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一話

2話に分けただけで一応短編ってことで

ヒロインがゲロるので苦手な方お気を付けて

 

 ――ねぇ、わたしのこと、すき?


 幼い少女が、頬を赤らめて尋ねてくる。


 ――わたしはね、いっくんだいすき。


 エヘへ、と愛らしい笑みを浮かべながら笑う女の子は「すき」と言って僕の手をとって――













「うっ…、んぷ…」


 懐かしく忌まわしい過去の夢を見て飛び起きる。

 迫り上がる酸っぱい液体を吐き出したいのを我慢してトイレに駆け込んだ。


「ぅ、おえぇ…!」


 気持ちのいいはずの朝が一気に汚れたものになる。それでも、吐き出さずにはいられない。


 高校受験に失敗して落ち込んでいた頃、ある出来事から、俺は人と関わるのが怖くなってしまい、好意なんかを向けられると気持ち悪くなってしまう。


「行ってきます」


 朝の支度をして、賑わうリビングには立ち入らないようにして学校に向かう。


 志望校の難関県立に落ちた時、両親は俺に興味を示さなくなった。

 滑り止めで受かった、地域では難関校とされる進学校に進んだが、既に勉学に打ち込む熱は消え去り落ちこぼれの一途を辿っていた。


 そして去年、両親の期待を一心に背負った妹が僕の落ちた難関県立に合格して以来、家では完全に邪魔者として扱われている。


 父親は会社を経営しており、母親は医者。高級住宅街に軒を連ねるくらいには裕福な家庭である。

 滑り止めの高校の入学式当日、父はクレジットカードを差し出して、「月五万で生活しろ」と告げた。それが最後にした会話だった。


 それから早二年。どこにも居場所がないまま生きている。


郁人(いくと)、早いのね」

「…おはよう、神崎さん」


 電車で一駅進むと、見知った顔が乗り込んでくる。

 同じ高校の制服を身にまとった神崎美琴(かんざきみこと)、古くから付き合いがあり、数年前まで親しい付き合いをしていた女性だ。


 受験に失敗したことに激怒した両親の波は、当時付き合っていた相手方にまで伝播した。

 こればかりは我が家に非があるため、彼女の家から、金輪際関わらないこと、正式な謝罪を条件に許して貰えた。謝ったのは、僕一人だけだが。


「昨日ね、愛子が」

「ごめん…っ」

「えっ…!?」


 突然、神崎さんから話しかけられて、僕は我慢が出来なかった。締まりかけた電車のドアをすり抜けて、改札前のトイレに駆け込む。


「おえぇ……っ!」


 再び、気持ち悪くなってしまった。

 好意ですらなく、ただ話しかけられただけで、こんなにも苦しくなる。

 正直、あれ以上は耐え切れそうにない。


 その後、水分補給をして、遅刻ギリギリの時間まで電車を見過ごしていた。







 ザワザワと賑やかに騒がしくなる放課後の教室。

 任された掃除をある程度まで終わらせて、ゴミをまとめていると、同じ掃除当番の生徒が近付いてくる。


「私持ってくよ」

「いいよ、僕が」


 女性にゴミ捨てを任せて帰るなんて、落ちこぼれていてもそこまで腐りたくはない。


「私持って行ってそのまま部活行くし」

「え、いや…でも」


 なかなかに押しの強い女性で無理やり持って行かれそうになった所に、その子の友達数人が顔を覗かせた。


「かおり、早く行こ〜」

「あ、ゴミ捨ててから行くから先行って…、ってちょっ!」


 友人に気を取られた隙に、僕はゴミと鞄を持って足早に教室を出て行く。

 正直あれ以上接されるとまた気持ち悪くなってしまうかもしれなかった。

 ゴミ箱に新しいゴミ袋は取り付けたし、後は元の場所に戻すだけだ。それくらいやってもらえれば、当番の義務感は気が済むだろう。


 廃棄所のおじさんにゴミを渡した後、僕は神崎さんのいるかもしれない大校庭を避けて裏門から帰る。陸上部はいつもあそこで練習しているから。


 駐輪場を抜けていく途中、会いたくなかった相手に出会ってしまう。


「よぉ、ゲロ宮」

「…」


 鷺宮郁人(さぎのみやいくと)の苗字を文字った単純な蔑称だが、それは的をえていた。

 僕が精神的に追い詰められて症状が出始めたのは中学の二月頃からで、高校に入学した時点で既に酷い状態だった。


 入学当時、ほぼ全員が初対面ということもあったため、近くの席の子と打ち解けようとしたアイスブレーキングの時間、僕は目の前の少し荒れている少年にベタベタと接され、盛大に吐いてしまった。


