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14話 移動日 山奥の市街へ2

「なるほどなぁ! いやーいいまみーじゃねぇのギンコっち! ぎゃっはっは!」


「そういうそなたも行けるクチではないか。ささ、もう一杯」


「おっとっとっと」


「飲むねぇお前ら……」


 俺はドクター御用達のペッパー的知的飲料をちびちびやりながら、ゲラゲラ笑ってぐびぐび飲むDさんと、酔いを程よくコントロールしながら顔を赤くするギンコを眺めていた。


 飯能の住宅街までDさんの車で飛ばして、そこで酒盛りである。俺は飲めないのでこうして知的飲料でお茶を濁している。そういや酒に強い奴って総じて毒魔法の親和性高いんだよなぁ、とか雑学的に思ったりする。


「んでようんでよう! コメオっち~、いつやる! どこでやる!」


「んぇ? ああタッグでのRDAのこと? 別にどこでもいいっちゃいいが」というよりどこもあんまりやりたくない。世界一位は一人でいい。俺一人。


「せっかくだから、コメオっちが一人だと心折れたダンジョンみたいなのがあれば、そこにリベンジかましに行こうぜ! 秩父はそうだったよな?」


「秩父がそうだったのは否定しないが、あそこはもうリベンジのめどがついてるからダメでーす」


「なぁんだよぉおおお。んじゃどこ。どこ行くん」


「そうだなぁ……」


 宣言通りどこでもよくて、内心通りどこでもよくない、と言うのが本音だ。俺にとってすべてのダンジョンは一期一会。いつか全部一位を取ってやる、という気持ちがある。


 ただしそれはそれとして、Dさんの戦略に従って俺が暴れまわる、というのはかなり楽しそうなのも事実なのだ。やりたいか否かで言われれば超やりたい。が、そうしたらタッグの記録が一位になって俺一人だと抜けなさそうだし抜く意味も薄いしでうーん、みたいな。


「タッグじゃないと挑めないダンジョンとかあればいいんだけどな」


 実力とかではなく、だ。死にダンを単独攻略しまくってる俺からすれば、実力的にタッグじゃないと無理、と言うダンジョンは存在しないに等しい。


「あるぜ」


 Dさんは言った。ニンマリ頬を緩め、酒を片手にぐいと飲み下して続ける。


「九十九里浜。あそこは物理的にタッグじゃないと攻略できない。っつーのは、飛行班と釣り班に分かれる必要があるからだ。ボスは巨大な魚のヌシ。それを釣り班が上手いこと水上付近まで引き寄せて、飛行班が空中から強襲する必要がある。コメオっち飛べるか?」


「パラグライダーなら少し覚えがある。けどマジでかじったくらいだからなぁ。……ま、何とかしとく」


 ハッピーちゃんを頼ることになりそうだな。今何やってんだろあの子。秩父で呼ぶか。


「ハハッ、流石だコメオっち! んじゃ九十九里浜で決定だ! よぉおーーし! 完璧! 今日は完ぺきだぞぉ!」


 グワハハハ~! と真っ赤になったDさんはぐるぐる回ってそのままベッドに倒れこんでしまった。そのままグースカと寝息を立て始める。自由でいいなぁこの人も。


 さて、俺ももう眠いし、片隅で丸くなろうかね。


「コメオ~!」


 と思ったらギンコから突撃を受けた。俺は上手いこと受け止める。


「おうおうギンコ。お前も酔ってんな。はは、酒くせー」


「コメオ! コメオコメオコメオコメ!」


「それもう俺じゃくてお米なんだわ」


「ちゅ~」


「ギンコお前そんなに酒癖悪かったっけ?」


 俺の首筋に手を回して唇を尖らせて接近してくる。うわマジで唇狙いじゃん。ギンコが素面になったら叩きのめされる、と俺は必死にかわす。ほっぺにむちゅーっとされる。すげー照れる何だこれ。


