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17話 秩父 武甲山異界ダンジョン ボス攻略2

 俺が行ったSMGの掃射に、爆発熊は何もしなかった。


 いや、何をする必要もなかったのだろう。爆発熊の周囲に散らばった火薬は、触れるもすべてに反応して爆ぜる。爆風は爆風を呼び、もうもうと煙をまき散らす。


 そしてそれが晴れた時、ただそこには何のダメージも受けていない爆発熊の姿があるのだ。俺はヒク、と口端を引きつらせて、「マジ変わんねぇよなぁそのチートっぷり」と武器を変えた。


 SMGには銃パリィの判定を緩くする意図があったが、そもそも着弾すらしないのなら何の意味も分かろう。ならばショットガンも無意味か、と持ち替えるのはマグナムだ。これならば爆発に邪魔されようとも、着弾まではするはず。


 そう考え構えていたところ、爆発熊は大きく息を吸い込み、僅かに膨らんだ。何だ、と思うと、全身を力ませて周囲に火薬をまき散らす。同時立ち上がると、まき散らした火薬が一斉に爆発した。俺は肩を竦ませる。


 なんだ、と思いながら、マグナムを二発発砲。手ごたえも反応もない。煙に撃ち込んだだけ、という手応え。煙の中にいない? と考え、不意に上空から殺気を感じて上を見上げた。


 爆発熊は、はるか上空から俺に向かって跳躍してきたらしかった。俺は慌てる間もなく爆破熊に取り押さえられる。嘘だろ、さっきの立ち上がりって跳躍の予備動作だったのかよ。と目を剥くのも遅い。俺は爆発熊の巨体に押しつぶされ、全身の骨が砕けるのを感じる。


「がっ、ぁ」


 麻痺寸前の震える手でマグナムを爆発熊に向けるも、奴はまた膨らんで、火薬を周囲にまき散らす。そして腕を高く掲げ、俺に向かって一閃した。


 衝撃、爆風、遅れてくる殴打。俺は前後不覚になりながら、何も分からない中で意識が遠のくのを感じた。


 死。






「え、すげー。完敗じゃんか。やば」


 俺はこっそりリスポン指定をしていた爆発熊寸前の木陰でよみがえり、のそりのそりと所定の位置に戻っていく爆発熊を見つめていた。奴はこの芝桜エリアがナワバリらしく、逆に言えばそこに侵入しない限りは興味を示さない。


 獲物に執着するのが熊の習性だが、敵を必ず爆殺してしまう奴には殺した敵などどうでもいいのだろう。


 逆に、一度侵入してから逃げようとすると、地の果てまで追いかけられるらしい。一応予習でいくつか攻略動画を見たのだが、バトロワ出身者が「一時退却!」とかするとそれを潰すように追ってきていた。マジで見てられないほど可哀そうだったアレ。


『コメオが無理めギミックに挑んで自殺する以外で真っ向から殺されたの初めて見た』『え、これマナー違反じゃね? 異界ダンジョンだぞ』『爆発熊は本気でガチだからな。ボスプス並み』『ボスプスって強いの?』『ボスプスの戦歴RDA.comに載ってるけど、勝率9割超えてるよ。単独で勝てるのは本当にコメオくらい』


 コメントはコメントでわちゃわちゃ言い合っている。俺は高速で流れるそれらを流し見しながら、「ふーむ……」と爆発熊を眺めながら大きく首を傾げ、それから奴らに尋ねた。


「なぁ、何かいい案ねぇ? SMGは効かなかったから、他に新しく仕入れてきたマグナムとソードオフショットガン、軽量対爆盾、ついでに爆発シミュレーションソフトで対策を考えたいんだが」


『対爆盾は概念抽出で爆発に強そうだな』『中々珍しいな、コメオがこっちに意見求めるとは』『んー……銃は多分銃パリィ狙いだろ? でも爆風で届くのか分からない、と……』『とりあえず試射からじゃね? 弾丸が届く銃じゃないと銃パリィもクソもないじゃん』


「それはあるな。まずは銃の試し撃ちから、と。他には?」


『爆発シミュレーションソフトが気になるな』『さっきは多分使えてなかったよな? 使ってみれば?』『いつもの武器は使わんの?』『近接武器は爆発するから使えないんじゃね?』『コメオなら使えそうな気もするが……流石に難しいのかね』