 それから、校舎裏などで会う度に、ストレスの捌け口として暴力を振るわれるようになった。


「…ぅぐ」

「ちっ、汚ぇ」


 彼は見た目に反して(さか)しく、制服で隠れる部分だけを殴ってくる。


 殴られるのは、優しくされるよりもずっといい。気持ち悪くならないから。無視される事よりも、こちらを見てくれるから、殴ってくれる方がいい。


 そう思っている自分に嫌気がさして、情けなくなってくる。涙なんてこぼれない。痛くて、苦しいのに。吐きたいのに、何も吐けない。


「…帰ろ」


 帰ったって、部屋にとじこもるだけ。

 下から聞こえてくる賑やかな声に劣等感を苛まれながら、朝になるのを待つ。そう考えると、家に帰りたくなかった。


「…」


 どこか行こうかと思ってみるも、何も考えずに歩いていたら家に着いていた。


 やっぱり、所詮はこの程度、この現状に抗うことすらしようとしない。どこか諦めつつ、家に入る。


 僕が玄関で靴を脱ごうとした時、リビングから妹が出てくる。至極嫌そうな顔をして、こちらを見てくる。


「今友達来てるからどっか行って」

「…」


 ドスの効いた低い声でそう告げられる。

 どこも行く宛てなどない、どこにも兄の居場所なんて無いと知っていながら、妹は睨みを強める。


 鞄を持つ手に力を込めて顔を上げると、そこには自分が着るはずだった難関県立の制服を着た自分よりも出来の良い妹が立っている。その事を否が応でも突き付けられ、出かけた言葉が雲散霧消していく。