「コメオ~。お前は本当にかわいい奴じゃな~。いつも夢中になって目をキラキラさせおって~、眩しさで儂を失明させる気か!」


「どういうキレ方?」


「ほれ、甘やかしてやる。甘えろ」


「何が何やら……」


 そもそも首筋をギンコの小さな腕で固定されているから、甘えるも何も身動きが取れない。どないせぇっちゅーねん状態だ。だがギンコは不満だったらしく、「んんん~~!」と口をむにゃむにゃさせて、俺頭をぐりぐり押し付けてくる。


「甘えろ甘えろ甘えろ~!」


「うわぁ何だこのダル絡み。ギンコ、お前もう二度と酒飲ませねぇからな」


「い~や~じゃ~! 飲むもん! 儂、お酒飲むもん! 飲んで素直になるのじゃ~!」


「絶対素直通り越して違う何かになってるって。曲がりなりにも他人の家だぞココ。家主潰れて寝てるけど」


「儂が潰した」


「私が作りましたみたいな言い方やめろ」


「あ~ま~え~る~の~じゃ~!」


「……可愛いのはお前だよバカ」


 俺はギンコをそっと抱えて、Dさんのベッドから布団を剥いでギンコをくるんだ。それから部屋の隅に移動させ、俺はそれを抱きかかえる形で体操座りに近い体勢を。


「ん~……? なんじゃこれは。うごけぬ」


「動くな、大人しく寝とけ」


「なるほど……こよいはわしがコメオにあまえるときか……しかたない、あまんじてあまえよう……」


 布団にくるまって芋虫のようになったギンコは、俺に体重を預けて目を瞑った。俺はそれをポンポン叩いてあやしつつ、「あ~あ……、ギンコお前軽々しく籍入れるとかいうけどよー。こっちはこっちで色々悩んでんだぞこの」とその頬を突く。


「むにゃ……コメオ……そっちは危ない……戻ってこい……コメオ……」


「どんな夢見てんだか」


 俺は息を吐いて天井を見上げる。今の生活に不満はない。やりたいことをやって生きていけている、というのはたぐいまれなほどに恵まれている証拠だ。だが、そのせいで犠牲にしているものももちろんある。例えば外聞、人の目、プライド、そしてギンコへの負担。


「……悪いな、興味ねぇのに連れまわしてさ」


 俺の囁きをギンコの耳は捉えたのか、「何も謝ることはない……儂とて好き勝手にやってこうなっておる……」とぼそぼそ彼女は言う。


「……優しいよな、ギンコはさ」


 俺はふ、と表情をほころばせて、それから一つあくびをした。目を瞑ると、幼少期の記憶が夢となって甦った。暗闇。血。絶望。その中で俺を救いに現れたギンコは、俺にとってまさに救世主だった。











 腕の中でもぞもぞ動く気配に目覚めると、顔を真っ赤にしてブルブル震えるギンコがそこに居た。


 あーこれ昨日の記憶全部残ってますね。


「おはよう、ギンコ」


「殺してくれ」


「あ~ま~え~る~の~ぐふっ」


「黙れ。忘れろ。でなければコメオを殺して儂も死ぬ」


「そして仲良く復活する訳だ。いいよ殺しても」


「そうじゃった……コメオにとって死はあまりにも軽いものじゃった……」


 家に帰るのめんどいから死ぬような人間に死を突き付けてもねぇ。朝の歯磨きはめんどいけどやるじゃん。そんな感じだ。歯磨きするか!? と脅されても、え、うん。じゃあする……となる感じ。


「ああぁぁああああ~~~~~~~~~~」


「ギンコ壊れちゃった……直るまでほっぽっとこ」


 俺は起き上がって、ギンコを部屋の隅に転がしておく。ギンコはゴロゴロ転がって頭を壁にゴンとぶつけて沈黙した。それを見届けてから俺は「Dさん起きてっか~?」と声をかけると「あ、あたまが割れる……」と返事が来る。絶賛二日酔い中か。