「なるほど、シミュレーションソフトいんすこまでは行ったけど、夢中でそこまで気が回ってなかったな。『3次元熱流体予測』起動」


 ブレイカーズにセットした爆発シミュレーションソフトを起動すると。ARディスプレイに『初期化中です…』の文言が表示される。それから数秒待つと、『ようこそ』の文字が1秒表示された後、シミュレーションソフトのUIが表示された。


「あー……これちょっと面倒だな。ブレイカーズ側との連携組まなきゃか。まぁ簡易使用できればいいだろ。爆発点は注目物質に自動設定、地形は観察映像に自動設定。シミュが立ち上がると同時に、即時シミュレーション開始をデフォ設定に追加……。よし、これで実践レベルにはなったな」


『コメオって何出身? プログラマ系だよな絶対』『ちょいちょい謎の技術持ってんだよなこいつ』『何で食ってるのかマジで分からんのよなコメオ』


 生憎と母上様のすねかじりで生きてるのが悲しいところだ。登録者一万人ってどんな収入だろって思ったら思った以上に入らなかったし。やっぱベーシックインカム以外勝たんわ。


「おし、じゃあ次は勝つ負けるじゃなく、敵に弾丸全種類撃ちこむのを目標に挑みなおすか」


『いいね。闇雲に挑むばっかりじゃないのは進んでる感ある』『いけいけごーごー!』『頑張ってください! 応援してます!』


 今日は初っ端負けたからか、何だかコメ欄が温かい。が、それで言うと何だか逆に悔しさがこみあげてくる。俺は負けて優しくされるよりも、勝って調子に乗った挙句冷たくされた方がいい。


 だから、勝つ。最終的な勝利のために、次の命を捨てる。


「行くぞ、第二戦だ爆発熊」


 装備を整え、俺は足を一歩踏み出す。爆発熊が反応して、俺に向き直る。


 俺はマグナムを右手に、対爆盾を左手に装備して、奴に走り出した。それから奴がまっすぐこちらに向かって突進してくるのを確認して、走りながらマグナムを一発。


 だが、奴は先ほどの一戦で俺が銃を使う事を学んだらしく、爆発で瞬時に横に移動した。無論弾丸は外れる。


「何だよそりゃ! お前そんなに頭いいのかよ!」


 俺は撃鉄を上げながら、今度は爆発熊から少し距離を取る形で走り出した。コメント欄が『マジか。避けるのか』『え? 鉄壁の守りを持ってるのにそんな用心深いの?』『こりゃ他の攻略者に殺される経験で強くなってんな……』とどよめいている。


「クソッ、マグナムの弾丸たけぇんだぞチクショウ!」


 何度か発砲を繰り返しながら様子を見る。奴は簡単な銃撃はことごとく回避して見せつつも、着実にこちらに接近していた。何だこいつ。試射さえろくにさせねぇってか。


「チッ、一計案じるか……?」


 俺は試射の全てをこの一回で済ませることを止め、一発だけでも、という意識で奴に向かって駆け出した。発砲。回避。それを見越して、想定回避位置にもう一発置いておく。


「―――ヒット」


 爆発。続く爆発熊のうめき声。俺は、ニヤリと口端を持ち上げた。攻撃として通るなら、概念抽出でパリィを入れられる。


 爆風が晴れ、中から血を流す爆発熊が現れる。牙をむき出しにして、怒り狂っているらしい。俺は挑発するように笑いかけ、マグナムを握る手で、くい、と指を曲げ来いと伝えた。


 爆発熊はまた周囲に火薬をまき散らして、なにがしかの行動の準備を始めた。俺は爆発シミュレーションソフトを立ち上げるべく、「3次元熱りゅっ」まで読み上げる。


 だが、それよりも爆発熊の方が何段か早かった。奴は後ろ足で起爆した爆風を受けて、ロケットのような速度で俺へとまっすぐに襲い来た。俺は驚きに噛んでしまい、シミュレーションソフトを立ち上げられずに突進をもろに受けてしまう。


「がっ、はっ」


 車に激突されたような勢いで、俺は吹き飛び、地面を転がった。前後不覚、全身打撲のような状態で、それでも意地で目を開き現状確認しようとすると、すでに熊は俺を見下ろす形で腕を振り上げている。


