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1話 『不踏の闇』略してフトダン 計測:~10分まで

 一つ咳払いをして、俺は背筋を正した。


 目の前にはばたくハミングちゃんこと、テイム済みビーバードが持つ安物カメラが一つ。そこに向けて、俺はこう語り掛けた。


「はいどーもー、コズミックメンタル男チャンネルです! という訳で今日もこの鬼畜ダンジョンこと『不踏の闇』に挑みたいと思いまーす。その前に、音声ダイジョブ? 聞こえてる?」


 手元のデバイスから『聞こえてるよー』『コメオ~。白米食べてるか~』『ツイットよし!』『何またグロ映像流すん? 助かる』『ハミングちゃん悲鳴上がる時ミュートしないでお願い』などなど、こっちの話を聞いているのかいないのか分からないコメントを確認する。


「おーし。まあ文句が出ないってことは音声も大丈夫なんだろうな。あと悲鳴は絶対ミュートにする」


 返すと『は?』『は?』『ミュート助からない』『悲鳴を聞かせろ』『RDA世界一位じゃなくて悲鳴世界一位目指せ』と好き勝手視聴者が喚き散らす。うっぜー。


「はいはい悲鳴ミュート悲鳴ミュート。つー訳で、初見さんもいんのかな? いない気もするが、恒例ってことでこのダンジョンについて説明から始めんぞ」


 ハミングちゃんに指示を出して、ダンジョン入り口に雑に打ち付けられた看板を映す。記されるは『管理番号201000』の文字。かつての政府の管理番号だ。こびりついた錆と血が、凄惨な過去の調査内容を彷彿とさせる。


 ま、現代人に死なんてものは大した意味もないが。


「こちらは『管理番号201000』とされるダンジョンです。入り口は、ご覧のように固く鉄扉に閉ざされています。俗称は『不踏の闇』。侵入者の視界は深い闇で覆われ、大小さまざまなモンスターや罠の餌食になる、が概略ですかね。大昔の調査では200人の部隊が一度に全滅。一人も帰ってこなかった、とかいう逸話もあるくらいで、ここ数年前まで完全封鎖のダンジョンでした」


 コメントでは『御託は良いから早く突っ込め』『初見だから解説たすかる』『コメント読み上げ開始しろ』『サイクロプス単独攻略でどんなスーパープレイ見してくれんのか楽しみ』『地獄じゃんそのダンジョン。え、もしかして一人で?』と、相変わらずの無秩序っぷりだ。


「ハイハイ分かったよ。読み上げ機能オンにして……、と。ここから先は走りながら解説するかな」


 俺はハミングちゃんを手に留まらせ、その頭を撫でる。ハミングちゃんはチチッと鳴いて俺の指に頬ずりだ。ハミングちゃんホント超かわいい。あとコメント読み上げで『ハミングちゃんといちゃつくな俺といちゃつけ』とウザイ。お前といちゃついて堪るか。


 デバイスで入場許可を示し、鉄扉が自動で開くのを待った。その間に首のオープンウィンドウボタンからARディスプレイを開き、視界情報処理を調整する。『不踏の闇』では光量取り込み最大にしても暗すぎるくらいだ。でもハミングちゃんにライトを持たせれば、走れる程度にはなる。


 そして、無明の闇が開かれた。ゴォオオオと圧のある風の音が、このダンジョンが生きていることを示す。心臓が程よい緊張にペースを上げ、俺は口端の吊り上がる感覚に気付いた。


 足を踏み入れる。呼吸が震えるのが分かる。ハミングちゃんが先導してくれ、僅かな光が俺の眼前を照らした。


 とる体勢はクラウチングスタートだ。今の目のコンディションなら、ハミングちゃんさえいれば不踏の闇でも動ける。だから俺は、大きく息を吸いこんで、タイマースタートを三秒後にセットした。


 そして、リアルタイムダンジョンアタック(RDA)が始まる。


『はい、よーいスタート』


 RDA協会の面白会長語録と共に俺は駆け出した。そして開始2秒後に大きく跳躍し、地面からせり出してくる槍の罠を避ける。


「はい、という訳で始まりました不踏の闇攻略252回目! いつも通り槍をジャンプで避けるとこからスタートだ!」


 闇の中を走りながら、俺はコメント読み上げ機能から聞こえてくる『いつもの』『今日はガバらなくて良かったな』『うお、しょっぱなから殺意高くねこのダンジョン』『(5敗)』にニヤリとする。


