っておった」


 ―――仕方がないので案内してやろう。特別じゃぞ?


 ギンコがどや顔で言うので「はいはい」と俺は付き合ってやることにした。商店街に入ってまず見つけた、ちょっと洋風の店を指さすギンコ。


「ここはウマい、がれっと? ほっとどっぐ? そんな感じのものを出す店じゃ。店主、二つ頼む」


「はーい」


「あ、俺も食べるのな」


「昼飯はここの食べ歩きとする」


「おっけまーる」


 適当に相槌しながら周囲を見回す。いろんな店があるな。チセちゃんは……今は見えない。


 渡されたガレットを待ち(確かにホットドッグみたいな感じの姿だった)、貰ったそれにかぶりつく。ん、そうか味噌豚かこれ。うーんウマい。味噌の濃厚な味がいい。


「次は鮎じゃ」


「え、もう食ったのギンコ。待て待て。手加減してくれ」


「店主―、二つじゃ」


「あいよー」


「ふももー!」


 俺は頬いっぱいになってガレットを口いっぱいに詰め込んで、ギンコに追いついた。ギンコは小さな両手でアユの塩焼きを受け取って、一つにかぶりつき、一つを俺に渡してくる。


「お、おう。はんひゅ(サンキュ)……」


「うーん……美味じゃ。洋風の飯の良さも分かったが、やはり鮎は香りがよい……。上品なうまさじゃ」


 モソモソ食べる様子に、先ほどのように一瞬で置いてかれることは無かろう、と俺も安心してガレットを飲み下す。それから一口目を行こうとしたら、ギンコが言った。


「お! あそこに漬物があるぞ! 爽やかでよいのよなぁ……、アレも食べようぞ!」


「待て待て待て。俺まだ一口も食べてないんだが」


 ギンコの鮎は、目を離した隙に骨を残して消えていた。ギンコは軽く、ぽいとゴミ箱に串のごみを放る。嘘だろ一体どんな食い方をしたんだ。どんな魔法を使えばあんなにきれいに一瞬で魚が食えるというんだ。


「きゅうりを二つ……と思ったが一つ。コメオー? なすは大丈夫じゃったよなー?」


「お、おう! なすは好物だ!」


「ではキュウリとなすを一本ずつ頼む」


「はいよっ」


 ザルの上に並べられた野菜の漬物串を二つ受け取って、ギンコはこちらに駆け寄ってくる。そしてなすを押し付けて、キュウリに噛り付きながらまた先に進んだ。俺の両手はもうふさがっているぞギンコ。これ以上はオーバーキルだぞギンコ。


「おおっ! 花豆! これもうまいのよなぁ……! 食後の甘味にちょうど良い。店主、一つ!」


「あいさっ」


 一つ買って、ギンコは「よし、これだけあれば一食に十分じゃな!」と言って、俺の元に戻ってきた。そして花豆の詰まったパックを俺のポケットに詰め込んで、「岩畳はこっちじゃぞ」と手首を握って連れていく。


 両手を食べ物でふさがれた俺はされるがままに連れられて行くと、大きな下り階段に差し掛かった。眼前に広がるのは大きな大きな岩。岩畳と呼ばれる、天然記念物だ。畳と呼ばれるだけあって、なるほど畳を重ねたような、独特の形をしている。


「ほーっ、こりゃ見事なもんだ」


「じゃろう? まったく、昔のコメオはここに連れてきてもろくに楽しまず、ずっとぶつぶつ言いながら俯いて考え込んでおったものでな。ようやくお前もこうやって素直に楽しめるようになったか」


「あー……なるほどね、確かに昔の俺はそんな感じだったわ」


 今よりずっとダンジョンダンジョンで、他のことが本当に眼中にないクソガキだった。ギンコとぶつかることもずっと多かった。今よりずっと尖っていて、不器用で、バカだった。


「……そう考えると俺も大人になったもんだよなぁ」


「子供よ。コメオはずっと子供じゃ。分別くらいはつくようになったようじゃがな?」


 くす、とからかうように言うギンコに、「言うじゃねーのロリババアがよ」とアユの頭を口に突っ込んだ。ギンコは「もがっ」と言いつつそのまま全部食べそうだったので、俺は慌てて引き抜いた。魚の頭ってこんなバリバリ食べれるもんなんだ。へー……。


「それで? ライン下りまではあとどのくらいだよ」


「10分と言ったところかの」


「まぁこの二つくらいは食えるか。豆は全部食ってくれ」


「嫌じゃ。うまいものこそ分け合って食うものぞ」


「そう言われると弱るな」


「だからねじ込む」


「いきなりニュアンス変わるじゃん……温度差で風邪ひきそう」


 とりあえず近くの長椅子に座って、岩畳の上に登る人々を見ながらアユを食う。


「うめぇ。確かに上品なお味ですわ。魚の塩焼きなんか久々に食ったな」


「のう、コメオ。なすのお漬物を一口くれぬか」


「ん? いいぞ」


「では一口」


 差し出すと、手で受け取るのではなく、横着ギンコは大口を開けて、しゃくっとナスの漬物にかぶりついた。それから「ナスもナスでいい味じゃのう! 歯ごたえと風味の違いが面白い」ととても嬉しそうな顔をしている。欲張りだなぁ。


 どうでもいいが。こいつよく太んねーな。何で消費してんだろ。動いてるようには見えないし。


「俺も一口……。んー! これはウマい。あー、確かにさっぱりするな。漬物ってあんまりがっつり食う文化無かったけど、こういう感じか」


「……コメオ」


「ん? 何だ?」


 ギンコは何とも怪しい顔をして、俺に耳をそっと近づけていった。


「間接きす、じゃな?」


 熱に帯びた吐息が俺の耳にかかって、ぞくっとした感覚が背筋に走る。見ればギンコは、夏の日に照らされ、しっとりと汗をかいて、爽やかな格好のくせに何とも艶めかしく見えた。それに俺は、ごくりと唾を飲み下し―――


「え? 何百歳とかいう年老いた成人女性が小学生男児に強制わいせつした話する?」


「やめよ。ちょっとからかったのを何倍もの威力で殴り返してくるのはやめよ」


「ファーストキスは母親に強引に奪われました」


「威力のある物言いに言い変えるのはやめろ。我に返って血の気が引くじゃろうが」


 すん、となったギンコを横目に、俺は間接キスのナスをバリバリむしゃむしゃ食べた。うーん爽やか。うめぇ。漬物いいじゃん好きになったわ。きゅうりは食べるまでもなく滅びてくれ。


 完食。


「コメオ、花豆を食べろ。あーん」


「あーん」


 差し出されたのでパクつく。あ、この豆もうめぇー。ハニトーとは全く別の甘味だ。かなり上品。和食ってこういうところがいいよな。刺激が少ないのにじんわり繊細で良い、というか。


「満足」


「もう要らぬか?」


「もう一つ」


「ふふん、甘えんぼめ。ほれ、あーん」


「あーん」


 気分は餌付けされてるひな鳥がごとく。重ねて「もう少し欲しいか?」と言われたが、もう十分なので首を振った。ギンコは「そうか。では残りはいただくぞ」と色気もクソもなく首を上に傾けて流し込んだ。うん。これでいいと思う。さっきみたいなのは要らん。


 そうしていると、船頭らしき人が「ではチケットをお持ちの方は、こちらにおいでくださーい!」とライン下りの客を集め始めた。ちょうど十分が過ぎたのだろう。俺たちは視線を交わして、ニヤリと立ち上がった。


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