「スキルセット『貫通』!」


 叫びながら、マグナムの引き金に指を掛ける。俺の舌が『マルチチャンター』の自動詠唱で蠢きだす。俺は爆発熊の一撃を食らい、頭を強打されながらも詠唱をやり遂げた。弾丸がセットしたスキルによって吐き出される。詠唱の完成が着弾と同時に起こる。


 貫通。そして、爆発が起こった。


 俺は枯葉のように風圧で空を舞った。全身がボロボロになっていることだけが分かった。地面で爆発熊が貫通ダメージによってダウンしているのを見た辺りで、俺は地面に落下し、バウンドしながら息を引き取った。


 死。






 俺は目覚める。しくったなぁ、と思いながらも、軽い動きで身を起こした。割となすすべなく死んでいるのでちょっと気持ちが疲れつつあるが、まだまだ余裕がある。今日は可能な限りやってデータ収集に努めてやる。


 そう考えながら立ち上がり、芝桜の方に目を向けた。そして、その光景に俺は言葉を失った。何故なら、視線の先で、点々と血の跡を残しながら歩く爆発熊が居たが故。


「え」


 何で巻き戻ってないんだよ、と困惑する。直後に、思い出した。


「―――……あっ、そうか。ここで目覚めりゃ、そう言うことになるのか」


 俺は自分の考えなしにため息を吐いて、頭をガシガシと掻いた。それから、コメ欄の『どうした?』とか『あ、とうとう気づいたか』とかの野次を受けて、唇をかむ。


『Attention! RDA.comより警告です。ボスが負傷状態でボス手前でのリスポーンを確認しましたので、今回の記録はRDA、攻略共に無効となります。ダンジョンへの悪影響が認められる前に、速やかにダンジョンより退出してください』


 熱心なことにRDA.com運営にも監視されていたらしく、配信に公式から裁定が下ってしまった。俺は目を覆い、そして重い重いため息を吐く。


 それから、カメラに向かって、指を一本立てる。


「……武器不使用縛りで、泣きの一回、どうですか」


『武器不使用レギュレーションを確認しました。ダンジョンへの悪影響の認められないレギュレーションのため、一回に限り再戦を許可します。リスポーン登録の解除ののち、ボスに挑んでください』


『武器なし縛りか……』『厳しいな。まぁレギュ違反ならしゃーなしだが』『武器なしで再戦すんの!? やば』『情報が欲しいとはいえ、これは……』


 コメント欄がどよめいている。俺は自分の詰めの甘さに嘆きたくて仕方なくなるが、それはそれ。後悔先に立たず、という奴だ。


 悔しさに眉間のしわを寄せているだけではどうにもならない。俺は一種のけじめのつもりで、静かに歩き出した。ハミングちゃんが回収してくれた武器の全てに触れないまま、ブレイカーズの設定をいくつかいじりながら、爆発熊に近寄っていく。


「――――、グルルルルゥゥゥウ……!」


 爆発熊は俺に気付き、弱りながら、口から血を流しながらも、強く睨みつけきた。俺はバツの悪さに口端を歪めながら、絞り出すように言う。


「今回は、……テメェに勝ちを預ける」


 人間の言葉が分かるのか否か、熊は怪訝な顔になった。俺は、歯を食いしばりながら続ける。


「手負いにはしたが、結局なすすべもなく俺はお前に負けた。だから、今日は挑むのを止める。手負いのお前にゾンビアタックで勝つのは、RDA協会の定めるレギュレーション違反だからだ。反則行為だからだ」


 だが、と俺は続ける。


「俺はいずれお前に勝利する。勝利の先に、お前を誰よりも早く殺す。蹂躙してやる。だから、もう一度俺を殺せ。この林の外のリスポン登録は外した。手負いのお前に合わせて、俺は武器なしでやる。最後の、泣きの一回だ。限りなく対等に近い状態で、やり合おう」


 爆発熊は目を細め、それから息を整えた。芝桜が咲き誇るこの花畑に、一陣の風が吹く。静寂。嵐の前の静けさ。膠着。


 それは、奴の火薬噴出によって破られた。


「爆発シミュ!」


 俺は名称登録し直した3次元熱流体予測を立ち上げ、爆発熊の行動予測を開始した。熊の鉄製の爪が火花を散らし、そこが爆発の起点となることがシミュによって指摘される。


 奴は腕を横に振り、その爆風を受けて横に高速移動した。シミュがその運動エネルギーと熊の予測体重からどれだけの移動距離になるかARで予測表示する。


 俺はその場所に向けて駆け出した。爆発熊は、爆風移動に“合わせ”を入れられるとは露とも思っていなかったのだろう。目を剥いて俺を見つめる。そのせいで奴には新しい火薬をまき散らす余裕なく俺に殴りかかることになった。