 一人のダンジョン攻略はいつだって心細い。だが、コメントがあれば多少は心強いものだ。けど5敗って書いた奴は覚えてろよ。


「まず余裕のある序盤を走りながら、このダンジョンの解説をしていくぞ。この『不踏の闇』ダンジョン、略してフトダンは、死にダン好きの冒険者たちにすら敬遠される初見殺しだらけのダンジョンだ」


 スライディングで壁から突き出される槍束を避け、その後ジャンプで振り子の斧ゾーンを通過した。初見らしきコメントが『何で今の避けれんだ』と驚いてくれる。気持ちいい。


「このダンジョンは割りと浅めなんだが、まー今見た通り密度が高い。死ぬ瞬間がかなり多いのが特徴だ。世界記録はフラッと来やがった世界大会常連に取られた32分42.51秒。世界2位が俺の34分55.29秒になってる」


 吸血蝙蝠たちがハミングちゃんを無視してまっすぐ俺の方に群がってくる。それを俺は腰のロングソードを振るう事で、走りながら一気に切り払った。


「構成はトラップゾーンとモンスターゾーンで交互に3回ずつ。トラップ、モンスター、トラップ、モンスター、トラップ、モンスター、って感じだ。最後のモンスターエリアがボスエリアに当たる。出てくるモンスターはサイクロプスっつー巨人モンスターがメインだな」


 コメ欄で『サイクロプス単独で殺す配信者中々いねぇからなぁ。初見なら必見』『コメオは人格クズだけど実力は本物』『早くバトれよクズがよ』と褒めてるんだか辛辣なんだか分からない。


「うるせぇ黙れゴミども。えー、それで次に話すのは……何だっけ。教えろゴミども」


『ゴミはお前だクズ。次は武器紹介だろクズ』『武器説明した後はチャートの解説もしろよクズ』『早く情けない悲鳴上げて死ねクズ』と罵詈雑言が返ってきた。でもすることはちゃんと教えてくれてるので許す。


「そうそう。武器紹介だな。えーっと、今日はアレよ。ソードブレイカーチャートで進めようと思ってんだ。ほらこれ」


 走りながら、ハミングちゃんのカメラの前に、俺は短剣を翳した。ソードブレイカー。それは特殊な片刃の短剣の名前だ。反対の刃に返しのついた棘が並んでおり、これでレイピアを巻き取りへし折るという運用を想定されて制作された。


 コメ欄の反応は半々だった。知識のない視聴者は『え、普通の剣もへし折れなそう』と言い、知識ある視聴者は『ブランド品買うなクズ』と罵ってくる。行き場がない。


「あと欲しいもの一覧経由で無限に送られてくる3000円のロングソード3つと、俺定番毒クナイが2本。あとは適宜アプリを使うくらい」


 序盤罠エリア最後の、定期的に放たれる矢と崩れる床の合わせ技を難なく走り抜けた俺は、続くモンスターエリアを前に立ち止まった。タイムは3分29秒。いつもより2秒遅いくらいか。


 ハミングちゃんが警戒するように、俺の肩に留まりチチッと鳴く。


 すぐ先で、人間をはるかに超える大きな影が蠢くのが見えた。のそりと移動するのは、まごうことなきサイクロプスのそれだ。身長3メートル、4メートルじゃきかない。巨人。異形が、そこに歩いている。


『そうか、ソードブレイカーか! コメオ分かってんじゃん』『え、ソードブレイカーって細い武器しか折れない奴だろ? サイクロプスのこん棒相手にどう使うんだよ』『さらっと流されたけど毒クナイが定番って何?』『ロンソを雑に扱うな』


「お前らうるさい、サイクロプス気づいたらタイミングズレるだろ。あいやお前らに言っても仕方ねぇか。ハミングちゃん、ちょい音量落として」


 ハミングちゃんはチチッと鳴いて、コメントの音量を落とした。俺はロングソードを片手に持ちながら、身を低く沈めて解説だ。


「はい、あそこにデカい影があるだろ。アレがサイクロプスだ。一匹目の巨人だな」


 闇の中で、サイクロプスの一つ目が鈍く光るのが画角に納まった。さしものコメ欄も『うわ……何度見てもこぇえ』『相変わらずキモイ造形してるよな』『え、ステルス突破じゃないの? 一人で勝てる相手じゃなくない?』とざわざわしている。