「何? 何か言いたい事でもあるなら言ってみなさいよ、出来損ないの落ちこぼれ。あんたなんか、私たちエリートの家族なんかじゃない」

「っ、……ごめん」


 これ以上妹と対峙していると、また気持ち悪くなってしまうと思い、顔を逸らす。力なく呟くと、リビングから知らない声が聞こえてくる。

 妹がドアに向かって叫んでいる間に、僕は逃げるように家を出て行く。


 悲しそうな顔をする妹に振り返ることなく。




 再び宛もなく歩いていると、駅前の広場にたどり着く。日も暮れており、帰宅に急ぐ人達でごった返していた。


 帰る家がある人たちを羨ましく思いながら、駅周辺をさまよい歩く。

 そんな時、ふと後ろから声をかけられた。


「あれっ、鷺宮じゃ〜ん」

「っ!?」


 その声に、身体が勝手に震える。

 呼吸を荒くしながら振り返ると、僕が追い詰められた最後の一押しをした女がいた。


「ねぇ、ちょっといーい?」


 金に染めた長い髪は波打っており、露出度の高い格好で歳上の男性と共に立っていた。


 彼女の名前は、花山絵梨香(はなやまえりか)。彼女は中学最後、僕に嘘の告白をしてきて、その様子を撮影した動画をクラス中にばら蒔いて笑い物にした張本人だ。


 受験に失敗し、両親に見放され、神崎さんと強制的に離され、独りに打ちひしがれ荒んだ僕の心に、彼女の告白は潤してくれるものだった。

 彼女はクラスの中でも特段大人びた女性で、とても魅力的だった。

 そんな彼女に告白され、傷付いた心が持ち直したと思っていた。


 だが翌日、学校に着いた直後、僕の心は地面に叩き付けられ砕け散る。笑い物にされて、僕はその時、初めて人前で嘔吐した。


「エリカねぇーえ、今お金無いの。だから鷺宮ぁ、貸してくんない?」


 僕の家がお金持ちなのを知っているため、猫なで声で擦り寄ってくる彼女は酷く汚らわしいものに見えた。


 後退りするが、そこはすぐ壁で、騒がしい人混みから一つ外れた場所に追い詰められる。たくさんの雑踏がある中で、その一角だけが異様な空気感を放っていた。


「ねぇ、逃げないでよ、ちゃぁんと返すし?」


 ポン、と肩に手を置かれて、思わず反射的にその手を跳ね除けてしまう。




「触らなっ…!」




「は?」


 弾かれた訳が分からないと言った様子の花山さんだったが、直ぐに何が起こったか理解し、すぐに不快な表情をうかべる。


「お前、変わんないのね。それならお前の学校にあの動画送ってやろうか? あ? 佐々(ささやま)かおりって子とSNS通じてるし、送っちゃえば簡単に、ねぇ?」


 あの時の教室を思い出して体の芯から冷え込む気がする。

 今の学校では、ただの落ちこぼれで、良くも悪くも特に目立たない立場でいるが、もしもまたあの時と同じになったらと思うと、怖い。




 ――誰も、僕を見ない。

 嘔吐した次の日から、卒業するまでのほんの短い期間だけだったが、僕は一人だった。…いや、あの時からずっと、が正しいか。


 無関心でいられるのは耐えられる。でも、拒絶されるのは耐えられない。


 家では、家族として扱われない。でも、学校に行けば少しは救われていた気がする。いるだけで良かったから。登校すれば、認められている気がしていた。


 でも、彼女が手にする動画は、僕を破滅させる。あの時の僕を壊したんだ。間違いなく、今度は、今度こそ、耐えられない。


 だから僕は――


「…分かった、から」
















 ✕‬ ✕ ‬✕‬

 ✕‬ ✕‬ ✕‬


 陸上部が始まる前、更衣室で着替えていると、同じ部の佐々山かおりが近寄ってくる。


「ねぇ、神崎さんって、三中だったよね?」

「うん、そうだけど」


 三中は、私の出身中学の略称だ。ここから少し遠い場所で、三中からここには私といっくん…、郁人しか来ていない。


「じゃあさ、鷺宮郁人って知ってるよね?」

「いっく…、郁人くんなら、仲良いよ」


 正しくは、仲が良かった、だ。


 今朝も、いっくんが乗る車両を調べて待ち構えていたのに、私が乗り込んだ直後、扉が閉まる直前に逃げられてしまった。


 本当はいっくんから声を掛けてくれるのを待っていたけど、待ち切れずに私から行ってみた、のだが、今朝の有様だ。


「なーに、恋バナぁ?」

「ちょっと、愛子暑い」


 高校に来てから出来た親友の白山愛子(はくさんあいこ)には、いっくんの事について相談をしていた。


「いやいやいや、そんなんじゃないよ」


 かおりが首と手を横に激しく振って否定する。


 いっくんのお父様が以前の居宅に突然乗り込んできて、様々な言いがかりを付けてきた事件。二度と合わせない、関わるな、と私の両親が怒髪天を衝くまで怒らせ、隣駅の新しい環境に引っ越した。

 それでも、いっくんは一人で引っ越し先にやって来て、深々と頭を下げた。




 その時に、私は彼の異変に気が付いてあげられれば、良かった。




 急な引っ越しで数日学校を休んだ後、クラスの様子がおかしかった。

 いっくんが、クラス中で無視されていた。詳しくは分からないけれど、花山絵梨香さんが何かやったらしい、事しか分からなかった。


 椅子に座って、一人力なく俯くいっくんを助けて上げたかったのだが、当時の友人に止められた上に、両親からの接触禁止を言い渡されていたので、私は何も出来なかった…、本当はそんな事どうにでも出来たはずなのに、何も、しなかった。


 高校の入学式、周りの皆がご両親やご家族と仲良く写真を撮っている中で、いっくんは一人だった。


 その後も、学校で度々見かけていたが、毎回いっくんは一人だった。ずっと、寂しそうな目をしていた。


「それでね、その鷺宮くんなんだけど…」


 かおりが言うには、掃除当番だったかおりは、いっくんを後から追いかけたのだが、既にゴミ捨ては終わっていた。お礼を言うために探していたら、昨年トラブルを起こした生徒に、いっくんが暴力を振るわれていたらしい。