 そして俺は、そんな物理だけの攻撃の全てに慣れ親しんでいた。


「スキルセット『パリィ』」


 俺は爆発熊の薙ぎ払いに合わせてパリィを予約し、殴りかかってくる右腕に合わせて左腕を振るった。人間と熊。歴然過ぎる力の差を無視して、概念抽出されたパリィの効果は奴の腕を弾き飛ばす。そこから漏れた火薬と小爆発が、俺の左手を吹き飛ばす。


「スキルセット『貫き手』」


 次いで俺はスキルを予約し、右手の手刀を熊の胴体にぶち込んだ。分厚い皮膚と脂肪の層を貫き、俺の右手は奴の内臓にまで至る。そして俺は熊の内臓を掴んで、呟いた。


「スキルセット『モツ抜き』」


 俺の動きはTatsujinのそれに同化して、爆発熊の内臓を一気に引きずり出した。血をまき散らし、内臓を抜き出して爆発熊の命に迫る。爆発熊は我を失いながらも、火薬をまき散らした。俺を包み込むような、大量のそれだった。


「―――良いぜ、やれよ。やりようは分かった。次は勝つ」


 爆発熊の激しい歯のかみ合わせで火花が散り、爆発が起こった。俺は前後左右から襲い来る衝撃に散り散りになる。宙を舞い、激しく回転する視界に映ったのは、崩れ落ちる爆発熊と、四散した俺の体だった。











 家に帰ると、玄関口で「お帰りじゃ」とギンコが迎えてくれた。


「……ただいま」


「汗だくじゃの。風呂は沸かしてあるから、入って来い」


「助かる」


 俺はギンコに視線を向けられないで、手短に言葉を返して通り過ぎる。あの勝負の後一時間ほど全力疾走したから、全身が疲れ果てていて、倒れこみそうだった。


 風呂場に向かうと、俺はさっと桶で汗を流してから、そのままドボンと体を沈めた。腕で目を覆い、歯を食いしばる。


「―――あそこのリスポンがゾンビアタックになること分かんなかったのかよ。異界ダンジョンだぞ。巻き戻る迷宮型とは違う。あそこは、一つの”違う世界“だろうが」


 ああああ……と呻く。頭を抱える。


「つーか、何だありゃ。驚いて噛むって何だよ。練習しとけよ。爆発熊との再戦でビビってたからって、練習もせずに行くんじゃねぇよタコ。そしたら読み上げにくいって気付くだろうが……ああああ! クソ……」


 俺は、風呂のお湯をバシャッと顔に掛けて、大きくため息を吐いた。


「……反則負けとか……マジ……あー! バカかよチクショウ! 自分で自分が許せないんだが……!」


 みっともねぇえええ……! と俺は風呂の中でじたばたした。あんな初歩的なミスを犯すなんて自分でも思わなかった。


「……異界ダンジョンは死んでも『初期化』が起こんないから、練習だとしてもリスポンはダンジョン外でやれってレギュレーション、忘れてた……」


 恥ずかしい……しかもまともにやり合って勝つまで行けなかったの、本当に悔しい。俺は唇をかみしめて悶える。


 ―――だが、俺は知っているのだ。この悔しさが、成長への道しるべなのだと。ボスプスに死ぬほどすりつぶされてなお泣くほど悔しがれた俺だからこそ、RDAプレイヤーとして成立する程度の強さにはなれたのだと。


 だから、俺はこの、涙がこぼれるほどの悔しさを拒まない。歯を食いしばり、行き場のないエネルギーを、拳に固めて風呂の水面に叩き付ける。


「次は勝つ」


 俺は、自らに誓う。


「何で死んでも勝つ。負けても負けても負けても勝つ。一度だけじゃねぇ。二度も三度も、何度だって勝つ。勝って勝って勝って、あの爆発熊を世界最速で殺したRDAプレイヤーになる」


 待ってろ。俺は呟いた。こぼれる涙を、気にも留めないで。


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