「あー、まぁお察しの通り、サイクロプスは人間の腕くらいなら人形感覚で千切れる怪力だ。こん棒を振るえば簡単に人間なんか潰れるし、俺も何度負けたか分からない」『22敗』「お前らなんでそんな俺のこと把握してんの? 俺のこと大好きか?」


『は?』『は?』『は?』と照れ隠しするコメント欄をスルーしつつ、俺はタイミングを数えていた。呼吸を落ち着ける。体を揺らしてリズムを刻む。


「けど、何百回も相手にすりゃあ慣れるモンだよ。見てな」


 踵でタイミングを計る。左手にソードブレイカーを構える。トントントン……―――今だ。


「ジャイアントキリングは、ウチのチャンネルの名物だ」


 言い捨てて、俺は駆け出した。そして、「うおらぁあああああああああ!」と大声を出してサイクロプスに自分の存在をアピールする。『おい嘘だろ何で自分からバレに行くんだよ!?』『見ててひやひやするわホント』とコメ欄が喚きたてる。


 サイクロプスはしかし、俺の全力の威嚇にも身じろぎ一つしなかった。ただ駆除すべき害虫を見る目でこちらを見る。その手には俺の全身よりも長く太いこん棒。当たれば潰れる。丸太で殴られれば人間はそうなる。


 俺は左手で逆手に持ったソードブレイカーを一瞥し固く握る。そしてサイクロプスのこん棒の攻撃範囲内に飛び込んでから、こう口にした。


「スキルセット、パリィ」


 ARディスプレイに常駐する戦闘統括アプリ『ブレイカーズ』が行動再現アプリ『Tatsjin』を立ち上げ、パリィを1秒後に予約した。同時魔法詠唱補助アプリ『マルチチャンター』に概念抽出魔法の詠唱を始めさせる。俺の口が細かく魔法詠唱に走り出す。


 サイクロプスは、何の感情も伺わせなかった。ただ鈍い光を湛える瞳でぬらりと俺を見下ろし、そしてこん棒を振るった。それで十分だった。当たれば俺は死ぬのだから。


 それに、俺は予約していたパリィで応えた。サイクロプスのこん棒に動きを合わせて、熟練の達人が放つパリィと全く同じ動きを俺の身体はなぞる。


『いやいやいや!』『そんなちいせぇ剣でこん棒を防げるわけねぇだろ!』『あー! 逃げろ! 馬鹿! クズ!』


 コメ欄が騒ぐ。俺はパリィを中断しない。小さなソードブレイカーと大木ほどのこん棒が激突する。


 そして、魔法詠唱が完了した。


 【パリィ】【付与効果武器破壊】


 こん棒はサイクロプスがのけぞるほど大きく弾かれ、そして砕け散った。


『うぉぉぉおおお! これがブレパリ概抽か! 効果えっぐいなおい!』『は!? は!?』『意味わからん。何が起こった?』


 コメントを無視して、俺はニヤリ笑いながらサイクロプスを詰め始める。接近して突き刺したロングソードでも同じように、概念抽出魔法で足に部位破壊を入れる。崩れた膝から『跳躍スキル』で駆け上がる。


 膝、腹を駆け上がれば、そこにあるのはサイクロプスの間抜け面だ。俺はこのでくの坊の角に捕まって巨人を嘲笑う。


「よお。お前のキュートなお目目、潰しに来たぜ」


 ロングソードを逆手に持ち換えた。サイクロプスは動揺に硬直して動けない。だから俺は、ロングソードでサイクロプスの眼球を深く貫いた。サイクロプスは悲鳴を上げる。


 だが俺は攻めの手を緩めない。逆手からまた順手にロンソを掴みなおし、さらに奥の奥、その先にある脳を目掛けて突き刺した。サイクロプスの眼光に自分の手がめり込むほど深く。かき回す。そして一挙に引き抜き、その血をまき散らす。


 その瞬間、サイクロプスは声を吐き尽くしたように静かになった。呆気なくもこと切れたのだ。俺は倒れ伏すサイクロプスの身体から軽やかに『跳躍』で宙を舞った。


 そして、着地する。一瞬の静寂。それから、爆速でコメント欄が流れ始めた。


 コメント読み上げから『すげぇえええええ! 何だこの命知らず!』『ここまで見事なパリィ初めて見ました。チャンネル登録します』『葬式代【3000円】』と称賛の声が聞こえる。あぁ、最高だ。ジャイアントキリング。そして湧きあがる歓声。


 今日の手ごたえは上々だ。さぁ、このまま世界1位を取りに行こう。


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