 かおりは直ぐに教師を呼びに行ったものの、既にいっくん達は居なくなっていたらしい。


「そんな…!」


 今朝見たいっくんの見えるところに怪我は無かった。

 見る度にやつれていくのは胸が苦しかったが、いっくんの姿が見られる事だけで満足していた。


 それだけじゃ、いけなかったんだ。




 私は直ぐに制服に着替えて、更衣室を飛び出す。

 電車に乗っている間も気が気じゃなかった。


 暴力を振るわれているのに、家族が気付かないわけが無い。まずは真っ先に鷺宮宅に向かう。

 まだ家に帰っていないかもしれないと思いながら、恐る恐るインターホンを押す。


 少し間が空いて、インターホンから女の子の声が聞こえる。


「何の用ですか、美琴さん」


 いっくんの妹、鷺宮陽香(はるか)ちゃんの声だ。

 一つ深呼吸をして、今度こそ退かない事を告げる。


「いっくん、…いっくんの事で話があるの!」

「アナタには関係無いですよね」


 お兄ちゃん大好きっ子だった面影が消えたような低い声で言われ、インターホンを切られる。


 しかし、私は諦めずに何度もインターホンを押す。応答してくれるまで、諦めない。いっくんの為に。


「うるっさいです!」

「良かった、陽香ちゃん聞きたいことがあるの」


 堪らずドアを開けてまで怒鳴る陽香ちゃんを見て、ハッ、とする。いっくんの志望校の制服を着ていたから。


 でも今は、と切り替える。


「高校入学おめでとう。…それよりも、いっくんが暴力を受けている事、知ってるよね?」

「…え」


 私の賞賛は皮肉にでも聞こえたのか、眉間に皺を寄せていたが、続く言葉に陽香ちゃんは目を見開いた。


「なん、ですか、それ。悪い冗談ですよね?」

「知らないの…?」


 いっくんが黙っている可能性もあったが、引き攣った陽香ちゃんの顔に違和感を感じた。


「家族、だよね?」

「何言ってるんですか、当たり前ですよ。だから…」


 段々と呼吸が荒くなる陽香ちゃんの様子に、さすがにおかしさを確信する。


 痩せすぎの体、目につかない場所に暴力、疲れきって追い込まれた様子。ちょっと考えれば分かるはずだ。いっくんは、彼はきっと、常に助けを求めてたんだと思う。だけど、何か彼を縛るものが邪魔をしていたとしか、考えられない。


「…いっくんに、何をしたの」

「ひっ」


 自分でも驚くくらい、底冷えする声が出た。


「…最低」

「違うっ、違うの、だって、そうしないといけないって、パパとママがっ! …いないように、家族じゃないように、って…、あんな落ちこぼれは、いらない、って…」


 途中からは泣いていてよく聞き取れなかったが、人に言えないような事をいっくんにしていたことはよく分かった。


 どうしても許せないが、怒るのは私じゃない。いっくんだ。

 それでも、私は聞いておきたいことがあった。


「陽香ちゃんは、いっくんのこと、好きじゃなかったの…?」

「っ…! だって、もう、手遅れだもん…」


「そんなの…、言い訳だよ…っ」


 ずっと傍にいたはずなのに、助けてあげられなかった陽香ちゃんを腹立たしく思いながら、それは私も同じだと、陽香ちゃんにも自分にも言い聞かせる。


「さよなら」






 振り返ることなく、走る。

 いっくんが行きそうな場所に、とにかく走る。


 一緒に行った公園も、好きだと言った丘の上も、初めてデートしたショッピングモールも、一緒に見た映画館も、嫌な思い出だけじゃない中学校も、これから行きたかった水族館も観光名所も、行ける近場は色々と見て回ったが、どこにも見当たらない。


