13話 移動日 山奥の市街へ1
やっべ一日浮いた。
俺は雑司ヶ谷からの移動日、荷物の最終チェックをする傍らで、冷や汗をかいていた。目の前では、ギンコが「あめにてぃよーし! 端末よーし! 充電器よーし!」と指さし確認している。
「あとは家主殿にシーツ類を託したらそのまま引き払えるな。立つ鳥跡を濁さず、じゃ」
「あのー……ギンコさん……」
ご満悦なギンコに、俺はとても言いづらい気持ちで声をかけた。するとギンコは唇を尖らせて振り返る。
「何じゃ。コメオのさん付けは不吉の予兆と前も」
「いや、だからその。まさしく、その不吉がやってきたというか……」
「……話してみよ」
ギンコが強張った表情で尋ねてくる。俺は自らの覚悟を決めるために、一つ深呼吸をして、言った。
「い、一日、浮いてたことが判明、しました……。今日、宿の予約がないです……」
「……えっ、まことか」
「まことでござい……」
俺からデバイスを強奪して、ギンコはじっとカレンダーを確認した。目を皿のように確認しているが、無いものは無い。無いのである。
「……秩父行きはどうなった」
「明日です……」
「雑司ヶ谷を引き払うのは」
「今日です……」
「……」
ギンコは普段隠している大きな五尾の尻尾を広げて、もふもふと俺を叩き(?)始める。
「バカ者。大バカ者。あれだけ宿の予約には気を付けろというたじゃろうに。では何じゃ。今日は野宿か。飛び入りの宿でも取るか? 取れたらいいのう。取れなかったら駅舎か何かで椅子に縮こまって寝ることになるな」
「すいま、もっ、すいません……すいませ、もっ、すいません……」
口に尻尾が当たって謝罪が絶妙に遮られる。どういう気持ちで謝ればいいんだこれ。
「はぁ……。もうよい。跳ねっ返りのコメオがそれだけ素直に謝っておるのじゃ、反省はしているのであろ? それより、対策を考えるのが生産的じゃ」
「……友達の家に泊まらせてもらうとか」
「二人でか。そんな心の広い友人がいるか?」
「いや、いる。心が広すぎてちょっと怖いくらいの人が、一人いる。ちょっと人間性に問題があるが」
「大丈夫かその友人は……」
「ちょっと待っててくれ」
俺はデバイスから電話を掛ける。多少生活習慣が不安定ではあったが、昼過ぎ今の時間は絶対起きている。
彼は、1コールで出た。
『やっほーコメオっち! どしたん? タッグ組んでRDA走ってくれってお願い、聞いてくれる気になった?』
「ああ、それでもいい。その代わり、ちょっとお願いがある。聞いてもらってもいいか?」
『おおおお! いいよんいいよん! んで? 走るダンジョンは? 俺超絶金も別荘も持ってるから、どのダンジョンでも行けるぜ?』
「まぁまぁそれはおいおい……んでお願いってのは、ちょっと今日宿がなくてさ……連れと一緒に泊めて欲しいってことなんだけど」
『あー……まぁいいけどな。どこからどこに移る感じ? 途中に別荘あればそこで迎えるぜい』
「雑司ヶ谷から秩父」
『あー! そういや雑司ヶ谷ダンジョンで俺の記録更新されたって通達がRDA.comであったわ! あれお前かよコメオっち! やってくれたなおい! しかも次は秩父……ってことは、あの爆発鬼畜熊へのリベンジか!』
「そうそう。んで、頼めるか? Dさん」
俺の電話先―――RDA芸人というあだ名で知られる戦略型RDAプレイヤーことDさんは『もち! そんなら西武池袋線と西武秩父線のちょうど切り替わるところで別荘持ってたはずだぜ! ちょっと待ってな』と一拍間を置く。
『んっんー、OK。飯能で降りな。北口だ。そこで待ってんぜ、コメオっち。ああ! 連れ合いってのは誰だ? 彼女? 先言っとくけど俺女癖悪いから、彼女なら連れてこない方が―――』「安心してくれ。続柄はマミーだ」
『……わんだほー。マジか、レベチすぎる。前言撤回是非連れてきてくれ。そういう意味でなしに、メチャクチャ話してみたい』
「多分驚くぜ、色々とな。ただ、頼むから他言無用でな?」
『そりゃあ配信者たるものその辺りはわきまえてんぜ。んじゃ、俺も急いで移動すっからよ、いつでも来てくれ。万事ウェルカムだ』
電話越しに、『おーい! ヘリ出してくれー!』と言ってる辺り、Dさんも大概経済回してるよなぁと思う。
実際RDAなどというのは、金を掛けようと思えばいくらでもかけられる趣味だ。武器、道具、拠点、移動手段。快適さを求める心と金があれば、どこまでも豪遊できる。
俺は電話を切って「ギンコ、受け入れOKだってよ」と告げた。ギンコは耳をピコピコやりながら、「本当に大丈夫なのかその友人は……」としかめっ面だ。
「多分大丈夫だよ。あの人JKからアラサーまでしか無理って公言する、性癖的には普通の人だから」
「そこは別に心配していないが、というか狭めじゃな……ま、それで言えば確かに儂は、外見的にも中身的にも大暴投じゃの」
クスクスと笑い、ギンコは尻尾をしまった。それからキャリーバックを俺に押し付けて、俺のリュックを背負う。
「さ、行くぞコメオ。せっかく歓待してくれるのじゃ。酒の一つでも買っていかねば失礼であろ」
「そんなこと気にする人じゃない気はするがな。対価は支払ってるし」
あの人とRDAかぁ……ちょっとワクワクするけど、反面ちょっと複雑だ。だって、世界一位は一人でいい。そうだろ?