「ギンコー? お前も二日酔いか?」


「……ちょっと」


「あいよ。Dさんこの家、味噌ある? あれは味噌汁でも作ろうかと思うんだが」


「台所の……下に……」


「了解。んじゃ待っててくれ」


 俺は台所に行って、下の棚から具材と味噌を見繕う。お、赤味噌がある。しばらく関西行く予定無いし、使わしてもらおう。


「具材はどうすっかな……昨日使わなかった豚肉があるな。これも使っていいか~?」


「まか……せる」


「お、任せるっつったな? 覚えとけよその言葉」


 Dさんは完全に力尽きた様子なので、俺は豚肉とピーマンを取り出して調理開始だ。これチンジャオロースでも作ろうとしてたのだろうか。その前に全員酒で潰れたもんな。仕方ない。


「脂身の多いとこだと良い感じに溶け出すからここを多めに切って、ピーマン赤だしの味噌汁前に食ったけどうまかったんだよなぁ。意外なコラボだわ」


 そういや俺とDさんのタッグ攻略はコラボという形になるのだろうか。俺の登録者数急に1万人とか行ったけど、よくよく考えればDさんの登録者数って50万とか行ってるから、ちょっとキャリーされてる感がある。うーん、と思わないでもない。


 水をたっぷり入れた鍋を火に掛けながら、ダシを探す。顆粒だしがあったのでそれを目分量で適当に。少し味見。まぁこんなもんだろと具材を入れる。弱火が良いのは知ってるが、せっかちなので中火。


 火が通ったあたりで消して赤味噌を投入すると、一気に味噌汁のいい匂いが香り出す。


「ん……良き匂いじゃ……」


「味噌汁とか最近飲んでなかったぜ……腹減ってきた……」


「米があればついでにおかずも作るか?」


 二人そろって渋い顔を横に振る。胃が荒れまくってるのか、と俺は苦笑して「味噌汁だけ作っとくな」とぐるぐる鍋をかき回した。おー、良い匂いだホント。俺は普通に腹が減ってるので、適当に近場でおにぎりでも買ってこようかね。


 鍋に蓋をして、「ちょっと俺用の朝ごはん買ってくるわ。ついでに欲しいもんあれば」と言うと「胃薬頼むぜコメオっち……」「夏なのに布団にくるまって寝てしまったわ……氷菓子を頼みたい……」とそれぞれ言う。


「おっけまーる。んじゃ買ってくる」


 俺は靴をつっかけて玄関を出た。早朝の外気が心地よい。見ればまだ5時だ。だが夏の今はこんな早朝でも日が昇る。


「いやーまったくいい気分だ」


 俺は伸びをしながら歩いていると、ふとした瞬間に何かが電柱の陰に隠れたのが分かった。「あ?」とそこに注目すると、その裏で僅かに顔を出して、目が合うなり隠れる少女の姿があった。


 ……チセちゃん……? え、なにやってんの君。


「……いい天気だなぁ~」


 俺はどういうテンションで接すればいいのか全く分からなかったので、彼女の存在に気付かなかった振りをして通り過ぎた。彼女は何となく距離を取りながら、俺の後ろをぴったりついて来ている様子だ。


「なるほどね……」


 急激に伸びた視聴者数、登録者数は、俺にとってはよく分からない数字のままだった。だが気付けば生活に影響を及ぼす要因一つになっているらしい。


 少なくともDさん曰く、登録者数一万人も居ればひとまずそれで生きてけるだけの収入になるとのことだ。基本ギンコのお手伝いとベーシックインカムで生きていた俺としてはとてもありがたい話。だが、もう一つ、早速生活に影響が出ているらしい。


「……女子中学生のストーカーか……」


 別にプライバシーとか気にするタイプじゃないし、拗らせて刺されても何も思わんけど。


 どうしたもんかねこれ。と俺は道路反射鏡越しに見た、懸命な顔をしてついて来ている幼いストーカーについて、考えを巡らせるのだった。


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