「はぁ、はぁ」


 息を切らして歩く。

 止まることなく、ずっと進み続ける。


 ただ、いっくんに会いたい。会って、もう一回やり直したい。ただ、傍に居たい。

 もしダメでも、会うだけでも…。




 だが、日が暮れかけて街の街頭が光を灯す時間になってもいっくんは見つからない。

 母親からの何時に帰るのかのメッセージはことごとくスルーしている。見つかるまで帰りたくなかった。


 帰宅ラッシュに渦巻く駅前広場。

 そこを、道行く人々の顔を見ながら歩いていると、一つ外れた道に、派手めな少女と大柄な男性、そして細身の男性が言い争いしているように見えた。


「いっくん!!!」


 派手めな少女がいっくんに迫ったところ、いっくんはその手を弾く。直後、大柄な男性に壁に押し付けられて苦しそうにするいっくん。


 人の波を逆走するのは一苦労で、なかなか思うように前に進まない。

 そうこうしていると、少女の方がスマホをチラつかせて何かを喋ったかと思うと、いっくんの目から光が消える。


「いっくん!」


 少し間が空いたかと思うと、いっくんがおもむろに鞄から財布を取り出して少女に渡そうとする。




 私は、その腕を掴んで無理やり下げさせた。


「渡す必要、ないよ、いっ…郁人くん」




 ✕‬ ✕ ‬✕‬

 ✕‬ ✕‬ ✕‬






 財布を持った手を花山さんに伸ばした時、突然横から神崎さんが現れた。

 息を切らしながら、僕の腕を掴む手は震えている。


「は? 関係ないやつはすっこんでろ…、って美琴? マジ!? ウケるんですけど!」


 花山さんは、神崎さんを見て大袈裟に笑う。そして、僕にしたように、神崎さんにも脅すように近付く。


「お前ェらの事情は全部知ってんだよ。お前らがナニしてたのか、ゲロ野郎の親が何言ったのかも、全部なぁ!? なに、まだお前こんな奴のこと好きなの? サミぃんだよ」


 襟元を掴まれて、神崎さんのシャツが崩れる。

 しかし、神崎さんの凛とした表情は一切崩れない。


 乱れた呼吸を整え、軽く息を吐くと、花山さんの目をしっかりと見据えて口を開いた。




「そうよ、私はずっと郁人くんが好き。周りが何を言おうと、何を言われようと、私は郁人くんが好きなの」



「ッ…」


 その肝の据わった堂々たる姿勢に、花山さんも僕も、息を飲む。

 花山さんが萎縮していくのが見ているだけでよく分かる。すると、神崎さんも反撃に出るようで、僕を掴む手にキュッ、と力が入る。


「それで、私たちが私たちがナニをしていたのか、それを言い触らしてどうするつもりだったの? そんな事で恥ずかしがるのは中学生までだけど…、もしかして花山さん、あなた…まだ処女なの?」

「…ばッ!? な、何言って…」


「その派手な格好も、まるで背伸びしているようにしか見えないし…、それこそ、何かを守っているようにしか見えないけど?」

「…っ、クソっ!!」


 まくし立てる神崎さんを前に、花山さんは反論出来ずに後退りする。

 すると、それと変わるように花山さんの後ろにいた僕を捕まえていた大柄な男性が庇うように前に出てくる。おあつらえ向きに、指をポキポキ鳴らしながら。


「暴力沙汰は止めた方がいいと思いますよ。…ほら」


 後ろからパトカーのサイレンが聞こえる。

 通報していたのだろうか。余裕のある様子の神崎さんだが、神崎さんと繋がる僕にはそんなものは無いのだと分かる。

 額と首筋には汗を滲ませているし、体は小刻みに震えっぱなしだ。


 男はサイレンに怯む様子はない。こんなこと、日常茶飯事だとでも言わんばかりに表情がない。

 女性相手でも手加減無い勢いで拳を振り上げる。


「一発殴って逃げりゃ、間に合うからなァッ…!!」

「きゃっ!!」





 男が振り被った直後、拳が放たれる瞬間、僕は神崎さんの身体を無理やり押し退けて、前に出た。


 顔面を守る余裕なんてなく、その拳は僕の左頬に見事にクリーンヒットする。


「そこっ、何をやっている!?」


 僕は喘ぐことすら出来ずに地面に放り出される。口の中の鉄の味を感じていると、警察官達が大きな声を出してこちらに寄ってくる。

 僕を殴った男性と花山さんは既に走り出しており、この場に残されたのは僕と神崎さんだけだ。


「いっくん、大丈夫!?」

「…ん、ちょっと、頭クラクラするけど、だいじょぶ」


 左頬を抑えながら答えると、神崎さんは人目もはばからず僕に抱きついてきた。驚いていたが、彼女の体がまだ少し震えていることに気付いて、そっと受け止める。


「良かった…、良かった…! いっくんが無事で、ほんとに、良かったよぉ…」


 抱きつかれて、ふわりと香る懐かしい匂いにどぎまぎしていると、警察官がそっと近づいてくる。


「すみませんが、少しお話を聞かせていただきたいので、署までよろしいですか?」

「あ、はい…」






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