「気持ちというものじゃ。それに、コメオが下戸である以上、こういうときでなければ儂が飲めぬではないか」
「本音が出たな」
ニヤリ笑うギンコに俺は肩を竦めて、キャリーバッグを抱えて階段を下りる。今のちゃぶ台で本を読んでいた家主さんが、「移動日ですか、お疲れ様です」と微笑んでくれる。
電車で揺られること一時間。俺はRDA.comで、何が起こっているかを確認していた。
「あー……確かにこれは荒れてるわ」
俺がフトダンを更新したときから、二位以下がかなりガラリと更新されている。記録投稿者の一言コメントを確認すると「一位は頭おかしい」「何十回やっても二位が限界」「サイクロプスのボスを数分で倒すのは無理がある」と散々だ。気持ちいい~。
また別の記録。それこそつい先日立てた駅ダンの投稿も二位が更新されており、その一言コメントは「ライスマンさんまたやらかしましたね。以前よりも中ボスが強いです。記録更新しておいてボスを育てないでください」とブチギレだ。サイコ~。
「あー、エゴサたまんねぇ。超気持ちいい」
「バカを言ってないで降りる準備をせよ。そろそろ飯能じゃぞ」
「あいよっと」
俺はデバイスをポケットにしまって、キャリーバッグを掴んだ。すぐに『飯能~、飯能~』と到着を知らせる車掌さんの声が響く。
「よっ……せ!」
俺は重いキャリーバッグを片手でぐっと持ち上げ、ホームへと下ろした。無限ホーム君元気かなぁ、と何度も殺した相手のことを想う。元気もクソもねーか。死体の巨人だもんな。
俺はギンコの後ろについて行く形でキャリーバッグを押す。途中でアイスの自販機があったので、「食おーぜ」と誘った。「コメオ毎回せびるではないか」とギンコはちょっと困った笑顔で買ってくれる。優しい。
「俺コーンワッフル」
「いつもそれじゃな」
「これだけちょっと唯一無二の味なんだよ」
「ふふっ、知らぬよ。儂は……モナカがあるな。これにしよう」
「ギンコだっていつもそれじゃん」
「餡子は日本の和の心ぞ?」
ギンコが買った二つのアイスを取り出して、「ほい」と手渡す。「こういう気遣いがあるから憎めぬのよなぁ」と言いながら、ギンコは箱を開けてモナカアイスにパクついた。おいしいらしく、小さくしてる尻尾がピーンと伸びてスカートを持ち上げる。
食いながらエレベーターに乗り降下。改札を出ると「おー! 待ってたぜコメオっちー!」と手を広げながら近づいてくる影があった。
「や、お久ですDさん」
明るい茶髪をパーマにして、サングラスをかけた万年アロハシャツ男。それがDさんだった。彼は近づいてきてハグしようとしてきたので、俺はするりと躱す。
「わっはっはっは! やーホント久しぶり! 元気してたかおーい! あー、何かじんわり感動があるなぁ。とうとうコメオっちが俺の記録を超し始めたかぁ。こりゃ俺もうかうかしてられんなぁ」
バンバン俺の背中を叩きながら、Dさんは笑っていた。相変わらずテンションたっけぇ人だなぁ、と俺は何とも懐かしくなってしまう。
「それで? RDAの旅について来てくれる強者マミーはどこよ」
「ここ」
キョロキョロするDさんの正面下を指さすと、Dさんは「んん?」と首を傾げながら見下ろした。ギンコは「初めましてじゃな、今日はお世話になるぞ、家主殿」とまずは挨拶する。
「……ドウター? おいおいコメオっち、これ真逆じゃんかよー! 娘と母親間違えるなってー! いやその若さでこのくらいの娘いるのも問題だな。妹かい?」
「間違いではないぞ、不本意じゃがな。幼少期より養子と言う形で身元を預かっている。母親と言うよりは夫婦に近いが」
「ギンコ毎回やるよなそのネタ」
「何事も外堀から埋めるのが肝心故な」
よく分からない物言いをするギンコに、今だ状況がつかめていない顔のDさん。彼は俺を見て、アルカイックスマイルで「えーっと、コメオっち」と尋ねてくる。
「この子が、お母さん?」
「マイマミー」
「この子からコメオっち生まれた」
「いやだから養子」
Dさん反応が分かりやすいから面白ぇなぁ、と思っていたところで、ギンコが妙なことを言い出した。
「そろそろ養子関係切ってもいい頃なのではないか? 儂の収入も安定してきたし、籍を入れようではないか」
「どこに何を入れるんだよ籍」
つーかそういう物言いすると方向性が変わってくるだろ。
「……コメオっち、すげー」
ダメだDさんが宇宙ネコみたいな顔してる。
「と、とりあえず、移動しようぜ。そこで詳しい話するよ」
「お、おう。分かった……。すげーなコメオっち……。俺、RDA以外でも誰かをこんなに尊敬する日が来るとは思ってなかったぜ……」
「その尊敬絶対誤解だからマジでやめてくれ」
俺たち三人は連れ立って駅を出る。Dさんが、車まで案内してくれる。